A-17(月美) いつも通りのトスワーク
ユニフォームが背中に張りつく、嫌な感触。裾を引っ張って空気を流し、少しでも汗を飛ばす。
「ここが我慢どころですよ。ラリー中はもっと声を掛け合って、周りの動きに目を向けるように」
「「はいっ……!!」」
「相手も決して余裕があるわけではありません。強気で攻めていきましょう。私からは以上です」
「「はいっ! ありがとうございます!!」」
柴山先生の指示に、力強く、大きな声が返る。それはまるで追いつめられた動物が必死に吠えているようだった。そうしないと気力が保てないから、自身を鼓舞するために、無理やり声を張り上げているのだ。
特に前衛の三人――雫とはると信乃は、かなり苦しそうだ。
三人とも調子は悪くない。むしろかなり良い。でも、そのことがより精神に負担をかけている。
いい動きをしているのに、全力をぶつけているのに、あとちょっとのところで相手に上を行かれてしまう――ここに来て、そういう点の取られ方が続いていた。
その原因が、乱戦の対応力――経験の差だということはわかる。たぶん雫たちも薄々気づいてはいるだろう。ただ、こればかりは今すぐどうこうできるものではない。
こういうとき、何か、状況を変えられるアイデアがぱっと湧いてくればいいのに……。
すぅ、はぁ、と呼吸を整える体で溜息をつき、わたしは口惜しさを抑え込む。ここで司令塔が腐ってしまえばいよいよ試合終了だ。せめて少しでもできることを――と周りを見る。雫には小夜子、はるには珠衣、信乃には柴山先生がついて、それぞれ細かいアドバイスをしている。なら、わたしは――。
「……ねえ、可那」
「あん、どうした」
「何か、わたしに言うこととかある?」
「は? 特にねえよ」
特にないのか……!
「まあ、月美はいつも通りで頼むわ」
ぽふっ、と軽く肩を叩くと、可那は小夜子のところへ向かった。わたしは完全放置である。信頼されているのか、面倒だとあしらわれているのか、微妙なとこだなこれ……。
そうして、ただ体力を回復するだけに終わったタイムアウトが開ける。どうしよう、どうすれば――と、コートに戻ってもうだうだ悩み続ける。すると、
「おい、雫、それに信乃も、もうちょい前に出ていいぞ」
おもむろに可那が守備陣形を弄り始めた。
いやちょっと待て!? わたし聞いてない――というか、そういうことするなら事前に言っておけ! 何が『特にねえよ』だ……!?
「あれ? 可那ちゃん、月美ちゃんに話してなかったの?」
「いや、ちゃんと言ったぜ。『いつも通りで頼む』ってな」
そんなんでわかるかっ!!
「えっと、そういうわけだから、お願いね、月美ちゃん」
「……わかった」
小夜子に笑顔でお願いされたら頷くしかあるまい。それに、実際のところ、わたしは守備に参加しないからいつも通りにやるだけなのだが――。
ふぅ、と気を取り直して、各自の立ち位置を確認する。
――――――――
はる
雫 信乃
月美
可那 小夜子
普段はレフト側を雫、センター周辺を可那、ライト側を小夜子、そしてフロントゾーンを信乃という分担だ。雫と信乃を前に押し出したということは、可那がレフト線&センター周辺、小夜子がライト側&可那のフォローと、そんな感じの割り振りになるのだろう。
ここまで、アタッカーである雫と信乃がサーブで狙われてきたから、その負担を軽くしようという作戦。
しかし、アタッカーの負担を減らしたことで、ただでさえ大きかった可那の負担がいっそう増している。特にレフト側の奥なんかぽっかり空いているけど、そこはどうするつもりなのだろう。なんというか……可那のやることだから大丈夫な気もするし、可那のやることだからヤバイ気もする――本当に大丈夫なんだよね?
はらはらしながらサーブを待つ。笛は既に鳴っていた。サーバーの龍守さんは、こちらの守備陣形の変化を見て数秒何かを考え、やがてサーブのモーションに入る。
直後、だっ、と可那がレフト寄りへ動き出した。なるほど! とわたしは感心する。つまり、レフト線はわざと空けておいたのだ。隙を見せて誘い込むとは――可那のくせに賢い!
そして、ばしんっ、と龍守さんは力強くフローターを打ち込む。
可那がレフト寄りに動いたことで逆に隙になった、中央に向けて。
「おっ?」
うおおおおい!? 裏を掻くつもりが裏の裏を掻かれてるじゃないか!? くっ、さすが天翔ける龍守さんは可那の浅知恵などお見通しだったか……!?
「そっち行ったぞ、小夜子!」
「任せてっ!」
小夜子の声がしたほうに反射的に振り向く。すると、可那が不在になった中央に、小夜子が走り込んでいた。まさかの二段構え! さすが小夜子は賢い! あと最高に可愛い!!
「おらっ、月美! ぼさっとしてんじゃねえぞ!!」
「お、おう……」
ぴーぴー騒ぎ立てる可那の声で我に返る。本音を言えばもうちょっと小夜子の勇姿に見蕩れていたいのだが――なにせ今は試合中だ。
「月美ちゃんっ、お願い!」
小夜子の丁寧で柔らかいカットが返ってくる。絶好球だ。前進守備でレセプションを免れた雫と信乃も、余裕を持ってサイドに開いている。これなら一発で切れるかもしれない――!
