173(夕里) 怪物を喰らう怪物
ゴールデン合同合宿、アフター。
長かったようで終わってみればあっという間やった城上女子との合同合宿。最終日は、午前に三セット、午後に二セットの計五セットの試合を行い、午後三時をもって全てのプログラムが終了した。そこからクールダウンや着替えや荷物整理をして、最後の全体集合は三時半。神保先生と山野辺先生から総評があり、締めにキャプテン同士――城上女子は万智さん、明正学園は志帆さんの薦めで七絵さんとで握手が交わされ、みんなの拍手の音が鳴り響く中で解散となった。
一応、後日、反省会をそれぞれのミーティングでやることになっていて、その報告を先生経由で交換し、二校で共有する、という事後処理イベントが残っているが、そのほとんどは部長である志帆さんの仕事になるので、ウチら平の一年生の感覚としては、あーついに終わってもーたー、という気持ちやった。
達成感と、開放感と、充足感と、疲労感――そこから生じる、一時的な燃え尽き症候群。
明日は連休最終日で、部活はもちろんオフである。やったらもう今日から明後日の朝まではなんもせずゴロゴロしていたい……なんて状態なのは、しかし、少数派やった。
試合の興奮や手応えがまだ残っとるのやろう、城上女メンバーと裏部員組の見送りをしたあと、凛々花、颯、芹亜の三人は、緩めてあったネットを張り直してスパイク練習を始めた。ちなみに、トスは七絵さんが上げている。あと、この手の自主練習は気持ちより体力を優先してほどほどで切り上げるタイプの希和も、なんとなくスパイクの列に混ざってみたり反対側でレシーブに入ってみたりして、身体を動かしていた。
そんなわけで、ゴロゴロ組は残りの三人。ウチと志帆さんと知沙さんや。ウチらは体育館の縁側に出て、山野辺先生から神保先生への感謝の贈り物(洋菓子詰め合わせ)のお裾分けをお茶請けに、合宿中に共用で買ったんやけど半端に余ってしもたペットボトルなんかを持ち寄って、のんびりと日向ぼっこを満喫していた。
特に志帆さんは、知沙さんに膝枕されて、かつてないほどにだらしなくしどけなく、無上の幸せを堪能しているといった様子やった。一方の知沙さんも、表面上は困ったような顔をしているが、まんざらでもないのは明らかや。なんせ知沙さん、合宿中は志帆さんが万智さんや山野辺先生に目移りするたびにハラハラしとったからな。もし周りの目がなかったら、放し飼いにしているネコが久しぶりに我が家に戻ってきた、とばかりに猫可愛がりしたに違いない。
で、そんなずぶずぶの三年生はさておき。ひとしきりゴロゴロして手持ち無沙汰になったウチは、知沙さんからスコアブックを借りて、今日の試合結果を確認することにした。
城上女子VS明正学園、結果は以下の通りである。
第一セット、19―25。
第二セット、25―20。
第三セット、26―24。
第四セット、21―25。
第五セット、25―22。
「試合、最後まで、いい勝負だったよね。獲得セット数では二対三で負けちゃったけど。でも、惜しかったよ」
お下げやなくなった志帆さんの黒髪を撫でながら、知沙さんが優しい口調で言う。ウチは、そうですね、と頷いた。
「こうして結果だけを見ると、ほんまに互角の勝負やったんやなあって思います」
すると、知沙さんの膝に顔を埋める志帆さんが、ふっふ、と苦笑した。
「『結果だけを見ると』――とは、随分と含みのある言い方をするじゃないか。私の感覚では、結果だけでなく、どのセットのどのラリーを切り取ってみても、互角にしのぎを削っていたと思うが」
わかってはるくせに、と今度はウチが苦笑する番やった。志帆さんは顔を上げないまま、ウチの持つスコアブックを指差して、からかうように言う。
「まあ、確かにそれは『デキスギ』な気もするけれどね」
「ええ、ほんまでき過ぎですよ、これは」
「二人は一体なんの話をしているの……? あと、志帆ちゃん、喋るときもぞもぞしないでよ、くすぐったいんだからねっ」
「くすぐったいだと? ぐっふっふ、知沙はけしからんなあ。これはオシオキが必要だ……ね、っと!」
「やあっ、ちょっと志帆ちゃん!?」
ぐわっと両手でクワガタのように知沙さんの胴を鋏み、押し倒すようにしてその豊かな胸に顔を埋めてご満悦の志帆さん。ほんまに大丈夫やろかこの先輩……?
