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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
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A-19(珠衣) 麗しの小夜啼鳥《Obedient Nightingale》

 〝天頂ジーニス〟――そう呼ばれるあのリベロと、中学時代、珠衣ミィたちは一度だけ練習試合をしたことがある。

 北地区一位と中央地区一位ということで、県内での格は互角。

 実際、午前中は実力伯仲のゲームが続き、セットカウントは引き分け(イーブン)

 戦型は互いにはっきりしていた。攻撃力の大田第一(珠衣たち)に対して、守備力の玉緒あちら。強過ぎず、弱過ぎず、それでいて大田第一(珠衣たち)には無いものを持っている。珠衣ミィから見た玉緒は、実に理想的な練習相手だった。


 まっ、県大会で当たったときは負けないけどね――!


 なんて、やる気を漲らせていた、昼休みのこと。


「あの一つ結びのレフトは、どちら様なの?」


 そんな質問を発したのは、芽衣メィ。基本的に他人に興味を示さない自己中主義の彼奴らしくない言動に、珠衣ミィは「おや?」と首を傾げる。


「あの人は、玉緒のキャプテンだよ。名前は三園みそのひよりさん」


 答えたのは、大田第一(珠衣たち)のキャプテンである高天原たかまがはらゆうさん。続いて、その隣で話を聞いていた月美さんが、なぜか困ったように芽衣メィに振り返った。


芽衣メィ、あの人のこと気になるの?」

「いえ、ただ、目につく方だなと思って」

「それ気になってるってことじゃ……」

「あの人がどうかしたの?」


 ずいっ、と珠衣ミィは会話に割って入る。と、芽衣メィから高速道路を這う芋虫を見るような哀れみの目を向けられ、溜息をつかれた。


わからない子(愚図)はすっこんでなさい」

「あっ! 今、心の中(ルビ)でものっそい罵倒したな!?」

「あら、私のルビが読めるなんて、さすが血を分けた愚妹サマミィね」


 くすくす、といかにも可笑しそうに目を細める芽衣メィ。よーし、喧嘩だな! 言い値で買うぞ、この性悪め!


「まあまあ、二人ともそれくらいで」


 遊さんが仲裁に入り、主に珠衣ミィのことを宥めてくれる。芽衣メィ珠衣ミィをおちょくって満足したのか、玉緒のキャプテンについてそれ以上口にすることはなかった。あの人の何が芽衣メィの琴線に触れたのかは、わからずじまい。


「たぶん……午後になれば、もう少しはっきりすると思うよ」


 珠衣ミィにだけ聞こえる声で、そう言ったのは月美さん。

 やがて昼休みが終わり、軽いアップをしてから、試合ゲームは再開した。

 そうして――――。


 ――――――


 ――――


 ――


 だん……っ!


 と、珠衣ミィのスパイクがブロックを抜ける。

 しかし、それは『抜かされた』のだと、直後に悟った。


「――――」


 たんっ!


 と、恐ろしい精度でレシーブが上がる。その技術も目を見張るものがあるが、何より、最初から珠衣ミィの打つところに『待ち構えていた』ってのがヤバい。

 あの練習試合のときも、この手詰まり感を味わったっけ……。

 あの時よりも、珠衣ミィの視野が広がり、且つあちらの経験値も桁違いに上がって、一層何が起こっているのかよくわかる。


 ――ぱしんっ!


 と、決めたのはレフトの小松里こまつり一凪ひとな。砂粒が笊から零れるように、綻びたブロックの隙間を抜かれた。


「まだ利子分にも足りないな……もう少し付き合え、珠衣ミィ

「ちょっと暴利を貪り過ぎじゃないかな、一凪ひとな!?」


 空元気でツッコミを入れてはみるものの、引き攣った頰を流れ落ちる汗までは隠せない。

 これでまた一つ突き放された。

 スコア、21―16。

 試合の流れは完全に法栄大立華に傾いていた。


 ……どうすればいい……?


 懸命に頭を働かせてみるが、有効な作戦は浮かばない。

 あちらは宮野さん(セッター)前衛フロントで、一凪と豊見とみさんの二枚攻撃。コンビの種類は限られているし、高さ的には珠衣ミィと互角。やってやれないことはない――実際、何回かワンタッチも取った。

 純のジャンプサーブだって、可那さんがあちこち飛び回って、エースだけは防いでいる。

 なのに、あれからまだ、珠衣ミィたちは法栄大立華のコートにボールを落とせていない。

 わかってる……このままじゃダメだ。いくら宮野さんとの読み合いに勝っても、一凪の決定率を下げても、純のサービスエースを防いでも――あちらの盤石は揺るがない。

 なぜなら、今この試合を動かしているのは、宮野さんでも一凪でも純でもないから。

 後衛バックからコート全体に目を光らせ、淡々と的確な指示を出しては、見透かしたようにボールを捌く――あのリベロ


 けれど……ぶっちゃけ、あんなのとどうやって戦ったらいい?


