180(千穂) 真円舞姫《Terpsi Chore》
ブロック大会県予選第一日目第一試合。
三坂総合VS修英学園。
キャプテン・湊ゆかりの天井サーブが見事に嵌まり、2―4で迎えた、相手のセッターのサーブ。
その構えを見た瞬間、リベロである私の緊張は一気に高まった。
向こうのライト線ぎりぎり、エンドラインからかなり離れたところに、彼女は足を肩幅くらいに開いて身体を横向きにして(つまり身体の正面をネットと平行に向けて)立ち、ボールを持った左手を胸の前に伸ばして、そこに『横』から右手を添えていた。
一般的な『スパイク打ち』であるフローターサーブ、あるいはジャンプフローターやジャンプサーブとは異なる、特殊な構え。それは、ゆかりの得意とする『アンダーハンドサーブ』と同種の――まっすぐ伸ばした腕を身体の後ろに引き、その反動でボールを叩く――『肘を曲げない』で打つサーブのものだ。
『肘を曲げない』サーブは、ボールの打ち方の違いによって三種類に分類することができる。
一つ目は、ゆかりと同じ、ボールを『下』から叩く『アンダーハンドサーブ』。
二つ目は、床と平行に『横』から叩く『サイドハンドサーブ』。
三つ目は、肩を回して『上』から叩く『オーバーハンドサーブ』。
彼女が今から打とうとしているのは、そのうちの『オーバーハンドサーブ』。背中側に引いた腕を、さながら潮招のように下から上へと円を描くように振るい、頭の上でボールを叩くのだ。またこの打ち方では『無回転』と『有回転』のどちらも打つことができるが、彼女のそれは、パーにした手でボールを包み込むように打つ『順回転』のサーブである。
ゆえに、それは俗称を『ドライブサーブ』という。
このドライブサーブは、三種類の『肘を曲げない』サーブの中では唯一、一般的な『スパイク打ち』と同等の威力を発揮できるサーブである(これはひとえに打点が肩より高い位置にあるからだ)。且つ、その最大の特徴である『順回転』に関しては、『肘を曲げない』ことによるリーチの長さ、さらに肩や腰の回転をボールに乗せられることも相乗して、強烈なトップスピンのかかるジャンプサーブさえ凌駕する回転量を生み出すことができる。
そんなドライブサーブの使い手は、しかし、天井サーブの使い手と同じくらい稀少だ。なんとなれば単純に打つのが難しいからである。身体の正面が相手コートを向いていないから狙いが定めにくい。動作中の視点が安定しないからジャストミートさせるのも容易ではない。そしてなおかつ、スパイクと同じフォームで打つフローターやジャンプサーブと違い、ドライブサーブの打ち方はその難しさに反して『ドライブサーブを打つ』以外の場面で使われることがない――つまり仮にドライブサーブを習得しても、その技術をスパイクやレシーブに応用することができないのである。これでは使い手が少ないのも当然の帰結だ。
たが、稀少である、ということは、対策されにくい、ということでもある。それはゆかりの天井サーブが今さっき猛威を振るったことからも明らかだろう。一発勝負の公式戦で、『初めて受ける』『見たことのない』攻撃ほど厄介なものはない。
そして、基本的には天井の高さ以上の威力が出せないゆかりの天井サーブと違い、技術を磨くことが威力を高めることに直結するドライブサーブは、もっとシンプルに〝強い〟可能性がある。
フローター級の威力に、ジャンプサーブ以上の回転量――ドライブサーブは、もし極めることができれば、一撃必殺の武器になりうる可能性を秘めているのだ。
「……一体どれほどのものか……」
あのセッターが『ドライブサーブを打つ』というのは、公式ウォームアップの段階で既に把握している。しかし、アップはあくまでアップだ。ゆかりがそうであるように、十分に熟練した使い手ならば『肩慣らし』で終えることも考えられる。
ぴぃ、と笛が鳴った。私は彼女の動きを見つめる。ひと呼吸置いてから、踊るようにステップを踏み、腕を引き、ふわりとボールをトス、そして大きく腰を捻る――、
「っ!?」
やっぱりだ。腕の振りがアップのときよりも大きい! きっと身体が柔らかいのだろう――上体をいっぱいに捩ることで、右手が背骨のラインを超えるほどに引かれている。そこから彼女は左足を踏ん張って、ぐんっ、と捩った力を解放する。右手は大きな真円を描き、そして頭上よりやや後ろめのところで、下から上に巻き込むようにボールを叩いた。
ぱあんっ!