「ああ、私のことなら気にしないでくれ。数ヶ月に一度くらいの頻度でこうなるんだ」
「さいですか」
「ひゃん、もう、志帆ちゃんったら、くすぐったいってばー!」
「――で、実際、彼女はそれほどだったのかね?」
「はい……正直、思ってた以上に。あれは言うなら怪物を喰らう怪物です」
「この体勢のままなんか真面目っぽい話するのはどうかと思うな!? ……って、なに? 怪物って、誰の話してるの? 透ちゃん?」
「いいや、実花だよ」
「えええっ、実花ちゃん!? ってあの実花ちゃん!?」
「はい、あのにこにこVガールです」
「えっ、えっ……? でも、実花ちゃんは、すごくうまいなって思ったけど、どっちかっていうと裏方タイプというか、透ちゃんやひかりちゃんのほうがずっと……」
「目立って活躍するタイプやない、っちゅーのはその通りです。ただ、これはここだけの話にしてほしいんですけど……実花って右打ちでライトアタッカーやったやないですか」
「ああ、うん。それが?」
「本当は、実花は左手でも打てるんですよ。両打ちなんです」
「ええうえっ!? 両利きってこと? 右手でも左手でも打てる――そんなことできる人いるの!?」
「両利き両打ちの選手なら、いないこともないよ。非常に稀だけれどね」
「というか、合宿中の実花ちゃんは、左手では一回も打ってなかったよね!?」
「はい。やから、つまり、そういうことです。ちなみに本人にはウチが確認を取ったんで間違いないです」
「一回も打ってないのになんで両打ちって確認を取れたの!? 実花ちゃんも実花ちゃんなら夕里ちゃんも夕里ちゃんだよ!!」
「まあ、実花の〝強さ〟の実体は、両打ちであることとはあまり関係がないんだがね」
「あまり関係ないんだ!?」
立て続けに叫んだ知沙さんは、手近にあったペットボトルのお茶を紙コップに注ぎ、こきゅ、と喉を潤す。そして自分が一口だけ飲んだあとの残った中身を、志帆さんに渡した。まるで赤ん坊に哺乳瓶でミルクをやる母親である。
「それにしても……びっくりしたなあ。どうにも私にはピンと来ない話だけど。というか、両打ちなんて器用なことができるなら、もうそれで十分強い気がするけど……じゃあ、その実花ちゃんの強さって、一体どんななの?」
「んー、なんと言えばいいのだろうね、あれは。ムードメイク、ゲームメイク、ペースメイク、チャンスメイク、ヒットメイク――とにかく、彼女は色々なものを『お膳立て』していると私は感じたよ」
「お膳立て?」
「言い得て妙ですね。ただ、もっと身も蓋もない言い方をするなら、実花のアレは〝勝てる〟強さですよ」
「勝てる、強さ……」
「それこそ言い得て妙だな。全国には彼女みたいな選手もちらほらいるものなのかね?」
「どうでしょう。近いことができる人はおるかもしれないですけど、実花くらい突き抜けた選手はおらへんと思いますよ」
「言い切ったね。それは、君の個人的な見解かな?」
志帆さんは知沙さんの胸から顔を離して、ウチを見てきた。さすがに鋭い指摘や。ウチはうまい返答が思いつかず、肩を竦めて誤魔化した。
――――――
全体解散後、ウチらは城上女子のメンバーを校門まで見送りにいった。といってもそんなに格式張ったものではない。その場にはもう先生方はいなくて、かなりゆるい雰囲気のお見送りやった。概ね例の『誰が一番気になるかアンケート』に沿う形で、ウチらはそれぞれ別れを惜しみ、再会を誓う。ウチの握手の相手は、つまり、実花やった。
「やられたわ。結局、片腕しか使わせられへんし。改めて世界の広さを実感したで」
「こちらこそ、ゆーりんの愛をたっぷり感じたよ! あの熱烈なサーブの数々にね!」
「よく言うわ。ぴくりとも靡いてくれへんかったくせに。しかも、あの七絵さんのタッチネット――アレも、キミの仕業やろ?」
「なんのことやらー」
「七絵さんが言うとったで。万智さんが『遠くなった』ってな。確かに、ボール半個分くらいやろか、それまでよりトスがネットから離れとったな。ほんで、七絵さんと万智さんの間に距離を作って、そのスペースにひかりんがもぐりこめるようにした。当然、七絵さんは、ひかりんにフォローされないよう、よりブロックを厳しくしようとする。ただ、ここでさっきのボール半個分の差が利いてくるんや。七絵さん自身、気づかないうちに、その分だけ前に詰めとったんやろな。そして結果はあの通り――全部、キミの仕業や」
