162(凛々花) プランY
城上女子VS明正学園。
試合は一進一退の攻防が続き、その分だけローテがさくさく回る。現在、スコアは14―15。終盤に差し掛かり、あたしは三度目のFLに立った。
このローテと次のローテ――エースであるあたしと、エースを自称する今川颯が前衛にいる間は、志帆先輩から『稼げるだけ稼ぐように』と作戦指令が下りている。
それは同時に、相手に連続得点を許すな、という意味でもある。
あちらのサーバーは、万智先輩。あたしは七絵先輩から平行のサインを受けて、ぐっ、と右手に力を込める。やがて、ばしんっ、とサーブが放たれた。狙いは、あたし。コースはほぼ正面だが、アンダーハンドかオーバーハンドか悩ましい胸元へと、ぐんぐんボールが迫ってくる。
「後ろにおるで! 避けるなら早めにな!」
すぐ背後から夕里の声。確かに、このままサーブが伸びてくるなら、後衛の夕里に任せたほうがいいかもしれない(あいつはあたしよりサーブカットうまいし)。でも、経験上、一度『自分で取る』つもりになったボールを人任せにすると、思わぬミスに繋がったりする。
「大丈夫っ!」
あたしはそう言って、バックステップ。アンダーハンドを構えて、ボールを引きつけ、ネット際で待つ七絵先輩を視界に収める。その際、端っこにしかめっ面の今川颯も見えた。これでCカットにでもしてあいつの速攻を潰した日には何を言われるかわからない。もちろん、あたし自身が最高のトスを受けるためにも、ここは集中――!
ぼむっ、
と両腕に『捉えた』感触。果たして、ボールは文句なしのAカットとなった。よしっ、と気分が高まる。あたしはボールを受けた反動に逆うことなく数歩下がり、そのまま足を止めずにコート外へ大きく回っていく。
「速攻!!」「レフト!!」「ラ、ライト……」
重なる声。七絵先輩はそこから、とっ、とあたしにトスを送る。来たっ――! あたしは階段を駆け上がるように床を蹴る。レセプションからここまで、上から見ると定位置のFLを起点に『6』の字を逆に辿るように動き続けたあたしの身体は、すっかり勢いに乗っている。あとはこの慣性力を、全部高さに持っていくだけ――。
ぐんっ、
と地を蹴り、胸を持ち上げ、腕を引く。あとはボールを叩くだけ――否、ちょっと待った!
「通さないわよ……っ!」
三周目ともなると、さすがに初っ端のようにすんなりとはいかない。音々がしっかりトスについてきている。ってことは二枚ブロック――真正直にクロスに叩き込むと音々にワンタッチを取られるかもしれない。ストレートは静先輩が塞いでいて、こちらもワンタッチを取られる可能性がある。ならば、
「こっちでどうよ――っ!!」
ぱしんっ、
とボールの横腹を叩いてインナー・クロスへ。追いついてきた音々の逆を突き、あたしのスパイクはFLの透を強襲。
「わっ!?」
なんて目を丸くしつつも、透はきっちりボールに反応していた。自身の右手側に来たスパイクをアンダーハンドで掬い上げる。ただ、透に力が入り過ぎたのか、あるいはあたしのインナー打ちにパワーがなさ過ぎたのか、レシーブボールはへなへなとネットを越えてこちらに――速攻の囮を終えて相手の攻撃に備えていた今川颯の頭上に――戻ってきた。
「っ、もらった!!」
文字通り降って湧いた御馳走に喰らいつく今川颯。ダイレクトスパイクだ。そこへ、
「させないわ!!」
あたしの前から素早く切り返した音々が止めにかかる。それを見たあたしは思わず叫んだ。
「そこよ音々っ!! 止めちゃいなさい!!」
「キミはどっちの味方やねん!?」
ぱぢんっ!
