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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第九章 AT和田総合体育館(I)
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182(恵理) 如実に力関係がわかる数字

「ん、問題なし、っと。いつもながら丁寧な仕事だね、恵理くん」


「なにキャラですか、それ?」


 わたしが苦笑を浮かべると、星賀ほしか志帆しほ先輩はチェックを終えた議事録をぴらぴらとはためかせながら「さてね」とごまかした。案外お茶目なところがある先輩である。


 ここは私立明正(めいじょう)学園高校生徒会室。今日は土曜日だが、部活もある志帆先輩は、休みの日でもちょくちょくここへ来て仕事をする。今日の練習は午後からで、その前に今週分の滞っていた作業を片付けているのだ。ちなみに、その練習にはわたしも参加することになっている。こうして先輩と休日出勤しているのも、それが理由。


「志帆先輩、なにか飲みますか? コーヒー、それとも紅茶?」


「コーヒーをお願いしようかな」


「ミルクとお砂糖は?」


「ミルクはなしで砂糖を二つ。そこに君の愛情も添えてくれたら言うことなしだ」


「そういうお戯れはもっと別の方になさってください」


 英雄色を好むというのか、志帆先輩は気が多い。かくいうわたしも、去年バレーボール部の臨時部員に志願したのは、先輩に口説かれてまんざらでもない気持ちになったからである。


「あのさ……志帆、聞こえたよ。あなたその、誰彼構わず手をつけようとするのやめなさいよね、いつか洒落にならなくなるから」


 呆れたような面白がっているような声に振り返る。外が雨なので、窓のかわりに開放していた扉のそばに、周防すおう美穂みほ先輩が立っていた。志帆先輩とは長い付き合いで、去年わたしと大会に出た正規のバレーボール部部員でもある。そしてそんな美穂さんの背に隠れるようにして、涙目でこっちを見ている先輩がもう一人。


「ししし志帆ちゃんっ!? そんなっ、まさか恵理ちゃんまで……スレンダーだから大丈夫だと思ってたのに……」


「やあ、知沙ちさに美穂じゃないか。おやおや、これはまずいところを見られてしまったねぇ、恵理くん」


「わたしは清廉潔白です。はい、先輩、コーヒーをどうぞ」


「ありがとう。――うぐっ、恵理くん、これとても苦いのだが……」


「あらら、おかしいですね。確かに砂糖二つを入れたはずなのですが」


「君の愛情(苦味)を打ち消すのに砂糖二つではまるで足りないということか」


「ある意味では。だから、先輩、あまり女の子をからかってはいけませんよ?」


 言って、わたしはマドラーとスティックシュガー二本を志帆先輩に渡し、知沙先輩に片目を瞑ってみせる。知沙先輩はほっと胸を撫で下ろして、涙にきらめく目を細めた。なんて愛らしい微笑み。いやはやこれは敵わない。


「で、志帆、仕事のほうは終わったの?」


「今から見直して、おかしなところがなければね」


 たんっ、と志帆先輩の白い小指がエンターキーを叩く。生徒会室の片隅に置かれたプリンターが無線でデータを受け取り、ぶうん、と動き出して、用紙を吐き出した。わたしは美穂先輩と知沙先輩に椅子を勧め、飲み物の注文を取る。志帆先輩は印刷された書類の赤入れを始めた。


「そう言えば、今日は県大会の一日目なんですよね?」


 わたしは美穂先輩にコーヒー、知沙先輩に紅茶を出し、ついでにお茶請け(先日の合宿打ち上げパーティで余ったお菓子だ)も出しながら、お喋りの種を撒いてみる。そうそう、と知沙先輩が反応した。


「今日は二回戦までで、ベスト8が出揃うの。明日は決勝戦までで、私たちも見にいく予定なんだ」


「偵察ですか。いいですね、わたしもついていっちゃおうかなぁ」


「会場は和田わだだから、すぐそこだしね。いいんじゃない?」


「美穂先輩は行かれないんですか?」


「私の場合は、目的が偵察というより単なる観戦になっちゃうからさ。他にやらなきゃいけないこともあるし、二日目となると知り合いも残ってないしね」


「それは、今日ならお知り合いの方が出ているってことですか?」


「そうよ。ほら、恵理ちゃん、覚えてない? 新人戦のときに当たった――」


「あっ、もしかして桜田さくらだ女子ですか? キャプテンの方ですよね」


「そうそう、たき旺歌おうかって言うんだけどね。――ねえ、志帆、旺歌おうかの試合は何試合目だっけ?」


「二試合目だよ。今ちょうど戦ってるんじゃないかな」


「わっ、そうなんですね。相手は?」


龍ヶ浦(りゅうがうら)高校。南地区の五位だね」


 志帆先輩は生徒会の書類に目を走らせながら――まるでそれがトーナメント表であるかのように――すらすらと答えてくれた。


「その、龍ヶ浦ってところは強いんですか?」


「少なくとも楽に勝てる相手ではないだろう」


「じゃあ、もし勝てたとして、二日目に残れる可能性は?」


「万に一つ、くらいかな。なにせ桜田女子が入ったのは第三シードのセントレオンハルト女学院じょがくいんがいるブロックだ」


セントレオンハルト――ですか。それはまた、大変なところに」


 わたしは驚きに少しだけ同情のトーンを混ぜて言った。セントレオンハルト女学院と言えば、先月に志帆先輩たちが戦い、手も足も出なかったという相手だ。そして志帆先輩たちは、合同合宿の試合を見る限り、決して弱くないし、むしろ強い部類に入るチームである。この二つの事実から推定する聖レ(シード)の強さはまさに『別格』――万に一つという表現はきっと誇張ではあるまい。


「まあ、確かに組み合わせは厳しい。が、それを言うなら県大会で厳しくないブロックなんてどこにもないよ。県庁地区一位の明星めいせい学園も、一回戦の相手は南地区三位。ここも勝てるかどうかは微妙なラインだろう」


「南地区……って、確か、県内で一番強い地区なんだよね?」


 とこわごわ尋ねたのは知沙先輩。志帆先輩は一瞬だけ視線をそちらへやった。


「そう。県大会出場校全三十四チームのうち、シードを含めて十チームが南地区。対して県庁地区は三チームだ。また、前回大会の八強は、その半分が南地区で、県庁地区はゼロ」


「如実に力関係がわかる数字ね……」


「なに、インターハイ予選ではまとめて引っくり返してやるさ」


 ぴっ、と書類の最後に赤ペンを走らせた志帆先輩は、そう言って顔を上げた。


「美穂も恵理も、また一肌脱いでもらうからね。頼りにしているよ」


 志帆先輩が微笑を浮かべる。無邪気の裏に何かの計算が見え隠れする妖艶な微笑。そこに、さー――と外の小雨の音が重なる。湿度の高い室内の空気は、どことなく、熱気のこもる大会中の体育館のそれに似ていた。

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