196(玲子) 初期布陣
ブロック大会県予選、第一日目、Cコート、第六試合。
石館商業VS大洋大筑紫、第一セット。
スコア、22―22。
瑠璃の悪ふざけみたいなラッキーカットで、点数が並ぶ。これで少しは動揺するか? と思ったが、そこは百戦錬磨の南地区。小揺るぎもしなかった。
――ぽとんっ、
と前方にボールが落ちる。わたしは思わず「ぐう」と呻いてしまった。まさかの二連続フェイント。しかも同じところに。あのレフト……竹田かなり、とかいう二年生だったか。いい腕と度胸してやがる。
スコア、22―23。
大洋大筑紫のローテが回り、ついに〝破壊獣〟――玉原睦美が前衛に上がってくる。公式プロフィール、170センチ、74キロ。172センチのわたしよりも二回りくらいデカい超重量級のウイングスパイカー。鈍重だなどと侮るなかれ。あいつが纏っているのは筋肉の鎧。重さとはパワー。パワーとは力。そして力とは、すなわち、強さだ。
―――――――――
睦美 祐子 季奈子
口笛 美桜 かなり
―――――――――
郁恵 玲子 明晞
いちい 千里 杏子
セットの頭から三周回って、大洋大筑紫はちょうど最初のローテに戻った形だ。そして通常、試合で最も多く回ってくる初期布陣とは、得点の期待できる『強い』ローテである。
こちらのローテも、三枚攻撃で十分強いローテだが、どうなるか――。
サーブは、後衛に下がった竹田かなり。ジャンプフローターで狙うのは、ちっ、わたしか!
「そら……よっ! と、悪い、千里」
カットが少し詰まる。しかも低い。千里はジャンプトスできず、地に足をつけたままボールを捉えた。郁恵がAに入っているが、仮にトスが上がっても有効打にはならないだろう。なら、ここはわたしが責任を持って決める。
とーんっ、
とわたしへセミが上がった。サンキュー、千里。わたしは相手の陣形をちら見して、ブロックの低いストレート側、その深いところに当たりをつける。ネットに対してほぼ直角に踏み込み、ボールを捉えやすいようややネットから離れた位置で跳んで、頭上のボールを真っ直ぐに、叩く。
「なんてな!」
ぱしんっ、
と軽めの音を響かせ、ボールは『右奥』へと飛ぶ。ストレート狙いは騙し。本命は、逆。正面に向かって踏み切ったあと、インパクトの寸前で身体を開き、右腕を外に払うようにしてボールを叩いたのだ。
「わっぷう!?」
予断で飛び出した方向の逆に打ち込まれ、相手のリベロ――〝座敷荒し〟の司馬口笛がたたらを踏む。よしっ、と内心ガッツポーズ。そして次の瞬間、
「――なんちゃってさ!」
たたらを踏み終えた司馬口笛が、にやりと笑う。その視線が右奥へ。あたしもそちらを見る。するとそこには、
「かなり! そっち行ったよ!」
「オーライです!」
BLの竹田かなりが正面で待ち構えていた。くっそ、さてはあの司馬の指示か――!? 『釣った』つもりが『釣られていた』ことに気づいて、わたしは舌打ちをする。そうこうしているうちに竹田かなりのカットがいい感じに上がり、そこへ網走祐子が走り込む。トスは当然のように、エースへ。
「郁恵、いい子だから私に合わせてねえ。せーので跳ぶんだよ。はい、よし、せー」
「「のっ!」」
「邪魔だゴラあああああッ!!」
どごん――ッ!
と二枚ブロックを物ともせず打ち込まれる豪打。明晞と郁恵がぴったり揃えた壁は、ひとたまりもなく粉砕された。ボールはブロックを突き破り、コートのど真ん中を跳ねる。それを、BLにいたいちい君が、ぱしっ、と片手で受け止めた。
こじ開けた壁の間から、いちい君を睨みつける、玉原睦美。
いちい君はその視線を黙って受け止め、仁王立ちのまま微動だにしない。
スコアは22―24。
大洋大筑紫の、セットポイント。
ちら、と明晞がわたしに視線を寄越す。わたしは首を振った。タイムアウトは取らなくていい、という意味だ。調子は決して悪くない。ここで切られると逆にリズムが狂っちまう。
「尾崎さん」
「なんだ、いちい君、心配なら要らないぜ」
「いえ、別に心配はしていません。ただ……『次は決めてください』」
真顔で迫ってくんなよ! 恐えよ! 脅しかよ!
「お願いします」
言うだけ言って、すたすた定位置に戻るいちい君。可愛くねえ……いや、可愛かったらもうそれいちい君じゃねえけど。
「ったく、わかってるっつの……」
熱い息を吐き出して、わたしは相手を見据える。玉原が前衛に上がってきた以上、向こうにチャンスボールを与えたらその時点でアウト。ゆえにレセプションからの攻撃で確実に決めたい。が、アレコレ策を巡らせても、騙し合いの好きな司馬にしてやられる可能性がある。じゃあ、どうすりゃいい……? 思いつかない。思いつかないまま――サーブが飛んできた。
「千里!」
レシーブを上げる前から、わたしは千里に呼び掛ける。もう一本寄越せ、と視線で念押ししつつ、カット。上出来。わたしと郁恵と明晞の三枚攻撃。そして千里は――わたしは千里のこういうとこが大好きだ――わたしを選んだ。
「フォロー、オーケー」
無愛想な声が背後から聞こえてくる。それに痛いほどの視線と、押し殺したような息遣いを感じる。大方わたしがブロックされたときの対処を考えているのだろう。『次は決めてください』なんて殊勝なことを言ったのはどの口だっての。可愛くねえ。ああ可愛くねえ……!
「っだらああああッ!!」
ばんっ!
と会心の一撃。ボールはブロックを弾き飛ばし、だんっ、と相手コートへ落ちる。
「しゃあああああああ!!」
これで、スコア、23―24。
セットポイントには変わりない。だが、それでも、ここで一点を取ったことには大きな意味がある。
「ナイスキーです、尾崎さん」
ローテが回り、こちらも初期布陣に回帰。向こうが『怪獣』ならこちらは『暴君』――藤本いちい君の登場だ。いちい君はゆっくり前衛に上がっていきながら、コートにいる仲間に声を掛けていく。
「斎藤さんはサーブを入れてください」
「お安い御用で」
「尾崎さんと佐々木はブロックに集中してください」
「あいよ」「うむ」
「日下部さんはレシーブを上げてください」
「任せとけ」
「それからトスですけど――柳さん」
ネットの前で立ち止まり、振り返って千里にまっすぐ目を合わせ、いちい君は完全に脅迫する声色で言い放った。
「全部、僕に、上げろ」
「……おう」
千里は皮肉っぽく眉を顰め、心底愉しそうににやりと笑んだ。




