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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
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164(七絵) いいキャプテン

 キャプテン、と言われて私がまず思い浮かべるのは、小・中を通してお世話になった、一つ上のあの人だ。


「まあ、ジュンもいるんだし、ナナなら大丈夫っぽいって、うん。なんか困ったことあったら、わたしに言ってくれたらいいし、うん」


 昼行灯とでも言うのか。チーム柄おおらかなメンバーが多い中でも、特におおらかな人だった。何も考えてなさそうで、でも実は何か深い思慮がありそうで……、


「あっ、ごめん、あれはわたしもちょっと無理だわ。いや、ほんとどうしようね、困ったな、うん」


 ……というのは私の深読みで、やっぱり何も考えてなかったのかもしれない。とにかくバレーが好きで、ボールに触っているだけで満足みたいな、どちらかというと勝敗にこだわるタイプではなかった。試合に負けても笑っていた。


「ま、来年はてっぺん取ってくれ。任せたよ、うん」


 あの人からバトンを受け取った私の同学年のキャプテンは、あの人とは逆に泣き虫だった。試合に負けそうになると必ずぐずり出した。そしてそこから逆転して勝つと、いよいよ大泣きした。


「うおわあああああっ!! 勝っだあああああ!! 優っ勝だぜえええええ!!」


 あるいは、セッターでキャプテンというカテゴリなら、セントレの仲村なかむらさんがそうだった。でも、私にあの人の真似はできないと思う。となると、参考にするなら県選抜のときの彼女のほうがいいだろうか。寡黙で、だからこそ口にする言葉はすごく的確で……いや、でもあれはあれで誰にでもできることではないというか、思えば生来のリーダー気質って感じだった気もする。私にはないものだ。


 あと、他に一緒に組んだ人と言えば、星賀ほしか先輩か。でも先輩も先輩でこれまたまったく参考にならない。私の性格やプレイスタイル的に、先輩みたいな、思うままに周りを動かしたりとかそういうのは、たぶん合わないだろうから。


 だとすると、自然と残ってくるのは、岩村いわむらさん。


 岩村さんは、一言でいうと、がんばり屋さんだ。自分のやるべきことをまずきっちりやった上で、周りの支えになる。性格は一見すると、おおらか。でも本当は、すごく熱血。


 キャプテン、と言われて私が思い描く理想は、たぶん、岩村さんみたいな人だ――と、合宿中に彼女のことを目で追っているうちに、気づいた。


 そのことを、私は昨日の夜に、彼女に話した。ご飯のあとで、先輩や先生と今日の試合の打ち合わせをして、自分たちはまだ話すことがあるからってことで、私と岩村さんだけで、先にお風呂に入ったときだ。


「あれから……私、キャプテンについて色々と考えてみたんだけど」


 私がそう切り出すと、岩村さんは少し意外に思うような間を空けて、うん、と答えた。


「私は、なれるなら、あなたみたいなキャプテンがいい」


「えっ? 私みたいな? 志帆さんじゃなくて?」


「うん。星賀先輩は――というか、私に思いつく他のキャプテンって、なんか、ちょっと普通じゃないから」


「普通じゃない……かぁ。確かに、志帆さんはそうだよねぇ」


 湯船につかる岩村さんはほんわか笑った。私はスポンジで身体を洗いながら、続ける。


「でも、岩村さんは、なんかこう、みんなから普通に慕われているというか、親しまれているというか、そういうところが、いいと思って」


 星賀先輩を頂点としたトップダウン型のうちと違って、城上しろのぼり女子は、言わばミドルアップダウン型。二年生の岩村さんが一年生と三年生の繋ぎになって、チーム全体が安定して一つの方向に進んでいる。


「慕われている、かぁ……」


 岩村さんの声の調子が、急に低くなった。私は洗う手を止めて、振り返る。


「……それはナナちゃんの買い被りな気がするなぁ」


 岩村さんは僅かに目を伏せ、じっと水面を見つめながら、静かにそう呟いた。予想していなかった返答に、私は動揺しそうになるが、それを抑えて、なるべく何気ない口調で相槌を打った。


「そうかな。城上女じょじょじょを見てる限り、すごく、まとまってる感じがするけど」


 岩村さんはゆっくりと首を振る。


「私は何もしてないよ。チームを引っ張ってるのは胡桃さんだし、安定させてるのは静ちゃんや音々ちゃん。支えているのはひかりちゃんで、明るくしてるのは実花ちゃんや梨衣菜ちゃんや由紀恵さん。そして、一番チームの力になってるのは、透ちゃん。私は……そう、遠足のバスガイドさんみたいなものなの。運転手は胡桃さんで、乗客は他のみんな。私は、運転している胡桃さんの代わりに、出発しまぁすとか、みんな揃ってますねぇとか、声をかける係」


 なんだか寂しそうにそう言う岩村さん。私は、でも、彼女が何を気にしているのかわからない。遠足のバスガイドは、大事な役割だと思う。それに、岩村さんが何か声をかけたとき、城上女子のメンバーはそれをきちんと聞く。それは岩村さんがいいキャプテンで、みんなをまとめているからに他ならないはずだろう。少なくとも、何もしてない、なんてことはない。


「岩村さんは……その、誰よりも、頑張っていると思う。岩村さんががんばり屋だから、みんな安心して、あなたを慕って、あなたの言うことに耳を傾ける。そうやってチームがまとまっているんじゃないかな……」


 がんばり屋かぁ――と岩村さんは苦笑いを浮かべた。おませにもブラックコーヒーを飲んで、その味に涙した幼い頃を思い出すように。


「そうなんだよね。結局、私は我儘なんだよ。自分勝手なの。だから、今みたいな、ガイドさんくらいがちょうどいい。私がハンドルを握ると、乗ってるみんなを振り回して……酔わせちゃうから……」


