199(アンドロメダ) 最後の第七試合
ブロック大会県予選、第一日目。
四強・音成女子は地区予選免除だったので、この大会が私の高校に入って初めての公式戦となった。チームで最長身の私は、有難いことにユニフォームをもらってベンチ入りすることができた。
大会では、東地区の同中出身者のほかに、県選抜メンバーの姿も各所で見かけた。そのうち、三坂総合に進学した南雲みまりと、津久和第一に進学した京閏&新堂灯コンビは、スタメン出場していた。三人以外で確認できたメンバーは、みんな四強にいたので、さすがにスタメンには選ばれず。そんな中、私は一回戦で試験的にピンチサーバー、そして次セットではワンポイントブロッカーとしてコートに立つことができた。四強に入ったメンバーでは、たぶん公式戦デビュー一番乗りだと思う。まあ、サーブは二本目で外しちゃったしブロックではボールに触れなかったしで、ほぼ何もしていないんだけど……。
音成女子は、一年生を出す余裕があるくらいなので、一回戦は悠々突破。そしていよいよ二回戦に臨む時間になった。第一日目の日程のトリを飾る第七試合で、第一シードの法栄大立華がAコート、第二シードである音成女子はCコート。そして今回対戦するのは――、
「西海道第二……って、どういうチームなんですか?」
試合開始のおよそ三十分前。廊下でストレッチしていたときに、私は二年生の東愛梨先輩にそう尋ねた。愛梨先輩は頭の上で肘を持ってぐぐぐっと肩から脇腹にかけてを伸ばしつつ、そうだなあ、と答えてくれる。
「チームとしての特徴は、音成に似てるところも多いかな。コンビ攻撃が厄介。だから、私たちの力量が試される部分はあると思う。あと、そう、ミドルブロッカーと言えば――四日市巡さん、って人がいるんだけど」
「ミドルブロッカーなんですか?」
「そう。三年生で、西海道第二では特に目立つ人。この人が、なんというか……狂ったように強い」
「く、狂ったように、ですか?」
「喩えるなら、マリチカさんからネジを二、三本抜いて魔改造を施したような感じ」
「そっ、そんな狂った人が実在するんですか!? マリチカ先輩だって相当狂ってるのに!」
「てやんでーっ! 聞こえてっぞー、そこ二人ー!」
「「すいませんっ!?」」
話が逸れた。私と愛梨先輩はこそこそと声をひそめて続きを話す。
「……で、その四日市さんなんだけど、県内の三年生ミドルブロッカーでよく名前が上がる人なんだ。なんでも、あの聖レの――アンも開会式で見たよね?――『県内最高』こと奥沢蘭さん……県内のミドルブロッカーでは断トツに有名な人だけど、その奥沢さんを次点にして、四日市さんこそ『県内最強の中軸』だって言う人も多いらしい」
「『県内最高』以上……!? そ、そんなにヤバイんですか?」
「そう、ヤバイ人なんだよ、色々な意味で。これは和美さんに聞いた話なんだけど、実際、中三のときには県選抜候補に名前が挙がったんだって」
「名前が挙がった――ってことは、選考会で落ちたってことですか? 県内最強の中軸なんて言われる人が、どうして……?」
「本人を見ればわかる」
そして迎えた第七試合。公式練習は西海道第二からだった。私は、コートの外でアップをする傍ら、スパイク練習をする相手チームを観察した。そして、
「イイイーヤッフゥゥゥゥー!!」
ぱあん!
「ヒィィィィィアッハァァァァー!!」
ぱあん!
「シャアァァァップルァァァァァー!!」
ぱあん!
なんか奇声を発しながらめちゃくちゃ強烈な速攻を打ってる人がいた! マリチカ先輩からネジを二、三本抜いて魔改造を施したような強さとヤバさ! 間違いないあの人だ!
「ね?」
「よくわかりました……」
かなり奇天烈な人だということ。そしてプレーだけを見る限り、息を飲むほどに強い、ということ。
そうしてちらちら見ていると、偶然、その人の打ったボールが跳ねて私の胸に飛び込んできた。あっ、と思ってキャッチすると、その人はずだだだとダッシュして私の前にやってきたと思ったらハグしてきた。
「イェアー! キミ、とってもキュートね! 見ない顔だけど、もしかして新人さん?」
「はははは、はい! 一年の鈴木アンドロメダです、ってか、あの顔が近」
「アンドロメダ!? ファー! イカしてるね! あっ、オレっちは四日市巡っての! というわけで、初めましてのむちゅー!」
「#$%&!?」
「おいてめー四日市巡! なに後輩にからんでくれてんでー!」
「イェアー! 鞠川千嘉! 心の友ウェー! 元気そうだなのむちゅー!」
「なにしやがるこのすっとこどっこい!?」
「別に減るもんでもなし! オレっちとおまえの仲だろのむちゅー!」
「やめねーかオタンコナス!!」
「拒まれると燃えるぜのむちゅー!」
「やあああめえええろおおおおおおおお!!」
す、すごい……マリチカ先輩が押され気味なとこなんて初めて見たかも……。
「公式中にふらふらしないでください、巡さん」
すっぱーん!
