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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
356/374

C-12(明晞) 宿命的な何か

 小学生のときは、同級生の中で私が一番長くバレーをやっていたからだった。


 中学生のときは、あれは半ば押しつけられたんじゃないかと思ったりもする。


『えっ……明晞あきがやるものだとばかり思ってたけど……』

 と戸惑いの目を向けたのは、今は二年生キャプテン(万智ちゃん)の下で三年生をしているという、市川いちかわしずか


『全体を見るのは、明晞に任せたい。で、明晞の見張りを、私がする』

 と言ったのは、今はキャプテンとして全体を見守っている、室井むろい冴利さえり


『明晞は後輩の面倒見もいいしね』

 と後押ししたのは、今も昔も縁の下の力持ち的なポジションでうまいことやっている、舞鶴まいづるちゆ。


『明晞がやってくれるなら、私は安心だな!』

 と満面の笑みで言い放ったのは、今はバレーをやっていない檜山ひやま藍子あいこ


 やがて私は高校生になった。同期に館三の尾崎おざき玲子れいこがいるのを見て、ああ、これでようやく肩の荷が降ろせそうだなあ、と思った。その翌年にはいちい君が入部してきて、これはもう決まっただろう、と思った。


 が、結局、私はその宿命的な何かから逃れられなかった。


『わたしは遠慮しとくよ』


 私が言おうとしていた台詞を、玲子に先に言われた。


『どう考えたって、わたしより明晞おまえのほうがいい』

『そうかなあ? いちい君のことを考えると、キミのが適任なんでない?』

『わたしはあいつに近過ぎるから、かえってやりにくいんだ。それに、たぶんいちい君も同じように考えてると思う』

『そんなもんかねえ』

『もちろん、わたしもできるだけ協力する。けど、まあ、たぶんおまえなら大丈夫だ』

『それ……たまに言われるけど、なんでなのやら』


 そうして、私は三度目のキャプテンをやることになった。

 たぶん、そういう星の下に生まれたのかも、くらいの、ふわっとした理由で。

 だって、いわゆるキャプテンが備えているべき資質なんてものと、私は無縁なのだ。

 カリスマ性とか、統率力とか責任感とか、怪物バケモノじみた強さとか。

 まあ、なんだかんだ言って三度目だし、そこそこうまくチームを回してきたはずだ、とは思っているけれど……。

 さすがに相手が四強ともなると、私の手には負えない状況が出てくるわけで。


「え~い!」

「おう、あ……っ?」


 ぱだんっ!


 と、いい感じの強打を喰らわしてきたのは、柴田しばた和美かずみさん。ボールは私の手を弾き、そのままコートの外へ飛んでいく。

 ブロックアウト――気をつけてはいたけれど、なんせ相手が相手だけに、全部を防ぐのはなかなか厳しい。

 これで、スコアは、16―17。

 1点のリードがあるけれど、事ここに至っては、薄氷かウエハース、あるいは濡れた障子紙のように、脆く崩れやすく簡単にぶち抜かれる点差でしかない。


「やーっとマリチカの出番が回ってきたか!」


 ぐるりと右腕を回して、マリチカ御大が前衛フロントに参戦。

 私は軽く口唇を舐めた。全身汗だくなのに、そこだけが乾いている。

 御大に真っ向勝負で張り合えるいちい君がいない今、隙を見せればたちまち試合を決められてしまうだろう。

 ……なるべくなら一発で切りたい――はて、どうしよっか……?


 ぱしっ!


 と、考えがまとまる前にサーブが打ち込まれる。前衛フロントの玲子に揺さぶりをかけてきた。カットがライト側に流れる。佐々木(ささき)郁恵いくえ速攻トスを求めたが、千里センリは無理があると判断したのだろう、私にセミを上げた。

 私はそれを、いつもより気合を入れて、叩く。




 ぱあんっ!




「っしゃあああッ!」


 ボールが床を跳ねるやいなや、雄々しい喜びの声が上がった。もちろん私の声じゃない。相手のミドルブロッカー――音成女子・キャプテン、相原あいはらつばめさんの咆哮だ。


「明晞……」


 訝るように呟いたのは、玲子か、千里センリか、杏子あんずか――まあ、これだけ見事なシャットアウトを決められてしまっては、何かの不調と思われても仕方がない。

 個人的には、決まっていれば今日のベストシーンにしたいくらいの一打だったんだけどなあ……えてして完封シャットされるのは、そういう調子の上がり端だったりする。


「いやあ、こいつは面目ない」


 いつもの口調で言って、私は後頭部にぽんぽんと触れつつ、大丈夫アピール。


「……次、すぐいける?」


 エラーを起こした機械に問うように、千里センリが確認してくる。いけるとも、と私は微笑む。千里センリは胡散臭そうに片眉を上げ、黙って私の後ろに構えた。うん。たぶんこれ『ダメだこりゃ』と思われてるやつだ。


「仕切り直しでよろくしねえー! っさあ来お――」


 ぴっぱあん!


