187(月美) 喰らい合い
順当に、と言っていいだろう。A~Cコートの第四試合は、聖レオンハルト女学院、石館商業、そして南五和の勝利で終わった。スコア的には快勝といっていい。しかし、わたしはとても疲弊していた。
「すごかったですね、あのチーム! びっくりしました!」
興奮冷めやらぬ、といった様子で撤収準備をしている相手チームに視線を送る、結崎はる。わたしは汗を拭きながら呟いた。
「〝狂戦士団〟――池ノ島島民……」
池ノ島――その名は、同じ東地区の人たちや、他地区でもそれなりに県大会に馴染みのある選手の間では、わりと有名である。池ノ島と対戦することを指して『島民の洗礼を受ける』とか『島のパーティーに招かれる』とかいうスラングまであるくらいだ。その強さは、しかしながら、県大会水準ではさほどではない。が、あの島の住人たちは、小学時代から叩き込まれている島民性のせいで、特にわたしみたいな覇気のないタイプには非常に疲れる相手となるのだ。
「いい感じに気合の入ったヤツらだったな! またやりてえもんだ!」
晴々とした笑顔の有野可那。賭けてもいいけれど、もしあんたが池ノ島に転校したら、あの島民たちはきっと喜んでチームに迎えると思うわよ……とは疲れているので言わないでおく。
「みんなー、次の試合始まるから、移動できる人からベンチ空けてねー」
キャプテン・江木小夜子の呼び掛けで、マネージャーの烏山史子や二年生たちがばたばたと用具を持って出口に急ぐ。試合の余波が抜けきらないわたしは、若い子たちに遅れてへろへろと歩き出した。と、その時、わたしたちが使っているのとは別の扉が勢いよく開いた。
「わっしゃあああーい! やああああっと試合だあああああー!!」
もし声に色があるなら七色に光り輝いて見えたに違いない。どこまでも明るく、無邪気な声だった。そいつが誰なのかを知らなければ、思わず微笑んでしまうところだ。けれど、わたしはそいつを知っているので、思わず頬が引き攣ってしまった。
――ついにお出まし、か。
大会日程の半分以上が消化され、勝ち残っているチームはほぼ半数。まだ初戦を終えていないチームは二つだけ。その片方が、わたしたちと入れ違いに姿を現したのだ。
「純、すぐにアップよ。遊んでいる暇はないからね」
「わかってまーす! あっ、ねえねえあなた!」
「えっ? うわっ! ははははい!?」
「はわあーっ! ホント背ぇ高いねぇ! メグメグより高い!」
「めっ!? ちょ、あの、あま――」
「ねえねえ! ちょっと比べっこしてみていい? ぴとってしていい?」
「比べ――ぴと!? ええっ!? いやっ、光栄ですが、私はその――心に決めた人がっ!」
「ちょっとちょっと。落ち着いて、信乃」
「えっ、あっ、すいません、私――」
「大丈夫だいじょーぶ! ちょこっとぴとっとするだけだからっ! ねっ?」
言って、彼女は人懐っこく片目を瞑ると、恐縮して気をつけの姿勢で固まっている生天目信乃の隣に肩を合わせるようにして並んだ。彼女も相当な長身だが、さすがに『県内最高の左』である信乃には拳一つ分ほど及ばない。だが、それは決して彼女を侮る要素にはならない。それどころか、彼女の称号を思えば、むしろ恐れすら抱く。
「わわっ、本当に高いなあ! ナナとどっちが上なんだろ、むむむ……」
ぶつぶつ呟きながらじろじろと信乃を見る彼女。首を傾げるたび、風に揺れる小麦のように、薄茶色の癖っ毛がふわふわと揺れる。髪の長さは肩に届かないくらいで、ハネを抑えるためか、あちこちピンで止めてある。顔立ちは精悍だが、ころころ変わる表情と大きな目のせいか、かなり幼い印象。身体は起伏が少なくほっそりとしているが、ユニフォームから出ている手足からは、強力な繊維を幾重にも束ねたようなしなやかさを見て取ることができる。
