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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
354/374

C-10(透) 攻防

 じとり、とカメラを持つ手に汗が滲む。

 タイムアウトを境に、形勢は大きく石館商業に傾いていた。

 そのきっかけを作ったのは、もちろん、いちいさんだ。

 攻撃に守備にと、その存在感はますますとんでもないことになっている。

 まるで氷水に浸かっているように、全身の震えが止まらない。

 今はただ、カメラの手ぶれ補正が優秀であることを願うばかりである。


「あの子――いちい君、だよね。なんかすっごく楽しそう!」

「楽しそう!? 由紀恵ゆきえさん、どこ見て言ってます……?」

しずかの後輩の猫っぽい子とじゃれてるところとか?」

「どう見ても剣呑な雰囲気でしたよね!?」

「そっかな? 小学生の頃より断然フレンドリーに見えるけど」

「小学生の頃のいちいさんは魔王か何かだったんですか!?」


 というか、そうだ……由紀恵さんって小学生の頃のいちいさんと面識があるんだっけ。当時の様子はかなり気になるけど――いや、恐いから聞かないでおこう。


 そうしている間に、またセッターのやなぎ千里ちさとさんのサーブ。マリチカさんが軽々とレシーブし、ボールはセッターの獅子塚ししづか美波みなみさんに返る。と、FCフロントセンターにいたあずま愛梨あいりさんがライトへ回った。その動きを見て、宝円寺ほうえんじ瑠璃るりさんが反射的に追おうとする。が――、


「ちょいタンマねえ」

「にゃっ!?」


 ライトブロッカーの斎藤さいとう明晞あきさんが宝円寺さんのユニフォームを引っ張り、その場に待機させた。代わって東さんのマークについたのは、尾崎おざき玲子れいこさん。館商は先程のような隙を見せない。獅子塚さんは、果たして、トスをレフトへ送った。


「お願いっ、和美かずみ!」

「そうね〜」


 伸びやかなフォームで、悠然と踏み込んでいく柴田しばたさん。対する館商は、斎藤さんの誘導が良かったのか、ほぼ完璧な二枚ブロック。しかし、柴田さんは落ち着いていた。宝円寺さんの左手の外、インナーへと鋭い強打を放つ。


「っ、悪い――カバー頼むっ!」


 尾崎さんがどうにかディグに成功するも、ボールはコートの後方へと弾け飛んだ。それをリベロの日下部くさかべ杏子あんずさんがオーバーハンドで叩き返してカバー。辛うじてボールはコート上に残る。だが、それは二段トスではない。ふらふらと漂うこぼれ球(ルーズボール)のようもなの。

 それでも、いちいさんに迷いはなかった。

 たたっ、と素早く落下点に入り、その場ジャンプでボールを叩く。


 ――ぱあんっ!


 と、強烈なドライブ回転の掛かったスパイクが、FCフロントセンターを守る東さんの顔面目掛けて飛んでいく。まさか強打が来るとは思っていなかったのだろう、東さんは咄嗟にオーバーハンドで対応するも、回転に指が弾かれ、ボールを後ろに逸らしてしまう。


「おっ――とと」


 瞬間、リベロの浦賀うらがさやかさんが駆け出した。さやかさんは水面を滑るような無駄のない動きでボールに追いつくと、右腕ワンハンドをしならせてコートへ送り返す。そうしてラストボールが回ってきたのは、同じくボールを追っていたマリチカさん。けれど、さすがのマリチカさんも、ネットより低いところにあるボールを強打で返すことはできない。


「たーまやー、ってな!」


 どんっ!


 とアンダーハンドで打ち上げられたボールは、ひゅるる――と放物線を描いて館商コートへ。かなりの高さまで上がっているが、待ち構えるリベロの日下部さんの顔に迷いや焦りはない。


「チャンス、行くぞっ!」

「「おうっ!」」


 館商のチャンスボール――レフト・センター・ライトからそれぞれアタッカーが迫る。加えて後衛バックからはいちいさん。誰が打っても強力な一撃になりうる四枚攻撃だが――セッターの柳さんが選んだのは、ライトの斎藤さんだった。


「これは外せない……よねえっ!!」


 ばごんっ!!


 と、ネットの上でボールがはげしくぶつかり合う。ボールはブロックに当たって高々と真上に上がり――、




 ――ぼむっ、




 と、館商コートのライトサイドの外側アウトで跳ねた。

 スコアは、14―15。

 とうとう、逆転だ。


「ぷはっ……! はぁ、はぁ……っ!」

藤島ふじしまさん? ものすごく喘いでらっしゃいますが、どうかされました?」

「それが……あんまり攻防ラリーが激しくて、ずっと息するの忘れてた……」

「さては藤島さん、映画やドラマの水中シーンで息を止めるタイプですね?」

「よくわかったねっ!?」

「ということは、海難パニックものの映画を見たりすると――」

「そうなの! 船が沈没する話とか、息が保たなくてもう大変っ!」

「ちょうどそれらしい映画が上映中なのですが、よければ今度一緒に行きませんか?」

「えええっ!? それ、も、もしかしなくてもデー――!!」

「巨大な鮫の群れが襲来する映画なのですが」

「息が保たないどころか食べられちゃうやつだ!?」


 ど、どうしよう! 鮫は恐いけど、三園さんのお誘いはぜひ受けたいっ!!


