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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
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A-15(信乃) 天然無垢

 初めて目にした最強は、とても遠いところにいた。


『よく見とけ、信乃。あれがこの県で一番強え〝左〟だ』


 決勝の舞台で、その人は翼が生えたように高々と舞った。

 トスが上がるたび、強く、美しく、飛翔した。

 一つ一つのプレーが光を放っているようで、一瞬で魅せられた。

 私はバレーを始めてまだ一年も経っていなかったけれど。

 彼女が特別な選手ひとであることはすぐ理解できた。


 県内最強の左――天久保純。


 まるっきり雲の上の存在だと思った。

 私には手の届かない、どこか遠くの、別世界の選手だと。

 しかし――、


『あいつさえぶっ倒せば、お前が最強ナンバーワンなんだぜ?』


 小さな金糸雀のひと鳴きで、雲は跡形もなく吹き飛んだ。


 そして季節は冬から春へと移り。


 私は最強と……純さんと、同じコートに立っていた。


 ――――――


 ――――


 ――


 珠衣ミィちゃんが突破口を開いてから、半ローテ。

 試合は、取って、取り返されてと、一瞬も気を抜けない攻防が続いていた。

 現在のスコアは、13―14。

 引き離すには至っていないが、それでも、いま押しているのは南五和(私たち)のほうだ、という確かな手応えがあった。

 全身が魔法をかけられたように軽い。いつもより相手の動きがよく見える。どう打っても決まる気がする。

 私だけじゃなく、みんなそんな感じだった。


「行きますっ!」


 チームの勢いをそのまま表すような、小夜子さんの声。サーブが放たれる。ボールはFR(フロントライト)のキャプテンさんのところへ。レシーブは、さすがと言うべきか、大きく崩れることはない。けれど、厳しいコースを突いたおかげで、キャプテンさん自身が打ってくる可能性をかなり下げることができた。となれば、向こうの攻撃は――。


「頼むわよ、純!」

「おっけーい!」


 予想通り、トスはFL(フロントレフト)にいる純さんに送られた。私はその正面に構える。すぐにはるちゃんも隣にやってきて、二枚ブロックの準備が整う。


「はるちゃんっ!」

「おうとも!」


 息を合わせる私たち。そこへ、純さんが鋭く切り込んでくる。しなやかなで美しいフォーム。その踏み込みだけを見ても、純さんが飛び抜けて凄い人だというのがわかる。正直、始めは気圧されていた。けれど、勢いに乗る今は、来るなら来い、と思える。


「よぉー――っせい!!」


 だがんっ、


 と、左手に衝撃が走った。純さんの強烈なスパイク。私は弾かれそうになるのを懸命にこらえ、気迫でそれを押し返す。


「やあああああ……っ!!」

「なんと――!?」


 止めたっ!?

 嬉しさで全身が沸騰したように熱くなる。

 が、次の瞬間、驚きつつも笑みを浮かべる純さんと目が合った。そして、


「――上がった!」


 純さんの背後から、鋭い声がした。レフト対角の小松里こまつり一凪ひとなさんだ。ブロックフォローに成功した小松里さんは、間髪入れず次の指示を出す。


めぐみ!」

「わかってるってー!」


 応じたのは、同じく純さんのブロックフォローに入っていた前衛フロント新垣にいがきめぐみさん。小松里さんの拾ったボールは新垣さんのほうに飛んでいた。新垣さんはそれをアンダーハンドでカバー。ボールは再びこちら側(レフト)に上がる。そして純さんはと言うと――いつの間にかコート外にまで開いていて、前傾姿勢を取っていた。


「やっちゃえー、純!」

「今度は決めろよ!」

「そのつもりんッ!」


 だっ、と純さんが勢いよくコートを蹴る。その踏み込みはさっきよりも鋭く、力強い。危機(私のブロック)からほんの数秒。気づけばあちらの好機チャンスになっている。その連携力はさすがだ――でも、こっちだって……!!


「はるちゃん、今度こそ!」

「もちろんだとも!」


 より密に、より堅く。私たちは純さんを全力で抑えに掛かる。「せーの!」で跳んだブロックのタイミングはぴったり。止めてやるっ、と空中で腕に力を込める。直後、


「ていっやあああ――ッ!!」




 すだんっ!




 と、またしても強烈な衝撃が私を襲った。

 スパイクが打ち込まれたのは、左手――さっきと同じところ。こらえようとしたが、ダメだった。手が痺れてうまく力が入らない。ボールは私のブロックを押し破り、そのまま床に落ちる。


「っ……!?」


 スコア、14―14。

 びりびりする左手をだらんと垂らし、私はネットのすぐ向こうにいる純さんを見た。

 今のは狙ってやったのか、それとも偶然か、表情から確かめられないかと思ったからだ。

 それによって、純さんの強さを……『最強(純さん)』と『最高()』の差を計れるんじゃないかと思った。

 しかし――、


「……ふへへっ」


 不意に、嬉しそうな笑い声。


「楽しいねー、楽しいよー、やっぱりやるからにはドキドキワクワクしないと!」


 新しいおもちゃに心をときめかせる子供のような、輝く瞳が私を捉える。


「こっちもそっちも二年生同士だし、ちょうどいいよねっ!」


 この指とまれ! というように、ピストルの先が次々と標的を定めていく。


「ぼくと、信乃ノノリンと!」


 きらきらの笑顔を前に、どうしてだろう、寒気がした。


メグメグ!」


 必然か偶然かとか、最強と最高の差とか、『これ』はそういう次元の話じゃない……。


一凪ヒトナー!」


 純さんの表情から読み取れるのはただ一つ――純然たる、単純なる、『この瞬間が楽しい!』という喜色。


はる(ハルタン)!」


 思惑も作戦もあってないようなもの。純粋さもここまでいくと、いっそ不気味だ。


シズッチ!」


 この人を私の物差しで計ることはできないし、意味がない……それくらい私とはかけ離れた『何か』。


「みんなでいっしょに遊ぼっか!!」


 天然無垢の怪物バケモノ――そんな言葉が、脳裏に過った。

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