190(胡桃) 前回大会八強
その日の全体練習は朝から始まり、昼に終わった。今は昼食後で、個人練習をしている。今日はバスケ部が大会でいないため、体育館の使用枠を二つ続けて取れたのだった。
「よし。みんな、ちょっと休憩にしようか」
「「はーい!」」
「えー、私まだ打ち足りなーい!」
「はいはい。じゃ、静、あとよろしく」
「丸投げが雑!?」
「しずしず先輩にゆきりん先輩! 私もご一緒していいですか!?」
「おおっ、いいねー実花ちゃん! 勝負しよう勝負!」
わたしたち(静と由紀恵と実花以外)はスパイク練習を切り上げ、飲み物を飲んだり身体を休めたりする。わたしは持ち込んでいた携帯電話を手に取り、新着メッセージがないか確認。と、少しそわそわした様子でこちらを伺うひかり(と同じくそわそわした様子でひかりを伺う透)が、わたしの元へ近づいてきた。用件はわかっている。昼休憩の時にも、ひかりは携帯を弄るわたしにちらちら視線を送ってきた。なので、わたしは先回りして答える。
「県大会なら、早いところで第五試合が終了したところ。二回戦も本格化してきて、いよいよ初日も大詰め」
「そうですか……。ちなみに、一回戦の結果のほうは?」
ひかりの問いに、「なになに?」「大会速報っスね!」「あっ、私も聞きたいですぅ」と音々・梨衣菜・万智も興味を示して、わたしの周りに集まってくる。わたしは全国の明日の天気をお伝えするように、順番に結果を読み上げていった。
「ひとまず、四強は、どこも危なげなく一回戦突破」
「わっ、じゃあ音成女子も勝ったんですねぇ」
万智が嬉しそうに手を合わせる。わたしは微笑して、次に透を見た。
「それから、八強候補だけれど、ここも同じく順当に一回戦突破。南五和もそうだし、石館商業も」
「ま、まあ、そうですよね……」
透はどこか遠くに目をやる。わたしは続いてひかりに言った。
「それから、館商以外の北地区代表だけど、玉緒第二は勝ったよ」
「ああ……勝ちましたか。いやはや、それはよかったです」
ひかりは安堵に胸を撫で下ろし、それから僅かに羨望を滲ませて「そうですか、勝ちましたか……」と呟いた。わたしは県予選の組み合わせについて特にみんなに伝えていないが(明日の偵察時に配る予定である)、ひかりは既に個人的に組み合わせ表を見ているのだろう。当然、玉緒第二が一回戦を勝ち上がった場合にどこと対戦することになるのかも、知っているに違いない。
「玉緒第二は、ってことは、修英学園や石館第二は負けちゃったっスか?」
と訊いたのは梨衣菜。わたしは頷く。
「そう。残念だけれど、相手が相手だったからね。でも、修英のほうは、西地区の一位をあと一歩のところまで追い詰めたって。あくまで個人の感想だけれど」
「あっ、もしかして胡桃さんのメールの相手って衣緒さんなんですかぁ?」
「メインはそう。あとは可那ともやり取りしてるけど、あっちは普通に試合あるから、合間合間に」
「ちなみに、石館第二はどんな感じだったかわかります?」
今度は音々が訊いてきた。石館第二のスタメンには、彼女の出身である霞ヶ丘中の先輩が二人もいるから、気になるのだろう。
「そっちはあまり詳しくはわからない。でも、どうも第一セットに望月炯子を出したみたい。これは、あなたたちの同期だと、県大会デビュー一番乗りだね」
「あいつ……やるわね。やっぱり、活躍したんでしょうか?」
「どうだろう。彼女の高さがあれば県でも十分通用すると思うけど、今回は相手が悪いかもしれない」
「相手って、どこだったんですか?」
「聖レオンハルト女学院。四強の一角だよ。そして聖レのミドルブロッカーと言えば――と、これについては、明日その目で確かめて」
「わ、わかりました」
誰だろ、と記憶を辿るように首を傾げる音々。勿体つけずに言ってもいいのだが、彼女はまさしく『百聞は一見に如かず』なので、ここでくどくど説明する意味は薄いのだ。
「それにしても……炯子さんたち、一回戦から四強と当たっちゃったんですね」
透が同情するように目を伏せる。そういうものだよ、とわたしは答える。
「組み合わせは、強者同士がなるべく喰らい合わないように作るから、地区大会で下位だと、どうしても一回戦で格上と当たる。たとえ二位通過でも、半分くらいは二回戦で四強と当たるしね」
「地区予選での一位通過は、県大会で勝ち上がるための必須条件、というわけですか」
「必須条件……」
真剣な表情で頷くひかりと、その後ろで頭を抱える透。と、「ハイッ!」と梨衣菜が手を挙げた。
「質問っス、胡桃殿! 地区一位だと、具体的に組み合わせでどう有利になるっスか?」
「第一には、格上と当たらずに八強が狙える位置に入れる。言い換えると、地区一位は、八強に上がるまで、四強とは当たらない」
