177(史子) ブロック大会県予選第一日目
おはようございます。烏山史子です。『とりやま』じゃないです。『からすやま』です。
はいっ! というわけで、やってきました県・大・会! 会場は県庁・桜田市にある和田総合体育館。バレーコート三面分を取って余りある広さを誇る、近隣で最も大きな体育館です。開会式で全三十四校の参加チームが一同に会したところは、まさに壮観。その規模と迫力に私は思わず天を仰いで、そこでまたびっくり! 天井がとっても高いのです。一面はキャットウォークと思しき鉄の格子に覆われ、その格子の向こうでは、大きな照明が銀河のようにきらきらと輝いていました。
第一日目の今日、お天気は朝からあいにくの小雨。館内の温度はやや低め、湿度もやや高めとなっています。空調が利いているので不快なほどにじっとりはしていませんが、廊下の床をよく見てみると無数のシューズ跡がついていたりする、くらいにはしっとりしています。
そんな中、私たち南五和高校女子バレーボール部は、三面のコートをぐるりと囲んでいる観客席の一角に陣取って、おのおの自由にくつろいでいるのでした。
「ふっああぁぁぁ眠ぃー……」
と大あくびをしたのは、黄色のショートカットが唯一無二の有野可那先輩。私物らしいこれまた黄色のブランケットにすっぽりと包まり、席を二つ占領して横になっています。と、そこへ長身の結崎はる先輩がやってきて、きゃぴきゃぴと明るい声を出しました。
「おっ、こんなところにだし巻き玉子はっけーん!」
「あん? うるせえな、誰が卵焼きだコラ」
「ちょ、何言ってるんですか!? だし巻き玉子と卵焼きは別物ですよ!? 先輩はだし巻き玉子をお弁当に入れますか!? 卵焼きに大根おろしをつけますか!?」
「なんであたしキレられてんの!? あと前者はともかく後者はわりとあるだろ!」
「えっ? でも合わなくないですか?」
「さてはお前ん家、卵焼きは甘い派だな!?」
「いや派閥もなにも卵焼きは甘いものでしょう! だってしょっぱい卵焼きってそれだし巻き玉子じゃないですか!?」
「違えよ!! しょっぱい卵焼きとだし巻き玉子はまったくの別物だよ!!」
「じゃあ聞きますけど、今の可那先輩はしょっぱい卵焼きですか? だし巻き玉子ですか?」
「どっちでもねえよ!!」
よく通る高い声でそう言って、可那先輩は纏っていたブランケットをはる先輩に投げつけます。「ふごっ!?」と顔面でそれを受け止めるはる先輩。と、先輩は何を思ったか、そのブランケットをバスタオルみたいに身体に巻きつけて、「じゃーん!」とみんなのほうに振り返りました。
「はる巻きっ!」
「「ぶっふふ――!?」」
私を含めた何人かが吹き出します。特に逢坂月美先輩と生天目信乃先輩はツボだったらしく、背中を丸めてぷるぷると肩を震わせます。さっきまで怒っていた可那先輩もげらげら笑います。それを見てキャプテンの江木小夜子先輩がくすくすと微笑みます。
南五和高校女子バレーボール部、本日も平常運転なのでした。
「みなさん、びっくりするくらいリラックスされてますね」
「逆に史子はそわそわしてるね?」
「だって今日は大会ですよ!? 試合ですよ!?」
私は階下のコートを指差しました。手前から奥にA、B、Cの順で並んでいる三つのコートでは、第一試合に出場する計六チームが、一分一秒が惜しいといった様子でアップしています。張りのあるボールの打音、小気味いいシューズの足音、そして気迫のこもった掛け声が体育館いっぱいに響き渡り、選手たちの興奮と緊張がダイレクトに伝わってきます。
「気持ちはわかるけどね。ただ、珠衣たちの出番はまだまだ先だから、今からそわそわしてたら最後まで保たないよ」
「そ、それは確かにそうですが……でも、本当に、こんなにのんびりしてていいんですか?」
「問題ない」
と、私の横に座る佐間田珠衣先輩の向こうから、大会パンフレットを眺めている赤井雫先輩が答えてくれました。さらにその向こうに座っていた小夜子先輩が、前の席の背もたれに手をついて身を乗り出し、こちらに笑いかけます。
「今日みたいな雨の日だと特にね。屋外が使えなくてアップできるスペースが限られてるから、いま私たちがそこを使っちゃうと、二試合目や三試合目のチームが窮屈になっちゃうの」
「あっ、なるほど!」
私は観客席の後方を振り返ります。観客席の外側には幅広の通路が巡っているのですが、そこでいくつかのチームが軽いランニングをしていました。たぶん、次か、次の次くらいが出番なのでしょう。あそこに私たちまで混ざってアップを始めたら、確かにスペースが足りなくなりそうです。
「こういうときは準シードでよかったって思うよね。わたしはそこまで朝に強くないから、助かるなあ」