 と、主審の笛が鳴った瞬間にサーブが飛んできた。早打ちでこちらの動揺を誘うとは地味にやらしいな柴田さん――しかも狙いは私か!?


「ぐへっ……」


 ぼこっ、と胸で受けるミスカット。ネット際へ飛び出した千里センリが口を『Oh…』の字にして引き返してくる。一応、二段トスを呼んでみたが、千里センリは力づくのアンダーハンドで逆サイド(レフト)へ持っていった。ネットから大きく離れたそのトスを、


「っうらあ!」


 と玲子が気迫でクロスいっぱいに打ち込む。しかし、いちい君が一目置く県選抜リベロ――浦賀うらがさやかさんのすらりと長い腕は苦もなくそれを捉えた。瞬間、


「「ヅカミー(美波)ッ!!」」


 御大エース主将キャプテンが攻撃態勢に。互いに張り合いつつも息はぴったり。アタッカーの動きからも、ついでにセッターの動きからも、どちらにトスが上がるのか予測がつかない。そうして的を絞れず目を泳がせているうちに、ボールはレフトへと流れていく。参っちゃうねえ――せめて掠るだけでも……っ!


「させるかってーのッ!」




 ――すぱんっ!!




 トンネルを抜ける特急列車のように、ボールはただ空気だけを切り裂き、一直線に無人の空白地帯へ到達する。後衛レシーバーが手を伸ばす隙さえ与えてくれない。


 スコア、18―17。


 またここで抜かれた……まるで一周前の焼き直し。いや、追い上げムードを切られたわけだから、状況はもっと悪い。


「――斎藤さいとうさん」


 壁際までボールを拾いにいったいちい君が、びゅん、とノーバウンドの豪速球を私に投げて寄越す。呼び掛けた他には何も言ってこないので、しっかりしろ、というメッセージかな、と私は都合よく解釈した。


「タイム、取らなくていいのか?」


 そう訊いてきたのは、リベロの杏子あんず。私は軽く首を振る。タイムは残り一回。ここから終盤になれば、もっと難しい場面が必ず来る。私がちょっとがたついてるくらいのことで使うわけにはいかない。


 ――というか、正直、使うまでもないしねえ。


「まあ……任せときなってえ」


 私は手のひらを見せ、張り手のように何度か空気を押してみせる。杏子は一瞬首を傾げたが、私が深めの守備位置に立ったところで、ハンドサインの意味に気づいた。

 そうして、全体のレセプションの位置を調整。レフトの玲子、バックレフトのいちい君の負担を減らし、その分を私と杏子でカバーする陣形。

 うちのローテはレフト偏重。そして、今のレフトは玲子だ。追い上げ中になんか調子よくスパイクが打てるもんだから、少し欲が出てしまった。今の私の役割はレセプションを安定させること。決めるのはいつも通り玲子に任せるとしよう。


 ぴっ、と笛が鳴る。柴田さんはもこもこの髪をご機嫌に左右に揺らして、普通のタイミングでサーブ。ボールはいちい君のところへ。


「やな――」

千里センリー!」


 いちい君が千里センリに呼び掛けるのに重ねて、私は声を上げる。ここは後衛バックのいちい君より、素直に前衛フロントの玲子か郁恵で勝負したほうがいい、というメッセージを込めて。

 が、何がどう誤変換されたのか、千里センリは私にトスを上げた。


 あれえ!? ちょっと予定と違うんだけど……!?