と破裂音がした。ボールは向こうのライト線から、対角であるこちらのライト線目掛けて、カットしたオレンジの縁をなぞるように斜めに弧を描いて飛んでくる。その回転量たるや凄まじく、ボールは強風に煽られるように右へ右へとぐいぐい曲がっていく。
「ゆかりっ、入るよ!」
「こいつはいささかキツいで候おー!」
――ずばん、
と、裁断機の刃が下りるように、サーブはBRの角いっぱいに決まった。ノータッチサービスエース。しかし、これはゆかりを責めるよりむしろ相手を褒めるべきだろう。
ドライブサーブ――誰かがそれを実戦で打ってるのを見るのはこれが初めてだが、だからこそ断言できる。これほどの精度で打てる使い手は――天井サーブにおいてうちの湊ゆかりがそうであるように――この県内に彼女ただ一人だけだ、と。
ふっ、とサービスゾーンの彼女が微笑する。それは見るからに麗しいのだが、同時に恐ろしいほど冷たくもあった。そうして背筋を凍らせているところに、「ややっ、すまぬで候!」とゆかりのすっとぼけた声が聞こえてくる。
「しっかし、魂消たの! これが音に聞こえた〝真円舞姫〟のドライブサーブ――! よもやこれほどの切れ味とは!」
「ゆかり……あのセッターのこと、知ってたの?」
「そうさのう。類は友を呼ぶとはちと違うかもしれぬが、長く続けていれば数寄者の噂は自然と耳に入るものよな」
「……まあ、確かに酔狂なサーブよね」
「して、千穂屋。どうしたものかね、あれは」
「そうね……とりあえず、上に上げて。守備位置をライト寄りにしておけば、スピード的には追いつけるはず。あとは軌道の見極めだけど、これは慣れるしかないでしょ。あんたのと同じでね」
「あいわかった!」
「頼むわよ、キャプテン。私もフォロー入るから」
「かたじけないの!」
飄々と手刀を切ってみせるゆかり。まったく暢気なんだから……たとえドライブサーブが攻略できたとしても、この後にはあの目つきの悪いレフトのジャンプサーブが控えてるんだからね? それに、今は後衛にいるレフト対角――南雲みまりとかいう――一年生らしいけど、当然只者じゃないわよね。まだ一試合目特有のぎこちなさがあるけど、これが試合が進むにつれ本来の実力を発揮してきたらと思うと――。
「……わかっちゃいたけど、キツいわコレ」
やれやれ、と溜息をついて顔を上げる、と、向こう正面にいる観客席のお姉ちゃんと目が合った。って、お姉ちゃんってばまた私の知らない人たちと一緒にいる!? なにあれ? 黄色……? その隣の人はまたでっかいな! 地区大会で見た城上女の後輩とは違うし、本当にどこの誰だろう。ああっ、もう、それより今は試合に集中、集中……っ!
