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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
325/374

A-1(樒) 第二日目

 ぴっ、と車をロックすると、私はドアのガラスを鏡にして髪や服装をチェックする。なお、本日のコーディネートは以下の通り。


・フレアパンツ(紺・足の太さをごまかす!)。

・5センチヒールのパンプス(黒・背の低さをごまかす!)。

・ゆるふわなプルオーバーの半袖ブラウス(白・衿浅め・顔の大きさをごまかす!)

・カーディガン(黒・腕の太さをごまかす!)

・髪はサイドを後ろに流してバレッタで留めた(思いきった! と見せかけてただ毛先のカールがイマイチだったのをごまかしただけ!)。

・眼鏡はそのまま(ヘタレ? いや違うんですコンタクトレンズを作る時間がなかっただけなんですホントです)。


 八割方ごまかしを目的としたフェミニン(だと私は思っている)スタイル。今さらチェンジはできないので、「よしっ!」と半ばやけくそに気合を入れ、私は駐車場を出た。

 本日、日曜日。私は部活動の一環で、県大会の偵察に来ていた。体育館の正面に回ると、そこに私が顧問を受け持つバレーボール部の生徒たちの姿があった。彼女たちは私に気づくと、きゃあきゃあ言って私を取り囲んだ。


「わぁ、先生、素敵ですぅ!」「カッコかわいいっス!」「オトナって感じです!」

「うぇへへへ。そう?」


 思わず目尻が下がり、口元がだらしなく緩む。なんて気立てのいい子たちなんだ……私が石油王ならまとめて囲っちゃうレベル。


「これで、あとは坂木さかきコーチだけですね」


 携帯電話を確認しながら、そう、マネージャーの立沢たちさわさん。緩みきっていた私の表情筋がびきりと固まった。

 いや……大丈夫、焦ることはない。少なくとも生徒たちからの評価は上々……今日の私の『さり気なく大人らしさをアピールコーデ』はそれなりに決まっているはずなのだ――さり気なくイヤリングとか、さり気なくネイルとか、さり気なくグロスとか、さり気なくフレグランスとか――とにかくさり気なく大人らしさをアピールできているはず……大丈夫大丈夫丈夫丈大夫夫丈大夫丈大大丈大夫……。

 なんて精神統一をしているところに、その人はやってきた。


「あっ、ど、どうも、皆さん。おはようございます。遅くなりまして……」


 ジーンズにTシャツにジャケット(腕まくりしてる!)というややラフめの格好で現れ、ぺこぺこと腰の低い挨拶をしたのは、坂木さかきゆうさん。さるご縁があって城上しろのぼり女子バレーボール部の外部コーチに内定している、私より二つ年上の男の人だ。生徒たちも坂木さんとは既に顔見知りなので、「「おはようございます!」」と声を揃えて明るく迎えた。


「あっ、はっ、はい、おはようございます。本日はお招きいただきまして……その、ありがとうございます。それで、えっと……」


 みんなの若いエネルギーにたじたじの坂木さんは、救いを求めるように視線をさ迷わせ、私のほうを見た。瞬間、ぴたり、と坂木さんの表情筋が固まる。


「ぁ…………えっ? 山野辺先生?」


 なんで疑問形なんですか!? 私ですよ私! 山野辺やまのべしきみ


「い、いや、すいません! その、こう、色々と、あれが、それで……」

「何がどれですか」

「せ、先生が……綺麗で……」

「ぐばほっ!?」


 朝っぱらから何を言い出しますかこの人!? ってか生徒たちがすっごい見てる! 違う違う違うからっ!


「お、上手ですね、坂木さん? おほほほ……」

「いや、お世辞じゃなくて……その、いい、と思います」


 まだ言いますか!? 新手の嫌がらせですか!? さてはこの前の焦げかに玉の恨みですか!?


「ほ、ほんと、てきとーに言ってるんじゃないっすよ! 服とか、可愛くて、あと、その……さり気ない耳の飾りとかさり気ない爪のきらきらとかさり気ない口元の艶とかさり気ない甘い匂いとか……そういうさり気ない大人らしさが素敵だと思いますっ!」


 うおおおいっ!? なに全部ネタバラシしてるんですか!! さり気なさが地平の彼方までぶっ飛びましたよ!!


