159(胡桃) シーソーゲーム
城上女子VS明正学園。
スコア、7―7。
ちょうど最初のサーバーである万智に戻ってきたところで、わたしは明正学園のローテの詳細を記したマル秘ノートを見返した。
端的に言うなら、得点力のあるアタッカーを一ヶ所に固めた、戦力集中型ローテ。
開幕早々に凛々花・颯のダブルエース+夕里の三人が前衛に勢揃いするという思いきりのよさからも、それは明らかだろう。この三人の競演が、音成女子でいう『マリア様ローテ』――マリチカ・相原つばめ・佐間田芽衣――に相当する、あちらの最強カードなのだ。
ただし、裏に和美や愛梨、さらにベンチには県選抜のアンドロメダまで控えている層の厚い成女より、明正の戦力集中っぷりはもっと極端だ。なにせ裏ローテでは前衛が七絵と芹亜と希和の三人になってしまうのだ。いざというときに頼りたいエースは不在で、超がつくほどユースフルな夕里もいない。そんなアンバランスをどうやって解消するのかと思ってみれば――まさかの七絵攻撃参加と来た。
最強の裏の最弱カード。それを、七絵攻撃参加という掟破りの方法でワンターン・キルの罠に仕立ててくるとは、まさに「使えるものならなんでもこき使う」という志帆らしい采配だろう。
そしてまた、志帆に無茶を振られたのは何も七絵だけではない。この変則ローテのキーパーソンたる夕里に至っては、元々使い勝手がいい選手だけに、いっそ気持ちがいいほどに使い倒されている。明正学園のローテを順に見ていけば一目瞭然だ。
・S6ローテ
《コートポジション》
――――――――
凛々花 颯 希和
夕里 七絵 志帆
《プレイヤーポジション》
――――――――
凛々花 颯 希和
夕里 志帆 七絵
・S5ローテ
《コートポジション》
――――――――
夕里 凛々花 颯
七絵 志帆 希和
《プレイヤーポジション》
――――――――
凛々花 颯 夕里
希和 志帆 七絵
・S4ローテ
《コートポジション》
―――――――――
七絵 夕里 凛々花
志帆 希和 颯
《プレイヤーポジション》
―――――――――
凛々花 夕里 七絵
颯 志帆 希和
・S3ローテ
《コートポジション》
――――――――
芹亜 七絵 夕里
希和 颯 凛々花
《プレイヤーポジション》
――――――――
夕里 芹亜 七絵
凛々花 颯 希和
・S2ローテ
《コートポジション》
――――――――
希和 芹亜 七絵
颯 凛々花 夕里
《プレイヤーポジション》
――――――――
希和 芹亜 七絵
凛々花 颯 夕里(セッター)
・S1ローテ
《コートポジション》
―――――――――
颯 希和 芹亜
凛々花 夕里 七絵
《プレイヤーポジション》
―――――――――
颯 芹亜 希和
凛々花 夕里 七絵
おわかりいただけただろうか? 注目してほしいのは、各ローテにおける夕里の『プレイヤーポジション』だ。これを抜き出してみると以下のようになる。
S6:バックレフト
S5:フロントライト
S4:フロントセンター
S3:フロントレフト
S2:バックライト(セッター)
S1:バックセンター
『ポジション』という概念があることからも明らかなように、大半のチームスポーツでは選手は『専門化』するのが普通である。現に、明正学園の他のメンバーは、颯がミドルブロッカー&レフト、希和がライト&レフト、七絵がセッター&ライトアタッカーと、ポジションの掛け持ちはメイン・サブの二つまでに抑えられている。だが、夕里だけは違う。ローテーションが一回りする中で、『セッターを含めた全てのプレイヤーポジションを兼任』しているのだ。そんな事例など、わたしは寡聞にして知らない。
対角の枠を取り払って変則ローテを採用する以上、ポジションの兼任は不可避で、必要に迫られた結果だというのはわかる。というか、もしわたしが志帆の立場なら、それなりの確率で同じ結論に辿り着くと想像できる。それだけに、なおさら「よくもまあ……」という感想しか出てこない。
隣県随一の万能選手――栄夕里。あるいは、強豪・獨和大附属楢木より、明正学園のような小規模かつ曲者揃いのチームのほうが、彼女のポテンシャルを全開にするにはうってつけなのかもしれない。本人も、回るたびに異なるポジションにつくことを楽しんでいるように見える。しかも何をやらせても隙がない。これはもう、あの一人全役こそが彼女の天職だと言っていいだろう。
