195(かなり) 簡単に取れる一点
試合を経験するたびに思い知らされる。
簡単に取れる一点なんて、ない。
「たあああ――っ!」
ぱあん!
と全力でレフト平行を打つ。いい感じ。でも、
「杏子さん、ワンチです!」
「よくやった、瑠璃!」
決まらない。繋がれる。そこから二段トスでレフトへ。アタッカーは〝帚星の尾〟――尾崎玲子。
「っらあああ!」
だあん、
と快音。強打がクロスへ抜ける。
「上げろ、口笛!」
「言われなくともさ、睦美!」
たたたた――たんっ!
と口笛さんが軽やかに跳ぶ。ボールは睦美さんの上へ。睦美さんはそれをライトの美桜さんに繋いだ。
「ぶっ飛ばせ、美桜ッ!」
「任せて――にょん!」
ごっ、
と打ったボールがブロックにぶつかる。が、それはネットを越えなかった。
「んにょ!? ごめん、フォロー!」
「ほい来た!」
「季奈子ナイス! かなり、行くよっ!」
「はい!」
祐子さんからのトス。ラリーの中だが助走は十分取れている。二段トスのレフトセミ。踏み込んで――打つ!
ぱあん!
とジャストミート。いい感じ。でも、やはり、簡単に取れる一点なんて――ない。
「っ!?」
たんっ、
とボールは私の背後に落ちた。ブロックされたのだ。
スコア、20―21。
藤本いちいのサーブミス、次いで季奈子さんの好プレー。そのまま一気に押し切れると思ったら、もう一点差。しぶとい。しかも、今の向こうの前衛は全員170以上。この高さはそれだけでプレッシャーだ。
「焦る必要はねえ。レセプションから一本、確実に決めてくぞ」
睦美さんに背中を叩かれる。私は頷いて、汗を拭い、気持ちを立て直す。ぎりぎりの勝負なら南地区大会でも経験した。これくらいでは崩れない。
次のラリーは、一撃で決着がついた。口笛さんのAカットからの、季奈子さんの速攻。散ったブロックの隙を突いた。相手に高さの利を活かさせない。三枚攻撃の定石だ。
「っしゃあ! がんがん攻めていくぞ!」
「「おおおおっ!」」
スコア、20―22。
ローテが回り、美桜さんが後衛に。セッターの祐子さんが前衛に上がる。ここで突き放せれば大きい――が、相手も落ち着いていた。
「やっほい!」
たあんっ、
とミドルブロッカー・宝円寺瑠璃のお返しのようなAクイックが炸裂。
スコア、21―22。
相手のローテが回り、リベロが抜ける。サーバーは宝円寺。ここは一本で切りたい。
ばしっ、とジャンプフローターが放たれる。私はそれを自分でカットし、レフトへ回る。祐子さんのトスは――私へ。
決めてやる。ブロックは二枚。ネットに対してほぼ直角に踏み込んで、腕を振りかぶる。直前、視界の端でFLを守る尾崎玲子の立ち位置を確認。あそこなら――これは、届くまい。
とんっ、
とフェイントでブロックをかわす。尾崎玲子の位置からは私の姿はブロックに隠れて見えない。反応が一瞬遅れる。そしてその一瞬が明暗を分ける。
「ちっ……!」
落ちていくボール。決まれ! 着地した私はそう念じた。声に出していたかもしれない。直後、
「でいやぁー!」
ロケット弾のように選手が突っ込んできた。BCから。宝円寺瑠璃。でも、なんで?
「瑠璃っ、おま、なんで!?」
「勘です!」
「ふざけんな!」
「え! なんでファインプレーしたのに怒られるんですか!?」
「危ないからだよっ! せめて声くらいかけろ!」
フライングレシーブして床に伸びている宝円寺に説教しながら、尾崎玲子がアンダーハンドでボールを繋ぐ。ライトの斎藤明晞への二段トス。「んー」と斎藤明晞はゆったりした動きでトスに合わせ、ほぼ助走なしでひょっと跳び上がると、
「えいやっ!」
だんっ!
と想定外の強打を放ってくる。ジャンプがゆったりしていたから、その緩いリズムにつられてブロックが甘くなってしまった。激しい衝撃に手が弾かれ、ボールはコートの外へ。
スコア、22―22。
追い、つかれた……。
「今のはしてやられたな。ったく嫌らしいヤツだぜ、あの〝明の一番星〟はよ」
「睦美さん……」
「ま、やられたもんは仕方ねえ。それより、さっきのフェイント、よかったぜ。次もその調子で攻めていけ」
はいっ! と私は声を張る。睦美さんは私の気負いを見抜いて、骨太な手で私の肩をぐりぐりと揉んだ。
「そんなにアレコレ考えんな。いいか? 状況はシンプルだ。ここで一本決めれば、ローテが一つ回る――おまえが今わかってりゃいいのは、それだけだ」
言うと、睦美さんは、がぱり、と口を開いて笑みを作る。特撮映画の火を噴く怪獣のような、口の端から白い煙が漏れ出てきそうな、荒々しい笑み。睦美さんは「ま、とにかく頼むぜ!」と私の肩を叩き、のしのしと大股に定位置に戻った。BLの、定位置に。
ふぅ、と私は深呼吸する。そうだ。状況はいたってシンプル。
ここで一本決めれば、ローテが一つ回る。そうすれば――。
ふと、ネットの向こうの斎藤明晞と目が合った。にやにやと私を見ている。理由は不明。なので、無視。相手にしない。目の前のプレーに集中。
「さああっ、来い!」
私は声を張り上げ、相手を見据える。斎藤明晞が肩を竦めたようにも見えたが、その時にはもうサーブが放たれていたので、確かめることはできなかった。
登場人物の平均身長:164.2cm




