198(笑美) 血に飢えた獣
きゅ、きゅ、きゅ、と朝からの雨で湿った廊下を大股で歩く先輩たち。
「いやー、すっかり遅くなっちゃって」
「今日のお説教はまた一段と長かったからな」
「半分くらいはここにゃんへの賛辞だったよな」
「いや確かに今日のここにゃんは神懸かってたよ? でも、それはそれ!」
「これはこれ! もちろんここにゃんに罪はない!」
「そう! 全てはあのネチネチ眼鏡の話が長いのが悪い!」
「『君たちはね(眼鏡かちゃ)、フゥ(マッチの火を消すような短い吐息)、強豪の自覚が足りません(謎の優しげなスマイル)』」
「ぎゃははは似てるぅ!」
「『もっと一点一点を大事にしていかなければ(ここでじっと目を合わせる)、フゥ(マッチの火を消すような短い吐息)、本当に強い相手と(眼鏡かちゃ)、ぎりぎりの勝負になっとき(眼鏡かちゃ)、フゥ(マッチの火を消すような短い吐息)、……(謎の溜め)勝つことはできませんよ(眼鏡かちゃ)』」
「ぎゃははは超似てるぅ!」
「あれ? なあ、喜々くん、私ちょっと思ったんだけどな」
「どうした? ――あっ待って、僕も気づいたよ、楽々ちゃん!」
「「ネチネチ眼鏡意外といいこと言ってね? ……ぷぷっ! ぎゃははは!!」」
「うっせーぞ、お前ら!!」
「「さーせん、ゴリさん!」」
「ゴリさん言うな!! ぶっ飛ばすぞ!!」
「「きゃー、ゴリさんこわーい! ぎゃははは!!」」
怒号と嬌声が廊下中に響き渡る。三人とも素で試合中みたいな大声を出すので、「あのー」と普通に声を掛けても届かない。軽い気持ちで迎えを引き受けたが、私には荷が重い気がしてきた。
あっ、ちなみに私の名前は、門野・シャルロッテ・笑美。この四月に柏木大附属に入学した高校一年生。で、この騒がしい方々は、同じバレーボール部の三年生だ。
私たち柏木大附属は、Dコートでの第六試合に勝利したあと、簡単なミーティングを行ったのち解散した。先輩たち三人は、そのあと監督に個別に呼び出しを受けたのである。それ以外のメンバーは第七試合の観戦のためにメイン会場に移動したのだが、先輩たちがなかなか戻ってこない。そこで私が派遣されたのだ。
先輩たちは、既に監督の姿のなくなった廊下の一角で、今みたいな調子でだべっていた(なので監督の話が実際にどれくらい長かったのかは定かではない)。私の姿を見ると「「あっ、そうだ試合!」」と思い出したように言って(ひょっとして監督の話よりだべっていた時間のほうが長かったのでは? と思えるが定かではない)、「「こうしちゃいられない!」」と移動を始めた。
だが、いかにも急がなければという口ぶりのわりに、三人ともばたばたと廊下を走ったりはしなかった。悠然と、余裕たっぷりに、廊下の真ん中を練り歩く。これが監督の言葉を借りるなら『強豪の自覚』だろうか。先輩たちの中にある強者のプライドが、なんかこう、自然と風格のある振る舞いをさせているのだろうか。
「あー! 見て見て楽々ちゃん! こんなところに小銭が落ちてるぜ!」
「メガラッキー! そうだ喜々くん! そのお金でアイス買おうぜ! 半分こ半分こ!」
……うわぁプライドないのかなこの先輩たち……。
「僕チョコミントがいいな!」
「私は断然ストロベリー!」
「チョコミントっしょ!」
「ストロベリーだね!」
「チョコミント!」
「ストロベリー!」
「「ああん? やんのかコラ!?」」
「おい喧嘩すんなよ一卵性双生児!! めんどくせーからバニラにしとけ!」
「「いやバニラはないっしょ(笑)」」
「そこは仲良しかよ!?」
ぎゃあぎゃあと自販機の前で揉める先輩たち。そこへ、クリーム色の髪を揺らめかせ、一人の美人がきょろきょろと辺りを見回しながら歩いてくる。あのおっとりとした雰囲気は、確か古手川第二の丹羽美禰子先輩だ。
「「あっ、ネコちゃんだ! やっほー!」」
「あら、皆さん。ごきげんよう。聞いたわ、二日目進出おめでとう」
「おう、ご丁寧にどうも。つか丹羽、一人でどうしたんだ? いつもの番犬は?」
