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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第九章 AT和田総合体育館(I)
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186(冴利) 沈黙

 にしても一点をもぎ取るのがこんなにキツいなんてね……。


 背中にじっとりとした冷や汗を感じつつ、私は袖で口元を覆う。溜息や弱音が漏れそうになるのをどうにかこらえる――それが現状、キャプテンとして私にできる、精一杯の抵抗だ。


 ブロック大会県予選第一日目、Bコート、第四試合。


 セントレオンハルト女学院VS石館(いしだて)第二。


 スコア、11―4。


 一度目のタイムアウトが開け、あちらのサーブはタイムアウト前に引き続き、キャプテンの羽田野はたの由衣ゆい。点差はあるものの、例の『県内最高』が後衛バックに下がって今はいないことがせめてもの救い――いや、この言い方は正しくないか。実際、『県内最高』を後衛バックに下げるために私たちが払った代償こそが、現在の点差(トリプルスコア)なのだから。


 単純に考えれば、再びあの『県内最高』が前衛フロントに上がってきたとき、そこでこちらが抗えなければ、この第一セットは終わる。


 ゆえに、『県内最高』がいないローテでこれ以上の連続得点など、あってはならない。


「レセプションから、丁寧にね! 全力で喰らいついていこう!」


「「はいっ!!」」


 打倒四強なんて、そんな大それたことはたぶん誰も考えていないだろう。ただ、新人戦のときは立てなかった県大会の舞台――舞鶴まいづるちゆたち落山らくざん北に涙を飲ませて手にしたこの一戦を、半端には終わらせたくない。


 やれることは、全部、やる。


 持てる力は、全て、ぶつける。


「行きますわ――」


 清涼な声に身が引き締まる。流れるようなフォームで打たれるフローター。ボールは、あとでぜひとも打ち方のコツとかご教授願いたいくらいにブレがなく、スピードに乗り、ぴたりとエンドライン際に向かってくる。このサーブだけで軽く五、六点は取れそうだ。いや取らせないけどさ。


「オーライ!」


さえちゃん、わたしがっ!」


「っ、頼む、彩世あやせ!」


「うんっ、任せて……!」


 後ろを守る私とリベロの有沢ありさわ彩世あやせの間に来たサーブに、彩世がメイン、私がサブとなって対処する。カットは、果たして、やや短いBカット。レセプション一つも楽には拾わせてくれない――つくづくキツい相手だ。


「ごめんっ、すみちゃん!」


「ダイジョーブでっす! 時子ときこ先輩、ライト行きますよ!」


「いつでも来なさいねっ!」


 とんっ、とセッターのはやし純子すみこはバックトスでライトセミを上げる。國崎くにさき時子ときこは余裕を持って踏み込み、クロスへしっかりと強打。それが相手の金髪ミドルブロッカー――六波ろくは有理子ありすの右手に当たる。


「そっち行ったぞ、由有希ゆうき!」


「だってよ、あやめ」


「〝先刻承知ジ・エルガ〟」


 読んでいたのか見てから反応したのか、BCバックセンターにいたリベロ――鶯谷うぐいすだにあやめが落下点のBRバックライトへ駆け込む。BRバックライトならセッター・仲村なかむら由有希ゆうきが正面で取れるボールだが、その場合トスが二段トスになってしまう。だから積極的に『横取り』しに行ったのだ。理屈はわかるが、それにしたって連携に一切迷いがない――ワンタッチボールの軌道を見た瞬間、声掛けもアイコンタクトもなしに、あの二人はこの動きを共有していたのだ――ってのはどうなのよ、と思う。


ハジメノ弐陌参拾漆――〝羽突ハネツキ〟」


 何を言っているのかわからないがとにかく微塵の狂いもないレシーブが上がる。三枚攻撃が来る――セッターの仲村由有希は、ひゅ、と落ち着いてトスをレフトへ送った。いたって普通のレフト平行。だが、やはり練度の差か、私たちにとってはかなり『速い』トス回しに感じられる。二枚ブロックの足並みが揃わない。


「それいっ!」


 ぱあんっ、


 と間を抜かれる。私は間一髪、そこへ滑り込んだ。


「っ、まだまだ!」


 当てずっぽうで前に詰めて正解だった――ラッキーカット。でも、これで望みは繋がった。


「ナイスカットです、冴利さえり先輩! 時子ときこ先輩、もうイッパツ!」


「来い来いよねっ!」


 とーん、とレフトへ上がる二段トス。それを時子は渾身の力で打ち抜いた。が、


 ばんっ!


