A-10(知沙) 頂点
「強いね……」
思わず、そう呟いた。なんのひねりもない感想。私の平凡な観察眼と語彙では、他に言いようがなかったのだ。
ブロック大会県予選、第二日目、Aコート準々決勝。
法栄大立華VS南五和。
第一セットを取ったのは、第一シードの法栄大立華。
スコアは、25―16。快勝といっていいだろう。
「南五和も、悪くはなかったと思うんだけど……。攻撃は決まっていたし、レセプションも頑張ってたし――」(静ちゃん)
「ただ、南五和は、それらを繋げられなかった。この一セット目、南五和には三点以上連続で取れた場面が一度もない」(胡桃ちゃん)
「なんていうか、満遍なく強い、ですよね。天久保先輩とか、あと180センチもあるミドルブロッカーの――」(音々ちゃん)
「新垣愛さん」(ナナちゃん)
「そうです、天久保先輩と、新垣先輩――この二人が高さ的にも目立ちますけど、でも、館商の藤本いちいみたいに、そこにトスが集中しているってわけではない……」(音々ちゃん)
「宮野さんのことだから、意図的に散らしているんだと思う」(ナナちゃん)
「ふむむ……だからなんっスかね。自分には、法栄大立華はみんな余裕を持ってプレーしてる感じがしたっス」(梨衣菜ちゃん)
「わたしも同感だ。自然体というか、露木凛々花みたいな無駄に力んだプレーがまったく見られない」(颯ちゃん)
「確かにそうね。今川颯みたいなぎりぎり綱渡りなプレーもなかったわ」(凛々花ちゃん)
「長い一セットの中で、一度たりともチームががたつく瞬間がなかったですよね。本当にすごいと思います」(恵理ちゃん)
と、口々に呟かれる感想。聞きながら(どうしよう……予想はしてたけど、私のと違ってみんな具体的だ!)という顔できょろきょろしていたら、隣の志帆ちゃんに微笑まれた。
「そうだね、うん。まったく知沙の言う通り、強いチームだ」
なんか私がみんなの意見をまとめたみたいな感じにされた!?
「――で、君はこの件についてどう考えているのかな?」
そう言って、志帆ちゃんはおもむろに後ろを振り返る。そこにいたのは、今の一連の会話の中でまだ一言も発していない芹亜ちゃん(ちなみに、山野辺先生と坂木さんは私たちの話の最中に「ほああ」とか「はああ」とか感嘆の気持ちを口にしている)だ。
芹亜ちゃんは、どういうわけか、みんなが強張った表情でコートを見つめている中で、一人だけぼんやりと半口を開けて天井のほうを見ていた。隣の梨衣菜ちゃんが「芹亜殿、聞かれてるっスよ!」と肘でせっつくと、芹亜ちゃんは「えっ?」と目をぱちくりさせてこちらを向く。
「あっ、すいません。ちょっと考え事をしていて……」
「えっ!? 今のは考え中の顔だったっスか!? ぼけーっとしてるんだと思ってたっス!」
「ふふっ、それね、お母さんにもよく言われるよ」
「なんの報告!? あとなんでちょっと嬉しそうっスか!?」
「それで、芹亜、結論は出たのかな?」
「あっ、はい、そうですね――」
言うと、芹亜ちゃんはちょっと真面目な表情になって、階下のある一点に視線を注いだ。
「私はやっぱり……あのリベロの人が、そうだな、って思います」
「『そう』――? えっと、つまり、どうっスか?」
「あー、んー、そのー、えっとねー……」
「詳しいことは、胡桃に聞いたほうが早いかもね」
「あっ、はい、私もそう思います」
「説明を諦めやがったっス!?」
かくして、みんなの視線が胡桃ちゃんに集まる。胡桃ちゃんは試合のメモを取っていたノートを見ながら、いつものように淡々と語り始めた。