「ああ……それが、ちょっとね。さっき、ナカちゃんとそこでアイスを買ったときに、ナカちゃん、お金を零しちゃったの。その場で大体は拾ったんだけれど、アイスもあったし、ナカちゃんももういいよって言うから、よく探さないで戻っちゃったのよ。でも、お金が落ちたときの音と、拾えたお金の数が釣り合わない気がして、こっそり探しにきたの」
「「………………」」
「でも……うーん、見つからないわねえ。それとも、あの時拾った分で全部だった……? んー……」
「こほんこほん。あれあれ、喜々くん!」
「こほんこほん。なんだい、楽々ちゃん!」
「見てくれ! あんなところに小銭が落ちてるぜ!」
「おおっ、本当だ! あんなところに小銭が!」
「えっ? どこどこ?」
「おっと女神様の手を煩わせるまでもない! ここに全部拾ったものがあります!」
「どうでしょう? これで間違いありませんか?」
「あっ、たぶん、これだと思うわ! ナカちゃんね、この、縁がギザギザのやつが好きでたくさん持ってるの! ただ、確かにそうだとは言えないけど……」
「いいや、間違いないよ。このお金はネコちゃんに拾われるのを待っていたんだ!」
「そうだよ、お金だってネコちゃんのような心の綺麗な人に拾われて嬉しいはずだよ!」
「本当に? なら、せっかくだから、ご親切に甘えちゃおうかしら。ありがとう、楽々さん、喜々さん」
「「どういたしまして!」」
「本当に助かったわ。では、わたしはこれで」
「「またねネコちゃん! ……そして永遠にさよならアイス……」」
「あー、俺、バニラ買うけど、一口食うか?」
「「ゴリさーん! 愛してるぜー!」」
というわけで、しばしアイス休憩――「げっ、お前ら! 一口がでけーよ!」――をしたのち、ようやく試合会場に至る。
「おっ、まだ公式中か」
「間に合ったっぽいねー」
「そういえば、大洋大と津久和ってどうした?」
「ああ、それなら――」
その時、ぱあん、だあん、と立て続けに快音が響き、ざわざわ、と会場にどよめきが走った。音に引き寄せられるようにコートを見る。アップしているのは、目当ての二校。
Aコートは第一シード、白雲に流麗な碧の風、法栄大立華。
Cコートは第二シード、蜂蜜色と黒の毒々しい縞模様、音成女子。
「「ねねっ、立華の相手はどこ?」」
「北地区二位の玉緒第二ってところです」
「玉緒っつーと、〝天頂〟の古巣か」
視線をコートの外に移す。白い十一人の中に、たった一人だけ赤い選手が混ざっている。この『紅一点』の配色は、曰く〝天頂〟の直系である証らしい。ちなみに〝天頂〟本人も、ユニフォームは白雲に鮮烈な紅日の光で、周りの碧に対して『紅一点』となっている。
「「で、成女のほうのお相手は?」」
「ありゃ西海道第二だろ」
「あっ、そうです。なんでわかったんですか?」
「あんなイカれたデザインのユニフォームが他にあるかよ」
先輩の言う通り、そのユニフォームは特徴的なデザインをしていた。黄色と黒の縞模様で、一見すると対戦相手である音成女子のユニフォームと似ている。ただ、西海道第二のほうが全体的に色合いが濃い。また、縞も単なる水平の横縞ではなく、真ん中でV字に折れている。
「ちなみに、音成と西海道第二を見分けるにはケツに注目すりゃいい。赤いほうが西海道第二だぜ」
「あっ、本当ですね。でも、なんでわざわざパンツの後ろ側だけ赤に?」
「ありゃ〝狂い女郎〟っつってな、ジョロウグモを模してんだよ」
「「へえー! ゴリさん物知り!」」
「ゴリさん言うな!!」
「ジョロウグモ、っていうと……確か、網に掛かればスズメバチだって食べちゃうやつですよね」
「はてな楽々ちゃん、『蜂』と言えば?」
「〝毒蜜蜂《Killer Honey Bee》〟! 音成女子だよ、喜々くん!」
「蜘蛛が蜂を……か。面白え話だが、そいつは困るな。音成も、立華も、ヤツらにゃきっちり生き残ってもらわねーと」
言うと、先輩は血に飢えた獣のように目をギラつかせ、凶悪に嗤った。
「俺たちが喰い殺せねえ――だろ?」
登場人物の平均身長:164.4cm




