192(舞姫) 二回戦敗退
さすがは激戦区・南地区の一位――彼女たちは一瞬の隙も見逃さない。即興の、Bクイックに近い攻撃が、だんっ、と私たちのコートに突き刺さる。
鳴り響く試合終了のホイッスル。
汗が額から落ちてきて目に入った。私はそれを拭わなかった。目は痛むし、視界が滲む。けれど、それがどうしたというのだろう。もう次のプレーはないのだ。
「「ありがとうございました……っ!!」」
ブロック大会県予選、第一日目、Dコート、第五試合。
福智学園武岡VS三坂総合、試合結果。
第一セット、25―19。
第二セット、25―22。
無念の二回戦敗退だった。しかし、気持ちの整理はひとまずあと。公式戦の試合後は、試合前と同じくらいに慌ただしい。相手校の監督への挨拶とお礼、応援席への挨拶とお礼、そして速やかな撤収と、適切なクールダウンと、全体集合。さらに次試合へ補助員の派遣、用具の整理、荷物の整理、着替え、父兄から頂いた差し入れの山分け……などなど。
「だあーっ! 届かなかったかあ……!!」
悔しさを吐き出せたのは、試合終了から小一時間ほど経ってからだった。別会場であるDコートのコの字型観客席の端っこでお通夜状態だった私たちだが、キャプテンの蒼木漣の一声をきっかけに、ようやく試合内容を振り返る雰囲気になった。
「序盤にペースを持っていかれたのが痛かったわね。一セット目を取られて、そのまま逃げ切られてしまったわ」(私)
「終盤はなー、盛り返して五分まで持ってた気がするんだけど」(翠)
「それでも、五分止まり。ひっくり返すには至らず。あちらは終始平常に得点を重ね、この結果である」(白更)
「遠いですね、南地区の背中は……」(晶子)
会話が途切れ、誰のものともわからない溜息が聞こえる。放っておくと沈んでいく雰囲気。それを止めたのは、止水だった。
「――でも、その背中が見えるとこまでは、来られた。手応えは……あった」
足を投げ出し、腕組みをして俯いている止水。じっと爪先を見つめるその目を、私は覗き込む。潤んだ瞳の奥に、ぎらつく光。私は漣に微笑と視線を送る。漣は「うし!」と立ち上がった。
「止水の言う通りだ。試合には負けちまったが、ここで何もかも終わりじゃない。次への足掛かりは残せた。っつーわけで――おいっ、みまり! いつまで丸くなってんだ!」
椅子の上でアルマジロ化している一年生の南雲みまりの背中を、漣はぺしんと叩く。みまりは丸まったまま「むうー……!」と身体を揺らした。
「だってだってだって……! ちょー悔しいんですもん! あたしがもっと決められたら二セット目は勝ってましたもん!」
「生意気抜かしやがって、ルーキーが。お前はよくやってくれたよ」
わしゃしゃしゃ、と一見乱暴に、でも優しくみまりの頭を撫でる漣。「んもー! くすぐったいです!」とみまりは漣の手から逃れるようにアルマジロ化を解いた。漣が私に目配せする。私は、ありがとう、と唇の動きで伝えた。
みまりの力を活かしきれなかったことは、今回の私の第一の反省点。どんなにポテンシャルがあっても、みまりはつい数ヶ月前まで中学生だったのだ。初めての高校バレーの舞台で、ネットの高さもボールの大きさも違う。それをわかっていながら、私の力量が足りないばかりに、苦しい場面で彼女に大きな負担を強いた。アタッカーの力を引き出すことが私の役割であるはずなのに……本当に、悔やんでも悔やみきれない。
「まあ……悔しい気持ちは、私も同じだよ。でも、だからこそ、その気持ちは次に進むためのエネルギーに変えていこう。くすぶらせてたって何がどうなるわけでもない。だろ?」
漣の言葉に、真っ先に反応したのは止水だ。「そっすね!」と両手でふとももを叩き、止水は立ち上がった。
「いい加減うだうだしてても仕方ねえ。オレ、ちょっと他の試合見てきます!」
さすが止水は走り出すのが早かった。取るものも取りあえずといった様子でばたばたと駆け出す。漣が「おい! 携帯持ってんのか!?」と呼び止めるも、時既に遅し。止水の姿は柱の影になって見えなくなっていた。「やれやれ」と晶子がいかにも重そうに腰を上げる。
「たぶん、止水の目当ては石館商業だと思うです。集合掛けるときは、ボクに連絡ください」
「おう、よろしく頼む」
「では、またあとでです」
携帯を見せてそう言うと、晶子は止水のあとを追った。廊下のほうから、「止水ー! 待つですー!」という声が聞こえてくる。
「……しからば、我輩も行くである」
のそりと立ち上がる白更。翠も跳ねるように立った。
「白更はどこ見にいくんだ?」
「聖レオンハルト女学院である」
「聖レ! いいな、わたしも一緒にいく!」