「しずしず先輩のぴったりなトスと、ひかりんの素早さと、何よりまっちー先輩の頑張りがあってこそだよ」
「それを言うなら、キミのナイスカットもな。まったく信じられへんわ。しかも、そんだけやっといて最後にサーブミス」
「わざとじゃないよん?」
「その横ピースが全てを物語っとるやないかコラ」
しかし、結果的に、あの実花のサーブミスで、城上女子はスムーズに第二セットへ向けて気持ちを切り替えられた。逆にこっちはやや肩透かし気味で、僅かな油断が生まれた。
実際、あの時の万智さんには小休止が必要やったし、梨衣菜もその前のサーブミスを気にしていた。七絵さん相手に『やったった』実感を得たまんますっぱり切ってみせたのは、その後の試合展開からもわかる通り、大局的に見れば好判断やったと言わざるをえないやろ(『逆転するまで一本たりともボールを落とさない』つもりやったひかりんにだけは大目玉喰らっとったが)。
ただ、それはそれとして、疑問がないわけではない。
「……わからんな。キミには先の先まで見通す力がある――それはええ。せやけど、やったらなんで、わざわざあんな回りくどいことしたんや?」
「というと?」
「とぼけても無駄やで。今回の試合のスコア――例えば両校の獲得点数の合計がぴったり一致すること。その上で三セットマッチと考えても五セットマッチと考えてもそっちの勝ちになってること――さすがに偶然にしてはでき過ぎとる。なんや乱数調整みたいな真似しとったシーンにもいくつか心当たりがあるし、これもキミの仕業なんやろ」
ウチは訝しむように目を細め、変わらずにこにこしたままの実花をじっと見据える。
「キミのその〝強さ〟があれば、正直、もっと大差をつけて勝つこともできたはずや。あるいは一セット目や四セット目やって勝ちに持っていけたかもしれへん。やのになぜそうしなかった……? キミは何を考えてこんなことしたんか――はぐらかさんと、ちゃんと答えてや」
低い声でウチがそう訊くと、実花は「なんだそんなこと!」と無邪気に笑った。
「それはもちろん、みんなに楽しんでほしかったからだよ!」
「は?」
本気なのか冗談なのかわからずに固まるウチ。実花は後ろ手に手を組み、にこにこ顔とポニーテールをるんるんと左右に揺らした。
「私はバレーが大好きだから。その大好きなバレーを、みんなに楽しんでほしかっただけだよ。チームに関係なくね!」
「楽しむって――えっ? それだけ?」
「それだけとは失敬な! とっても大事なことだよ!」
実花は心外そうに頬を膨らませた。いやでもキミそんなオニゴッコする小学生みたいな――と困惑するウチの耳に、ふと笑い声が聞こえてきた。
ウチは周りを見てみる。どこもかしこも笑顔で溢れていた。でも、そらそうや――三泊四日でみんなで一緒に汗かいて、最後にあれだけ白熱した試合をしたんやから。全力を出し切って、合宿で得たもんをぶつけて、互角の勝負して、それで楽しくないなんてことがあるはずない。それに何よりや――。
「ゆーりんは、楽しくなかった?」
確信に満ちた笑顔でそう問う実花。ウチはお手上げのポーズを取って、笑って首を振る。そう――何よりもウチ自身、さっきの試合でめっちゃ楽しくプレーしていたからや。一人全役で思う存分プレーできたし、試合の緊張感プラス、次に何をしてくるか予測できひんこの怪物との駆け引きに、終始心を躍らせていた。
これは、ずるいわ。やってこんなん言われたら、ケチをつけるほうが野暮ってことになってまうやんか。
ウチは今一度実花を見据える。訝るのではなく挑みかかるように、じっと目を細めて。
「ようわかったわ。悔しいけど、今回はまんまとキミに化かされといたる。せやけど……そう何度も同じようにやれるなんて思わんといてな。次に戦うときにはウチも今のままやない。キミが嫌っちゅーまでめちゃくちゃに引っ掻き回したるから、覚悟しとき!」