「地区の数は、東・西・南・北・中央・県庁で六つっスよね。ってことは――」
「四強のいる枠を除くと、八強争いはトーナメント表の四箇所で起こるわけだけど、そのうち二箇所で地区一位同士の喰らい合いが起こる。つまり、六校の地区一位のうち二校は、八強に上がれず敗退するんだね」
「むむっ……地区一位でも厳しいものは厳しいっスね」
「地区一位同士――あれ? じゃあ、もしかして、館商と南五和が二回戦で当たることもある、ってことですか?」
「今回のブロック大会に限って言えば、それはない」
「へぇぇ、そうなんですねぇ。どうしてですかぁ?」
「『四強』や『地区一位』以外にも、組み合わせの際に考慮される要素があるんだよ。それが、『前回大会八強』」
「あっ、なるほどっス! つまり、『地区一位』と『前回大会八強』をダブルで満たす学校同士は、組み合わせがバラけるっスね?」
「そういうこと。今回の大会で言えば、館商と南五和、それに南地区の一位がその二つの要素を満たしている。こういうチームを俗に『準シード』って言ったりするね。この準シードは、四強の次に優先度が高くて、組み合わせ表では四強から一番遠い枠に入ることになる。当然、準シード同士が早い段階で対戦することもない」
「なるほどぉ。そう考えると、最初の大会――新人戦の結果ってかなり重要なんですねぇ」
「うん。新人戦で八強入りできれば、その世代の間はかなり優位に戦える。これは逆に言えば、うちみたいに実績のないチームは、『地区一位』のチケットをもぎ取る以外に組み合わせを有利にする方法がないってこと」
「やはり、県大会で勝ち上がるのに、地区一位は最低条件ですね」
「最低条件……うぅ」
神妙な表情で頷くひかりと、その後ろで頭を抱え背中を丸める透。と、「あのー」と音々が手を挙げた。
「ちょっといいですか、胡桃先輩。今、準シードのチームって、館商と南五和ともう一校で、全部で三校だけってことでしたよね? でも、前回大会八強っていうなら、もう一校あるはずじゃないですか?」
「いいところに気づいたね、音々。確かに、前回大会八強のチームは、あと一校ある。でも、そのチームは今回、準シードにはなれなかったんだ」
「前回大会八強なのに準シードじゃないってことはぁ……」
「……あっ」
「ぴこーんっス! ずばり、そのチームは地区一位じゃないっスね!?」
「梨衣菜、正解」
「くっ、それあたしがいま言おうとしてたやつなのにっ!」
「なるほど……確かに、地区一位でなくとも、組み合わせと実力如何では、八強まで勝ち上がれる可能性は大いにありますからね。その場合――つまり、前回大会八強で、地区一位ではないチームは、組み合わせのどこに入るのですか?」
「もちろん、八強争いができるところに入るよ。地区一位より優先度は下がるけど」
「今回の大会では、そういうチームが一つあるってことっスよね?」
「そう。南地区の二位がそれに当て嵌まる」
「あっ……そっか、南地区は、チーム数が多いから……」
「透の言う通り。南地区は北地区の倍以上の規模があって、地区八位まで県大会に進める」
「えっ、そんなに違うんですか?」
「うん。あっちの地区大会は、だから、ちょっとした県大会みたいな感じだよ。当然、チーム間の競争も激しい。上位三校くらいまでは、他地区の一位とそう変わらない強豪だと考えていい。今回の県大会でも、南地区の三位が、一回戦で県庁地区の一位に勝ってる」
「三位が一位に……よっぽど激戦区なんスね、その南地区は」
「向こうでは、地区一位になるほうが県八強になるより難しいと言われるくらいだからね」
「ちなみにですけど……その、前回大会八強だっていう南地区二位のチームは、今回どうなってるんですか?」
「そっちも一回戦は突破した。ちょうど今から八強争いの二回戦。相手は――石館商業」
「「「えっ!?」」」
「それは、館商に『まさか』があるかもしれない、という意味でしょうか?」
「い、いや、いちいさんに限ってそんな……! えっ、ないです、よね?」
「どうだろう、なんとも言えないかな。チームの総合力を考えれば、大きな差はないと思う。少なくとも楽に勝てる相手じゃない。相手は館商や南五和と同じ前回大会八強――新人戦で確かな実績を残しているわけだから」
「で、でも、館商は、地区一位、ですし……」
「それを言うなら、透。地区一位は県内に六チームあるけれど、前回大会八強は、四強を除けば県内に四チームしかないんだからね?」
「うっ、うう……でも……」
「そう言えば、立沢先輩。その前回大会八強だという相手のお名前、まだ伺っていませんでしたね」
うろたえる透の頭を撫でつつ、ひかりが尋ねる。わたしは簡潔に答えた。
「南地区二位・大洋大筑紫――このチームは、手強いよ」