「あっ、あれ……? おれ、なんか変なこと言っちゃいました?」

「…………いえ、全ては私の見通しの甘さのせいです」


 なぜワッペンの悲劇を忘れていたのだろう。この人はテンパると重箱の隅の細かいところまで目が行く人だったじゃないか……。


「では、全員揃ったので行きましょうか」


 ぐだぐだな大人たちを見限って、立沢さんは無感情にそう言った。




 ――和田総合体育館内


 館内に入って私がまず驚いたのは、その空間の広さだった。


「わああ……っ! 県大会の会場ってこんなに大きいんだねぇ!」


 左から右へぐるりと首を回し、次に照明が煌々と光る天井を見上げ、最後に私は眼下のコートに視線を移した。

ワックスにつやめいて、きらきらと天井の光を反射する飴色の床面。そこに三面分のコートがゆとりをもって設営されている。

 そして、そんな広々としたコートを縦横無尽に動き回る、猛々しい選手たち。


「なんだか……選手ひとりひとりの迫力がすごいね。みんなすごく強そう」

「今日はトーナメントの第二日目で、集まっているのは県八強以上の強豪ばかりですからね」

「ああ、道理で。あと、今日は男子の試合も一緒にやるんだね?」

「はい。女子の試合はA・Cコート、男子のほうはBコートと別会場のDコートで行います」

「ははあ……」


 私は観客席ギャラリーを見回してみる。次の試合の準備アップをしているところや、寄り集まってミーティングをしているところ、あるいは、メガホンを打ち鳴らして応援の段取りを確認しているところ――そのどれもが強豪(この中から優勝するチームが出てくるのだ!)というだけあって、館内は賑やかとか活気があるなんてレベルを超えて、ほとんど殺気立っていた。

 それに、どの子もぱっと見でわかるほど身体が大きい――驚くべきことに、坂木さんより背の高い男の子があっちこっちにいるのだ。

 女子校務めであることもあいまって、私は海の向こうの異国にでも迷い込んだような、なんとなく落ち着かない気持ちになる。

 そうしてきょろきょろそわそわしていたら、ぼふっ、と死角から衝撃を受けた。


「うわっぷ!!」

「や、山野辺先生っ!? 大丈夫ですか!?」

「は、はい、おかげ様でダメージはさほど……っ! それより、ごめんね、君――」

「いえ、こちらこそ不注意でした。申し訳ありません」


 私とぶつかったその子は、被っていたキャップを取って頭を下げた。長めの髪を後ろで一つ結びにした、お洒落な男の子。私は坂木さんに支えられたまま、頭を下げてもなお私より大きいその偉容をまじまじと見つめる。

 と、向こうが顔を上げ、私たちの目が合った。


「「あっ」」


 ちょっと眠たげな瞳に、長めの前髪、僅かに開いた口元――私は彼に……否、『彼女』に見覚えがあった。


「……小田原おだわらさん?」

「はい、そうです。えっと、そちらは確か城上女の――」


 言い差して、小田原おだわら七絵ななえさんは私と坂木さんを交互に見る。やがて彼女は「あぁ……」と何かを得心したように頷き、再び頭を下げた。


「おくつろぎのところを邪魔してしまって……重ね重ね、申し訳ありません」

「違う違う違うっ! お寛ぎとかそういうんじゃなくて――そう、引率っ! ほら、あっち! ねっ、みんないるでしょう?」

「ん……? ああ――」


 小田原さんは振り返り、混雑の中で落ち着ける席を探している城上女じょじょじょのみんなの姿を認めた。みんなのほうもすぐ小田原さんに気づく。


「あっ、ナナちゃんだぁ! わぁ、偶然! どうしたのぉ?」

「いや、どうした、というか……」

「――おや? もしかしてそこに万智まちもいるのかな?」


 微笑を含む爽やかな声が、人垣の向こうから聞こえてくる。通行人の間をすり抜けて現れたのは、私服姿の星賀ほしか志帆しほさん。小田原さんと同じ明正めいじょう学園女子バレーボール部の部長さんだ。


