A-4(月美) 脈打つ鼓動
耳の中で鳴っていた。
どくどくどく――と、脈打つ鼓動。
小心者のわたしは、マジで、めちゃくちゃ緊張していた。
なんといっても相手は押しも押されぬ県第一代表・法栄大立華――そのフルメンバーなのだ。いつものようにプレーをしているだけでは勝てない、どころか一方的に試合を決められてしまう恐れさえある。
引き離されたら、終わり。
だというのに……。
ばしんっ!
と、よくわからないうちに先取点を決められてしまった。なんかわたしの指先の上を強烈なスパイクが抜けていった気がするけれど、それも定かではない。とにかくそれくらいテンパっている。
お、お、落ち着け、わたし……ひとまず状況を整理しよう。
雫のサーブで始まった試合。
現在のスコアは、1―0。
こちらのローテは以下の通りだ。
―――――――――
小夜子 月美 珠衣
可那 信乃 雫
この布陣、わたしには大まかに四つの選択肢がある。
一、レフトの小夜子へトスを送る。
二、センターの珠衣へトスを送る。
三、後衛の信乃へトスを送る。
四、わたし自身でツーアタックを狙う。
ちらり、とわたしは相手コートの様子を伺う。すると、相手セッター・宮野叶実さんと目が合った。そして微笑まれた。
……ツーは無理、と。
小さく溜息をつき、自軍に視線を戻す。そのとき、ちょうどサーブが放たれた。相手のミドルブロッカー・豊見もなみさんの癖のないフローターは、信乃の正面へ。
ご丁寧に……バックアタックも潰された。
いかに信乃が身体能力に優れているとはいえ、レセプションの直後にバックアタックを打つのは負担が大きい。多用できる技ではないし、ここで無駄打ちさせるわけにはいかない。
となると、あとは小夜子か、珠衣か……うーん……。
「信乃ぉー!! ボールよく見ろよ!!」
「はっ、はい!!」
っと、悩むのはここまで――!
ボールが信乃に迫る。カットがどこに上がっても対応できるよう、リベロの可那がフォローに回り、わたしも身体を適度にリラックスさせる。信乃はアンダーハンドでボールを捉えた。カットは、少し短い。
「っ、すいません!」
「大丈夫……! ――小夜子!」
「任せてっ!」
カットが乱れたのを見た瞬間、わたしは迷わず小夜子へアイコンタクトを送った。レフトへの二段トス。最も無難な選択。相手が相手だけに、すんなり決まる可能性は低いだろう。それでもミスで自滅するよりはいい。幸い今あちらはリベロ不在だし、あとはラリーの中で勝機を見つけて――。
落下点に入りながら、わたしは既に次の相手の攻撃、それを凌いだのちの自軍の攻撃へと、思考を切り替えていた。横目で敵陣の様子を伺いつつ、セットアップのために軽く床を蹴る。そこへ、
「月美さんッ!」
決意に満ちた、清新な声が聞こえた。それは100メートル走の号砲のように、一瞬にしてわたしの身体の芯まで響き、わたしにある一つの決まりきった動作――わたしが『中学時代から』行ってきた動作を、強制した。
すうっ――、
と、わたしは『そこ』へボールをただ『置く』。特別な意味づけをしない、ニュートラルなトス。それをどう料理するかは、彼女次第。
「ナイストスですっ!!」
――だんッ!
と快音が響く。ボールはブロックに当たって大きくライト方向へ跳ね上がり、そのままサイドラインを割った。ブロックアウトを取られた相手の二年生ミドルブロッカーが、にんまりと微笑む。
「やってくれるねっ――佐間田妹ちゃん!」
「はいそこ! 珠衣は珠衣なんでお間違いなくっ!」
「うん、知ってた!」
「こいつ……! 次わざと言ったら張り倒すから、新垣愛!」
「はいそこ! 私は新垣愛なんでお間違いなく!」
「…………えっ?」
「あれ!? 素で間違えたの!? 普通にショックなんだけど!?」
「ご、ごめん、ガッキーで覚えてたから……」
「珠衣ちゃんのちくしょうめー!!」
「冗談だよ」
なんか和気藹々としていた。その楽しげな雰囲気につられて、こんがらがっていた糸がほどけるみたいに、肩からするすると力が抜けていく。
「……ナイスキー、珠衣。調子よさそうだね」
「もっちろんですよ! このままぶっ飛ばしていくんで、ばんばんトスください!」
「うん。次、珠衣のサーブだけどね」
「えっ、うそ!? あっ、ローテ調整したから……!!」
かくして、スコアは、1―1。ローテが一つ回り、可那OUT、はるIN。
―――――――――
はる 小夜子 月美
信乃 雫 珠衣←Serve
さて……とりあえず、一点は取った。ここからは――、
わたしはネット際に立ち、レセプションの布陣を敷く法栄大立華のメンバーを眺める。失点による動揺はまったく見られない。みな自然体で声を掛け合っている。
――延々と続く綱渡り、だよね。