「うっげ……」


 と、時子のスパイクはネットを越えることなく跳ね返される。と、次の瞬間、


「――むぅ?」


 ぴぃ、と笛が鳴り、主審の腕が私たちの側に伸びる。判定はボール・アウト――あちらがブロックしたボールが、私たちのコートの外に落ちたのだ。俯きかけていた私たちは、よしっ、と拳を突き上げる。


「やったね、時ちゃん!」「ナイスキーです!」「いやあ、普通に止められたと思ったよね」「冴利さえりもナイスカット」「助かったわ、ごめん、ブロック空いちゃって」「ま、結果オーライってことで」


 ハイタッチと笑みを交わす私たち。ラッキーでもなんでも得点は得点だ。それに、ここでローテを回せたことには、大きな意味がある。私たちはベンチのほうに向き直った。そこに立っているのは、背番号7の選手。彼女は目を伏せ、深く息を吸い込み、集中を高めている。その間に彩世あやせ服部はっとり仁美ひとみが入れ替わり、直後、ぴぃぃ、と笛が長めに鳴り響く。


 先のタイムアウトで申し合わせていた選手交替メンバーチェンジ。ミドルブロッカー・服部仁美に替えて、うちの大型新人――望月もちづき炯子けいこの投入だ。


「いっちょ暴れてきな、炯子!」


「ありがとうございます、先輩。この機会……必ずものにしてみせます」


 堂々と胸を張ってコートに入ってくる炯子。彼女は一年生ながらうちで最長身の173センチだ。そんな炯子を見て、ほぼ同じ背格好の六波有理子が「へえ……」と笑みを浮かべた。そして後衛バックのセッターに何か目配せをする。炯子は、そんな六波有理子を睨むように見ていた。私は炯子の肩を叩く。


「炯子、顔恐いわよ」


「これが私の素の顔ですが……いや、でも、ありがとうございます。私なら大丈夫です。むしろ結構いい感じなので、最初から飛ばしていきます」


 頼りになる一年生だ。まあ、なんといっても炯子の最高成績は私たちの中でトップタイである。もとい、


「どしどし上げるからね、ケイ


「むしろ全部私にください、純子すみこ先輩」


「ちょいおまっ、そんないちい君みたいな!」


 そう――炯子と純子は石館三中時代に仲間チームメンバーだったのだ。その時の最高成績が県八強(これは北地区の中学の実質的な最高到達点である)。当時の館三だてさんメンバー、それに炯子が二年生レギュラーだったことを思えば、この胆の据わりっぷりも頷けるというものだ。


「……ま、今はまだ口だけですけどね」


 炯子と純子は隣のCコートにちらりと視線をやり、苦笑しながら拳を合わせる。本当にリラックスしているようだ。これなら心配は要るまい。この秘密兵器(一年生)を生かすも殺すも、あとは周り(私たち)次第だ。


寧子ねいこ、サーブ厳しめにね。崩せるんなら言うことなし」


「難易度が鬼畜過ぎるわよ」


 皮肉っぽく眉をひそめて、サーバーの深山みやま寧子ねいこは相手コートを見る。待ち構えるのは、県内で最も守備に優れると称されるセントレだ。玉緒たまのお第二はもちろん、チーム単位なら『彼女』のいる法栄ほうえい立華(りっか)よりも堅いという。