 岩村さんはゆらゆら立ち込める湯気を見つめている。否、たぶん見つめているのは湯気じゃない。そこでようやく、この噛み合わない会話の原因に気づく。


「……中学とかで、何か、あったの?」


 んっ、と岩村さんは吐息を漏らして目を閉じた。そして、とにかくね、と話を打ち切るように言って、岩村さんは半分だけ目を開けて、切なそうな表情で私を見た。


「私は、ナナちゃんが思うほど、いいキャプテンではないよ」


 そんなはずがない、と思うけど、言えなかった。私は今の、合宿中の岩村さんしか知らない。でも、だから、せめて一方的にでも、私は私の意思を伝えることにした。


「……だとしても、私はやっぱり、あなたのこと、見習いたいなって思う」


 ありがとぉ、と岩村さんは屈託なく笑った。そして、ふぁぁ、と湯船の中で伸びをして、くるりと身体を反転させ、縁に両肘をついて頬杖した。


「なんか不思議な感じだなぁ。ナナちゃんみたいな、全国大会にも出てるような人に、見習ってもらえるなんて」


「私は……まあ、この通りだから」


 泡を洗い流して、タオルを身体の前に当てて、立ち上がる。ここで思いっきりジャンプしたら天井に頭突きできるかもしれない。そんな巨大な身体。私はこの巨大さのおかげで、他の多くの人よりも強くあれる。


 中身がどうであれ、だ。


「明日の試合では、よろしく。初キャプテンなので、どうか寛大に願います」


「そんなそんな。こちらこそぉ、試合ではお手柔らかにお願いしまぁす」


 そうしているうちに、脱衣所から先輩たちのお喋りが聞こえてきた。岩村さんは縁に腰掛ける。私は、お湯を無闇に溢れさせないように、ゆっくりと湯船につかった。


 ――――――


 昨日、岩村さんと話して、私は彼女の『抱えているもの』のことを思った。キャプテンとは、誰もが、ああして何かを抱えているものなのだろうか。もっと言うなら、抱え切れないものまで、抱えているものなのだろうか。


 私は、試合中や練習中、私自身と私の周りの何人かに気を配っていれば、それでよかった。


 中学に入って、身体が大きくなってからは、特にそうだった。私は黙々と私の仕事をしていればよかった。それだけで、いち選手プレイヤーとしては、私は十分にチームに貢献することができた。


 この試合でも、そう。キャプテンとしての私は最初のプロトコール以外に何もしていない。けれど、〝偉大なる七《"Big" Seven》〟としての私は、きちんと求められている活躍プレーができていると思う。


 例えば、そう――相手のレフトエースを封じたり、とか……。


「っ……!!」


 唇を噛み締めた岩村さんが、私を見上げる。私はなんの感情も表に出さないで、彼女と、彼女の足元に転がるボールを見下ろす。


 スコア、17―20。


 どこかで必ず『こう』なることは、試合が始まる前からわかっていた。


 藤島ふじしまさんとは互角でも、岩村さんと私では三十センチも差があるのだ。そして、地区大会止まりの岩村さんと、全国ベスト4の私がかち合えば、どうしたって、私が勝つに決まっている。


 私は〝エース殺し〟――岩村さんの大砲みたいなスパイクは、確かにもの凄いパワーだけれど、それだけで抜かれるほど、私の異名は薄っぺらではない。


「「…………」」


 互いに無言のまま、私たちは見つめ合う。ネットの向こうの、いっぱいに見開かれた、岩村さんのつぶらな瞳。


 そこに浮かんでいる色を、私はうまく表現することができない。悔しさ、焦り、不安、あるいは、たかぶり、対抗心、気迫――過去に対戦した多くのアタッカーが見せた色――そういうのが全部混ざった上で、もっと別の何かが、ぎらぎらと光を放っている。


 その何かは、たぶん、岩村さんがキャプテンであることと無関係ではないだろう。彼女自身を内から焼き尽くしてしまそうなほどの激しい熱を発している、ぎらぎらとした光――それが具体的にどういうものなのか、私には理解できない。そして、それはつまり、私が名ばかりのキャプテンであることの証明だ。


 しかし、なんにせよ、結果は結果。この試合が始まって初めて、私は岩村さんを『掴まえた』。そして私は彼女を『離さない』。


 今のシャットアウトで、この場にいる誰もがそれに気づいた。しかも状況は抜き差しならない。これでこちらは二十点台に乗った。点差は三点。あちらで最も得点力のある藤島さんは後衛バックに下がったばかり。ここで岩村さんが私に掴まるのは、城上女子にとっては崖っぷちに立たされるようなものだろう。


 ぴぃぃ、と笛が鳴る。見ると主審の坂木さかきさんが両手でTの字を作っていた。城上しろのぼり女子が一度目のタイムアウトを取ったのだ。


 直後、あちらでは、岩村さんが「集合ぉ!」と号令を掛ける。それを聞いて、私はやっと、そうだこういうときはキャプテンが号令を掛けるべきなんだ、と気づいた。でもタイムアウトは初めてのことだったので咄嗟に声が出てこない。妙な間が空きそうになる。と、そこで星賀先輩が「集合っ!」と号令を掛けた。


 ――キャプテンなんて、ガラじゃない。


 つい、そう思ってしまう。私の思い浮かべるキャプテンは、大半がちょっと普通じゃない人だから。


 でも……なら、私の思い描く理想のキャプテン――見習いたい同級生であるところの岩村さんは、キャプテンをしている自分のことを、一体どういう風に思っているのだろう。


 ――私は、ナナちゃんが思うほど、いいキャプテンではないよ。


 お風呂場でいやに反響した岩村さんの声が、どうしても、耳から離れなかった。

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