184(陶子) 廿六夜塔《Distant Decrescent》
「満月っ、ストレート!」
わたしはバックゾーンから叫んだ。相手のブロックは二枚。特にミドルブロッカーのほうは170近い長身だ。狙うならストレートに飛んでいるセッターのほうだろう。レフトの花方満月は空中で僅かに逡巡したのち、ミドルブロッカーの待つ右を避け、左を狙った。
ぱだんっ!
「真琴ちゃん、ワンタッチー!」
「悪い届かーん! というわけで真直!」
「任せてくださいっ!」
狙われるとわかってボールに触ることに注力したセッター、フェイントを警戒して前に詰めていたBR、瞬時にその後方のカバーに走り出したBC――息の合った、組織だった守備だ。模様や飾りのない単色のユニフォーム。周りの赤に一人だけ混ざった白一点はエンドラインに沿って走り、ワンタッチボールに追いつく。
「娃佳さんっ!」
「ナイスカット、真直ちゃん!」
ゆるく回転のかかったボールが、磁石で引かれるように、ネット際で待つセッターへ返る。わたしはバックセンターから指示を飛ばした。
「速攻抜かれるな! 満月、萌莉!」
「「あいあい!」」
長身ミドルブロッカーを警戒するこちらの意図を察してか、相手セッターは、ぽんっ、とトスをレフトへ送った。軽くジャンプして弾みをつける独特のトス。今は後衛にいるエースとはかなり速いテンポで合わせてきたから面食らったが、対角のキャプテンとはそこまででもない。ミドルブロッカー・杉村萌莉はトスを見てからサイドステップし、平行に追いつく。
「瑶子、ぴったり二枚来てっぞ!」
「了解」
相手キャプテンは、冷静にこちらの陣形を見て、すぱんっ、とブロックを避けてクロスへ打ち込んできた。わたしは、よし、と心の中でガッツポーズを取る。なぜなら、そのコースには、リベロの伏見真綿が待ち構えていたからだ。
「真綿!」
「はいっ! チャンス上がります、みかもさん!」
「おっけーい!」
お手本みたいにしっかりドライブ回転のかかったスパイクを、真綿は高めの弾道で拾い上げる。FRの帚木みかもが、ブロックから振り返って、左手を上げる。
「満月ちゃん、萌莉ちゃん、準備はいいかーい!?」
「「あいあい!」」
落下点に入るみかも。満月はレフトに開いて平行を待ち、ブロックからアタックラインまで下がった萌莉は速攻へ切り返す。レフト平行―センター速攻の二枚攻撃……否、
チャンスボールを得た月見台高校に、二枚攻撃という選択肢は存在しない。
「お願いねっ、しーちゃん!!」
とんっ、とみかもがバックライトへセミ気味のトスを送る。そこへ踏み込むのは我らがスーパーエース――〝廿六夜塔〟こと、左打ちの石楠花士弦だ。
「っ、バックだと……!?」
突然のバックアタックに向こうは対応が遅れている。辛うじてレフトのキャプテンがコースに入るが、バックアタックのタイミングを捉えられてはいない。士弦は二年生ながらチーム最長の170センチ。そんなブロックはないも同然である。
「突き抜けええええ、士弦ッ!」
「はいッ!!」
ぱあんっ!
と、全身をしならせ、スピードのある強打をクロスへ叩き込む士弦。決まった、とわたしも他のメンバーも士弦に駆け寄ろうとする。しかし――、
「まだまだぁー!!」
ぐんっ、と小さな身体が低空に躍った。真っ白なユニフォームに身を包んだリベロ。いくらなんでも一歩目が速過ぎる――あるいはコースが読まれたのか!?
