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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第九章 AT和田総合体育館(I)
302/374

179(漣) 気難し屋

 油断はなかった、と思いたい。


 しかし、朝イチの試合でまだ身体が温まりきってないとこに、あの冗談みたいな天井サーブは覿面だった。いや、もちろんアップ中に『天井サーブがある』ってのは把握してたけどな。でもその時はせいぜい天井と床の中間くらいまでしか打ち上がってなかった。加減していたんだ。


 くっそおお、あのヘンテコなキャプテン! プロトコールのコイントスで嬉々として「しからばサーブを先に打たせていただこうかの!」とか言ってたのはこういうことだったのかよ! ふざけてるんじゃなかったのな!


 そんなわけで、まさかの三連続失点、からのタイムアウトである。A、B、Cコートの様子はわからないが、間違いなくこれが今大会最初のタイムアウトだろう。


「いきなり困ったことになったねえ。私、セッターなのにまだボールに触ってないわ。困ったわねえ。セッターなのに私まだボールに触ってないなんて」


 表情と声色だけはまるで悩める思春期の少女のようにぼやく鴨志田かもしだ舞姫まき。他方、私たちは無言で目配せし合い、心の中ではまったく同じことを考えていた。


(どうすんだよ舞姫のヤツめちゃくちゃキレてんぞ……!? 誰かこの空気どうにかしろっ!!)


「い、いやあ、マジでどうしたもんっすかね、さざなさん!」


止水しすいいいいいい! お前あとで覚えとけよおおお!?)


 と、申し遅れたが私は蒼木あおきさざな三坂みさか総合の三年で、キャプテンをしている。


「……まあ、実際のとこ、落ち着いて拾うしかないだろ。ボールの落下点に入ること自体は、そう難しくないんだからな」


 言って、私は冷笑を浮かべる舞姫を一瞥し、すぐに別の生贄へと視線を移した。


「そうだろ、みどり!」


 白羽の矢が脳天に直撃したリベロの尾上おのうえみどりは、目を点にして私と舞姫を交互に見た。その顔に「漣ああああ! おまえあとでむきゃああああ!」と書いてあったが全力で無視する。


「あのあのっ! あたしも、よければもう一回チャレンジしてみたいんですが!?」


 みまりィィィッ! このエブリデイ・ハッピー・ニュー・イヤー・ガール! 話をややこしくするんじゃありません!


「みまり……ここはボクたち下級生の出る幕じゃないです。先輩方に任せるです」


 ナイス、晶子しょうこ! いや、でも、なんかその体よく逃げる感じなのずるくね?


「……『で』?」


 恐い恐い舞姫お前どこからその低い声出してんだよ地獄の底からとかじゃないよな!?


「翠……ここは、私とお前で取るぞ。レフト半分はお前、ライト半分は私な」


「お、おうっ! がんばろおおー!」


「うふふ、任せたわね」


 舞姫め天使みたいに微笑みやがって……参ったな、敵より味方のほうが厄介だぜ。


「いいか、お前らっ! ここで雰囲気に呑まれたら終わりだからな! 気迫で負けないよう声出して行くぞッ!」


「「おおおっ!!」」


 そんなこんなでタイムアウトが明けた。各自定位置(コートポジション)について、問題の天井サーブを待つ。相手のヘンテコキャプテンは――一体どれだけ練習を積んだらこんな精度で打てるんだか――流れるようなフォームでサーブを打ち上げる。ボールは惚れ惚れするような綺麗な放物線を描いて、翠のいるレフト側へ。


「翠いいいいいいいいいい!!」


 頼むぜ我らがリベロ! ここでしくじったらマジで試合がヤバイ! あと何より舞姫を宥められる自信がない!


 という、私の切実な祈りが通じたのだろう。


「とおりゃあああー!」


 ばむっ、と小さな身体を目一杯使ったオーバーハンドで、どうにかこうにかレシーブに成功した。


「ちょっとネットまで届いてないのだけれど――」


「舞姫っ! 文句ならあとで聞くから今はトス頼む!」


 これで切れなくてまた天井サーブになったら私の心が持たないからな!