「なあに、千穂屋、そう気後れしなさんな。せっかくの晴れの舞台じゃて。大いに楽しんで参ろうぞ」
隣のゆかりが片眉を上げてそんなことを言う。まったくふざけているとしか思えない。だが、おかげで余計な力が抜けた。
「――やるっきゃないわ☆」
相手は西地区一位。地区一位ってんだから、あの石館商業と同格なのだ。私たちにストレートで勝てる玉緒第二にストレートで勝てる石館商業と、同じくらいに強い相手。県大会は負ければその時点で終了――胸を借りるつもりで、どんどんぶつかっていくしかない。
「っさあああ来おおおい!!」
私は声を張り上げる。笛が鳴る。世にも珍しいドライブサーブの使い手は、しばし何かのリズムを整えてから、たん、と踊るようなステップを踏んだ。そして――、
・サーブの名称について
『ドライブサーブ』について、美森さん(妹)が大半を解説してくれましたが、少しだけ補足しておきます。
まず、『肘を曲げないで打つサーブ』の種類として挙げた、アンダーハンドサーブ、サイドハンドサーブ、オーバーハンドサーブの三つについて。
これは野球でいうところのアンダースロー、サイドスロー、オーバースローに相当するもので、『肩に対する打腕の角度』による分類です。
腕をまっすぐ横に伸ばした状態を0度として、肩より上に仰角をとればオーバーハンド、肩より下に俯角をとればアンダーハンドとなります。サイドハンドは、私の感覚では仰角10度〜俯角30度の間くらいで打つ感じです。
ただし、この下・横・上の分類は、あくまで『肩に対する打腕の角度』に焦点を当てた言い方なので、いわゆる『フローターサーブ』も『オーバーハンドサーブ』に含まれます(※海外では、『オーバーハンドサーブ』というと、『フローターサーブ』を指すそうです)。
なので、「『肘を曲げないで打つサーブ』の種類として、アンダーハンドサーブ、サイドハンドサーブ、オーバーハンドサーブの三つがある」という言い方は、間違ってはいませんが適切ではありません。より誤解のないように表現するなら、「サーブを『肩に対する打腕の角度』でアンダーハンドサーブ、サイドハンドサーブ、オーバーハンドサーブの三種類に分けたとき、『肘を曲げないで打つサーブ』ではそのいずれも打つことができる」となります。
ちなみに、これと同様のことはいわゆる『フローターサーブ』=『スパイク打ち』にも言えます。『肘を曲げて打つサーブ』においても、アンダーハンドやサイドハンドで打つことは理論上可能です。
定義に従えば、『肘を曲げて打つサイドハンドサーブ』は『気合いの入ったビンタみたいなサーブ』、『肘を曲げて打つアンダーハンドサーブ』は『ダイナミックなおしりたたきみたいなサーブ』、という感じになるでしょう。
ただ、公式戦でこんな打ち方をしている人は見たことがありません。威力が出ませんし、何より肘関節をおかしくする恐れがあるので、よい子は真似しないでください。
そんなわけで、一般に『スパイク打ち』(=『フローターサーブ』)と言えば、それはとりもなおさず『オーバーハンドサーブ』のことを指します。これは裏を返せば、『アンダーハンドサーブ』と『サイドハンドサーブ』に関しては、とりもなおさず『肘を曲げないで打つサーブ』を指していると思っていい、ということです。
『肩に対する打腕の角度』による分類と、『肘を曲げて打つか曲げないで打つか』の分類が、実質的にイコールになっているのは、こういう理由です。
で、問題は『ドライブサーブ』です。これは『オーバーハンドサーブ』には違いありませんが、その中でも特殊な『オーバーハンドサーブ』です。
なので、『ドライブサーブ』のことを言うつもりで『オーバーハンドサーブ』と表現しても、相手に正しく伝わらない可能性があります。
これは、野球で『アンダースロー』と言えば、それは『サブマリン』であり『ウインドミル』ではない、というのと似ています。
投げる腕の角度で分類すれば両者とも『アンダースロー』には違いないはずなのですが、普通、『ウインドミル』のことを言うのに『アンダースロー』と表現する人はいません。それは『ウインドミル』が『アンダースロー』の中でも特殊な投法だからです。
