183(秀子) ミソ
「だあああーっ、ミッソ! せっかく盛り上がってたのによ、あのミソ一年! ミソありえねえことしやがって! ミソ! ああミソ腹立つなぁ! ミソ! ミソ! ミソがぁ!」
「……あの、えっと、なんかごめんなさい? あたしが軽はずみだったわ。クソクソ言うかわりにミソミソ言ったらなんて提案して」
「負けちまったらクソもミソも一緒だよ! ミソがぁ!!」
「いつにも増して大荒れだね、澪祈ちゃん」
「打ち足りねえんだよ! ミソがぁ!」
「爽やかな夏の香りだよ!」
「シソがぁ!!」
「お茶を湧かすんだよ!」
「ヘソがぁ!!」
「若者が村から出ていくだよ!」
「カソがぁ!! っていい加減にしろ沙浬ゴラァ!!」
「ぷぎゃ!?」
自棄っぱちな澪祈ちゃんは戻す前のかんぴょうみたいなテーピングのゴミを二年生の小宮山沙浬ちゃんの顔面に投げつけた。同じく二年生の郡司ほとりちゃんはやや呆れ顔だが、澪祈ちゃんと沙浬ちゃんがこんなノリなのを小学生の頃から見てきているわたしは、ああまた二人がわいわいやってるよぉ、と小さく笑ってしまう。
「いちち……ねー、綸世っち、ゴミ箱どこー?」
かんぴょうをぴらぴらさせながら、沙浬ちゃんは周りを見回す。人のいいキャプテンの久川綸世ちゃんは軽く笑って、今朝の集合で言ったことを繰り返した。
「ゴミは各自で持ち帰りよ。適当な袋に入れて、お家で捨ててね」
「マジかい! んー……はいっ! じゃあ、今からオークション始めまーす! 澪祈の汗が染みこんだ脱ぎたてほやほやテーピング! マイナス百円からっ!」
「やめろバカ沙浬! あとマイナス百円ってなんだ!?」
「持ってってくれた人にはお礼に百円あげます!」
「オレのテーピングは産業廃棄物かよ!!」
「あっ、もちろん払うのは澪祈ね?」
「ふざけんなっ! 返せこのミソったれ!!」
澪祈ちゃんは沙浬ちゃんの手からかんぴょうを奪い返すと、はあああ、と盛大な溜息をつきながら、どかっ、と手足を大の字に投げ出して周りの席を占領した。それを見た山下逢ちゃんが、はん、とシニカルに鼻を鳴らす。
「まァ、そら荒れたくなるもなるわな。ぶっちゃけ地区一位で一回戦負けとか県庁地区だけだろ」
わっ、本当にぶっちゃけるなあ逢ちゃん。
「そうよねぇ。あっ、というか、それ以前に地区一位で一回戦を終えたチームがあたしたちくらいなような?」
あらら綸世ちゃんまで……。
「ねーねー、組み合わせってどうなってるの、秀子ー?」
構ってくれなくなった澪祈ちゃん(ちなみに澪祈ちゃんは今、客席で大の字になって忌々しそうに「ミソミソ……」とぼやいている。沙浬ちゃん曰く、このモードに入った澪祈ちゃんは「ミソ(クソ)」を百回唱えるまで放っておくしかないらしい)の元から離れ、沙浬ちゃんはわたしに抱きついてきた。後ろから覆い被さるようにして頬っぺたをくっつけてくる。わたしはされるがままで大会パンフレットを開く。
「えっと……とりあえず、いつぞやの三坂総合は終わってるみたい。結果はわからないけど」(わたし)
「あそこは勝つでしょう。練習試合のときも一番成績がよかったものね」(綸世ちゃん)
「ほかはほかはー?」(沙浬ちゃん)
「それ以外の地区一位は、綸世ちゃんの言った通り第三試合だね。Bコートの東の潮第一、Dコートの南の福智学園武岡、あとは西の元一位の西海道第二も今から」
わたしがそこまで読み上げると、同じく組み合わせ表を見ていたほとりちゃんが補足した。
「西海道第二の相手は、桜短よ。ほら、Cコート」(ほとりちゃん)
「えー、でもそれきっと西海道第二が勝っちゃう系だよねー?」(沙浬ちゃん)
「おっ? 言うなァ、沙浬。あとで杏奈に言いつけとくぜ」(逢ちゃん)
「お仕置き確定ですね」(ほとりちゃん)
「桜短ふぁいとおー! きゃー! 杏奈かっくいー!」(沙浬ちゃん)
「あっ、竹林さん、こっち見たわ」(綸世ちゃん)
「そして手刀を振り落ろしたね」(わたし)
「あいたっ!? まさかの遠距離攻撃!? 杏奈チョップのさらなる進化!!」(沙浬ちゃん)
「なんだか……私たちが騒いでいると、杏奈先輩の集中を妨げてしまいそうですね」(ほとりちゃん)
「杏奈ちゃん、けっこう照れ屋さんだから」(わたし)
「まァ、勝つにしろ負けるにしろ杏奈ならうまいことやんだろ。ほっとけほっとけ」(逢ちゃん)
「んー、じゃあどこ応援したらいいのー?」(沙浬ちゃん)
「それならAコートがいいと思うよ。ほら、私たちと入れ違いになった――」(ほとりちゃん)
「あのクリーム色と紺のとこか。そういや、なんか見覚えあんな」(逢ちゃん)
「西地区の月見台。新人戦で戦ったところですね」(ほとりちゃん)
「おう、そうだそうだ! 相手はどこだ? あの赤いの――」(逢ちゃん)
「北地区の玉緒第二ってとこみたいですね」(ほとりちゃん)
「玉緒――? てーと、もしかしてあれか。〝天頂〟の……」(逢ちゃん)
「あっ、うん、そうだと思うよ。ほとんどが玉緒中出身みたいだから」(わたし)
「……〝天頂〟――元チームメンバー、か……」(澪祈ちゃん)
そう呟くと、澪祈ちゃんは伸ばしていた長い手足を戻し、膝に片手で頬杖をついて階下のコートを見下ろした。沙浬ちゃんがぱっとそちらに振り向く。
「あっ、澪祈やっと終わったの、KKT!」
「沙浬……オマエ頼むからその無邪気な顔でクソクソ言うのやめろな? おじさんに申し訳ねえわ」
「えー? だって澪祈はいつもクソクソ言ってるのに」
「オレはオレだからいいんだよ」
「ぶーぶー! 不公平だー!」
「あっ、それだったら、澪祈。クソクソ言うかわりにミソミソ言ってみたら?」(綸世ちゃん)
「振り出しに戻すんじゃねえよ!?」(澪祈ちゃん)
「おい、Aコート、試合始まんぜ」(逢ちゃん)
逢ちゃんが呼び掛けると、みんなの視線が手前のAコートに集まる。わたしたちから見て正面がクリーム色と紺の月見台陣営、左手が赤の玉緒第二陣営。ちょうど背番号チェックが終わり、副審がボールを流すところだった。
「……ふーん……?」
ぽつりと呟いて眉を顰める澪祈ちゃん。どうかしたの、とわたしは訊く。
「いや……赤いほう――玉緒の連中、どうも様子が妙な気がしてな」
「そうなの?」
「確証はねえけどよ。ただ……でも、ああ――」
そういうことか、と独り言のようにぼやくと、澪祈ちゃんは頬杖をやめて背もたれに寄りかかり、太陽を見るようにきゅっと目を細めた。
登場人物の平均身長:164.7cm