「わかっているわ――よっと!」


 落下点に滑り込んだ舞姫は、ひゅっ、とやや速めの平行トスをレフトへと送る。そこへ突っ込んでいくのはもちろん――、


「止水いいいい! お前ここで決めなかったらわかってんだろうなッ!?」


「そりゃモチっすよ――――っだらああああ!!」


 ばあんっ!


 と止水のスパイクが炸裂する。二年生にしてうちのエースを務める剛腕が、相手の二枚ブロックを粉砕した。在原ありわら止水しすい――シードのセントレを含めても西地区屈指の点取り屋(スコアラー)だ。トスさえまともに上がれば、この通りである。


「おっしゃああああッ!!」


 エースがきっちり決めて、ようやく天井サーブの呪縛から逃れる。スコアは、1―3。


「ったく、ひやひやさせやがって……」


 これで舞姫の機嫌も直るだろ、と私は胸を撫で下ろす。最初の一発さえ決まっちまえば、止水は一人で勝手に走り出す。そのまま打ち合いに持ち込めば逆転はそう難しくないはずだ。とにかく今は、一本一本、丁寧にプレーして全体の士気を上げていくことが――。




 がざっ、




 と目の前が真っ白になる音がした。後衛バックに下がった二年生ミドルブロッカー・小金井こがねい晶子しょうこのスピードのあるフローターが、ネットの白帯に直撃した音である。


「あっ……」


 さらに悪いことは重なるもので、白帯に直撃して全ての運動エネルギーを失ったボールは、ちょうどその真下にいた舞姫の頭に向かって落ち、


 ぼよんっ、


 と、跳ねた。


「あらあら惜しかったわね晶子本当に惜しかったわ」


「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさいです! み、翠先輩、は、早く代わってくださいです!」


「おいコラ晶子ォォォお前逃げんなああああッ!!」


「すいませんですぅぅぅ!」


「あらあらあらあら」


 かくして、スコア、1―4。


「いいかお前ら! カット集中! 何がなんでも一本で切るぞ! 白更まさら、お前もわかってるな!?」


「うむ」


 晶子の対角のミドルブロッカー・伊藤いとう白更まさらは鷹揚に頷く。まあ、白更は天井サーブの呪縛とは無縁だし、三年だ。晶子のような凡ミスはないと信じたい。


 相手のサーブは、セッター対角の器用そうなヤツだ。フローターで打ち出されたボールは、私のところへ。ネット際で微笑を浮かべながら待つ舞姫のプレッシャーをはね除け、どうにかAカットに仕上げる。そこから白更のAクイックがぱしんと決まって、スコア、2―4。


「ナイスキーっす、白更さん!」


「なんのことはないのである」


「マジで助かったよ……白更。にしても、もう既に一試合分くらいの疲労がきてるんだが」


「さっきからなんだか大変そうねえ、さざな


 くすくす微笑んで私のそばを通り過ぎていく舞姫。ああ……そうだよ大変だったよ。主な原因はお前だけどな!


「――おい、舞姫」


 私は舞姫を呼び止める。「ん」と舞姫は軽く首を傾げる。私は転がってきたボールを拾い上げ、ひょい、と舞姫に投げた。


「加減無用だ。フル回転でぶちかませ」


「うふふ、りょーかいっ」


 そう言って片目を瞑り、サービスゾーンへ向かっていく舞姫。私は今度こそ一安心だと大きく深呼吸をする。


 さあて……覚悟しろよ、修英学園。開幕ちっと浮き足立ってたが、ぼちぼち地区一位らしいところを見せてやれそうだ。みまり(ニュー・フェイス)の加入による攻撃力アップはもちろんだが、それ以前から私たちが持ち合わせていた、三坂総合の〝強さ〟の一端をな。


 つーわけで、一つよろしく頼むぜ――我らが気難し屋の舞姫まいひめ様よ。

登場人物の平均身長:164.7cm

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