無論、志帆は別に酔狂で夕里にあんな無茶をさせているわけではない。第一目標はチームの攻撃力を最大にするためだ。ダブルエースを一ヶ所にまとめ、なおかつ二人が前衛に揃うときには三枚攻撃になるよう配置されている。そうやってリソースを狭い範囲に集中させることで、連続得点を狙う。そして二人が不在のローテでは、全国経験者の夕里と七絵を中心に最小被害で切り抜ける。ローテごとの作戦方針が明快だから、選手たちも自分が何をすればいいのか迷わなくていい。優勢にある場合には先行逃げ切りを、劣勢にある場合には一発逆転を狙う。これもシンプルでわかりやすい。
幸いに、というべきか、今回のセットでは、あちらのダブルエースとこちらの透がかち合っているので、明正学園が大きくリードするような展開にはなっていない。もっとも、裏を返せば、こちらも透の独走に待ったを掛けられている、ということだが。
試合は、恐らく明正学園的には避けたいであろうシーソーゲーム(点差がないまま終盤に突入した場合、弱点がはっきりしている明正学園は、そこを崩されたら負けが決まってしまうからだ)が続いた。
万智のサーブから、志帆のカット、凛々花の平行に静が押し負け、7―8。
希和のサーブから、透が拾い、そのまま透自身が決めて、8―8。
音々のサーブから、二往復ラリーが続き、あっ、と思ったときには夕里の鮮やかなツーアタックが決まって、8―9。
颯のサーブから、ひかりがカットし、梨衣菜の速攻。凛々花のブロックに跳ね返されたところを実花がフォロー、そこから透へ。透は三枚ブロック相手にフェイントを落とすも、バックから志帆が滑り込んで一転、明正学園のチャンスボールになる。凛々花がレフト、夕里がライトに開いての二枚攻撃。そこから七絵はトスをレフトに送る。凛々花の強打。またしても静のブロックが弾かれるが、大きくライト後方へ膨らんだボールを実花がぎりぎりのところで拾い上げ、追いかけていたひかりがレフトへ繋ぐ。コートの対角から対角へと九メートル以上もの距離を山なりに飛んでいくボール。それを、なんと透は強引にスパイクで返した。ボールは七絵のブロックの横をすり抜け、矢のようにクロスいっぱいに決まる。
スコア、9―9。
こちらのローテが周り、実花が前衛に加わってアタッカーが三人になる。そして、サーバーは静。
わたしはサービスゾーンに立つ静に、視線を送る。同時に静もわたしを見た。
――やっちゃって。
――やれる限りは。
明正学園と逆で戦力分散型のうちは、透含みの三枚攻撃ローテはこの一回きりだ。いつまでも様子見に徹する気はない。積極的に仕掛けていく。
ぴッ、とサービス許可の笛。わたしはじっと結果が出るのを待つ。静は、数秒呼吸を整えてから、動き出した。
ばしんっ、
とジャンプフローター。打ち出された無回転――わたしが動体視力に優れていたならばボールの表面に刻まれた『明正学園』の文字が読めただろう――のボールは、紙飛行機のようにするすると伸びて、エンドラインに向かう。希和と志帆の間。先に動いたのはリベロの志帆だ。
「志帆さんっ! アウトかもっぽいような感じみたいな気がしなくもないたぶんパーハプス!」
「ふくっ……希和、笑わせないでくれたまえ……!」
ツボった志帆は口許が緩むのを懸命に堪え、オーバーハンドでボールを捉えた。軌道をそのまま伸ばすと確かにアウトかもっぽい(以下略)が、『落ちる』可能性もあるのでなんとも言えないし、もう拾ってしまったので結果は闇の中だ。
ばふ、
と弾き返した志帆のカットは、果たして、ネットまで飛ばなかった。アタックラインを越えるか否かくらいでボールがさ迷う。それを、このローテではFCの夕里が引き継ぐ。
「オーライです! 凛々花、準備は?」
「いつでも来い、よ!!」
「ほなっ、かましたってー!」
しゅとーん、
と、自身の左へ流す形で、夕里が二段トスを上げる。凛々花が好む、高いトス。ふわっ、と赤茶髪のサイドテールを従えて、凛々花がネットへ向けて一歩踏み出す。しなやかに身体を沈め、そこから一気に浮上する。水面の下に引き込んだビート板のように、ぐんっ、と勢いよく。
「まりーな、せーのでね!」
「りょーかいっス!」
「せぇー――――――――のッ!」
「ほいやっ!」
ばだんっ!
