A-11(愛) 暴風《Howl Me》
珠衣ちゃんのことを知ったのは、中学一年生のときだ。
中央地区にすごいミドルブロッカーが現れた。しかも二人。それも姉妹。
そんな、ふわっとした噂を耳にした。一応、学年最高のミドルブロッカーとして、チェックしとこうかな、妹のほうは同学年らしいし、という感じ。
そのときは、まさか二年後に県選抜で一緒に全国を戦うことになるとは、思ってもいなかった。
『ぼっこぼこにしたいヤツがいるんだよね!!』
珠衣ちゃんが県選抜のメンバーに選ばれたと知ったとき、私は少なからず驚いた。高さの面で抜けている私ともう一人は確実として、あと一人入れるなら聖レの六波有理子か、でなければ同じ南地区の誰かだと思っていたから。
しかし、ひとしきり驚いたあとで、私はどういうわけか妙な納得感を覚えた。
『意外だ!』と思うのと同時に、『なんか面白そうだ!』とも思ったのだ。
あれから一年半ほどが経った――今。
相変わらず、珠衣ちゃんは面白い。
「ただ名前は覚えててほしかったよ……!」
「何か言った、愛?」
「なんでもないでーす」
さておき。試合は断然私たちが有利に進めていた。なんといってもこちらは優勝候補筆頭、県ナンバーワンの法栄大立華なのだ。チームとしては、四強以外に遅れを取ることなどそうそうない。
実際、第一セットは快勝。第二セットも、現状、9―6。純のサーブで点差を一つ広げたところ。そして依然としてサーバーは純だ。
「よーしっ、もう一本行くよー! やぁぁー――ほあでっ……!?」
がんっ、と力強く叩かれたボールは、力を入れ過ぎたのか、惜しくもネットに掛かった。
スコアは、9―7。
南五和のローテが回り、眼鏡をかけたレフト(赤井雫、だったはず)が後衛に下がる。珠衣ちゃんのコートポジションはFR。前衛でいられる最後のローテ。
私と同様、後衛ではリベロと交替する珠衣ちゃんは、ここで何もできなかったら、次にコートに戻ってくるのは半周後になる。それまでに、今より点差が開いていないという保証はない。
なんか色々と考えてるみたいだけど、そろそろ答えを出さないと手遅れになっちゃうよ、珠衣ちゃん……?
ごくごく個人的な期待を込めて、私は試合の行方を見守る。なぜか妙に殺気立ったサーブが赤井雫から放たれ、ボールは後衛の純のところへ。純はそれを「よっこら!」とまずまずのカットに仕上げる。セッターの叶実先輩は、奇を衒わずにレフトに回った小松里一凪へトス。そして一凪は、スパイクの直前、相手の二枚ブロックと守備陣形を見て、咄嗟に強打からフェイントに切り替えた。意表を突いた攻撃だ――これは反応できまい! と思った、次の瞬間、
「フェイントおおおっー!」
跳躍中の珠衣ちゃんが声を張り上げる。たぶん、強打から軟打へ切り替える際の、一凪の僅かな変化を見抜いたのだろう。それくらい早い反応だった。
「っ――!? 小夜子、前につめろ!!」
「任せてっ!」
珠衣ちゃんの声に従って、すかさずリベロの有野先輩が指示を出す。警笛のように高く響く声。それとほぼ同時に、FLの江木先輩が駆け出し、落ちていくボールの下にぎりぎり手を滑り込ませた。
「ナイス、小夜子……っ!」
辛うじて生きたボールを、セッターの逢坂先輩がアンダーハンドで繋ぐ。ボールはセンター付近に上がった。が、トスとしては高さが足りず、ネットから少し離れている。腕の感触でそのことに気づいたのだろう、表情を曇らせる逢坂先輩。そこへ、
「なんの――っ!」
ブロック後に定位置へ戻りかけていた珠衣ちゃんが、変則的な助走で切り込む。身体が斜めに傾いてはいるが、タイミングはぴったり。しかし、こちらはそれを三枚ブロックで容赦なく封じにかかる。そして、
「どっけえええええッ!!」
――だばんっ!
と豪音が響いた。ボールはブロックを弾き飛ばし、ほぼ真横――主審のほうへ跳ねていく。
「……まずは、一点でっす」
にぃ、と歯を見せて、子供っぽくも、どこか優雅に微笑む珠衣ちゃん。
その闘志は荒れ狂う突風のようにアップゾーンにまで届き、私の全身をぞくりと震わせた。
これぞ珠衣ちゃんの真骨頂――力強くも捉えどころのない、〝暴風〟の一撃。
「よっし! やっとエンジン掛かってきたなー、珠衣ちゃん!」
「こら、愛、あんま相手寄りの発言しないの」
「えー? だって盛り上がったほうがいいじゃないですか!」
「私はいいけど、叶実は違うかもね」
「うおおおー! 法栄大立華ぁー! ふぁいとー!」
遮二無二味方を応援しながら、逸る気持ちをいくらか発散させる。
ようやく珠衣ちゃんが本領発揮してきたのに、叶実先輩の機嫌を損ねて交替させらたらたまらないもんねっ!
アップゾーンの今は、聞き分けよく、大人しくしていましょう。
お楽しみは次の前衛までおあずけ――はっちゃけるのは、その時で。
「……まさか私の登場前にガス欠なんてしないよね、珠衣ちゃん……っ!」
叶実先輩に聞こえないよう、こっそりそう呟いて、私は試合の行方を見守った。




