表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
295/374

172(万智) ぶいっ

 ――がざっ、


 とサーブがネットに掛かった瞬間、えっ、と思わず思考が停止した。しかし、呆然としていたのはほんの数秒。私はすぐに何が起きたのかを理解し、練習後にネットを緩めるように、張り巡らせていた力を抜いた。


 そっかぁ……負けちゃったかぁ。


 ふぅ、と私は熱い息を吐く。これからだ、ってところで負けたことは悔しかった。しかし、緊張から解放された身体のほうは、どこか安堵するように、とくとくと少しずつ心拍数を下げて、ゆるやかに平常に戻っていった。


 そのくらいでようやく周りを見る余裕が出てくる。振り返ると、ひかりちゃんが実花みかちゃんに襲いかかり、チョップでみじん切りにしていた。あんなに大暴れしているひかりちゃんは初めて見る。それがなんだか可笑しくて笑ってしまった。


 明正めいじょう学園のほうはと言えば、最初こそみんなぽかんとしていたけれど、凛々花(りりか)ちゃんとはやてちゃんが「うおおおっ!!」と歓声を上げたのをきっかけに、ぱちんぱちんとハイタッチの応酬をして盛り上がっていた。


 ネットの向こうのその楽しそうな様子を見て、私は、よかった、と安心した。あちらの喜びが大きいということは、それだけこちらが手強かったということで、合宿の最終日に相応しいいい勝負ができたということで、私が心配したみたいな、合宿が台無しになるような結果にはならずに済んだ、ということなのだから。


 そうしてひとしきり互いに勝利と敗北を噛み締めたところで、私たちはエンドラインに並び、その足でコートチェンジをした。選手プレイヤーは上から見て時計回りにコートを回り、ベンチの監督やマネージャーは副審側で交差する。これも公式戦予行演習の一環だ。


 コートチェンジが済むと、私たちは先生と胡桃くるみさんの元に集合した。ドリンクとタオルが配られ、各々簡単に息を整える(クールダウン)。そして程よいところで、山野辺やまのべ先生が「みんなお疲れ様でした」と明るい声で言った。


「このセットは負けてしまいましたけれど、みんな、手応えは感じていると思います。力の差は、先生には全然ないように見えました。しっかり気持ちを切り替えて、次のセットに臨んでください。私からは以上です」


「「ありがとうございました!」」


「じゃあ、あとは立沢たちさわさん、お願いね」


「はい。ありがとうございます、先生」


 穏やかに微笑む山野辺先生。胡桃さんは一礼してから、私たちを見回す。


「次のセット、スターティングメンバーとラインアップに変更はなし。作戦は『先手必勝』。あちらの出方がどうであれ、序盤からどんどん攻めていく。一セット目も、みんないい感じにプレーできていたから、このままの勢いで畳み掛けよう」


「「はいっ!」」


「それと、由紀恵ゆきえしずかは後でわたしのところに来るように。あの天然娘をぎゃふんと言わせる方法を考えるよ」


「よっ、さすが胡桃! 大統領! 独裁者! 悪代官!」


「由紀恵の胡桃に対するイメージってやけに偏りがあるよね……」


「えー? じゃあ静ママは胡桃のことどう思ってるの? やっぱりパパ?」


「いや、パパではないかな。どっちかっていうと姑みたいな……」


「だってさ、胡桃おばあちゃん!」


「……二人とも、全部終わったら後で体育館裏に来るように。ちょっとわたしたちの今後に関わる大事な話をしようと思う」


「胡桃、顔が恐いよっ!」


「おばあちゃん、小皺増えるよ!」


「静さん? 明日、お暇かしら?」


「いやだからなんで私だけなの!? あとその口調すごく変だよ!!」


 なんて三年生同士(三世代家族)の団欒は、こほん、と胡桃さんが咳払いをしておしまいとなる。それからは、一時的な自由時間(インターバル)。既に、一年生は一年生、三年生は三年生でなんとなくまとまっていた。こういうとき、私はいつも、お好みで誰か近くにいる人を捕まえるのだけれど、今はちょっとそんな気分になれず、一人でぼんやりと落ち着けるスペースを探した。


 と、そこへ、静ちゃんと由紀恵さんに断りを入れた胡桃さんが、やはりと言うべきか、やってきた。私は思わず口元が綻ぶ。胡桃さんは私の前に立つと、背伸びをして頭をさらさらと撫でてくれた。