と夕里がツッコミを入れている間に決着がつく。ボールは、果たして、城上女子のコートに落ちた。
「ちょっとー!? なに抜かれてんのよ音々!!」
「面目ないわ……ってなんで凛々花があたしを責めるの!? あたしとあんたは敵同士でしょ!?」
「違うわよ! だって音々は今川颯の敵だもん! ならあたしにとっては立派な味方だわ!」
「あ、ああ……そうなの。まあ、でも、今は試合中だから、凛々花がどう思っていようと、あたしの中ではあんたも颯も敵なんだけど」
「そんな……っ!? 敵だなんて冷たいこと言わないで音々! あたしとあんたの仲じゃない!」
「そうだぞ、音々! せめてわたしとは仲良く頼む! そして一緒に露木を倒すんだ!」
「いや、別に仲良くしないとは言ってないでしょ。敵味方はさて置いて、あたしたちはもう友達なんだから」
「「音々ー!! あんた(お前)ホントいいヤツね(だな)!!」」
「……あの、夕里さ、見てないでそろそろこの面倒なのを引き取ってくれない?」
「はいはい、ほな回収させていただきまーす。ほれっ、ご両人、ちょっと作戦会議やで」
むんず、と夕里に引っ張られ、志帆先輩のところに連れていかれる。全員が先輩の周りに集まると、先輩はまずスコアボードを見やってから、簡潔に指示を出した。
「14―16……ここで仕掛けずしていつ仕掛けよう。というわけで、いよいよプランYだ」
「「はいっ!」」
「それに当たって、まず、凛々花。君は静と音々のマークを頼む。静はあまりツーを狙うタイプではないから、基本は音々の速攻を押さえてくれればいい」
「わかりました」
「次に、颯。君は音々より透のほうを意識してくれ。そして、ストレートとクロスの『間』を極力抜かせないこと。透は高いが、君なら簡単に上を抜かれやしないだろう?」
「もちろんです」
「七絵は、透のストレート打ちを拾うことに集中してくれ。もちろん、フェイントやワンタッチもね」
「はい」
「それから希和。プレイヤーポジションを私と入れ替えだ。音々は凛々花が、透は颯が押さえるから、君はBCの深めに陣取って、ワンタッチに備えてくれ。前は私と七絵でどうにかする。できるかね?」
「なんとか、はい」
「よし……では、プランY発令だ。ここから現場指揮は夕里――君に任せる」
「あいあいさーです!」
「一本、集中していこう!」
「「はいっ!!」」
かくして、プチ作戦会議は解散。希和はサービスゾーン、残りのメンバーは定位置に走る。
「ほなっ、二人ともブロック抜かれんように。レシーブが上がったら、がんがん引っ掻き回していくからな――頼むで、リリハヤ!」
「「まとめるなっ!!」」
あたしはネット際に立ち、相手の前衛を意識しながら、頭の隅で志帆先輩が説明した『プランY』の概要を思い返す。
プランY――もとい、『夕里が司令塔』作戦。前衛にあたしと今川颯と夕里が揃った場合の、もう一つの攻撃パターンだ。夕里をセッターに据え、七絵先輩にはレシーブに専念してもらって、乱戦でのブレイクを狙う。つまるところ、沢木彰や世奈たちと張り合ったときの、あの感じだ。夕里の指揮に従って、より柔軟な、かつ多彩な攻撃パターンで相手を翻弄する――予定である。注意点は、獨楢遠征で嫌ってほど思い知らされたように、体力の消耗が激しいこと。それから、連携が複雑になるので、ちゃんと夕里(と今川颯)と声を掛け合うことだ。
「とにかく、第一にはブロックやで。凛々花は音々、颯は透――目的は止めることやなくて、コースを塞ぐこと。ええな、二人とも?」
「「任せなさい(ろ)!!」」
最終確認終了。同時に、ばしっ、と希和がサーブを放った。狙いはFLの透の前。少しでも透の強打力を削ごうという狙いだ(サーブが自分の前方に打たれた場合、アタッカーはレセプションのために前に出たあと、助走距離を確保するためにまた後ろへ下がらなければならない。レシーブの良し悪しによっては、十分に下がれないこともある。結果、打点や威力が落ちてしまうのだ)。
「わっ、とと――」
ぼよんっ、と透は前のめりになりつつアンダーハンドでボールを掬い、そこからすかさず後ろへ下がる。恐らくこの手の地味な『揺さぶり』は今までに何度もやられたことがあるのだろう。慣れた動きだった。カットもほぼAカットで、ズレはセッターがネット際の定位置から半歩遠ざかる程度。しかし、おかげでツーアタックの可能性はかなり下がった。あたしはAクイックに入ってくる音々を正面で待ち受ける。そこから、セッターの静先輩は、しゅ、とトスをレフトへ送った。
透が来る――! あたしはブロックを今川颯と夕里に任せ、アタックラインまで下がる。すぐ右隣のBLには、今回は希和ではなく志帆先輩が構えている。通常よりも前進守備だ。先輩は透の踏み込みにタイミングを合わせて小刻みにステップを踏み、そして透の腕が振り下ろされる直前、さらに前へ一歩、進み出た。透とはほとんど目と鼻の先――あたしは目を見開く――壁もないのに、そんな近距離から透のスパイクを受けるとか――。
ばんっ!!
