A-6(音々) 天を味方につけている選手
「南五和の生天目さん、新人戦からまた強くなってますね……」
「ちなみに今の、君なら止められたかな、七絵?」
「いえ、ここから見ているだけではなんとも……ただ、純と新垣さんが抜かれたことを考えると――」
「確かに。軽々抜いたように見えたけれど、あの二枚ブロックは七絵換算で一枚半くらいの強度はありそうだからね。と、その点に関してはどうかな、明正学園のエースの見解は?」
「「気合でぶち抜きますっ!!」」
「ちょっと……両サイドから声を張り上げないでよ、あんたたち」
日曜日。あたしたち城上女子バレーボール部のメンバーはブロック大会県予選の偵察に来ていた。そこで偶然にも、ついこの前合同合宿をした明正学園のメンバーに出くわし、一緒に観戦することに。試合の様子をビデオ撮影する都合で数人がCコートの観戦に赴き、その後、席割りを両校入り混じりでシャッフル。結果、あたしの席は明正学園のダブルエース――露木凛々花と今川颯の間となっていた。
今、あたしたちが観ているのは、Aコートの準々決勝。
第一シード・法栄大立華と、中央地区一位・南五和の試合だ。
「そう言えば、あの県内最強の左――天久保殿は、七絵殿の元仲間なんっスよね?」
「そうだよ」
「当然、中学の時は県選抜だった?」
「うん」
「というか、法栄大立華に関しては、スタメン全員が県選抜だよ」
「全員っスか!?」
胡桃先輩の一言に、梨衣菜だけでなく、凛々花と颯も「「マジ(本当)ですか!?」」と驚きの声を上げる。もちろん、あたしも声には出さなかったがかなり驚いていた。
「キャプテンでレフトの三年生――龍守心は、三年前の中学総体で県優勝した大滝中出身で、当時もキャプテンでレフトエースだった。また、彼女は続く県選抜でもキャプテンを務めた。名実ともに世代を代表する選手であり、県内女子バレーボール界の『心臓』と呼ばれている。実際どれくらい有名なのかと言えば――」
「『心臓』……言われてみれば、小学生の時も中学生の時も、県大会の選手宣誓する人がそんなふうに名乗っていたような……」
「この通り、静でも聞き覚えがあるレベル。もはや県内に知らぬ者はいないってことだね」
「なるほど、よくわかりました」
「えっ、音々、それどういう意味……!?」
「あ、いえ、なんかすいません……! 自分自身のことに置き換えるとよくわかる、という意味ですっ! その……あたしも、あまり他のチームの選手って覚えるほうじゃないので……」
「まったくだな」
颯にツッコまれた(だからその節はごめんって!)。
「えっと……話の腰を折ってすいません、胡桃先輩。続きをお願いします」
「うん。で、そんな県内の『心臓』――龍守心の副官を務めるのがセッターの宮野叶実なんだけれど……この世代の南地区の選手に関しては、わたしより七絵のほうが詳しいのでは?」
「そうかもしれません。基本知り合いですし」
「では、七絵。胡桃にばかり解説をさせるのも悪いから、君からも紹介してくれたまえ」
「わかりました。……えっと、セッターの宮野さん、ですよね。あの人は小学生の頃からずっと龍守心さんの相方で、小学時代のクラブ、大滝中、そして三年前の県選抜でも、副キャプテンでセッターでした。龍守さんと同様に、県内を代表する選手です。たとえば、私が今の県内で選抜チームを作れって言われたら、セッターは宮野さんにお願いすると思います」
「あっ、そこはナナちゃん自身ではないんだね」
「謙虚だな、七絵は」
「いえ、別にそういうわけでは……。とにかく、それくらい間違いのない人だ、ということです」
間違いがない、と来たか。それは、セッターがセッターに送る褒め言葉としては、最高のものかもしれない。
「では……次は、順番的に、ミドルブロッカーの豊見もなみさんですかね。今は後衛なのでアップゾーンにいますが……三年生で、やはり南地区を代表するミドルブロッカーです。龍守さんたちや、私とも違う中学ですが、先述の通り、豊見さんも県選抜経験者です」
「三年生で県選抜でミドルブロッカー……なら、奥沢さんの対角ってことですか?」
「そういうこと」
ぽつりと呟く、西垣芹亜。って、奥沢さん……? 三年のミドルブロッカーらしいけど、誰なのかしら。なんとなく、芹亜が名前を挙げたって事実が、あたしの不安をかき立てるんだけど……。
「それで、その豊見さんと同じ中学の後輩で、私と同期の県選抜でレフトを務めていたのが、レフト対角の二年生――小松里一凪さん」
「二年生で県選抜でレフト……じゃあ、藤本殿の?」
「「例の二年生で一番強いレフトか!?」」
「その藤本さんの、交替要員、かな」
「えっ、そうなんですか? あたしはてっきり、透がその立場にいたのかと」
「藤島さんは、二年前の県選抜ではまだ見習いの段階だったから。本人もいつだったか言ってたけど、大会では他のメンバーのプレーを見ていることが多かったかな」
あれって謙遜して言ってたわけじゃなかったのね……っていうか、まさか透を差し置いて藤本いちいの代わりを務める選手がいたとは。北地区出身的には、そこが一番の衝撃だわ。
「あとは、法栄大立華で最長身の、ミドルブロッカーの新垣愛さん。彼女も県選抜メンバーで、しかも藤島さんと同じように、前年から見習いとして龍守さんたちと全国に出ていた」
「二年連続県選抜――透と同じ……」
それほどに目立つ存在で、しかも将来を有望視される選手だった、ということだ。そして現に今法栄大立華の最長身選手としてスタメンを張っているんだから……その強さは推して知るべし、よね。
「ちなみにっスけど、七絵殿の同期の県選抜ミドルブロッカーなら、南五の佐間田殿もそうっスよね?」
「うん。でも佐間田さ――珠衣さんは、大会の最後のほうは交替要員だったね。場面にもよるけれど、やっぱり高さの面で、新垣さんともう一人に一歩及ばないから」
えっと……それは、あの人と同じくらいの二年生ミドルブロッカーが、もう一人いるってことですか?
