165(美穂) 見上げる視線と見下ろす視線
ゴールデン合同合宿、最終日。
城上女子VS明正学園、第一セット。
スコア、17―20。
両校のキャプテン――万智ちゃんと七絵ちゃんが激突し、万智ちゃんが七絵ちゃんに完璧にシャットアウトされたところで、城上女が一度目のタイムアウトを取った。
互いの力が拮抗しているのは、序盤、あるいは試合前から、明々白々だった。だからこそ、一度大きく形勢が傾くと、そのまま一気に崩れる危険性がある。特に、追う立場の城上女子にとっては、エースが後衛に下がったばかりでキャプテンがシャットアウトという状況は、看過できない――というか、副審をしている私から客観すると、もはやこのセットは明正学園の勝ちで決まり、とまで思える。
もちろん、だからといって諦める城上女子ではないだろう。
そして、だからといって手を緩める志帆でもない。
「このまま押し切るよ。ブロックは、七絵は万智、芹亜は梨衣菜にコミットするとしよう。そして実花だけれど、できれば彼女は蚊帳の外に置いておきたい。夕里、サーブで実花を抑えられるかな?」
「お任せですっ!」
「ありがとう。あとは、全体的にここは守りを固めていこう。粘り合いに持ち込めば、最終的にはレフト勝負になる。そうなれば、七絵が前衛にいる限り、こちらの優位は揺らがない」
「あの、レフト勝負って、こっちのレフトは今私なんですがそれは……」
「おや、これは異なことを言うね、希和。『無難』が君の得意分野のはずだろう?」
「……無理せず繋いで、繋ぎ続けて、あっちがレフトから打ってくるのを待て……と?」
「別に君が決めてしまっても構わんのだよ」
「できるものならそうしたい……いや、やっぱ荷が重いっす」
「だそうだ、七絵。いたいけな後輩のためにも、ここはやはり君に一肌脱いでもらうしかないな」
「……はい、わかりました」
「何か、気にかかることでも?」
「いえ……大丈夫です。岩村さんは私が封じます。一本たりとも、ネットを越えさせません」
「……頼りにしているよ、〝偉大なる七《"Big" Seven》〟」
「はい」
容赦ないな、志帆は、相変わらず。
一方で、城上女子のほうも、そんな明正学園の思惑を知ってか知らずか、背水の陣で立ち向かう覚悟を決めていた。
「みんなにお願いがあります……ここは、私にやらせてください」
「万智……いや、でも、相手は小田原さんなんだよ……?」
「心配してくれてありがとう、静ちゃん。でも……こういう場面は、地区大会でも県大会でも、きっと来ると思うの。だから、今は我儘を言わせてほしい。私に、ナナちゃんと勝負させて」
「勝負って……そんな、だって、どうやって……」
「わからない。とにかく、頑張ってみる。やれるだけ、ぶつかってみる。だから、お願い、静ちゃん。私にトスをちょうだい」
「……く、胡桃は、何かないの? その、小田原さんの弱点みたいな……」
「そんなもの、あったらとっくにみんなに伝えてる」
「あっ、あの、七絵さんは、朝に弱いですっ!」
「透殿……それは七絵殿がご自分で最初に言ってたっス……あと今はもうお昼っス」
「だ、だよね……」
「ふふっ、ありがとぉ、透ちゃん。梨衣菜ちゃんもね。私なら、大丈夫だから」
「岩村先輩、ブロックフォローにはみんなで入りますゆえ。ぜひとも思いっきりお願いします」
「うんっ、ひかりちゃんもありがとぉ。頑張るよぉ!」
「じゃあ……決まりだね。ここは、万智が七絵に正面からぶつかる。万智が七絵を突破できるならそれでよし。止められても、全員でフォローして、繋いでいこう。あっちだって、ダブルエースが下がって、苦しいローテのはずだから。粘って粘って、チャンスを待つ」
「「はいっ!」」
「あと、静も、いつまでも下向いてないで。万智へのトス、しっかり頼むよ」
「……わかった」
「それと……万智。頑張るのはいいけど、あんまり意固地にならないようにね。まだ一セット目なんだから、七絵との勝負にしても、決着を急ぐことはない」
「わかってまぁす。ありがとうございます、胡桃さん」
「わたしから見てよくないと思ったら、またタイム取るからね。そのつもりで」
「はぁい!」
かくして、両校が作戦と決意を固めたところで、三十秒経過。私は主審の坂木さんにタイムアウトの終了を伝える。ぴぃぃ、と笛が鳴り、両チームのメンバーがコートに戻る。ローテがちゃんとタイムアウト前と合っているかチェック。どちらもポジショナルフォールトは無し。
明正学園は、志帆不在。ダブルエースと夕里ちゃんが後衛の弱いローテでありながら、七絵ちゃんの存在がそれらの不利を帳消しにしている。
城上女子は、三枚攻撃ローテ。七絵ちゃんと万智ちゃんの勝負にこだわらなければ、梨衣菜ちゃんなり実花ちゃんなりをうまく使って、サイドアウトを取ることはできるだろう。しかし、万智ちゃん自身と、志帆が、それを望んでいない。
FRの七絵ちゃんと、FLの万智ちゃんが、副審のすぐ目の前で対峙する。
リベロとマネージャーを除けばこの場で一番背の低い万智ちゃんと、監督や審判も含めてもこの場で一番背の高い七絵ちゃん。
見上げる視線と見下ろす視線が、ネットのところで火花を散らす。
どちらにとっても正念場。
熱気が増し、湿度の高まった体育館の中に、ぴぃぃ、と笛の音がよく響いた。