「まっ、やるだけやってみるわ」


「ただしミス厳禁ね」


「鬼畜なのはあんただったか……!」


 そうして、寧子のフローターサーブ。悪くないスピードだが、羽田野由衣は難なく上げてきた。当然のように三枚攻撃。レフト平行―センター速攻―ライトセミ。特に動きがいいのは金髪ミドルブロッカーの六波有理子だ。炯子の出端を挫くつもりなのかもしれない。センター線へ切り込んでくるその鋭さに、私は一瞬たじろぎそうになり、思わず叫んでいた。


「炯子っ、速攻――」


 来るっ……!? と私は身構えた。雷撃のようなAクイックが打ち込まれる幻まで見た。が、現実はそうではなかった。六波有理子はAクイックに跳んでさえいなかった。どういうことだ――思考が停止する。そして次の瞬間、六波はその場で腕を振り上げ、跳んだ。


「なぁっ……!」


 一人時間差――本気で!? 本気でそんな大技を公式戦でやっちゃうわけ!?


 どよっ、私以外のメンバーや観客席ギャラリーにまで動揺が走るのがわかる。実際、一人時間差とはそれ(揺さぶり)も目的のうちのトリックプレーである。マズい、せっかく盛り返そうというときに、調子を崩されては――。


「ナメないでほしいですね……!」


 僅かに怒気すら孕んでいるような、力強い声――炯子だった。炯子は六波の動きや雰囲気に惑わされることなく、冷静にボールの軌道だけを見据え、ドンピシャのタイミングでブロックに跳んだ。空中の六波の口の端がきりりと釣り上がる。


「はんっ――面白えッ!!」


 ぱあんっ!


 と炸裂する打音。ボールは果たして、ライト側のコート外へ大きく逸れていった。ワンタッチ・アウト――炯子の右手が弾かれたのだ。六波は強打するときに斜め回転をかける癖があるが、それを押さえ切れなかったのだろう。炯子は弾かれた右手を腰のタオルで拭いつつ、ネットの向こうを睨む。六波は獰猛に笑んだ。


「なかなかいい動きするな、お前」


「それはどうも……決められた相手に褒められても嬉しくはありませんけどね、六波先輩」


「ん? なんだお前、もしかしてどっかで……出身は?」


石館いしだて三中――藤本いちい先輩がいたところです」


「おおっ、藤本のとこのミドロルブロッカーか! つーとアレだな――望月もちづき燈子とうこ!」


燈子とうこは姉です。私はその妹で対角の、望月炯子(けいこ)


「ああ……そういや〝(Fire)(Walls)〟っつったか。あいつの対角ね――つか、なんかデカくなったな、背も態度も」


「態度は元からこんなです」


「言うじゃねえか……。ま、お前のことも覚えとくぜ、望月炯子。一周後にまた遊んでやるよ。それまでお前が五体満足でいられたら、な」


 挑発するように目を細め、六波は一つ結びにした金髪を靡かせて後衛バックへ向かう。


「お前もミドルブロッカーなら、その身で確かめてみろ。あの『県内最高』がどれほどのもんか――」


 そう言い残した六波有理子と入れ違いに、前衛フロントへ巨大な人影が現れる。県内最高のミドルブロッカー――〝移動(Runner's)城壁(High)〟こと、奥沢おくざわらん。軽く背伸びしたら頭がネットを超えそうなほどの超長身(190センチ)。彼女がネット際に立つと、170オーバーの炯子さえ、まるで子どもみたいに小さく見える。


「っ……ど、どうも」


「………………」


 強張った声で挨拶した炯子に、県内最高は目礼で応えた。静謐な瞳に見下ろされ、炯子が僅かに後ずさる。あの藤本いちいの元仲間チームメンバーだった炯子が気圧されるのだから、よっぽどのプレッシャーなのだろう。まったくなんて恐ろしい怪物バケモノなの……奥沢蘭。


「……全力で、当たらせていただきます」


「………………」


 震える声を堪え、炯子は奥沢を見上げる。県内最高は沈黙でもってその視線を受け止め、厳かに頷いた。

登場人物の平均身長:164.5cm

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