すると当然、野球で『アンダースローのうちソフトボールで主に用いられるほう』=『ウインドミル』と表現するように、バレーにも『オーバーハンドサーブのうち肘を曲げないで打つほう』を表す何か特別な言葉があるのではないか、と思われるでしょう。はい、あります。
それが『ラウンドハウスサーブ』です。
ただし、です。この『ラウンドハウス』も、元の意味は『大振り』なので、つまるところ『肘を曲げないで打つこと』を示す言葉です。ゆえに厳密には、『アンダーハンドサーブ』も『サイドハンドサーブ』も『ラウンドハウスサーブ』の一種ということになります。
しかし、先にも述べたように『アンダーハンドサーブ』と『サイドハンドサーブ』に関しては『肘を曲げないで打つ(ラウンドハウス)』以外の打ち方は実質的に存在しないので、特に『ラウンドハウスサーブ』と言う場合には、『オーバーハンドサーブのうち肘を曲げないで打つほう』を意味する、となるのです。
さて、しかしながら、ここで問題がまた一つ。『オーバーハンドサーブのうち肘を曲げないで打つほう』=『ラウンドハウスサーブ』――ここまではオーケーです。
が、残念ながら『ラウンドハウスサーブ』と言えばすなわち『ドライブサーブ』のことを指す、とはならないのです。
これがなんでなのかと言えば、『ラウンドハウス』とは『打ち方』を表す言葉であって、『球種』を表す言葉ではないからです。
サーブの『球種』。これは大きく分けて二種類あります。『無回転』と『有回転』です。そして前者のことを『フローター(浮游)サーブ』、後者のことを『スピン(回転)サーブ』と言います。
そうなのです。実は「※海外では、『オーバーハンドサーブ』というと、『フローターサーブ』を指すそうです」と註釈したのは、ここに理由があるのですね。なんとなれば『フローターサーブ』は厳密には『無回転サーブ』の意味であって、『オーバーハンドサーブのうち肘を曲げて打つほう』=『スパイク打ちサーブ』とはまるで無関係の言葉だからです。
実際、『サイドハンドサーブ』でも『ラウンドハウスサーブ』でも、『フローター(無回転)サーブ』は打てます(むしろそれが一般的です)。またいわゆる『フローターサーブ』と言われているスパイク打ちでも、『スピン(回転)サーブ』を打つことはできます(そしてそれは往々にして『回転を掛けたフローター(無回転)サーブ』というまったく不適当な名称で呼ばれたりします)。
閑話休題。
というわけで、いよいよ『有回転』=『スピンサーブ』について詳しく見ていきましょう。これが野球ならカーブ、スライダー、シンカー、シュートと回転の種類もたくさんあるのですが、バレーボールではほぼ『順回転』一択です。もちろん、やり方次第では横回転を打つこともできます(スパイク打ちの横回転サーブに関しては、比較的メジャーかもしれません。トスするときに両手でボールに横回転を掛け、その回転に重ね掛けするように、ボールの横腹を手刀を切るイメージで撫で打ちます。このやり方で『ポール回し』ならぬ『アンテナ回し』をした、という経験者も多いのではないでしょうか(注:試合で『アンテナ回し』をすると反則で失点します))。
しかし、やはり『有回転』と言えば、バレーでは主に『順回転』を指すのです。
『順回転』――これもまた範囲の広い言葉です。例えば、普通のジャンプサーブには多かれ少なかれ『順回転』が掛かっていますし、スパイク打ちのサーブで『順回転』を打つやり方も存在します。
そんなわけで、実際のところ、『オーバーハンドサーブの肘を曲げない(ラウンドハウス)で打つ有回転サーブ』を『ドライブサーブ』と表現するのは、あまり適当とは言い難いですし、たぶんに局地的な言い回しです。
ただ、私にとっては『オーバーハンドサーブの肘を曲げない(ラウンドハウス)で打つ有回転サーブ』は『ドライブサーブ』であって、『ドライブサーブ』と言えば『オーバーハンド(以下略)』なので、作中ではそのように呼ぶことにしています。