 やや戸惑いつつも、私はいつもより弾みをつけて踏み込む。何度も言うが、今の私の調子はわりと良い。多少がたついてもタイムアウトを必要としないくらいには。

 とは言え、さっきはそれでシャットされた身。同じ轍は踏まない。


「こ、れ、でえ――どうかなあっ!」


 ちょこん、


 と私はセッターの前へフェイントを落とした。いちい君ほどではないが、まずまずの精度。しかし、


「のわっ、とと――ごめん、カバーよろしく!」


 セッターの獅子塚ししづかさんの反応は早かった。ごろごろと転がってレシーブに成功。できれば決まってほしかったなあ……と、私の額に汗と焦りが滲む。


「っ、行くわよ、マリチカ!」

「おととい来やがれ!」


 微妙に噛み合ってない台詞の応酬から、相原さんがアンダーハンドで繋ぎ、マリチカ御大がそこに踏み込む。ほらやっぱりこうなった――と、苦笑い。

 相原さんがカバーしたボールは、ネットから遠く、センターとレフトの間くらい。打ちやすいとは言えない二段トス。だが、御大なら必ずや際どいところを狙ってくるだろう。だとすれば――、


「郁恵、下がってフェイント処理!」

「っ、はい!」


 ブロックに跳ぼうとしていた郁恵に、レシーブするよう指示を出す。フリーで打たせることになるが、打点がネットから離れている分、ある程度は守備側に有利な勝負だ。ならば人数レシーバーは多いほうがいい。

 さあ、どうだ――! と私は御大の表情を伺う。こちらの動きを察知した御大は、そんな私ににやりと笑みを返した。

 うっ……まだ足りないのか? このまま普通に決められるのはかなりマズ――。


 ぴりっ、


 と死角から殺気。振り返らなくてもいちい君が発信源だとわかる。まあ、いちい君にしてみれば、自分のバックアタックを潰してまでトスを呼んでおきながら半端なフェイントでピンチを招いた救いようのない間抜け(イコール)今の私なのだから、苛立つのも無理はない。


 真剣に試合に勝とうとしているのだから、現状をもどかしく思って、当然。


 甲斐性のないキャプテンで申し訳ないねえ、と思う。


 たとえば相原さんみたいな、御大エースと肩を並べられるくらい強いキャプテンなら、いちい君の心労も減るかもしれない。

 ただ、残念ながら私じゃあ、相原さんみたいにはなれないし、相原さんみたいなこともできない。

 けれども……まあ、私だって曲がりなりにも小中高とキャプテンをしてきたわけで。

 チームの誰かが勝ちたいと望むなら、どうにかして勝たせてあげたい、と思うわけなのさ。


 ――というわけで、使いますかあ、奥の手……ッ!!


 たっ、


 と私はその場で小さく足を浮かす。そして御大がボールを叩く、その瞬間に合わせ、前に飛び出した。


 これぞ奥の手――その名も、山勘ヤマカン


 要するに、このままだとどこに打たれても抜かれる気がするから、一か八かでフェイントが来ることに賭けたのだ!

 そして、結果は――、


「あらよっと!」


 ぱあんっ!


 と私が元いたバックライトの奥へ、痛烈な強打。


 ……あっ、終わった。


 と、私がいちい君への謝罪の言葉を百個くらい思い浮かべた、次の瞬間、


 がづっ!


 とボールがネットの白帯に引っ掛かり、勢いが殺され、なんかいい感じに私の目の前に落ちてきた。


 ええっと……これはつまり――?


「ちゃ、チャンスボール!」


 言いながら、私は超慎重にボールを処理。上がってきた千里センリは訝しげな目を私に向けつつも、セットアップ。玲子と郁恵と私の三枚攻撃で、千里が選んだのは郁恵の速攻クイックだった。


 ――ぱん!


 と鋭い強打が決まる。郁恵は危なっかしい瑠璃とは正反対で、決めるときは危なげなく決める。諸々の安堵から、私は、ほうっ、と一息ついた。


「ナイス、郁恵」

「斎藤先輩も、フォロー、ありがとうございました」


 言って、郁恵は目礼する。次に入れ違いに後ろから杏子がやってきて、


「あれを拾うとは……やるな、明晞」


 と驚きに目を丸くして褒めそやす。だが、


「おう、明晞。ナイスまぐれ」


 玲子は揶揄うような笑み。さすがによくわかってる。さらに、


「……斎藤さん」


 味のしないガムを噛んでいるみたいな微妙な顔をして、いちい君がやってくる。またしても名前を口にするだけでコメントはないが、少なくとも殺気は放っていない。私はひょこっと肩を上下させ、ひらひらと手を振る。


「そんじゃあ……あとはよろしくねえ」


 言って、さくさくと後衛バックに下がっていく私。

 そんな私に会釈程度の礼をして、いちい君は待望の前衛フロントへ向かう。


 スコアは、18―18、同点イーブン


 ここまで来たんだ……勝たせてあげたいよねえ。


 サービスゾーンに立った私は、長く息を吐きながら、受け取ったボールを床に弾ませた。

『A-12』も更新されています。↓

https://book1.adouzi.eu.org/n5390ct/336/

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