「さっきも言ったけれど、今のセット、南五和は連続得点ができていなかった。裏を返せば、法栄大立華が連続得点をさせなかった――ブレイクポイントを最小限に抑えたんだね。これは、レセプションが安定していたからできたこと。
それから、トスが各アタッカーに満遍なく上がっている点について。これも同様に、セッターが意図してそうした――そうできたのは、やはり、レシーブが安定していたからに他ならない」
ふむふむ、と頷く一年生たち。胡桃ちゃんは続ける。
「レシーブが安定していれば、セッターは思うように采配を振れるし、アタッカーは攻撃に集中できる。そうして生まれた余裕が、伸び伸びとしたプレーや、時には思い切ったプレーをも可能にする。仮にそれでミスをしたり、あるいは相手の思わぬ反撃があったりしても、土台さえしっかりしていれば対応はいくらでも利く。法栄大立華の強さを盤石なものにしているのが、こうした正のフィードバックなんだね。
そして、そのフィードバックの起点になっている存在こそが、守備の要であるリベロということになる」
「リベロ――あの、なんかワケありの人ですよね。あたしが話を遮ってしまって、途中になってましたけど……それで、一体あの人はどういった選手なんですか?」
「法栄大立華のリベロは、キャプテン・龍守心が県の『中心』と呼ばれているのに対して、県の『頂点』と呼ばれている。通称は〝天頂〟――その称号は、『全国最強のリベロ』」
「「全国最強のリベロ!?」」
「「まさか……っ!? そんな人がこの県にいたなんて!!」」
いやいや! だから凛々花ちゃんと颯ちゃんは合宿のときに一回聞いてるからね!?
「――で、そんな〝天頂〟なんだけど、当然、三年前の中学県選抜では中心的な役割を果たした。以来ずっと、彼女は全国トップクラスの選手として活躍を続けている。現在の法栄大立華が県内で頭一つ抜けているのも、彼女に拠るところが大きい」
「それについては、三年前の県選抜のときから指摘されていましたね。あの人を『獲った』高校が、この県を制することになる、と」
「現にそうなってるっスもんね……」
「本当にものすごい人ですね……」
「全国で一番ですかぁ、なぁるほどぉ。それで胡桃さんも静さんも、さっきはなんだかほにゃほにゃ言っていたんですねぇ」
「あっ、いや、それは――」
「むしろ、本題はここから。なぜなら、わたしたちにとっては、彼女の肩書きよりも、むしろその本名のほうが大問題だったりするから」
「「本名?」」
首を傾げる万智ちゃんたちに、胡桃ちゃんはただ一言、シンプルな答えを口にした。
「彼女の名は、三園ひより」
「「「………………?」」」
「法栄大立華のリベロは、本名を、三園ひより、という」
「「「……………………?」」」
「彼女とは、万智と、音々と、あと今はあっちにいるけど透も、中学の大会ですれ違っているはずだよ」
「「「…………………………えっ?」」」
「三園ひよりは、北地区出身なの。北地区の、玉緒中の出身。そして、わたしたちのリベロである三園ひかりの――」
「「「………………お姉さん?」」」
「そういうこと」
「「「………………しすたー?」」」
「いえす、しー、いず」
「「「………………?」」」
「「「……………………??」」」
「「「…………………………!!?」」」
「「「ええええええええええええええっ!?」」」
うん! そうなるよね!