……どうしよう、まだ奥沢さんとかいう人の正体もわかってないし、透が言ってた七絵先輩より高いとかいう三年生の正体もわかってないし、胡桃先輩が望月炯子がやられたっぽく仄めかしてた聖レのミドルブロッカーにも心当たりがないし……後が恐いわ。
「それから、改めて純にも触れておこうか。えっと、純が県選抜だったのは、二年前と三年前の二度。そしてどっちの年も、純は左の大砲を任されていた」
「えっ……? それは二年連続で『スタメン』だったって意味ですか? 透みたいな見習い期間は?」
「ないよ。だって、純は、今がそうであるように、当時も二年生時点で既に県内最強の左だったから」
「言われてみれば――!? でも、二年連続で県選抜スタメンとか、そんなのアリなんですか!?」
「うん、まあ、純だから」
答えになってないです、七絵先輩!!
「ところで、自分ふと気づいたっスけど、これまでの話を合わせると、法栄大立華はスタメンのうち五人が三年前の県選抜で一緒だったことになるっスよね?」
「そうだね」
「さらっと!?」
「ただし、正確には五人じゃなくて、六人だけど」
「マジっスか!? あっ、そっか、まだリベロの人が残ってたっスもんね!!」
「そういうこと。なん、だけど…………えっと、立沢先輩?」
「うん、そこから先はわたしが引き取るよ。ありがとう、七絵」
「いえ、大したことはしていません」
「あっ、えっ……と、胡桃? いいの? 今、その、Cコートにいるけど……」
「本人の了承は得ているから、大丈夫」
「胡桃さん? 静さん? なんのことですかぁ?」
「あぁ、いま話す――けど、その前に、志帆たちは知ってるんだよね?」
「まあね。おかげ様で合宿では一時騒然となったよ」
「えっ? あのときって、そんな何かありましたっけ?」
「おっと、すまない。恵理たちには話していなかったな」
「「あの……先輩方? さっき(先程)からなんか話が見えないんですけど(ですが)……」」
「いやいやっ! 凛々花ちゃんと颯ちゃんは見えてなきゃおかしいよね!?」
「これは――何がどうなってるっスか、芹亜殿?」
「ああ、うん。法栄大立華のリベロの人がね、ほにゃほにゃでほにゃほにゃのほにゃなの」
「なに言ってんのあんた……」
口の前で人差し指を交差させてバッテン印を作っている芹亜――は、さて置いて。なんだか先輩たちの様子が変だ。一体どうしたというのだろう……?
と、首を傾げた、その瞬間。
――ずばんっ!
という快音に、反射的にコートへ視線を戻す。見ると、ライトの天久保先輩が「やっほーい!」とピストルの形にした左手を突き上げていた。現在のスコアは、6―4。開幕から続いていた均衡を破る、天久保先輩のブレイクポイントだ。
「リベロ不在でもお構いなし……か。このあたりの法栄大立華の地力の高さはさすがだね」
「というか、なんかワケありなリベロのことも気になりますけど、あたしはそれよりも、あの天久保先輩のことをもっと詳しく聞きたいですね……」
「「はいっ! あたし(わたし)も気になります、県内『最強』の左!」」
「だそうだよ、七絵」
「あっ、はい、えっと――」
元仲間だという七絵先輩は、じっとコートに立つ天久保先輩を見つめる。
「純は、言うなら、そう……天を味方につけている選手、かな」
「「つまり、あの人は『ものすごく運がいい』?」」
「そんなわけないでしょ。比喩よ、比喩」
「いや、まあ……うん、霧咲さんの言う通り。もう少し具体的に言うと、純は試合中、『ここだ』という勝機を逃さない。前衛だろうと後衛だろうと関係なく、『その瞬間』が来たら、すかさず動く。そして結果として、勝利を引き寄せる。自然にプレーしているだけで、大半のことが、純にとっていいように変わっていく。まるで天が味方しているように……」
七絵先輩は、警戒しているのか、それとも懐かしんでいるのか、目を細めて言った。
「あの顔は――たぶん、そろそろ何か仕掛けてくるよ」




