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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
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C-16(郁恵) 毒針

 空間が凍りついたかのようだった。

 鞠川千嘉マリチカ先輩と相原あいはらつばめ先輩の二枚攻撃でも十分プレッシャーだったのに、もう一段上がある――何度直面しても、その事実に震えが走る。

 すぅー、と口唇の隙間から静かに息を吐き出し、精神を整える。肩や肘を軽く回すように動かし、次に手首、さらに親指から順番に指を曲げていき、腕全体の動作確認をしていく。


 大丈夫……身体は正常だ、戦える――。


 相手のサーバーは、要注意人物の獅子塚ししづか美波みなみ先輩。だが、守備レセプションに参加しない私は攻撃のことを優先して考える。

 まず突破すべきは、相原先輩のブロック。捕まらないように深めを狙おう。次に気をつけないといけないのは、リベロの浦賀うらがさやか――なのだけれど、む……? 何か、今、妙な感じが……。


 ばしんっ!


 違和感の正体を突き止める前に、サーブが放たれた。じっくり考えている余裕はない。あとは動きながらより良い選択をしていくのみだ。


藤本ふじもと! 構わねえから開けっ!」


 落下点へ向かいながら、日下部くさかべ先輩が指示を飛ばす。サーブの狙いは藤本だったが、それを後ろ(バック)から奪いにいく形だ。藤本は迷わずボールを日下部先輩に譲り、コート外へと開く。空いたスペースへ日下部先輩が滑り込み、獅子塚先輩のサーブを受ける――、


 かくっ、


「どわっ!?」


 と、直前、無回転のボールが空気の壁にぶち当たって『落ちる』。日下部先輩はぎりぎりで膝をついてボールを拾うが、真上に上げるのが精一杯で、カットはネット際まで届かない。この時点で私は速攻クイックを断念。だが、セッターのやなぎ先輩は落ち着いていた。コンビは使えないが、藤本へは問題なく繋げるからだ。


「持ってこい、柳!」


 藤本の要求に、柳先輩は小さく頷く。そしてレフトへ二段トス。相手のブロックは三枚だ。が、藤本は、だからどうしたと言わんばかりに弾みをつけて踏み込む。躍動。大きく腕をしならせて跳び、弓なりに上体を逸らす。そして、


 ――ふっ、


 と、時が止まったようなフェイントが、ブロックの裏へと『置かれた』。鷲掴みにしたボールを空中で静かに手放すような、完全な勢いの殺し方。中学時代から幾度となく見てきた藤本の必殺技フェイント


 決まった――!


 と、ボールを見送りながら思う、その、刹那だった。


「らぁ……ッ」


 何者かが、その身をくねらせ獲物ボールに躍りかかる、気配――、


「ったぁぁーーー!!」


 しゅるっ、


 と滑やかで生白い腕が伸びてくる。風にたなびく細長い黒のツインテールは、さながら回遊する艶やかな海蛇。

 彼女こそ、藤本自身も大いに警戒していた音成の守備の要――。


「浦賀、さやか……っ!?」


 なぜ浦賀がこんなフロントにいる……! と疑問が浮かんだが、たちまち氷解した。そうだ――サーブが打たれる直前の違和感。浦賀の構えていた位置。コートポジションがBLバックレフトでプレイヤーポジションがBCバックセンターの浦賀は、本来ならもっとセンター寄りにいるはずだった。なのに、今回はBLバックレフトにそのままどっしり構えていた。その位置は、エースの藤本の対角。すなわち、ディグ勝負を仕掛けるための守備位置変更――!


「あと頼んま……っす!」


 ばむっ、


 と藤本のフェイントが紙一重で掬われる。飛び出した勢いのままにコートを滑る浦賀と、その運動量をいくらか分け与えられてネットの下端近くまで浮上するボール。そこにセッターの獅子塚先輩がもぐりこんで、


佐々木(ささき)ッ!」


 頬をひっぱたくような藤本の呼び声。浦賀のファインプレーに気を取られていた私は、ただ反射で声のしたほう(レフト)に目を向けた。藤本が険しい顔つきでブロックの構えを取っている。その視線の先には――、


「くださるかしら、美波トス


 優美に小首を傾げて踏み込みのタイミングを伺う佐間田さまだ芽衣めい先輩――ライト側で十分な助走距離を取り、完全な攻撃体勢に入っている。藤本のブロックに跳んでいたのが信じられないほどの切り返しの速さ。一体どうやって――答えはすぐ明らかになった。


「任せたわ、芽衣サマメィ!」


 とんっ、


 と膝をついた獅子塚先輩がライトへトスを送る。それがセミではなく、速攻クイックに近いタイミングだったのを見た瞬間、私の驚きは焦りへと変わった。慌ててトスから佐間田先輩に視線を戻すと――先輩は既に目と鼻の先にいて、床を蹴っていた。


「むぅ……ッ!?」


 間に合え、と全力で片手ブロックを伸ばす。が――もはや、手遅れ。




 ぱぁんっ!




 冷ややかな打音が、私の跳んだ直後に聞こえた。まんまと空中に置き去りにされた私は、すぐ後にボールがコートに落ちる音をも聞く。


「――まずは一本、ね」


 呟いて、佐間田先輩はうっすらと微笑む。それはどこか、水を抜いた水槽の中で跳ね回る魚を見て笑う子供のような、ぞっとしない愉悦を滲ませていて、射竦められた私は成す術なく固まってしまう。


「ヘーイ、ナイスキー、芽衣サマメィ!」


 そう言って陽性の笑い声を上げるのは、セッターの獅子塚先輩。次のラリー……またこの人のサーブを拾うところから攻撃を組み立てなければならない。日下部先輩や斎藤さいとう先輩が気持ちの切り替えに努めているのが息遣いでわかる。


「ようっ! ヅカミー、次はマリチカな!」

「美波、次も私にくださるかしら」

「二人とも、予約はいいけどまずはブロック、油断せずにね」


 鞠川先輩と相原先輩と佐間田先輩が揃ったことで最高の攻撃力を得た前衛フロント。それは同時に、越えるべきブロックも強固になったということ。もし捕まれば今のような反撃カウンターが来る。一撃で決めなければならない――こちらのプレッシャーは嫌でも増していく。藤本も例外ではないだろう。


「さーちゃん、良かったよ~」

「あざっす。ま、ツキもあったっすよ」


 そして、高い壁の向こうで待ち受けるのが、リベロの浦賀さやか。全方面を手広くカバーするBCバックセンターから、狙いを藤本に絞ったBLバックレフトへの守備位置変更ポジションチェンジ。その分だけ、私や尾崎おざき先輩の負担は軽くなっているはずだが、浦賀の穴を埋める柴田しばた先輩だって楽に抜ける相手ではない。


 音成女子の誇る最強の布陣――『マリア様ローテ』。


 攻略が容易ではないのは試合前からわかっていた。

 試合が始まってからは実際に肌で感じた。

 しかし、その理解もまだ不十分だったらしい。


「……底が見えんな、四強……」


 現在のスコアは、20―19。

 藤本のマークが厳しくなった以上、状況を打破するのに私の役割は大きくなる。

 しっかりしなければ――気持ちを奮い立たせようと深く息を吸い込むが、指先の細かい震えが止まらない。

 東の覇者たる〝毒蜜蜂《Killer Honey Bee》〟――その毒針が、じくりと皮膚に食い込んでいるかのようだった。

『A-16』も更新されています。↓

https://book1.adouzi.eu.org/n5390ct/340/

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