「おおお、お姉さんっスか!? ひかり殿の!? ――はっ!? でも確かに最初の頃、ひかり殿は『妹』だって話をしたっス!!」
「あっ、それあたしも思い出した!! でも、なんとなく上はおにーちゃげふん『お兄さん』なのかなって!!」
「自分も音々殿も透殿もみんな兄か弟っスもんね……!! くうっ、姉とは盲点だったっス!!」
「二人とも驚くとこ微妙に違う気がするよぉ!?」
「そ、そうでした……!! えっと、それで、そのひかり殿の姉御前が、法栄大立華のリベロなんっスよね!?」
「しかも中学時代は玉中って――ああっ、ダメ、他校の二コ上なんてさすがに覚えてないわ……!!」
「お前は他校の同学年だって覚えてなかっただろ」
「ツッコミは後にして颯!! いや、でも、万智先輩なら覚えているんじゃないですか!?」
「そ、それがはっきりとは思い出せないんだよねぇ……! でも、確かに一つ上の玉中は強かった。それは覚えてるっ! だって静ちゃんたちに勝って地区一位だったから――――――静ちゃん!!!?」
「は、はい……なんでございましょう……」
「静ちゃんは知ってたの、ひかりちゃんのお姉さんのこと!?」
「う、うん、玉緒とは小学生の頃から何度も試合してるし……」
「もしかして、ひかりちゃんのお姉さんって、すごく有名人!?」
「うん……北地区の同世代で『玉中の三園』を知らない人はいないと思う」
「じゃあ、ひかりちゃんがその『玉中の三園』さんと関係があるっていうことは――」
「最初に自己紹介を聞いたときから気づいてた。むしろあの人に妹がいたことに驚いた」
「なぁんということぉ!?」
「き、聞きたいことが多過ぎます……! あのっ、ちょっとひかりを呼んできていいですか!?」
「おおっ、音々殿! それなら自分も付いていくっスよ!!」
「あっ、音々、梨衣菜、待って――!」
「「ほえっ?」」
「え、えっと……! だから、その……」
「「その?」」
「当のひかり自身は、この件であまり騒ぎ立ててほしくないみたいなんだよね」
胡桃ちゃんの呟きに、ぴたっ、とみんなの動きが固まる。
「……えぇっと、その、胡桃さん?」
「もちろん、本人がはっきりそう言ったわけではないよ。わたしが今こうして彼女の話をしているのだって、本人の了承を得てのことだし。けど――」
「そこはかとなく、お姉さんの話題には触れてほしくなさそうだよね……」
「そ、そういうものっスか……? 自分だったら、むしろ自慢して回りたいっスけど――」
「……いや、わからないわよ、梨衣菜。姉妹の仲って端から見るより複雑だから。しかも、相手が『全国最強のリベロ』ってなると余計に……」
「なるほどぉ……そっかぁ、ひかりちゃんとはポジションも同じなんだもんねぇ。もしかすると、プレッシャーみたいなものを感じてたりとかするのかも……」
「プレッシャーというか、単に興味本位で騒がれるのが苦手なだけなのでは?」
「あぁ、それもありそうだよねぇ――って、そうだよぉ! ナナちゃんたちも知ってたんだよねぇ?」
「まあ、私はあの人とは、県選抜とかでなんとなく面識があるし」
「七絵先輩はそうですよね……。凛々花と颯は?」
「「あたし(わたし)は全然知らなかったわよ(な)」」
「最初に言い出したのは、夕里だったよね。それで、希和と知沙さんが『あっ!』ってなったの」
「夕里や希和や知沙先輩まで……本当にものすごい有名人なのね」
「ちなみにっスけど、このこと、Cコート組は知ってるっスか?」
「とりあえず、実花は知ってる」
「えっ!? あいつ……いつの間に……?」
「本人曰く、音成と練習試合したときに」
「まさかの入部前!?」
「ただ、透と由紀恵は知らないと思う」
「透ちゃんはきっとすごくびっくりするだろうねぇ。由紀恵さんは聞いてもそんなに驚かなさそうですけどぉ――」
「私がどうかしたー?」
「由紀恵さぁん!?」
声に驚いて、私たちは一斉に振り返る。すると、Cコートの観戦に行っていたはずの由紀恵ちゃんが、どういうわけか戻ってきていた。