と激しい打音。随分と『待って』跳んだのが功を奏したのだろう。凛々花の改心の一撃に、梨衣菜が喰らいついた。ワンタッチだ。
「なにやってんだ露木凛々花ぁー!?」
「うっさい今川颯! あたしも驚いてるわよ!」
「二人とも、イチャイチャしとる場合ちゃうで!」
ちゃーんす、と万智がボールを静に運ぶ。透はレフト、梨衣菜はAクイック、そして実花が、梨衣菜の裏から時間差でセンターに回り込む。
「あれっ! 実花がいないんだけど!?」
「やから言うたやろーっ!」
凛々花が目を丸くしている隙に、静が実花へ速攻とセミの間くらいの高さのトスを上げる。小癪なっ、と跳び上がる夕里。一瞬遅れて、透に張りついていた七絵もターン側を塞ぎに来る。実花は落ち着いて、七絵の背後にフェイントを放った。ただ、七絵に触られないように放ったボールは、いささか軌道が山なりになった。
「希和、前っ!」
「わんっす!」
志帆の指示で希和が前に飛び込む。ワンハンドのフライングレシーブ。力いっぱい弾いたボールは、ネットの上まで浮き上がり、ちょうど透がダイレクトを打つのにぴったりな位置へ。床にうつ伏せになったまま顔を上げる希和。ボールと、ボールを叩き返そうとして腕を振り上げる透の姿を視認。その顔が絶望に染まる。
「これ、私、死ん――」
「っと……!」
ばぢーん!
と、巨体と巨体が空中で交錯する。ダイレクトスパイクを打った透と、実花のブロックから着地して即座に透を抑えにいった七絵。その結果は――、
「んむ……」
「っ――ぷはぁ!」
ごんっ、とボールが副審の後ろのスコアボードに直撃――ワンタッチアウトだ。一瞬ひやりとしたけれど、今回は先に跳んでいた透に軍配が上がった。あの二人の対決は、本当に、そこだけ特撮なんじゃないかってくらいの大迫力と緊張感だ。というのはさておき。
これで、スコア、10―9。
二桁突入。そして、先取点を取られて以降、ようやくの先行だ。切り札を使うなら今――畳み掛ける。
かたっ、とわたしはノートを置いて立ち上がり、隣ではわわと目を丸くしている山野辺先生に耳打ちをした。先生は慌てて椅子から飛び上がり、副審の周防美穂さんの元へ急ぐ。同時に、わたしはコートのほうへ指示を出す。
「メンバーチェンジ、梨衣菜」
「はいっス!」
「それから――由紀恵」
「待ってましたー!」
呼ぶまでもなかった。振り返ると、由紀恵はわたしのすぐ隣にいて、飛んだり跳ねたりしている。アップゾーンで騒いでいただけあって、身体は十分に温まっているようだ。
監督から副審、副審から主審へメンバーチェンジの意が伝えられ、坂木さんが胸の前で腕をぐるぐると回す。わたしは、フロントゾーンに向かう由紀恵の背中を、こつん、と小突いた。
「由紀恵、やっちゃって」
「がってん、やっちゃうよー!」
サイドライン上で、梨衣菜と由紀恵がハイタッチ。梨衣菜はベンチを経由してアップゾーンへ、由紀恵はFCへ。一連の流れの中で、わたしは志帆に目を向ける。視線に気づいた志帆は、やれやれ、と肩を竦めて苦笑した。
まさか黙って見ているつもりはないよね。どんな『返し』が来るか楽しみだ。
わたしは最後に静に「もう一発よろしく」と口パクで伝えて、ベンチに戻る。
試合が、動き始めた。




