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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
277/374

154(梨衣菜) 合宿で得たもの

 大地コートが、震えた。




 ――どんっ!




黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟が振り下ろされ、相手コートにくさびが打ち込まれる。


 ブロックに跳んだ二人――七絵ななえ殿は少し困ったように頬を掻き、夕里ゆうり殿はぱちぱちと目をしばたいて、コートの外まで跳ねていったボールを見つめた。


 スコア、2―3。


 決めたのはもちろん、我らがエース――。


とおる殿ぉー! ナイスキーっス!!」


「う、うん。運が、よかったよ」


「またまた! ご謙遜をっス!」


「……ありがと、梨衣菜りいな


 ほわ、と小さく口元を綻ばせる透殿。そこへ「やったね、とーるうー!」と実花みか殿が後衛バックから抱きつきにやってくる。透殿がまた小さく「ありがと」と言って微笑んだ。


 透殿、自分、実花殿。ローテが回って、前衛フロントはこの三人。さらにもう一つ回ると透殿が後衛バックに下がってしまうので、できればここで同点に持ち込みたいところ。頼もしいことにサーバーはしずか殿だから、これは好機チャンスっス。


 ――――――――

 実花 梨衣菜 透

 万智 ひかり 静(サーブ)


 でも、明正学園あちら前衛フロントも、これまた手強い。


 ―――――――――

 七絵 夕里 凛々花

 志帆 希和  颯


 前衛フロント三人の高さはほぼ互角。だからこそ、このローテ、鍵になるのは自分だ。


 合宿の成果を見せるときが来たっス!


「ナイッサーっス、静殿ぉー!!」


 自分は相手コートをチェックしながら声を出す。向こうはセッターの七絵殿と、七絵殿がFR(フロントライト)のプレイヤーポジションに入る都合で今はミドルブロッカーとなっている夕里殿がネット際に上がり、四人レシーブ体制。一つ前とほぼ同じ陣形フォーメーションだ。


 ――――――――

 七・夕


  凛々花  颯


  志帆   希和

 ――――――――


 ばしっ、


 とサーブが放たれる。静殿が狙ったのは、ローテの制約で凛々花(りりか)殿より半歩後ろに構えていたはやて殿の右手前、FR(フロントライト)のライン際だ。


希和きいな、ジャッジ頼む!」


「イッ、アウ、イ、ア――――ウイーン!!」


「おまっ、なぜ突然自動ドアの物真似をッ!?」


「颯、いいからボールをよく見て上に!」


「くっ、の……!?」


 すんでのところで落下点に滑り込む颯殿。ボールはふわりと舞い上がり、こちらのレフトサイドに落ちてくる。ネット際だ。これは透殿にダイレクトスパイクのチャンス――!


「とーるう! 一旦しずしず先輩に戻すよっ!」


「オ、オーライ……!」


 透殿はその場ジャンプで打とうとしていた動きをキャンセルして、オーバーハンドの構えを取る。その対面で、同じくブロックのモーションに入っていた七絵殿が、僅かに目を細めた。そうだった……今、透殿の正面には、七絵殿がいる。迂闊に攻撃ダイレクトしていたらどうなっていたことか――。


「静さんっ」


 お願いします、とチャンスボールを返す透殿。アタックラインまで下がっていた自分は、タイミングを計って切り込む。


 レフト平行―センター速攻―ライトセミの三枚攻撃。あちらの前衛三人ブロッカーは、こちらの前衛三人アタッカーの前にそれぞれ立ちはだかり、受けて立つ構え。それを見て自分は思う――やっぱり、勝ちの目があるとすれば、ここだ、と。


 つまり、自分がどれだけ、やれるか。


 今、透殿(181センチ)の前には七絵殿(185センチ)がいて、実花殿(165センチ)の前には凛々花殿(172センチ)がいる。どちらも向こうのほうが身長が高い。対して、自分(170センチ)の相手は夕里殿(164センチ)。高さだけなら、自分が上。


 ――かましてやるっス!


「静殿!」


 トスを呼ぶ。踏み込む足元を意識しながら、上空のボールと静殿のセットアップを視界に収める。今回の合宿で得たものの一つ――Aクイックの『安定』。もう打ち損ねていた合宿前とは違うっス!


 さあ来い――そう念じたのが伝わったのか、ふっ、と頭上にトスが置かれる。来た! と目を見開き、直後、だっ、と「ここだ!」という位置とタイミングで跳ぶ。そして一番高いところで、


 ばしんっ、


 と会心の手応え!! これは――、


「甘ぁーいでー!」


 ごっ、


 と夕里殿のワンタッチ! いやでもなぜっスか!? 夕里殿の手がなさそうだったクロスを狙ったのに!!


「そこは経験と腕やな!」


「くぬー!?」


 いや、しかし、まだ落ち込むのは早いっス。あっちは二枚攻撃。そして自分にはもう一つ、この合宿で得たものがある。それは――、


「まりーな、いける!?」


「いつどこからでも来いっス!」


 リードブロック! トスを見てから跳ぶアレっス!


 リベロの志帆しほ殿がゆったりとチャンスを上げたのを確認して、自分は相手の前衛フロント三人の動きをチェック。セッターの七絵殿は定位置、夕里殿はFCフロントセンター、凛々花殿はFLフロントレフト。恐らくはレフト平行―センター速攻のコンビ。


 果たして、夕里殿はAクイックに切り込んできた。その気配プレッシャーを肌で感じつつ、自分は視線をボールへ。ぴったり飛んでくるチャンスボール。それを見た七絵殿が、


 ぐわんっ、


 と跳躍ジャンプ


 ええええったかっ!? これトス見てから跳んで間に合うっスか!? っていうかツーされたらどうしようっス!?


