152(音々) 正面突破
やられた、まんまと――!
その動揺が隙になったのだろう、颯の電光石火の速攻に左手が弾かれ、ボールはベンチ側へ大きく吹っ飛んでいった。
スコア、0―2。
ひかりのカットがぴったり過ぎるくらいぴったり決まった瞬間、僅かに嫌な予感がした。本当の危機は好機の中にこそひそむ、とも言う。絶好のAカットから強気のセンター線――あたしも静先輩も、自らの意思でその選択をしたつもりでいた。だが、それはあちらの思惑通り。お膳立てされた速攻だったのだ。
形勢不明の立ち上がり。セオリーなら、順当に透から攻めていく場面だろう。もちろん、攻撃が単調にならないよう、速攻を積極的に狙うのは大事なことだ。ただ、それは互いに攻撃のリズムに慣れてくる中盤以降の話。先取点を取られた直後のこの場面での速攻は、客観的に言って『拙速』。なに焦っちゃってんの、だ。
それに何より、今の攻撃、透に上がっていれば、あいつは十中八九一発で決めていた。理由は極めてシンプル。同じ二枚ブロック相手でも、172センチのあたしが同じ172センチの颯&凛々花と対するより、181センチの透が164センチの夕里と172センチの颯と対するほうが勝率が高いに決まっている。
「ごめんね、霧咲さん、読まれてるところに合わせちゃって」
静先輩は一つ結びの髪に触れながら申し訳なさそうに目を伏せる。「いえ、そんな……」とあたしは返事に詰まった。だって、今のワンタッチの原因は『トスが読まれていたから』ではない。あっちはごく普通のリードブロック。トスを見てから跳んでいた。ただ、颯と凛々花の『待ってました!』と言わんばかりの瞬発力に、あたしが怯んでしまったのだ。
「……あたしこそ、すいません。打ち抜けてればよかったんです。でも……まずは次、切り替えていきます」
「……そうだね。で、その問題の『次』なんだけど、霧咲さんならどう攻める?」
「あたしなら――」
しくじったすぐあとにまた速攻というのは、相手にプレッシャーを掛けるって意味では弱いかもしれない。なら、ここは一旦ライトに開くのもアリだ。それに、あたしがライトに回れば、凛々花をあたしの側に引き付けることができるから、逆サイドの透にブロッカーが集中するのを防げる。まあ、あいつなら三枚ブロックでもぶち抜けると思うけど、負担はできるだけ少ないほうがいいだろうし……。
「私はライトかなって思うんだけど、どう?」
「そうですね。あたしもそれでいいと――」
「ねーねちーんっ!!」
密談していたあたしと静先輩は揃って声のしたほうに振り返る。見ると、ベンチの前で、胡桃先輩からボールを受け取った実花がにこにこと左手を振っていた。そしてその右手に持っていたボールを「そりゃ!」と全力であたしに投げて寄越す。ボールは、ぼすんっ、とぴったり胸の真ん中に飛び込んできた。「ナイスキャッチ!」とVサインの実花。
あたしはボールを明正コートに流し、まだ少しびりびりする肋骨(どうせクッション性が低いわよあたしは!)を撫でながら、まったく――と小さく溜息をつく。
「……先輩、すいません。やっぱり、速攻で」
「えっ? あ、うん、わかった」
「さあー! 一本集中ー!」
「集中ぅー!」
「藤島さん、こちらは気遣い無用ですゆえ前を向いてください」
「あっ、うん! 決めるね!」
なんてそれぞれ意思確認を終えて、次のプレーへ。
笛が鳴り、ややあって、ばしんっ、と希和がサーブを放つ。今度は守りの薄いコート中央へ。位置的にはBLのひかりとFRの万智先輩の間。この場合、しかし、カットは二人ではなく――。
「任せえええぇー!!」
大声とともにBRの実花が前に駆け出た。落下点に入り、深く腰を落とした体勢からきっちりボールを手元に引きつける。そして、
ぼよんっ、
「あっ」
と主審側へ流れるCカット。ちょ、あんたここでそんな――てかあんたがカット乱すなんて珍しいわね!?
「わーん、すいませーんっ!」
「ちょっと、実花……っ! ――いや、いいわ。静先輩、セミください!」
言いながら、一歩、左斜め後ろへ下がり、あたしはセンターセミを要求。さすがに、ライトへ流れたボールを追って速攻へ入るのは無茶だ。それに、静先輩も、バックステップで下がりながら反対側の透まで平行を送るとなると、トスを安定させるのは難しいだろう。なら、ここは、あたしのセンターセミ一択。
あたしの立ち位置はセンターだけれど、静先輩がライトへ移動した分、相対的にはレフトセミな気分。狙うは、クロスだ。
「霧咲さんっ」
ふわっ、と綿毛に包まれたようなトス。対するは颯と凛々花。高さはあたしと互角の172センチ――そう、互角だ。透や七絵先輩を相手にするわけじゃない。あくまで五分の勝負。だったら正面突破で全然イケるはず。一度ワンタッチを取られたくらいで弱気になって、透に任せることを念頭にサイドへ回る必要なんて最初からなかった。そして何よりも、
「やられっぱなしは――いやよッ!!」
ばしんっ!
と強振。果たして、あたしのスパイクは凛々花の腕を弾き、クロスの壁際へと吹っ飛んでいった。意図していた以上に『やり返してやった感』が出る。なので、せっかくだから、ふんっ、どんなもんよ、と口の端を吊り上げてみせた。
「やってくれるわね、音々!」
「そうこなくてはな、音々!」
凛々花の瞳からは赤い炎が、颯の瞳からは青い炎が、それぞれ熾んに吹き上がる。熱っ、と思ったけれど、目は逸らさなかった。
「――次の前衛が楽しみだわ」
できるだけ余裕たっぷりの微笑を決めて、あたしはサーブのために後衛に下がる。
同時に、ひかりOUT、梨衣菜IN。
スコアは、1―2。
すぐに追いついてやるんだから、とあたしはフローターを構えた。