「うんっ! 楽しみにしてるね!」
ぶいぶいっ、とダブルピースしてみせる実花。ええ根性しとるわほんまに――と苦笑しつつ、びしっ、とウチもいいねで返す。
「――ほな試合の件はこれでええとして……あとは、例の『賭け』の件なんやけど」
「ああ、最初の日のアレね!」
「なんや試合したらますます気になる感じになってもーたけど負けは負けやし――」
「そのことなんだけど! 楽しんだもの勝ち、ってことでゆーりんも立派な勝者だよね! だから……特別に教えちゃうよん、私のヒ・ミ・ツ」
「ええの!?」
目を丸くするウチを、ちょいちょい、と実花が口元で手招きする。ウチはさっとそちらへ耳を寄せた。そして実花は甘い声でそっと囁く――。
「 全 国 優 勝 」
えっ、と声を出したつもりやったけど、出ていなかった。ウチはばっとのけぞるように実花に振り返り、そのにこにこ顔をじっと見つめる。
「私の『最高成績』が知りたいんだったよね。今言った通りだよ。一回だけだけどね」
からかっている風ではなかった。でも、思わず言ってしまった。
「嘘や!」
「がーん!? ひどいよゆーりん!!」
「いや、やって――そんな、もしそうなら……っ!?」
混乱する頭を懸命に回転させる。小学でも中学でも、ウチは全国大会に出場しとる。それも最高成績はベスト8――全国出場校の全てを把握しとるわけやないけど、優勝校ともなれば話は別や。学校名もキャプテンの名前もチームの特徴も記憶にある。ほんで目の前の実花がその中にいたやと――?
「ビーチバレーとか、九人制とか、そういう話?」
「一般的な六人制だよ」
「ないとは思うけど、応援席やマネージャーやった?」
「試合に出てたし表彰もされたよ。というか、私、会場でゆーりんとすれ違ってるよ」
「なんやと!? ほな――」
「うん。実は、ゆーりんのこと、前から知ってた。元宮VBCのオールラウンダー、赤いリボンがトレードマークの栄夕里ちゃん――五年前からね」
「五年前……やとっ!?」
ウチらは今、高校一年生や。その数字が意味するところは、すわなち――。
「ほなっ、キミはウチの一コ上やったんか!? 同じ一年生やからてっきり同い年やと思ってたわ! 敬語使わなくてすんません!!」
「想定外の勘違い!? 違うよっ!? 高校受験で浪人とかしてないよ!? 私は七月七日生まれのぴちぴち十五歳だよ!!」
「七月七日!? マジか! それリリハヤと一緒やで!?」
「ええっ!? あの二人身長だけじゃなく誕生日まで同じなの!? もう双子でよくない!?」
「ウチもそう思うで!! しかも、あそこはほんまに姉妹になるかもしれへんのや!!」
「なにそれ! どゆこと!?」
「凛々花ママと颯パパの交際がすこぶる順調なんやて!! どっちもシングルなんやけど、なんとこの連休中に仲良く温泉旅行に――ってなんの話や!!」
「「ちょっと(おい)夕里! あたし(わたし)の名前が聞こえたけど(が)、何か余計なこと言ってないわよね(よな)!?」」
「おめでとうっ、りかはや!」
「「よくわからないけど(んが)こいつとまとめないで(るな)!」」
話が完全に脱線してしまう。さらに凛々花と颯がこっちにやってくると、実花は「あっ! そうだ!」と言ってウチらの輪から離脱した。
「私、ちょっとときーなのところ行かなくちゃ! ではではっ、そういうことでー!」
「おっ、おう。ほななー」
くるりとウチに背を向けた実花は、透とひかりんと希和の三人で話していたとこに割り込み、戸惑う希和を連れていった。
「……で、実花と何を話してたのよ、夕里」
「お前、本当に要らんこと言ってないよな……?」
「いや、キミらのママとパパが順調やとしか」
「「おいっ!!」」
両サイドからがみがみと親自慢(凛々花ママが最近なぜか若返って美人になってるとか、颯パパが最近なぜかよく頭を撫でてくれるとか)されるのを聞き流しつつ、ウチは懸命に五年前の記憶を引っ張り出す。
五年前――つまり、ウチが小学五年生で、一つ上の下沢舞さんたちと出場した、夏の全国大会。