「やあ、みなさん。合同合宿いつぞやぶりだね」

「おはよう、志帆。やっぱり、明正学園あなたたちも来てたんだね」

和田体育館ここは近所だからね。それはそうと、もしや座れるところをお探しかな?」

「そう。予想より混んでいて、困っている」

「よければ、私たちのところに来るかい? 多少手狭になるけれど」

「とても助かる。ありがとう」

「決まりだね」


 星賀さんと立沢さんの間で、話はすぐにまとまった。こっちだ、と来た道を引き返す星賀さん。私たちはぞろぞろとその後に従い、ほどなく明正学園メンバーが陣取っていた場所に着く。

 そこにいたのは、合宿のときに試合に出ていたメンバー+マネージャーの早鈴はやすず知沙ちささん、それに裏部員として途中から参加した川崎かわさき恵理えりさん、という顔ぶれだった。ちなみに神保じんぼ先生は不在である。


「おかえり志帆ちゃ――って増えてる!」「お邪魔させてもらうよ、知沙」「「なんで城上女(あんた(お前)たち)がここに!?」」「なんでって、偵察(あんたたちと同じ)よ」「本当にすぐ再会したな」「皆さんご健勝のようで何よりです」


 そうして限られたスペースの中でがやがやと再会の挨拶を交わしていると、ちょうど階下のコートで公式ウォームアップが始まった。


「えっと……今から試合をするのは――」


 みんなの後ろから背伸びをして、手前のコートを覗き込む。と、私の独り言を聞いた立沢さんが律儀にも答えてくれた。


「手前のAコートは、エメラルドのほうが第一シードの法栄大ほうえいだい立華りっか、朽葉色のほうが中央地区一位の南五和みなみいつわ。向こうのCコートは、蜂柄ハニーイエローのほうが第二シードの音成おとなる女子、深紫のほうが北地区一位の石館いしだて商業です」

「なんと……」


 意外にも知っている高校ばかりだった。南五和とは市川いちかわさん絡みで一度練習試合をしているし、石館商業は私たち城上女が属する北地区の筆頭校。そして音成女子は去年一年間岩村(いわむら)さんがお世話になった東地区の強豪だ。唯一直接の繋がりがないのは法栄大附属立華高校だけれど、さすがの私も、ここ数年の県で最も強い高校の名前くらいは把握している。

 今まさにコートで試合の準備をしている選手たちが、決して見ず知らずの子ではないとわかって、私は今更ながらに、意識した。

 ここが公式戦の場で、しかもトーナメントだから、一度でも負けてしまえば、彼女たちの道はその時点で途切れてしまうのだと。

 今日は大会の第二日目――優勝するチームが決まる。

 それはつまり、栄冠を手にするたった一校以外の全ての学校が、どこかで必ず敗退してしまうということ。

 もっとも立沢さん曰く、これはブロック大会の県予選で、上位四チームまでは『次』に進めるとのことだけれど……。

 いずれにせよ、今から始まる準々決勝で敗れたチームに、『次』はない。


「……試合、始まりますね」

「山野辺先生、大丈夫ですか? なんだかそわそわしてますけど……もしお手洗いとかに行くなら、おれ付き添いましょうか……?」

「き、緊張しているだけですっ!」


 っていうか『付き添う』ってなんですか!?


「ごっ、誤解です!? 入口まで案内するだけですから!!」

「当たり前ですよ!! なに言ってるんですか!?」


 などとしょうもないやり取りをしている間に、生徒たちはAコート観戦組とCコート観戦組に分かれ、席決めや移動を始めていた。当たり前だけど、みんな真面目に偵察する気満々だ。私と坂木さんは背筋を正して、気を引き締める。


「……試合、見ましょうか」

「……は、はい、そうっすね」


 ウォームアップを終えた選手たちが整列する。


 ぴぃぃぃ――と、戦いの始まりを告げる笛が、高らかに鳴り響いた。

あけましておめでとうございます。


長らくお待たせしました。新章スタートです。

構成の都合で、本章はAパートとCパートが同時進行します。

それに伴い、Aパートは次回以降、割り込み投稿になります。

基本的に、毎回AとCを一話ずつ(計二話)進めていくので、更新されたなーと思ったら両パートの最新話をご覧ください。


それでは、今年もよろしくお願いします。

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