「よく頑張ったね……万智」


「えへへ、ありがとうございまぁす」


 至福の時間を堪能する私。さっきの三世代家族の喩えで言うならば、私は胡桃さんの実の娘かなって思う。そうすると、静ちゃんは義理のお姉さんで、由紀恵さんは年上の姪っ子という関係になる。


「……あのね、万智」


 胡桃さんは撫でるのをやめ、上目遣いに私を見つめた。私は胡桃さんが次に何を言うのかがわかったので、しっかり見つめ返した。


「もし、何か困っていることや悩んでいることがあるのなら、わたしが必ず話を聞くから。抱え切れないものを一人で抱え込んでは……いけないよ」


 胡桃さんは悲しげに目を潤ませ、重々しくそう言った。私は、胡桃さんを困らせてしまったことを反省しつつ、胡桃さんに心配してもらえたことを幸せに感じながら、こくん、と頷いた。


「……はい、わかりました。ありがとうございます、胡桃さん」


 でも――ごめんなさい。あの子のことは……やっぱり、私が責任を持って胸にしまっておくべきだと思うので……今は、話すことはできません。


 と、私が内心でそう考えていたのを、胡桃さんはなんとなく見抜いたのだろう。黙っている私の肩をぽんぽんと優しく叩いて、穏やかな声で言った。


「わかっているなら、よろしい。次の試合も、チームを任せたよ」


「はいっ、岩村万智、頑張りまぁす!」


「……ほどほどにね」


 半ば呆れたように苦笑して、それじゃ、と胡桃さんは静ちゃんと由紀恵さんのところに戻っていった。すると、入れ替わりに、今度は実花ちゃんがやってきた。


「まっちー先輩、マッサージはいかがですか?」


「うん。じゃあ、お願いしよっかなぁ」


 私は床に長座して、腕を横に伸ばす。実花ちゃんは私の隣に膝立ちになって、むにむにと私の腕や肩を揉んでくれた。今までにも何度かやってもらったのだけれど、これがうまいのだ。ふぅぅ、と私はゆっくり息を吐きながら、筋肉が程よくほぐれていく心地よさを感じる。そのことも含めて、私は実花ちゃんにお礼を言った。


「本当にありがとねぇ、実花ちゃん」


「なんのなんの! まっちー先輩こそお疲れ様でした!」


「そうだねぇ、へとへとになるまで頑張ったんだけどぉ、やっぱりナナちゃんは強いねぇ」


「でもでもっ! みんなで頑張ったら、最後はどうにかなりました!」


「……うん。本当にねぇ……本当に、ありがとう」


 私が今こうして穏やかな気持ちでいられるのは、みんなのおかげだ。みんながいたから、あの時みたいに、行き過ぎた我儘で周りを傷つけずに済んだ。一人だけで頑張ってもうまくいかないときは、仲間の力を頼って、互いの気持ちを合わせて、一緒に頑張ればいいんだと――そのことに実花ちゃんが気づかせてくれて、静ちゃんや胡桃さんが背中を押してくれた。


 そうして今回、私は、ちょっとだけキャプテンとして成長することができた。


 もちろん、だからといってあの時のことがなかったことになるわけではない。


 あの時の私は、全然、いいキャプテンではなかった。その事実は変わらない。


 でも、だからこそ、私は思う。


 これからも頑張らなきゃ、と。あの子の泣き顔を忘れないために。


 これからも頑張りたい、と。この子やほかの子の笑顔を守るために。


 どうあっても私はがんばり屋だから。それ以外にやり方なんて知らないから。


 だから、私はこれからも、どんどん頑張っていこうと思う。大切な仲間と一緒に。


 そうやって、いつか、ちゃんと私自身が堂々と胸を張れるようなキャプテンになって、それでもって、今度こそ、あのナナちゃんの壁を真っ向から超えてみせるんだ。


「じゃあ、まっちー先輩! 次は勝ちましょう!」


「そうだねっ、次はきっと勝とう!」


 にこにこと笑い合う、私と実花ちゃん。その笑顔の横には、もちろん――。


「「ぶいっ!」」


 ゴールデン合同合宿、最終日。


 城上女子VS明正学園。


 負けられない第二セット――プレー開始は、もうすぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