「ゆ、由紀恵? どうかしたの? 今ちょっとデリケートな話を」
「そんなことより聞いてよ静ぁー!」
「ちょ由紀恵何ぐほっ……!?」
「正解は、聞いても驚かないどころか、聞こうともしないだったね」
「そんなこと言ってる場合ですか胡桃さん! あわわぁ、静ちゃんが大変なことに……!」
「ゆっ、由紀恵、首っ、首が……!」
「うわーん! ねえ、静ってば聞いてよー! みんなひどいんだよー!」
突如乱入してきた由紀恵ちゃんは、なぜか涙ながらに静ちゃんに抱きついた。今にも締め落とされそうな静ちゃんも心配だが、由紀恵ちゃんの様子もおかしい。一体Cコートで何があったのだろう……。
「ねえねえ、静ぁ?」
「けほっ、こほっ……えっと、なに、由紀恵?」
「静は、私のこと、好きだよね?」
「えっ……? あ、うん、もちろん好きか嫌いかでいえば」
「大好きなんだね! ありがとう、静! 私も静のことが大好きだぁー!!」
「ぐふっ……! あっ、うん、それはどうも……」
「というわけで、胡桃おばあちゃん! 静ママは拉致ってきます!」
「どうぞどうぞ」
「いきなり来てどういうことなの!? 事情がさっぱりなんだけど――っていうか、胡桃も飛び火は勘弁みたいな感じで二つ返事するのやめて!?」
「では、お騒がせしましたー!」
「ちょ、由紀恵、引っ張らなっ、あっ、わっ、わわっ…………」
しーん、
と、静ちゃんが連れ去れた後には、代わりとばかりに静けさが残された。
「さすが由紀恵先輩……ヴァイタリティの塊よね」(音々ちゃん)
「じっとしてられない人なんだろうな」(颯ちゃん)
「静先輩はもう戻ってこないかもしれないけど……その分まで、あたしたちは偵察を続けましょう」(凛々花ちゃん)
ひそひそ、と静ちゃんの後ろの席に座っていた172センチトリオが囁き合う。そしてそのタイミングで、こほん、と咳払いをする志帆ちゃん。
「さて、そろそろ第二セットが始まるね」
まるで何事もなかったかのように!? というか、なかったことにするつもりだ!?
「南五和にとっては、厳しい戦いが続きそうですね」
「第二セットになると、探り合うような時間もないわけですし」
コートに選手が並び始めたことで、ナナちゃんや恵理ちゃんも本来の目的に回帰する。由紀恵ちゃん乱入の衝撃も次第に薄れていき、やがてボールがコートに流される頃には、私も試合のほうに意識を向けるようになっていた(ごめんね、静ちゃん……っ! あなたのことを忘れたわけじゃないんだよ! 本当だよ!)。
けれど、もちろん、そう簡単には消えない衝撃もあるわけで――。
「あっ……出てきたっス……!」
一度『そう』だと知ってしまえば、そちらに目がいくのは当然だろう。
後衛の新垣さんと入れ替わり、簡潔な指示を出しながら定位置につく、紅のユニフォームを纏うリベロ。
すらりと背が高く、黒髪のポニーテールを靡かせるその容姿は、どことなく実花ちゃんに似ている気もする。
しかし、醸し出す硬質な雰囲気や落ち着き払った物腰は、確かにひかりちゃんと同種のものだ。
「……全国最強のリベロ、かぁ」
第一セットもそうだったけれど、特に彼女には、付け入る隙がまるで見当たらない。
胡桃ちゃん曰く、法栄大立華を盤石たらしめる起点にして――『頂点』。
「第二セットも、法栄大立華の優位は揺らがないだろうね」
澄み渡る星空を見上げながら、「明日は晴れる」と言うような何気なさと確からしさで、志帆ちゃんが言う。すると、
「でも……このままで終わる連中じゃないよ」
いつになく力を込めて、胡桃ちゃんはそう言い返した。
「少なくとも、小夜子や可那は、わたしと同じくらいには諦めが悪いからね」
口の端をちょっとだけ持ち上げて、不敵に微笑む胡桃ちゃん。
コートでは、選手がそれぞれのポジションにつき、サービス許可の笛が鳴る。
法栄大立華VS南五和――第二セットが、始まった。




