178(衣緒) 100パーセント
どもー、美森衣緒でーす。えっ? どこの誰だって? いやだなあ、私だよ私。ほら、城上女子のOGで、修英学園に可愛い妹がいる、小粋でキュートな元セッターの衣緒さんだって。
「んっ? なんだこっちはまだなのか――って、あ?」
どこか心をくすぐるような、澄んだソプラノの声。思わず振り返ると、見覚えのある真っ黄色が目に飛び込んできた。その後ろには、見上げるほどに長身の女の子と、小柄な女の子。三人とも顔見知りだった。
「おろろ、奇遇だね、南五和の有野可那ちゃん。それに県内最高の左と、そっちは確かマネージャーをしていた子だよね」
「「ど、どうも……」
「えーっと、あんたはいつぞやの静んときの――なんつったっけ、とにかく浪人生の先輩」
「それな★」
私は澱んだ目で答える。しかし有野ちゃんは特に悪びれることもなく、気安い感じに隣へやってきた。
「で、浪人生がなんでここにいんの? 勉強は? また落ちんぞ?」
「胡桃もあなたも先輩にもっと気を遣えな★」
妹の応援に来たのよ、と私は簡単に答え、コートのほうに向き直る。Dコートのある第二体育館は、武道や体操競技のほか、コンサートホールとして使われることもある。だから観客席はコの字型に展開していて、コートの面積に比べるとハコの容積が大きく、広々と感じられる(というか実際に広い)。ちなみに私がいるのはコの字の右側の、一番高いところだ。
「へえ、妹がいんのか。んで、その妹っつーのは――」
「あっ、可那さん。三坂総合の相手は北地区の三位みたいですよ。修英学園っていうとこです」
「そうそう、その修英学園。で、そのうち一番可愛い女の子が、私の妹ってわけ。ポジションは有野ちゃんと同じリベロよ」
「マジか! その浪人先輩の妹は――つか、修英学園ってのは強えの?」
「カトレアさんたちが抜けたあとの城上女子よりはね」
ふっ、と私は不敵に微笑んでみせる。と、マネージャーの子が「あっ、あれ!」と驚きの声を上げて、コートの斜め後方に設置された得点板を指差した。西地区一位・三坂総合VS北地区三位・修英学園――その現在のスコアは、なんと、
「0―3……!? えっ、これ、どうなってるんですか? というか、試合は――」
「あっ、なんでコートに誰もいないのかと思ったら、タイムアウト中なんですね。これは、その、三坂総合のほうが?」
「イエス★」
「おうおう、すげえな修英学園! 北地区の三位ってそんな強えのかよ!」
「それには理由があってね……。実は、修英学園は、地区大会では100パーセントの実力を出すことができなかったのだよ」
「どういうことだ?」
「こういうことさ★」
ぴっ、と私は人差し指を立てて上を示す。南五和の子たちはそこに何があるのかと天井を見上げるが、結局わからずに揃って首を傾げた。そこでちょうどタイムアウト終了の笛が鳴った。両チームの選手がコートに戻ってくる。私たちから見て奥が修英学園、手前が三坂総合だ。ほどなく、副審から修英学園にボールが流される。それを二年生の兵地文香ちゃんが受け取って、サービスゾーンにいる『彼女』へパスする。
湊ゆかりちゃん――修英学園のキャプテンを務める、人呼んで〝軌跡を喚ぶ女〟。
「あ?」
湊ちゃんのサーブの構えを見て、有野ちゃんが訝しむような声を上げる。
ミス・パラボラ――その通り名の由来である、ボールの『下』に打ち手を添えるアンダーハンドサーブ独特のフォーム。直後、気づいた有野ちゃんがはっと息を飲み、上を見た。
「っ、そういうことか!」
「そういうことさ★」
ぴぃ、と笛の音。両チームとも固唾を飲んで『その時』を待つ――不穏な静けさの中で、湊ちゃんは動き出した。
「わわっ!? えええ!?」
「か、可那さんっ、なんですかあれ!?」
『それ』を見たことがないらしい二人が騒ぎ立てる中、湊ちゃんは身体を沈みこませながら振り子のように腕を後ろへ引いていく。そして十分にタメを作ると、曲げた膝の力と合わせて、ボールを思いっきり『上』へ打ち上げた。
どんっ――!!
と花火のように舞い上がるボール。コンサートホールにもなる体育館の、一般より遥かに高い天井すれすれを頂点に、美しい放物線が描かれる。それを見た有野ちゃんたちは文字通り仰天した。
「天井サーブ……だと!? くっそおお、拾いてえ! なんで対戦相手があたしらじゃねえんだよ!!」
興奮しきって囀ずるカナリア。と、次の瞬間、その黄色い声に重なるようにして、コートでは別の『色』が叫ばれた。
「翠いいいいいいいいいい!!」