「すみません、冗談です」

「え…………」


 ……なに一人で舞い上がってたんだろう……もう海に身を投げて鮫の餌になろう……そうしよう……。


「とーるう、たぶんだけど、ひかりんは巨大鮫が冗談だって言いたいんだと思うよ」

「えっ!? そ、そうなの!? じゃあ映画に行こうっていうのは――」

「むろん、そこは本気で言ってますが」

「夢っ!? これ夢じゃないよね!?」

「大げさですね、藤島さんは。あと、先程からカメラが私に向いているのですが、コートのほうに戻していただけますか?」

「うわわっ、ご、ごめん!」


 慌てて、試合にレンズを向ける。ちょうど、平行トスがレフトの柴田さんに上がったところだった。柴田さんはさっきとまったく変わらないゆったりとしたフォームで跳び上がり、そこから、今度はストレートへ強打を放った。


「ぷおわっ……!?」

「っ、ナイス――!」


 斎藤さんのブロックが押し破られるも、幸い抜けた先に柳さんが構えていた。スパイクは柳さんの腕に当たり、レフトサイドに飛んでいく。瞬間、FLフロントレフトの尾崎さんとBLバックレフトのいちいさんが互いの顔を見合った。言葉は交わされない。交わす必要がないのだろう。二人は最初から示し合わせていたように動き出した。すなわち、尾崎さんが二段トスに入り、いちいさんは大きく後ろへ下がる。とーんっ、と高めに上げられるトス。いちいさんがアタックラインへ切り込む。強打を警戒する音成女子は三枚ブロックで対応。いちいさんはフェイントに切り替える。そしてレシーバーの意識がフロントゾーンの空白地帯に向いた直後、その逆方向にプッシュを放った。


 たんっ――、


 と、ライト側のサイドライン上を跳ねるボール。逆を突かれた佐間田さまだ芽衣めいさんと、反応はしたが守備範囲を越えていたさやかさんを置き去りにして、たっ、たた――、とボールは転がっていく。


前衛フロントがトスに回って、後衛バックが打ちにいくとか……」

「館商は、ラストを藤本さんに任せれば悪いようにはならへんって確信があるんやろな。やから、アタッカーもセッターも後を気にせんとディグに集中できる。多少乱れたところで、藤本さん以外の誰かが二段トスできればええわけやもん」

「そこまでか……」


 夕里の説明に、希和はやや呆れ気味に目を細めたが、私はこくこくと頷いて同意した。

 実際、先程から先手で攻めているのは、受け側(レセプション)の音成女子のほうだ。

 それが、いちいさんにボールが回った瞬間、攻撃の主導権が石館商業に移っている。

 攻防ラリーに競り勝てるなら、それで良し。たとえ苦しい状況になっても、いちいさんにボールを回しさえすれば、勝ちの目が出てくる。いちいさんの存在が周りにある種の余裕を与えているのだ。それがいい方向に作用した結果が、今のスコア。


 14―16。


 14―12でタイムを取ってから、怒涛の四連続得点。

 勝敗の行方が、わからなくなってきた。


「音成はここでタイムアウト――は、取らないのね」

「あんまり焦ってる感じもしないよねー」

「こっちもこっちでマリチカさんがおるから、いざとなれば、って考えやろか」

「実際、後衛バックからでも軽々と打ってくる方ですよ、あの方は」

「どうするのかな……」

「とーるうなら、どうする?」

「ど、どうしよう……ちょっと、わからない……」

「そこは『私トスを呼ぶ、そして決める』ちゃうの?」

「わ、私だって色々と悩むことくらいあるもんっ!」

「藤島さんは思春期ですね」

「みみみみ三園さん!? それどういう意味!?」

「すみません、ちょっと言ってみたかっただけです。ゆえにそんな至近距離で私にカメラを向けるのはやめてください」

「わっ、ご、ごめんっ!」


 私、カメラ係に向いていないのかもしれない……と、今更ながら後悔し始めた。

 というか、これ後で再生したときに、いちいさんと三園さんばっかり映ってたらどうしよう!? 二重の意味で私の心臓が破裂しちゃうよ……!!


 などという雑念をぶんぶんと振り払い、私は試合の続きを見守った。

『A-10』も更新されています。↓

https://book1.adouzi.eu.org/n5390ct/334/

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