と空気の弾けるいい音がした。見ると、ハリセンを持った160センチくらいの人が四日市先輩の背後に立っていた。ジャージ姿で胸に『M』のワッペンをつけている。西海道第二のマネージャーさんだろうか。
「来るのが遅えーよぃ、小高彩依琉! とっととこの変態を持って帰りやがれ!」
「すいません、鞠川さん。それに鈴木さんも。この度はうちの者が失礼いたしました」
「あっ、いえ、その」
「さ、行きますよ、巡さん」
「イェアー! 彩依琉ってば今日も超クール! そんなところも大好きのむちゅー!」
「寄らないでください」
すっぱーん!
「イェアー! 愛のハリセンがしみるファー! 気合い入ったぜ! イェアー!」
うわあ……顔面にハリセンを喰らってもまったくめげないなんて……本当に色々と狂ってる人だ。
「あの変態に気に入られたみてーだな、ドロメダ」
「気に入られた? どういうことですか?」
「てめーが去年の県選抜で、しかもミドルブロッカーだと知っててちょっかいかけてきた、ってこったよ」
「それは……えっと、なんというか、光栄です」
「光栄、か――なるほどねぃ。けど、あんま喜んでばかりもいられねーかもよ?」
えっ? と固まる私。マリチカ先輩は悪戯っぽく目を細めて、コートに戻った四日市先輩を示す。
「県大会でもブロック大会でも、勝ち進めば進むほど強ーヤツに出会う確率は上がる。そして中には、ただプレーしているだけで周りを『呑みこむ』ヤツがいる。てめーに近いところなら藤島透みてーにな。あの変態も、まあ、その類いだ」
見ていると、四日市先輩がまた奇声を発しながら凄まじいスパイクを打ち込んだ。思わず、ごくり、と喉が鳴る。マリチカ先輩はそんな私を見て「わっかりやすいなー、てめーは!」と肩を叩いた。
「い、いや、でも……」
「おーおーまさか忘れたのかよぃ? てめーの仲間に誰がいるのか」
「え――」
きょとんと目を丸くする私に、にやりと歯を見せて笑い、マリチカ先輩はぱちんと手を合わせた。
「おしっ、ぼちぼち交替だな! 行くぞ、ドロメダ!」
「あっ、は、はいっ!」
ぐるんっ、と肩を回してコートへ突き進むマリチカ先輩。その背中を追って、直後、私は気づいた。たくさんの視線――にわかに人が増えた観客席から、無数の視線が注がれている。誰もがこの人の一挙手一投足に注目しているのだ。
「おうおう、美波! まずはご挨拶の一発行くぜぃ!」
「ヘーイ、お安い御用よ!」
スターティングメンバーがコートに入り、スパイク練習に入る。一番手はもちろんマリチカ先輩。チャンスボールから、美波先輩が流れるようにトスを上げ、マリチカ先輩が空中に躍り出る。
「あらっよおおお――――っといッ!!」
ぱあんッ!!
と文句無しの強打が決まる。その衝撃は会場全体を震わせ、見ているだけで、自然と身体から熱が湧き上がってくる。
ただのレフト平行、なんの変哲もないプレー、しかもまだ公式練習の段階だというのに、早くも観客が魅せられている。会場全体が『呑みこまれている』。私は声出しも忘れて見入っていた。と、
「よいっしょおおお――――っとりゃ!!」
だあんッ!!
どよどよ、と、反対側のAコートでも、別の選手によって揺れが起きた。それが誰かなんて確認するまでもない。そっちはそっちで見たら目を奪われるとわかっているので、私は仲間のほうだけを見る。軽快にスパイクを決めていくスターティングメンバーの先輩たち。公式戦の舞台で飛び回る蜜蜂の群れ。その姿を見ているうちに、さっき感じた不安はすっかりどこかへ消えていた。私は改めて、音成女子に来てよかった、と思う。
ブロック大会県予選、第一日目。
最後の第七試合が、始まろうとしていた。
登場人物の平均身長:164.4cm