ウチらはあの大会、予選リーグと本選リーグを経て、ベスト16まで勝ち上がった。そして本選リーグの勝者同士がぶつかる八強決めで、あの『リトルレオン』に負けたんや。リトルレオン――別の言い方をすれば、聖レオンハルト女学院初等部にな。
そしてあの年、優勝したんはその『リトルレオン』を決勝トーナメントの準決勝で下したチームやった。それは――今から思えば必然やった気もするけれど――当時の関係者には予想外の結果やった。
そのチームは、元々古豪として有名ではあった。しかし、全国出場回数に比べて、過去数十年、表彰台に上った回数は片手で数えられるほどしかなかった。そういう意味ではウチら元宮VBCと概ね同格――全国常連、例年の成績は八強(決勝トーナメント)に残れるか否かが一つの壁――くらいの強さ。
それが、あの年、あの世代になって、いきなり優勝の頂まで駆け上がっていったのである。
以降五年間、当時の優勝メンバーは中・高を通して優良な成績を残している。否……こと現在に至っては『優良な』なんて言い方は相応しくない。正しく言うなら――『最高な』や。
五年前、夏の全国小学生バレーボール大会。
優勝チームの名は、『鳴谷ソーンズ』。
去年三冠を成し遂げた北鳴谷学園の母体であり、〝女王〟――九条綺真さんを輩出したクラブチーム。
その『鳴谷ソーンズ』に、しかも九条さん世代が優勝した五年前のレギュラーメンバーに、あの実花がおったやと……?
ウチらは直接対決したわけやないから、どうやったか思い出せない。たぶん、ウチが元宮VBCでレシーバーやったように、実花もアタッカーやセッターといった花形ポジションにはおらんかったのやろう。体格的にもウチとそう変わらへんはずやから目立たなかったはずや。でも、もし実花があの時の『鳴谷ソーンズ』におって、しかも今みたいな特異な〝強さ〟を発揮していたのだとしたら――。
『強いバレーボール選手とは、〝勝てる〟選手です』
まさか……そういう、ことなんか――?
「って、夕里! あんたちゃんと聞いてるの?」
「えっ? ああ、ごめんごめん。ほんで二人と二人のママとパパはいつ一緒に暮らし始めるん?」
「今まで何を聞いていたんだお前は!?」
凛々花と颯の間でもみくちゃにされ、考え事は強制中断される。見ると、実花は希和との話を終えたらしく、ひかりんや透と合流していた。他の場所でもぼちぼち談笑は落ち着きつつあって、別れを済ませたメンバーから順にチームごとに集まり出す。やがて頃合いやと判断した胡桃さんと志帆さんが「それでは」と切り上げることに決め、それを受けて、万智さんと七絵さんが「集合」とみんなに声を掛けて回った。
そうして、ウチらは校門の手前で、互いに一列になって向かい合う。
「「ありがとうございました!!」」
その後、城上女子は校門を出て桜田駅へ向かい、ウチらはそれを見送った。ウチの視線に気づくと、実花は最後にもう一度だけ小さくVしてみせ、その姿は徐々に遠ざかり、ついに見えなくなった。
――――――
「……まあ、とにかく、です。ほんまに、あの怪物はごっつい難儀な相手なんで、もし当たったら全力で対策せんとあかんでしょうね」
取り繕うようにそう言うて、ウチは真実をぼやかした。実花の件――ひいては九条さんの件は、今のとこ、ウチ一人の胸にしまっておくつもりやった。とりあえず、家に帰ったら小学五年生の時の大会パンフレットを引っ張り出して確認するとして……その後は、実を言うと、さらに詳しく調べる方法がないでもない。
なんとなれば、実際に当時の鳴谷ソーンズと直接対決した人が、ごく身近にいるからや。ウチらに勝って鳴谷ソーンズに負けたリトルレオン――そのレギュラーメンバーに、あの羽田野天理さんがおる。遠征後に呟きアカウントをフォローしてそこからメル友にまで昇格した希和を通せば、知らない仲でもないし、当時のことを聞き出すことはできるやろ。しかし、ウチはそれを自主規制するつもりやった。
実花は、対戦してないウチのことを知っていたと言う。ほな、直に対戦した天理さんや他の聖レメンバーのことは確実に知っとるやろ。ほんで、ウチらが遠征で聖レと繋がりがあることも承知の上。やからこそ、ことさらに隠すより、なんやかんやと理由をつけて自らバラすことにした。暗に、ウチの中だけで情報を止めとけ、と言いたいのやろ。実際、天理さんに実花のことを話せば、ふとした拍子にそれが県選抜の仲間である透に伝わるかもしれへん。それはたぶん、実花の本意ではないと思う。