「〝最終防衛線〟……っ!!」
真綿が驚嘆に呻く。その名に『紅』を冠するリベロ――あの〝天頂〟の直系に当たる選手ということだ。覚悟はしていたが、士弦のバックアタックに初球から追いついてくるとは大したものである。
「っ、チャンスボールから、立て直すぞ!」
レシーブボールはバックゾーンを漂っている。あそこからではレフトへ二段トスを上げる以外に攻撃手段はあるまい。そのレフトにしても、まともな強打はないはずだ。あのキャプテンなら手堅く繋ぐことを選ぶだろう。が、
「よくやった、真直! 真琴、私に寄越せ!」
「ミスらないかね!?」
「わからん!!」
なんて軽いやり取りを交わして、後衛にいたレフトエースがなんちゃってバックアタックに踏み込んでくる。そんなにわか仕込みでどうにかなるもんか――と思うも、あちらはセオリー外の連携に慣れているのか、バックアタック独特のシビアなタイミングをものにしてきた。
――ぱんっ!
と想定外のジャストミート。それも奥ではなく手前にドライブ回転で落としてくる軟打。咄嗟に重心を傾けるが――間に合わない。
とんっ、
とスパイクがコートの中央を跳ねた。やられた、と思ったときにはボールはワンバウンドでわたしの横をすり抜けていった。
北地区二位・玉緒第二VS西地区三位・月見台。
スコア、5―3。
両校合わせて最初のブレイクポイント。試合開始から続いていた均衡が、ついに崩れた。
「ごめん、ブロックかレシーブか半端になっちゃって」
「いいや、わたしも、まさかあんなにしっかり打ってくるとは思ってなかった」
「あっちさん、特に息が合ってる三年は〝天頂〟世代のメンバーっぽいね。それに、あのリベロ――」
「すいません、私が決められれば……」
「いや、今のはたぶん、たまたまだ。山勘で動いたんだろう――毎回あんなにうまくはいかないはずだ。向こうの守備は堅いが、だからこそ攻撃は積極的にいこう。頼むぞ、士弦」
「はいっ!」
「それに……わたしも、出し惜しみはしない。みかも、士弦がバックに入れないときは、わたしに上げてもいい。トスを散らして、強打とフェイントも色々やって、とにかく揺さぶっていくぞ」
「おうっ!」
「高さは互角だからな! チーム力で上を行ったほうの勝ちだ! 全員いつも以上に声出して繋いでいくぞ!」
「「おおおおおおっ!」」
県大会の出場校は全三十四校――特殊な枠を除けば、一回戦突破でベスト16。しかし、単純に計算した場合、シードの四校と各地区の一位・二位でその十六席は埋まってしまう。そしてわたしたち月見台は地区三位――ぎりぎり、その境界線の手前。相手がシードや地区一位では厳しいが、地区二位ならば勝ちの目はある。県大会一回戦突破は、決して無理のある目標ではないのだ。
が、それにしても――、
「真琴、サーブ攻めてけよ!」
「任せときなー!」
「香弥ちゃん、バックはひとまず正面塞いで! それ以外は後衛でどうにかする!」
「瑶子ちゃん、ブロックぶつけていこう!」
「わかった。が、もし止められたらすまんな」
「大丈夫です! 私がフォローしますからっ!」
玉緒第二の気迫が、開幕から凄まじい。同じ北地区でも、エースからして尖っている同地区一位に比べれば、二位はわりかし温和な顔ぶれに見えるが、アップの段階からずっとピリピリしている。
……まあ、でも、それもそのはず、か。
あの〝天頂〟の元チームメンバー――その面子がスタメンの大半だって言うのなら、この一回戦はどうしたって負けられないはずだ。なんたって、この一回戦を勝ち上がったあと、二回戦で待ち受けている相手は他でもない――。
「陶子さん」
「真綿……今回は、おまえに頑張ってもらうぞ。早くも泥沼の予感だ。相手は〝天頂〟の直系――いけるか?」
「上等です。相手は〝天頂〟本人でもなければ、同じ二年――喰らいついてやりますよ」
「レセプション、頼むぞ!」
わたしが手を出すと、伏見真綿は不敵に笑い、ぽふっ、と小さな拳を当ててきた。
「ばっちこいってもんですっ!」
わたしたちは前を向く。そのとき、短い髪をむりくり頭の後ろでくくった相手の白一点と、目が合った。
登場人物の平均身長:164.6cm