「っ……!?」
「とと――さすがに強烈だね……ッ!!」
刹那の出来事だった。打ち下ろされたボールが、次の瞬間、まるで見えない結界にでも弾き返されるように真上へ跳ねたのだ。そしてその結界の中心には、片膝をついて両腕を身体の右側へ突き出している志帆先輩。ディグに成功したのだ。
「ナイスカットです!」
「どうかな――ちょっと近いかもね」
「なんのこれしき! 絶好球ですッ!!」
ボールはFC上空に上がっていた。まず動き出したのは夕里。ブロックから着地するや否や軽やかに落下点へ向かう。途中、夕里はまず今川颯、次いであたしにアイコンタクトとサインを送った。それを受けて、今川颯は夕里と縦並びになるようにFCへ下がり、あたしはレシーブに構えていたFLから夕里までの距離を計る。そのうちに夕里はするすると落ちてくるレシーブボールに追いつき、そして、
「――隙ありや!!」
ぐんっ、とジャンプして左腕を振り上げた。ツーアタック――透が「わわっ」と咄嗟に反応してブロックに跳ぶ。
――でも、それは囮。
「颯っ、走れええ――!」
「持ってこい、夕里っ!」
だっ、と夕里の影から、今川颯がライトへ走り出す。あいつの横の強さを活かしたブロード攻撃だ。レフトブロッカーの透が夕里のツーに跳んでしまったから、このまま行けば、あいつの行く先には誰もいない。が、
「フリーになんてさせないわよ……!!」
さすがに元セッターの音々はよくこちらの動きを見ていた。今川颯が夕里の裏を回ったように、音々は透の裏を回って、副審側へと今川颯を追う。
でも――残念、それも囮なのよねっ!
「っ、え……!?」
ライトブロッカーの静先輩がそう呟いて絶句する。その時、既に、あたしは駆け出していた。FLから夕里のいるFCへ。あたしのレフト平行を止めるつもりでいた静先輩は、虚を衝かれて動き出しが一歩遅れる。そして、
ちょんっ、
と夕里がクイックとセミの中間みたいなトスを上げる。あたしは高さよりも速さを意識してトスの真下へ走り込み、手前へ小ジャンプ、手首のスナップを利かせてボールを真下へ叩く。
たあん――、
とエンターキーを押すような軽い打音。ほぼ完全フリーで打ち込んだスパイクは、アタックラインよりも手前で跳ねた。当然ながら、後衛の手の届く位置じゃない。完璧と言っていいくらいに綺麗に決まった。あたしは夕里(とその奥にいる今川颯)と視線を交わし、ぐっ、とボールを叩いた右手を握り締めた。
「「「っしゃあッ!!」」」
重なる歓喜の声。さらに後衛の希和や先輩たちも合わせて、もう一度。
「「しゃあああああー!!!」」
叫びながら、ぱちんっ、ぱちんっ、とハイタッチの応酬。
あたしはもちろん最高にハイな気分だった。
なんたって、これで、スコアは14―17。
このセットが始まって最大となる、三点差。
また一歩、城上女を突き放したのだ。
「みんな、次もこの調子で頼むよ。プランY、続行だ」
志帆先輩の微笑に、全員で「はい!」と頷く。そしてあたしたちはそれぞれの定位置に散った。相手コートに向き直る。と、より一層真剣な面持ちになった音々や透と目が合った。びりびりとコート内の緊張感が跳ね上がっていくのを感じる。初日のミニゲームよりもずっと切実で、肌が灼けるほどに張り詰めた空気。でも、それもそのはず。真剣勝負ではあったけれども、チームの垣根を取り払っていた初日の試合と、今とでは、明確に違うことがある。
昨日までの三日間――一緒に汗を流して、同じ炊飯器のご飯を食べて、みんなでお風呂に入って、一つの大部屋で雑魚寝して、あたしたちは順調に仲を深めたわけだけれども――でも、それはそれとして、どうしたって、あたしは明正学園のエースで、音々や透たち城上女子は、あたしの打倒すべき標的だから。
仲間と、それ以外――ネットによって両者がはっきりと分たれた今、あたしたちの間に、妥協や譲歩は存在しない。
互いに目指す場所があり、そこに辿り着くのに必要な力を得るために、自分たちはここにいる……自己紹介の時に、ひかりんが言っていたっけ。
ただ馴れ合いを求めてこの合宿に参加したわけではない、と。
まったくその通りだ。仲良くなったからこそ、仲良くなっただけでは終われない。全力で試合に臨み、懸命に勝利をもぎ取りにいき、そして更なる力を手に入れる。
城上女子VS明正学園。
あたしは明正学園のエースで、エースの仕事は勝つことだ。
チームの勝敗を担う重みが双肩にのしかかる。あたしはその重みを力に換えるべく、ぐるんっ、と大きく腕を回した。
さあ……このまま押し切ってやるわよッ!!