「そこは気合と根性だよ!」


 と実花殿からアドバイス。なるほど、それなら自分、得意っス!


 一瞬でも速く反応しようと、七絵殿の手の動きに集中する。ジャンプした七絵殿と落ちてくるボールが接近――接触、ボールの行き先は、目の前(Aクイック)


 跳べっ!!


「りゃあーっス!」


「なんのっ!」


 そこに向かって両手を突き出したはずなのに、ボールはまるで落ち葉のようにひらりとすり抜けていく。


「っ、宇奈月うなづきさん!」


「お任せです! 行っくよー、とーるう!」


「うんっ」


 自分の右斜め後ろに落とされたフェイントを、BR(バックライト)の静殿が辛うじて拾い、それを実花殿がアンダーハンドでレフトへ繋ぐ。


 ひゅるる、


 とほどよい高さに上がる二段トス。対して明正学園あっちは、


「凛々花、止めたるで!」


「この時を待ってたわ!」


 七絵殿と夕里殿に加え、凛々花殿がブロックに加わる。三枚ブロック。透殿は、しかし、目の前のボールに集中しているのか、怯む様子もなく跳び上がる。


 ぐわあっ、


 と右腕を引き上げながら宙へ。弓を引き絞るように身体を反らせ、最高到達点に至ると同時に『引き』も終える。ぴたっ――と空中で透殿の時が止まり、刹那ののち、溜め込んだ力が解放される。




 ばちごーん!




「ワンタッチ――!」


 それマジっスか七絵殿!? ボールはクロスへ大きく膨らんでいる。落下点には颯殿。


「七絵先輩ッ!」


 三枚ブロックから大急ぎでレフトに引き返しながら、凛々花殿が火を吹くように叫ぶ。思わずそちらへ釣られそうになる。でも……ひとまず定位置で待機がまん。チャンスボールが上がったのを確認。相手の前衛フロントの動きをチェック。素早く動き出せるよう余計な力を抜いて、セットアップする七絵殿を注視。そして、


 とんっ、


 と今度はレフトへ平行が上がった。サイドステップしながら弾みをつけて、実花殿と並び、全力でジャンプッ!


「ぬりゃあーっス!」




 ばんっ!!




「ワンタッーチっス!」


「なあっ!?」


「ナイスです、北山さん」


 凛々花殿のスパイクに両手が弾かれ、変なとこへボールが飛んでいってないかと心配したのも一瞬、ひかり殿の声で意識を攻撃に切り替える。


「チャンスボール、行きます」


 再びの三枚攻撃。自分は速攻(Aクイック)へ入る。ここでセッターの静殿は――もう一回透殿での勝負を選んだ。自分は空中でトスを見送り、着地してすぐさま左側レフトを向く。


 そこにいたのは、二人の怪物バケモノ怪物バケモノは、自分の手が届かない高さにあるボールを、喰らい合う。




 ばぢんっ――!!




「っ……!?」


「……ふぅ」


 勝負は、七絵殿に軍配が上がった。ボールはネットのすぐ真下で跳ね、ブロックフォローに入っていた万智殿の足元に転がる。悔しげに目を潤ませる透殿。七絵殿はほっとしたように肩の力を抜いた。


 スコア、2―4。


 目の前で繰り広げられた光景を処理するのに、しばらく時間がかかった。ラリーで上がった息を整えながら、思う。


 今回の合宿で得たものは色々あるけれども、もしかすると、『これ』が一番大きなものかもしれない。この感覚――高い、遠い……という、感覚。


 できることが増えるということは、見えるものが増えるということだ。


 透殿や七絵殿が『すごい』のは、初めて会ったときからわかっていた。だって、巨大だから(見たまんま)超高校級(オーバー180センチ)――数百人に一人レベルの、特別な才能。


 けれど、そんな透殿や七絵殿でも、悔しい結果に歯噛みしたり、紙一重で得た一点に胸を撫で下ろしたりする。


 なんでも思い通りにはできないのだ。たとえどれだけの力があっても。二人ともそのことを知っている。だからああして、自分と対等以上の相手と戦うときには、傍目にわかるほど、結果に一喜一憂する。


 自分は……でも、透殿や七絵殿に、そんな顔はさせられないだろう。というかまず勝負にならない。夕里殿がわけなくひらりとかわしていったように、自分は透殿を止められないだろうし、七絵殿を抜くこともできないだろう。


 できることが増えて、見えるものが増えて、ようやくわかり始める。


 同じコートに立ちながら、自分とはまったく異なる次元ステージで、勝負をしている人たちがいる。


 透殿、七絵殿、夕里殿――県選抜にして、全国経験者。高くて遠いところにいる人たち。


 彼女たちに、これから、自分はどれだけ近づけるだろうか。どれだけの境界を踏み越えれば、同じところに立てるだろうか。


 ぶるるっ、と背中に震えが走る。


 今の自分はまだ、Aクイックを打つときみたいに、足元と目の前を確かめることでいっぱいいっぱいだ。けれど、でも、いつか――。


梨衣菜りいな


 呼び掛けられて、自分は考え事を中断した。ひとまず未来いつかは置いといて、なにより大事は現状イマココっス。


「やっと来たっスね、芹亜せりあ殿!」


「うんっ、来たっスよ!」


 なんて言いながら天然ボケをかます芹亜殿。競技は違えど、全国経験者であるところの芹亜殿。その目に何が見えているのかは未だよくわからないけれど、とりあえず、自分が目下倒すべき相手は確定っス。


「なにやってるっスか、芹亜殿! ぽやぽやしてると決めちゃうっスよ!」


 やがて、ぴッ――と耳心地のいい笛の音が聞こえ、サーブが放たれた。

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