そんな彼女の称号は、何を隠そう『県内最強の左』。左打ち主体の大田第二でエースを務める矢野十稀子、はたまた県内最高の信乃、あるいは城上女子の謎の女・ユキエといった、有名無名の左打ちの中で、異論の余地なく『最強』の座に君臨する県内最高峰の怪物の一人――その名も、
「あっ、申し遅れました! ぼくは法栄大立華の二年、天久保純! よろしくねっ!」
「あっ、ど、どうもご丁寧に。私は南五和二年の、生天目信乃、です」
「じゃあノノリンね! ぼくのことは純でいいよ!」
「は、はい……純、さん」
「んもー! 堅いよー、ノノリーン!」
シェイクハンドした左手をぶんぶんと上下に振って、ご機嫌な天久保純。信乃のほうは、嫌がっているわけではないが(むしろ知り合えて嬉しいだろうが)、向こうのフレンドリーさに付いていけずにやや困惑しているようだ。どうしたものかな、と信乃の影で思案するわたし。そこへ、比較的小柄な人が早足にやってくる。
「ほら、純、そこまでよ。あまり他校の方を困らせないの。どうもお忙しいところすいません、生天目さん、それに、逢坂さんも」
「えっ、あ、いえ……」
ごく自然に名前を呼ばれたことにちょっと驚きつつ、目が合ったので思わず頭を下げた。撫でつけるようにして整えられた、赤味がかった黒のショートヘア。切れ長の目に、小振りで形のいい唇。全体的にシャープな造形ながらも、雰囲気は優しく落ち着いている。ご存知・法栄大立華の副キャプテンにして正セッター――宮野叶実さんだ。宮野さんは柔らかく微笑み、丁寧に礼を返す。
「うちの子が失礼しました。では、お二人とも――また『明日』」
宮野さんはごく自然な口ぶりでそう言って、「ばいばーい!」と左手を振る天久保純の右手を引いて去っていく。わたしは小さく溜息をついて脱力し、信乃の大きな身体に寄りかかった。
「法栄大立華……第一シード、か」
前年度インターハイ出場校にして、前回大会優勝校。
四強内での順位変動がしばしば起こる当県において、ここ数年、盤石の第一代表として栄華を極める高校――要するに、現在のこの県で、最も強いチーム。
わたしたちが今日を勝ち抜くことができれば、対戦することになる相手。
そして、第一シードが出てきたということは、当然――。
「あっ、月美さん、Cコートに……」
わあああっ、と体育館の一角でひときわ大きな歓声が上がる。遠くからでも目につく危険色のユニフォーム――音成女子が現れたのだ。今大会の第二シード――新人戦でわたしたちを下し、その後の決勝戦で法栄大立華と優勝を争ったチームのご登場である。
「いよいよ始まるのか……『喰らい合い』が」
県大会の出場校は、全三十四チーム。わたしたちのような地区予選上位通過チームは、一回戦では基本的に同格以下のチームとしか対戦しない。だからこそ、さっきの試合では(わたしはとても疲れたけど)順当に勝利を収めることができた。
しかし、第一・第二シード以外のチームが初戦を終えたここからは、違う。
十六強――地区予選上位通過チーム同士の、喰らい合い。八強進出を賭け、一回戦以上に熾烈な戦いがそこかしこで起こる。実際、Bコートでは潮第一VS大田第二、別会場のDコートでは福智学園武岡VS三坂総合と、次で早くも八強の枠が二つ埋まることになる。そしてその第五試合が終われば、次はわたしたちの番。一応、うちは準シードだが、第一シードの宮野さんほど確信に満ちた笑みで『また明日』とは、さすがに言えない。
「あれっ、みんなもういないっ!? 私たち最後ですよ、月美さんっ!」
「そうだね……行こっか」
慌てて出口へ走る信乃のあとを追いながら、わたしはアップをする法栄大立華を見、次にBコートの大田第二に目を向ける。潮第一が公式ウォームアップをするコートの外で、高天原遊たちはレシーブ練習をしていた。遊に視線を向けるも、遊は潮第一のほうを見ていて、わたしには気づかなかった。まあ、なんと言ってもあっちは格上が相手だ。集中を乱しては悪い。名残惜しいが、さっさと立ち去るとしよう。
「――頑張って」
廊下へ出る直前、わたしは口の中でそう呟いた。




