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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
342/374

A-18(叶実) 純真なる天《Innocent Heaven》

 あと一押しだったのに――そう思いながら、私は速攻クイックにトスを上げる。

 豊見とみもなみはそれをきっちり決め、スコアは、18―15。


「ドンマイ! 次一本、切り替えていこうっ!」

「「はいっ!!」」

「気合入れていけよ、お前らああああ!!」

「「うおおおおおお!!」」


 先程の連続得点で崩れるかに見えた南五和みなみいつわだが、寸前のところで踏み止まった。要所で恐いハマり方をするチームだけに、今の点差では心許ない。二十点台に乗る前に、もう一、二点は突き放しておきたいところだけれど――。


「そっこだぁー!」


 ふわっ、と完全に勢いの殺されたフェイントが純の指先ブロックをすり抜ける。私はフライングして手を伸ばすが、あと半歩分くらい届かない。


「わわっ、大丈夫ですか、カナミン先輩!」

「大丈夫……それにしても、本当に器用な子ね、あなたのお友達」

珠衣マーミィ珠衣マーミィですからねー」


 純に手を引かれて立ち上がりながら、姉と同じく整った横顔を、私は眺める。

 佐間田さまだ珠衣みい――攻撃の音成女子において、鞠川千嘉マリチカに次ぐ点取り屋(スコアラー)佐間田芽衣サマメィの妹。

 前のローテでは、ほぼ単独で南五和の乗る『大波』を生み出した〝暴風(Howl Me)〟――彼女がもう一度荒らしにくるようなことがあれば、勝負の行方はわからなくなるだろう。


 スコアは、18―16。


 タイムアウトからの立て直しに成功した南五和は、今日一番の一体感を見せている。そしてじっと反撃のチャンスを――追い風が吹くのを、待っている。ラリーでの揺さぶりも、県選抜経験者である佐間田さん、それに常に冷静沈着な逢坂さんが前衛フロントに戻ってきた今、あまり効果は期待できそうにない。

 ここは素直に、打ちたくてうずうずしている純に任せてみようか。

 一抹の不安はある。けれど、これは、いずれにせよ勝てる賭けだ――と私は思う。


「カナミン先輩っ!」


 一凪ひとなのところへサーブが行ったのを見て、純がトスを呼ぶ。やがて、いい位置に返ってくるカット。私はぎりぎりまで決断を待って……結局、『彼女』に賭けた。


「任せたわ、純!」

「やったね!」


 ひゅっ、とボールを手放す(リリース)

 賽は投げられた。

 純は踏み込み、跳躍する。

 翼が生えているかのように高々と。


 小学生の頃から変わらない天然無垢の輝き――〝純真(Innocent)なる天(Heaven)〟。


 純という存在プレイヤーは、ただプレーをしているだけで周囲に大きな影響を及ぼす。

 言うならば、天使が人々に祝福を与えるように。

 そこに敵味方の区別はない。

 ゆえに、時として純は、こちらの思惑とは全く『逆』の結果を引き起こすこともあって――。




 ずだんっ!!




 と、溜め込んでいた力が解放された、直後、


「いっ……!?」

「ふわっ――!!」


 打ち込まれたストレート側で、ほぼ同時に二つの悲鳴が上がった。一つはスパイクに手が弾かれた赤井あかいさんのもの。もう一つはスパイクを正面で受け止めた江木えぎさんのもの。

 つぅ――、と嫌な予感が冷や汗となって頬を伝う。


「さささ、小夜子さよこーっ!?」

「どこ見てんだ月美るみ!! ボールボール!!」

「えっ?」


 ぱっ、と逢坂さんの目が上を向く。ボールは宙を漂っていた。純のスパイクが拾われたのだ。


「あはっ! これはやっちゃったっぽいですね、カナミン先輩!」

「っぽい、じゃなくて完全にやっちゃったわよ……」


 拾われた本人はとても楽しそうだ。一方、私は試合中じゃなければ頭を抱えたいくらいだった。

 そう――これが純の扱いの難しさ。

 彼女という切り札は、出すタイミングを間違えると、逆にこちらの破滅を招く。

 純のスパイクがいい感じに決まれば、先程のような三連続ブレイクのきっかけとなり、

 純のスパイクがいい感じに凌がれれば、相手の気運を一気に上昇させてしまう。


「月美さん、レフトくださいっ!!」

珠衣ミィもスタンバってますよー!!」


 わっ、と猛烈な吹き降ろしの風(ダウン・バースト)のような気迫に晒され、ぴりぴりと肌がひりつく。こちらにとっての向かい風は、あちらにとっての追い風。そしてこの〝暴風〟を受けて、逢坂さんは最も『そうしてほしくない』ところへトスを送る。


 ひゅっ、


 とボールが流れる先は、私から見て対角――右翼バックライト


「決めろおおおっ、信乃おおおお!!」

「はいっ!!」


 県内最高の左が、その翼を大きく羽ばたかせる。迎撃位置ブロックにつく一凪ともなみ。レシーブの構えを取る私と純。そして、




 だんっ!!




 と放たれた一撃スパイクは、吸い込まれるように、




「――おいでませ、です」




 ふっ、


 と紅の腕に絡めとられる。


 ぴたり――、


 とコート上の時間が、数瞬、止まる。


 そのボールタッチの鮮やかさ、待ち構える位置の正確さ、どんな強打にも揺らがない堅牢さに、誰もが息を飲む。

 やがて我に返り、見上げれば、ボールは天頂に座す太陽のように、はるか上空にあった。

 こうなってしまえば、私の仕事は終わったようなもの。

 ゆっくりと落ちてくるボールを受け、再び純へと繋いで、あとはその時を待つ。




 ――ずだんっ!




 という軽やかな打音が、耳に心地よい。

 投げた賽は落ち、結果が出た。


「えっへへー!」


 ラリーを終わらせた純は、それはもう嬉しそうに、ひよりのほうへ駆けていく。


「ヒヨヒヨ先輩! どうでしたかっ、今の!?」

「はい、ナイスキーだと思います」

「ふへへっ! もっと褒めてください!」

「褒めるのは吝かではありませんが……ひとまず、それは後に回しましょう」


 そう言うと、ひよりは静まり返るネットの向こうへ、黒く澄んだ瞳を向ける。


「試合はまだ終わっていません」


 いつの間にか、風は止んでいた。

 コートを支配しているのは、沈黙。

 私は汗を拭う振りをして、手の震えを止める。

 いずれにせよ――純が一度目に決めようと決めまいと――勝てる(こうなる)と思ったから、彼女ひよりに賭けたのだけれど……やっぱり、手に余る切り札を扱うのって、緊張するわね。


 ふぅ、と呼吸を整え、スコアを見れば、19―16。


 これで、私は前衛フロント。入れ違いに後衛バックに下がるのは、純。

 当然、その純が、これからサーブを打つ。

 もちろん試合はまだ終わっていない。最後まで何が起こるかわからない。それは私もわかっている。でも――、


 法栄大立華の勝利を、私はもはや疑っていなかった。

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