連れ立って観客席を出ていく二人を見送って、私も立ち上がる。そして未だ動けずにいる一年生に声を掛けた。
「ねえ、みまりはどこか見たいチームないの? ほら、県選抜のお友達とか。あなた以外にも出てる子はいそうなものだけれど――」
言いながら、私は階下のDコートを見る。四強・柏木大附属――今試合に出ているスタメンはいつもの顔ぶれだ。でも、パンフレットによれば、柏木大附属は今大会、二人の一年生を控えメンバーとして登録している。恐らくは、あの子たちなのだろう――アップゾーンにそれらしい子の姿が見える。
「……あれは、まひるくんとシャルくんです」
「あら、やっぱり知り合いなのね」
「はい。二人とも県選抜のメインメンバーでした。でも……んー、今日はずっとベンチっぽいですね」
「十分すごいわよ」
拗ねたように口を尖らせるみまりに、私は思わず笑ってしまった。四強――特に有力選手の多い南地区の法栄大立華と柏木大附属には、三年生や二年生にも県選抜経験者がごろごろいる。一年生がこの時期にベンチ入りしていること自体、なかなか異例なことなのだ。
「あの柏木大の二人以外にはいないの? 相手の今湊女子は東地区だけど――」
「東地区は……えっと、アンくんは音成女子のとこで見たから……そうですね、他はいないです」
「なら、北地区は? 今は、石館商業ってところが試合中よ」
「北地区には、一人いるんですけど……どうですかね。かなり目立つので、いたら気づくと思うんですよ」
「なんていう子?」
「藤島透くん、っていう、レフトのエースやってた子です。背が180近くあって――あっ、今は超えてるかも――とにかく、めちゃめちゃ強いですし、存在感も半端ないですから、出てるならとっくに噂になってるはずです」
「一年生で180センチ……それは、確かに騒ぎにならないほうがおかしいわね。漣は何か聞いてる?」
「いや、知らないな。でも、もし石館商業――藤本のとこにそんな怪物が入ったんなら、止水がなんか言ってるんじゃないか?」
「特にそれらしいことは聞いてないわね……」
「あたしも、透くんのことは開会式でそれとなく探したんですけど、見つからなかったです」
「じゃあ、きっと今回は県大会に出てきてないのね。それはそれで不思議な話だけど――」
県選抜でエースを務めた180級の怪物が地区予選を突破できなかった、なんて、ありうるだろうか? いや、それよりも、いつぞやの小田原七絵ちゃんのように、どこかに潜伏していると考えたほうがいいかもしれない。藤島透ちゃん……一応、記憶に留めておこう。
「あっ、そうだ!」
「あら、誰か出てる子を思い出した?」
「そうですそうです! 閏くんと灯くんが――あっ、県選抜でセッターとスーパーエースだった二人組なんですけど、今朝ユニフォーム着てるとこ見かけました! えっと、二人は南地区だから――」
「大洋大筑紫?」
「そこじゃないとこです!」
「なら、津久和第一かしら」
「いえっす! その津久和です! もしかして、今試合中ですか?」
「ええ。中央地区一位の南五和とね。見に行ってみる?」
「行きますっ!」
ぴょん、と勢いよく跳ね起きるみまり。ようやく元気を取り戻したようで、私は漣と笑い合った。みまりはばたばたと準備をして、ほどなく「いつでもゴーですっ!」と満面の笑みで私に振り向いた。
「津久和第一はAコートよ。――あっ、それで、ごめんなさい。ちょっと先に行っててくれる?」
「わっかりました! じゃあ、舞姫先輩、またあとで!」
「ええ、すぐ追いつくわ」
ひらひらと手を振って、みまりを見送る。観客席はすっかり人気がなくなった。レギュラー以外のメンバーも、補助員に出ていたり、他校の試合を見に行ったりしているので、残っているのは、私と漣だけ。
「どうした、舞姫。津久和第一の相手は南五和――逢坂月美がいるとこだろ。見に行かなくていいのかよ」
「なに、私がいたらお邪魔?」
「別にそうは言ってない」
ぼすっ、とふてくされたように椅子に座る漣。私はその後ろに回って、覆い被さるように抱きつく。漣の視線は、階下で行われている試合に注がれている。
柏木大附属VS今湊女子――もし私たちが今日勝利していたら、この試合の勝者と明日対戦することになっていた。今頃はきっと全員で、食い入るように見つめていたに違いない。
すん、と漣が鼻を鳴らす。私はそれに気づかないふりをして、漣の見ているのと同じものを見る。
「……舞姫」
なに、と応じる代わりに、腕組みをしている漣の手に、自分の手を重ねる。漣は静かに呟いた。
「次は、勝つぞ。私はもう……この景色は見飽きた」
「ええ。今の私たちには、その力があると思うわ」
それからしばらく、私たちは熱戦を眺めながら、一つの塊のままでいた。