「そうなんだねえ……実花ちゃんって、そんなにすごいんだ。バレーって奥が深いなぁ」
「そう言えば、別れ際、希和も彼女に何か声をかけられていたね。そちらは何か聞いているかな?」
「いえ、ウチはよう知りません。でも、たぶん、ちょっとしたアドバイスか何かやと思いますよ。初日のサーブ練習で悪ノリしたお詫びとか、そんな感じで」
「ああ……あのデモプレーか。となると、種が蒔かれた、という風に考えておけばいいのかな。果たしていつ何が咲くのか――今から楽しみだね」
「ほんまに、そうですね。ウチも今回は勉強させてもらいました」
「実り多き合宿になったようで、何より」
ふふっ、とご機嫌な笑みを浮かべて、志帆さんは再び知沙さんにちょっかいを掛け始める。と、ちょうどそのタイミングで七絵さんが中から顔を出した。七絵さんは絡み合っている先輩たちを見ると、僅かに眉を顰めて、しかし平静に言った。
「お楽しみのところすいません、志帆先輩、知沙先輩――あと、夕里も。先生が、そろそろ体育館を閉めるそうです。なので、出る準備を」
志帆さんが「了解。ありがとう」と微笑む。収穫があったのはウチだけやない。七絵さんもまた、合宿を経て、少し変わった。
「城上女子――次に会うときが楽しみですわ」
「次、ね。たぶんだけれど、またすぐに会えると思うよ」
そう言うて、志帆さんはおもむろに立ち上がる。そして散々抱きつかれてぽやっと頬を染めている知沙さんに手を差し出し、眦を下げて意味深に囁きかけた。
「じゃあ、知沙。続きは私の家で」
「志帆ちゃんったら……もうっ、仕方ないんだから」
潤んだ瞳で見つめ合う二人。ツッコまへん。ウチはツッコまへんで。
「そうだ。よかったら、夕里も混ざるかね?」
「いやいやいや!! なんでそんな飛んで火にいるお邪魔虫みたいな!! 丁重にご遠慮させていただきますっ!!」
「君が何を勘違いしているのかわからないが……あのね、今日は元々、お手伝いのお礼も兼ねて、美穂たち裏部員組と知沙とでホームパーティーをする予定になっていたのだよ」
「ホームパーティー!? そらええですねっ!! 行きます行きます!!」
「あっ、じゃあ、せっかくだから、ナナちゃんやみんなも誘う?」
「ふむ、それもそうだね。合宿直後だから遠征の時みたくみんなお疲れかと思っていたんだが――自主練するほど元気なら何も問題はあるまい。よし、ならば今夜は全員で打ち上げをするとしよう」
「賛成ですっ! ほな、ウチ、みんなに打ち上げのこと話してきますね!」
言うて、よっ、とウチは勢いよく立ち上がった。その拍子に空やった紙コップが倒れて、慌てて拾い上げる。その時、庇の向こうに抜けるような青空が見えた。ウチはふと、心の中で、同じ空の下にいるかつての仲間に呼び掛ける。
彰、世奈――元気しとるか?
『インターハイで会おう』なんて約束したはええんやけど……ここの県、四強も半端ない上に、それ以外もなんや面白いのたくさんおってあっぷあっぷやで。やってこんなこと誰が想像してん――あの〝黒い鉄鎚〟と同じチームに、〝天頂〟の妹(推定)と、〝女王〟の後輩(ほぼ確定)とかな――ホンマに、こっちはしばらくは忙しい日々が続きそうや。
ほんで、キミらのほうはなんか進展あったか? いや、彰のポンコツは不治の病やから、そっちは特に変わりないやろうけど、部のほうではどやろ。高校の空気には馴染めたか? ユニフォーム取れたか? さすがにまだ早いか?
なんて問い掛けに、返事の代わりとばかりにさらさらと爽やかな風が頬を撫ぜた。空の向こうではするすると白い雲が流れている。風が夏を運んでくる――一番暑くて、熱い季節を。
しかし、それはまだ、もう少しだけ先のこと。今は一歩一歩、地道に進むべき時期や。せやから彰も世奈も、もうちょっとだけ待っとってな――と、ウチは今の仲間のいる体育館へ、弾むように駆け込んでいった。