そう言って、ふぁ、と小あくびをしたのは小夜子先輩の後ろの席にいる月美先輩。「準シード?」と私は聞き返します。答えてくれたのは、雫先輩でした。
「前回大会県八強で、なおかつ今大会地区一位のチームのこと。シードから一番遠い枠に入ることができて、一回戦が三試合目以降になる」
雫先輩は眼鏡を押し上げ、パンフレットの組み合わせ表のページを私に見せてくれます。
「今回の準シードは、三チーム。Aブロックの南五和と、Cブロックの石館商業、Dブロックの福智学園武岡」
「三チーム? えっ、じゃあ、このうちのすぐ下にいる……」
「Bブロックの潮第一は、東地区の一位だけど、前回は八強入りできなかった。だから、準シード枠に入ったのはたまたま。例えば、同じ地区一位でも、ほら――Dブロックの三坂総合なんかは、今から試合でしょ?」
「あ、ほんとですっ!」
「三坂総合……」
と反応を示したのは、月美先輩。小夜子先輩が「どうかしたの?」と振り返ります。
「あっ、いや、大したことじゃないんだけど。三坂総合っていえば、先月頭に遊たちが練習試合したとこだなって思い出して。聞いた話だと、ちょっと上を行かれたって」
「ああ、らしいですね。珠衣は十稀子から聞いたんですけど、なんかかなり打てる新入生がいたみたいですよ」
「打てる新入生――って、まさか、あの城上女の藤島さんみたいな……?」
と少しこわごわ尋ねたのは信乃先輩です。珠衣先輩は「いやいや」と苦笑しました。
「透みたいな怪物は学年に一人で十分だって。でも、まあ、県選抜メンバーって線はありそうだね」
「ほーん……県選抜の新人か。三坂総合なあ、どれどれ……」
最前列でだし巻き玉子状態に戻っていた可那先輩がむくりと起き上がります。階下の三面コートでは、いよいよ公式ウォームアップが始まっていました。
「可那ちゃん、三坂総合は第二体育館だよ。ここではやってない」
「んあ、そうなのか?」
「反対側なら、今回は当たらないよね……。それよりBコートの大田第二の応援しようよ。えっと、相手が確か――」
「南地区の古手川第二ですよ」
「そうそう、古手川……って、大丈夫かな、丹羽さんがいるとこだけど……」
「よっし! んじゃ、その二羽だか四羽だかは月美が見とけよ! あたしは三坂総合んとこに乗り込んでくる!」
「あっ、可那さん! 私もお供しますっ!」
「おう、信乃! お前はその『県選抜の新人』ってのにガン飛ばす係な! おい、他に誰か行くヤツいねえか!?」
だし巻き玉子の衣を脱ぎ捨てた可那先輩がメンバーを見回します。が、
「すいません、珠衣はやっぱり大田第二が見たいので」
「私はできるだけ多くのチームを見ておきたいので」
「ごめんねぇ、可那ちゃん。私がここを動くわけにはいかないから」
「あっ、可那先輩! このだし巻き玉子、使わないならはるが借りてていいですか!?」
と皆さんそれぞれの理由で腰を上げようとしません。「んだよー」と可那先輩は口をヘの字にして腕を組みます。
「どうすっかなあ。二人じゃ殴り込みにしてもカッコつかねえし……」
「わわわ私は可那さんと二人っきりでもその」
「あっ、そうだ!」
言って、可那先輩はぎらりと私に目を合わせてきました。さっきまでだし巻き玉子だった人とは思えない、とても活き活きした瞳です。
「よし、史子! お前もついてこい! あたしが正しい因縁のつけ方を教えてやる!」
「あっ、は、はいっ! 頑張ります!」
「可那……お願いだからわたしたちの史子を変な子に育てるのやめなよ……」
「何言ってやがる! 他所のヤツらから舐められねえように教育してんだろうが!」
「可那さん! そのっ、わ、私にも正しいガンの飛ばし方をご教授願いますっ!」
「信乃もあんまり可那を調子に乗らせるようなこと……」
「まあまあ、月美ちゃん。それじゃあ、可那ちゃんと信乃ちゃんと史子ちゃんは、Dコートの偵察よろしくー。とりあえず、一セット目が終わったら、一旦連絡するか、こっち帰ってきてね」
「おう! よしっ、そんじゃあ気張って行くぞ! 信乃! 史子!」
「「はいっ!」」
あんまり暴れちゃダメだよー、という小夜子先輩の声に見送られ、私たちは観客席の間を駆け上がります。と、その時でした。
ぴぃぃぃぃぃ――と三コート分の高らかな笛の音。私は思わず足を止め、コートのほうへ振り返ります。左右のエンドラインに立ち並ぶ、色とりどりのユニホームを纏う選手たち。すうっ、と息を吸い込む一瞬の静寂があり、直後、身体の内に漲る気迫が外へと解放されます。
「「よろしくお願いしますッ!!」」
ブロック大会県予選第一日目――その幕開けとなる第一試合が、一斉に始まりました。
新章開始です。烏山さんは初登場から二年ぶりくらいですか……何もかもが懐かしい。
よろしくお願いします。




