188(遊) 五彩の嬋媛《Princess Principles》
お姫様、という言葉がこれほど似合う人もいないだろう。
ハーフアップでまとめてもなお肩甲骨を覆い隠すほど豊かな、きらきらに波打つゴールデンブロンドの巻き毛。頭の上にはダイヤモンド(本物じゃないよね?)を散りばめた細身のティアラ。ぱっちりとした天然ものの碧眼に、意思の強そうな弧を描く眉。高く筋の通った鼻梁、ぷるぷるの桃色の唇。そして健康的に均整の取れたプロポーション。彼女が身につけていると、質素で機能性重視のユニフォームさえ、絢爛なパーティードレスに見えてくるから不思議だ。
「本日はよろしくお願いいたしますわ、〝天遊〟――高天原遊さん」
彼女はそう言って優雅に右手を差し出した。思わず片膝をついてその甲にキスしそうになる。が、もちろんプロトコールでそんなことはしない。
「こちらこそよろしくです、〝五彩の嬋媛〟――五反田媛子さん」
私たちは握手を交わし、サーブ権争いに移る。コイントスの結果、勝ったのは私だった。
「こちらは、サーブを後攻で。コートはそちらに譲りますよ」
「手堅いですのね。では、コートはこのままで」
サーブ権争いが済むと、次に記録用紙へのサインを求められた。先にペンを取ったのは五反田さん。すらすらと名前を書き込んでいく。
「一回戦……始めのほうだけでしたが、見させていただきましてよ。噂の両利きセッター――あの〝断鋏の女神〟を下したからには、ただの曲芸ではないようですわね」
「曲芸って」
ひどい言われようだったが、それは決して弥子を嘲ったわけではなく、あくまで五反田さん一流の揺るぎない自信からくる発言だとわかったので、私は苦笑するだけで特に訂正を求めたりはしなかった。それどころか、この溢れる自信をひと欠片でも元仲間に分けてやりたいものだ、と感服したくらいである。
「世にも稀有な〝叛逆の御手〟――同じセッターとして、とても興味がありますの」
「セッターとして、ね」
私は五反田さんからペンを受け取り、自分の名前を用紙に書き込みながら、ちらりと彼女の横顔を伺う。
南に〝断鋏の女神〟あれば、東に〝五彩の嬋媛〟ありと名を馳せる、東地区一位・潮第一の司令塔――それは、しかし、五反田さんの数ある才能のうちの一つでしかない。
名前を書き終え、私は最後にもう一度五反田さんと握手しようとした。すると、それを阻むようなタイミングで細身の人がこちらへやってきて、五反田さんに後ろから声を掛けた。
「媛子、お迎えに上がりました」
「ご苦労さま、侑里」
彼女は五反田さんの傍に立つと、黒曜石のように黒々とした目で、牽制するようにこちらを睨んできた。私は胸の前でハンズアップして、五反田さんから一歩離れる。そんな無言のやり取りを知ってか知らずか、五反田さんは、この世の全てが自分の意のまま、とばかりに豪然と微笑む。
「では、楽しませてくださいまし」
「噛みつかれても泣かないでくださいね」
「あたくしがそんなヤワに見えまして?」
私は苦笑して首を振った。五反田さんはご機嫌に髪を搔き上げ、踵を返す。彼女はその後ろに付き従い、去り際にもう一度だけ私のことを流し見た。いやはや参った参った、と肩を竦め、私もチームの輪へと戻っていく。副キャプテンの来布佑乃が迎えてくれた。
「お帰り、遊。姫様と従者の相手は大変そうだったな」
「そう思ったならフォローしに来てよ……」
「悪い悪い。で、それはそうと、サーブはどうなった?」
「こっちがレシーブから。できれば先取点を取って、試合をリードしたい感じね。古手川第二に勝った勢いのまま一セット目が取れれば、勝機はあるはず」
「そうなったら、どんな顔するかな、あのお姫様」
「烈火の如く怒り狂って反撃してくるに一票」
「ま、噛みつかれたくらいで大人しく引っ込むタイプではないよな、あれは」
私と佑乃は声を潜めて笑いつつ、足早にコートから出た。公式ウォームアップは先攻サーブの潮第一からだ。白銀に群青ラインのユニフォームを着たスターティングメンバーがコートに散った。チャンスボールからのコンビ攻撃。セッターの位置にいるのは、しかし、五反田さんではない。先程、五反田さんを迎えにきた黒髪の彼女――知恩院侑里さんだ。レシーブが上がり、知恩院さんの丁寧なトスから、五反田さんの華麗なライトセミが、
ばしんっ!
と力強く決まる。実のところ、五反田さんは168センチと私より背が高く、普通に潮第一の主砲の一人である。そんな彼女が『セッター』である理由とは他でもない。潮第一は八強候補の中では唯一の本格ツーセッターチームなのだ。そしてその要こそ、絢爛なるお姫様とその忠実なる従者――五反田媛子と知恩院侑里なのである。
この試合――単純に高さを比べるなら、175センチの十稀子がいるうちのほうが有利だろう。潮第一には170センチ以上の選手が一人しかいない。五反田さんがセッター兼任でさえなければエースを名乗って遜色ない、くらいに、あちらの攻撃陣の力は平均化されている。うちで言えば十稀子、三坂総合なら在原止水、あるいは明星学園なら十二単澪祈といった、傍目にはっきりわかるほど突き抜けた点取り屋は、潮第一には存在しないのだ。
さりとて、現実の潮第一の攻撃力は、他の八強候補に比べてさほど劣るわけではない。それだけ個々の技術水準が高く、また組織力にも優れているからだ。それはツーセッターを実戦レベルで成立させていることからも明らかである。というか、実のところ潮第一とは『ツーセッターが伝統』という信じられない特色を持つチームなのだ。もっとも、それは彼女たちの特異性――同地区の池ノ島島民とはまた別種のそれだ――の一面に過ぎないのだが……。
「ん?」
ふと視線を感じて、私は周りを伺う。すると、隣のAコートの出入り口から、ちょうど月美が出ていくのが見えた。なんだかげっそり疲れたように丸まった背中。ほどなくその姿は廊下へ消え、分厚い衝撃吸収材で保護された扉が、ゆっくりと閉じる。
――頑張って。
そんな呟きが、聞こえた気がした。
登場人物の平均身長:164.4cm