 まるで〝天頂ジーニス〟に座す太陽のように。

 地べたを這う珠衣ミィたちが何をしようと、最高点まで昇りきったあの人に手が届くことはない。

 触れることも、抗うこともできず、天上から降り注ぐ日差しにただ灼かれていく。


「……手強いなんてもんじゃないね、全国最強……っ!」


 珠衣ミィの速攻とか、信乃のバックアタックとか、月美さんのツーとか、雫の渾身の一撃とか、そういう単発の攻撃に対しては、ほぼほぼ手が打たれている。

 だから、現状を打破するには、あの人が支配する攻防の中で、あの人から点を奪わなければならない。

 あのナイスカット量産ポニテ太陽神から、点を――?

 ぬあああっ! もう、全然イメージ湧いてこないって……!?


 ――ぴぃぃぃ!


 思わず頭を抱えたくなったところで、涼やかな笛の音が鳴り響いた。

 それは、タイムアウトが入ったことを知らせる笛。もちろん取ったのは南五和(珠衣たち)。これがこのセット二回目――最後のタイムアウトだ。

 重たい身体を引きずるようにしてベンチへ戻る。

 汗を拭う気力も湧かず、はぁ、はぁ、と溜息を連発するように呼吸を整えるだけで、誰も言葉を発しない。

 史子ふみこはドリンクのボトルを持ったままおろおろしていて、はるは、ぐずっ、と目を真っ赤にして、鼻をすすっている。

 そうして最初の十秒ほどが過ぎたところで、ようやっと声を出す人が現れた。


「――これが法栄大立華ナンバーワンか」


 遠くの風景を見るような目を相手ベンチに向け、神妙な顔で佇む可那かなさん。次いで月美さんが「あー……」と何かフォローを入れようと口を開く。が、あとが続かずそのまま閉じた。そして祈るような目で、小夜子さよこさんを見る。

 小夜子さんは、こくこく、と一人だけ、どこか呑気にドリンクを飲んでいた。

 ぷはっ、とボトルを口から離し、唇についた水滴をぴっと指先で払う。

 月美さんでなくとも、思わず心のシャッターを切りたくなる可憐さ。

 そんな〝麗しの(Obedient)小夜(Nightin)啼鳥(gale)〟は、微笑み、澄んだ声音で歌う。


「試合はまだ終わってない」


 その『事実』に、はっ、と胸を打たれたのは珠衣ミィだけではないはずだ。

 タイムアウトの笛が試合終了の笛のように聞こえたメンバーも多いだろう。

 そんな苦境の中にあっても、珠衣ミィたちの小夜子さん(キャプテン)は、目に光を宿していた。


「私は諦めないよ」


 放課後の教室の窓辺で囁くような、何気ない口調でそう言うと、小夜子さんは先生を見る。

 先生はしっかと頷くだけで、無言。

 打開策の提案とか、プレーのアドバイスとかは、一切なし。

 けれど、それは決して先生の怠慢なんかではなく。

 要するに、この時間タイムアウトは、覚悟を決めるためのものだったってこと。

 小夜子さんは、そんな先生の心遣いにいち早く気づいて、そんな小夜子さんだから、おそらく先生がこのタイムで言おうとしていたことを、そのまま口にできるのだ。


「みんなは、どう?」


 癒しの笑みで問いかける、小夜子さん。

 答えは……もちろん、決まってる――!


珠衣ミィなら、まだまだやれますよっ!!」

「わ、私も……! できるなら、もう一度チャンスをくださいっ!」

「そうだ、まだ終われない……天久保の顔面にぶち当てるまでは……!」

ズクズク、願望がどんどん物騒になってるよ!?」


 ふははっ、とぐずっていたはるも笑顔を見せる。

 小夜子さんは、うんうん、と嬉しそうに頷いて、マネージャーの史子にドリンクのボトルを返した。そして――、


「じゃあ、もうひと暴れしよっか!」


 小夜子さんが手を差し出す。おうっ、と可那さん。うん、と月美さん。そこへ珠衣ミィたちの手も重なっていく。




 ――南五和、ファイトッ!!

 ――おおおおおおおおおおーっ!!




 残る体力も気力も、ありったけ吐き出す勢いで、珠衣ミィたちは叫んだ。

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