ひゅ、とわたしはトスを信乃へ送った。いい感じに決められそうな手応え。
だが、当然、法栄大立華は甘くない。
「愛! 一凪! 詰めて詰めて!!」
「っ――!?」
緊迫した場にそぐわない、楽しげな声。天久保純がこっちまで来ている――三枚ブロックだ。瞬間、信乃の表情に焦りが滲む。タイムアウト前のアウトになったスパイクを思い出したのか、フォームがどこか力んでいるように見える。
「敵に構うな、信乃!! 思いっきりぶつけろッ!!」
後方から、可那の激が飛ぶ。それでもなお、信乃の力みは完全には消えない。だが、少なくとも、
「はいっ、可那さん――!!」
迷いだけは、なくなったようだった。
――だがんっ!!
とボールが弾ける。スパイクの軌跡は速過ぎて見えなかったが、天久保純の腕が揺らいでいるから、たぶんそこに当たったのだろう。ボールはこちらのコートに返ってきていた。落下点には、可那の姿。
「っしゃあ、もう一発かましてやんぞ!! いいな、お前らああ!!」
「「っ……!?」」
「返事はどうしたああああ!!」
「「――――はいっ!!」」
可那の掛け声で、攻撃陣が俄に奮い立つ。連続失点が始まってからなかなか持っていけなかったうちの勝ちパターン。ここは決めておきたい。
「チャンスボールだ、行けえええ!!」
「「はああああああいッ!!」」
「「来おおおおおおいッ!!」」
なんか向こうまで煽られてる!? けど、それがどうした。この勢いのまま押し切ってやる――わたしは、はるの速攻に運命を託す。
「だああああっ!!」
「っ――!!」
ばんっ!
とまたしても激しくネット際でぶつかり合うボール。どこへ飛んだのかと目で追えば――ほぼ真上。わたしよりも先にボールを見つけたはるは、そのままダイレクトの構えを取る。いい反応だ。そのまま叩き込んで――、
「うおおおい待て待て待て!! 落ち着け、はる!!」
「ほうえっ、可那先輩!?」
とはいかなかった。はるを押しのけるようにして、可那がネット際までやってくる。
「仕切り直しだ! いったん下がれ、はる!」
「はっ、はい――!?」
はるは慌ててアタックラインまで下がる。その瞬間、不穏な気配を感じてわたしは相手方を伺った。そこには、獲物に逃げられた、とばかりにぺろっと舌を出す新垣愛がいた。さらに奥には、ふっ、と構えを解く紅も見える。
ほぅっ、と、わたしは熱い息を吐く。
そして肩に力が入っていたことに気づいた。
なんだかんだで、わたしも焦っていたのだ。自覚はなかったが……目の前の餌しか見えていなかったのが、その証拠だ。
「三度目の正直だ!! ぶちかませええええっ!!」
ぼむっ――、と気合の入った掛け声とは裏腹に、ゆったりと、高めに上げられるチャンスボール。その軌道を見切り、わたしは周りに目を走らせる。こちらのアタッカーは全員準備オーケー。法栄大立華は――前衛にも後衛にも隙らしい隙はない。ただ、僅かにだけれど、新垣愛の重心は信乃にあるような気がする。
この場のノリに合わせるなら、信乃でもう一度勝負、という選択もアリだろう。
ただ、まあ……ここは『いつも通り』でいきますか――。
ひゅっ、
とわたしはレフトの雫へ平行を送った。理由は、わたしの目にはそこが最も手薄に見えたから。危ない橋は渡らない――わたしのいつも通りのトスワーク。
「かっもーん、愛!」
「はいよーっ!」
「抜けんぞおお、雫!!」
「だああああああ――ッ!!」
だんっ!
と心地よい打音が響く。雫のスパイクはブロックの間を抜けて、しっかりと相手コートの真ん中に決まった。
「っしゃあああああッ!!」
拳を振り上げ、雄叫びを上げる雫。そこへ「わああっ!」とはるが体当たり気味に抱きついて、さらに「わああっ!」と信乃も駆け寄る。後ろでは、ナイス、と小夜子が嬉しそうに手を叩き、うしっ、と可那が偉そうに頷いている。
わたし? わたしは黙々と手の汗を拭いながら、早鐘のように鳴る心臓を懸命に鎮めていた。
危ない危ない……やっぱりわたし焦ってたんだな……というか汗ってたな。トスする瞬間に手が滑りかけたときは心臓が止まるかと思った。いつも通りって大事だよね、うん。
ぽんぽんっ、と腰のタオルを叩いて手汗を飛ばし、気持ちを切り替える。
スコアは、17―15。
多少勢いは削がれたが、それでもこっちの調子は落ちていない。ずっと競り負けていたラリーで盛り返し、まだまだこれから、という雰囲気もできあがっている。
欲しいのは、追い風だ。もう一度、連続得点できれば――いや、そのきっかけだけでも掴めれば、流れは大きく変わってくる……。
わたしは深く息を吸い込んで、目映い天井を見上げた。




