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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
272/374

149(樒) 最終日

 ゴールデン合同合宿、最終日。


 今日は半日練習試合の予定だが、朝のランニングや基礎練習――ウォームアップからカラーコーンパス&レーンサーブまで――は昨日までと同様に行われた。十時になるとゲスト登場、というのも今まで通りである。


「おはようございます」「聞いてよ! 今朝体重計ったら100グラム痩せてたの!」「先輩、それは誤差では……?」「ちな今日の昼メシは弁当な」


 明正めいじょう学園裏部員の四人。周防すおう美穂みほさん、細川ほそかわ律子りつこさん、川崎かわさき恵理えりさん、宇津木うつぎ紗枝さえさん。そして、


「あっ、お……おはようございます」「おおっ、坂木くん! 今日はありがとうな! おかげで助かったよ!」「い、いえ、全然そんな……」


 坂木さかきゆうさん。――って、あれ? 坂木さん一人? それに「助かった」ってどういう意味ですか、神保じんぼ先生……?


「あっ……。ど、ども」


 神保先生と二言三言挨拶を交わしたのち、肩身が狭そうにきょろきょろと周囲を伺いながら私のところへやってきて、ちょこ、と会釈する坂木さん。私は困惑しつつも気合で愛想笑いを浮かべて「おはようございます」と返す。そして坂木さんは、いかにも居場所がないといった様子でそわそわと準備体操をしながら――えっ!? なにさり気なく私の後ろに隠れるように陣取ってるんですか! あの、ちょっと一体どういうつもりで……いや「アキレス腱の具合が気になる」みたいな小芝居して私から目を逸らすのなんですかそれ!? そんな大根演技で本気ではぐらかせると思っているんですか!?


 と、まあ……仕方ない坂木さんはもう仕方ないのでひとまず置いておくとして。


 基礎練習が終わると、試合に向けたアップが始まった。対人パス十五分、フリースパイク二十分、フリーサーブ十五分。また、このサーブ練習の終わり際に重ねて、『プロトコール』が始まった。


 時刻は十時四十五分。両校のチームキャプテンが、主審・副審を担当する坂木さんと周防さんのいる仮の記録席に集まる。これは、去年公式戦に出なかった岩村いわむらさんや私、またチームキャプテンの経験がない小田原おだわらさんのための『予行演習』だ。神保先生が手順を解説しながら進めていく。私(監督)の場合はここでラインアップシートを提出。キャプテンの二人は、記録用紙への署名といった事務手続きをしたのち、サーブ権争いに移る。


 じゃんけんの結果、サーブ権はうちが獲得した。明正学園にはコート選択権が与えられたが、今陣取っているほうをそのまま選んだので、ベンチの移動はなし。主審から見て左が城上女、右が明正学園だ。また補助員については、得点板スコアボード(副審の後方に設けた)係が宇津木さん、ラインジャッジは川崎さんと細川さんの二人体制で、川崎さんが城上女コートのBR(バックライト)の角、細川さんがその対角に入って、一人二役をこなすことに決まった。


 記録席での諸々が済むと、続いては公式ウォームアップだ。フリーサーブ練習を切り上げ、両校ともボールを片付ける。そしてまず、先にサーブを打つほう――今回はうちから、ネットを使ったアップに入った。時間は三分。アタッカーが三人並び、立沢たちさわさんが市川いちかわさんにボールを投げ、一人ずつ好きなところから打っていく。三園みそのさんを除いた残りの三人は、反対側のコートでボールを拾い、その足でアタッカー側へ回る。もちろん、打った人はボール拾い側に回る。その繰り返しだった。


 その間、明正学園はコート外でスパイクカットをしていた。神保先生がビシバシ打つのを、一列に並んだ生徒たちが一人一人拾っていく。


 三分後、バタバタと大急ぎで入れ替わり。明正学園も同じように、神保先生が小田原さん(これは途中でさかえさんに代わった)にボールを投げ、各人が順番に打っていく。その間、うちはコート外で二人一組に分かれての対人をしていた。


 かくして両校の公式ウォームアップが終わると、いよいよ整列だ。選手プレイヤーはエンドライン、監督・マネージャーはベンチの前で起立する。審判の二人は、仮の記録席から審判台のほうへ。なんか坂木さんが手と足を一緒に出しているけど見て見ぬふり。ややあって、真っ青な顔をした坂木さんが笛を鳴らす。


 ふぃるるぅふほひぃー、と吹き損ねの空気音が響いた。


「「お願いしまああああす!!」」


 気の抜けた音にずっこけそうになったのは、しかし、この場で私だけだったらしい。合宿開始時点から今か今かとこの瞬間を待っていた生徒たちは一斉に喊声かんせいを上げた。結果オーライ、といったところか。でも次からはちゃんとしてくださいよ! 初日のミニゲームでおろおろしてた私に人のことは言えませんけど――って、あれ!? そう言えば坂木さんが今口にしてるホイッスル――!! ……ダメだこの件は深く考えないことにしよう……。


 なんて煩悶のうちに、監督・選手・キャプテン&審判の間で握手が交わされる。あれよあれよという間に、プレー開始が迫っていた。


「集合ぉ!!」


 岩村さんの号令で、挨拶を終えた選手たちが一度、ベンチに戻ってくる。私の喉がごくりと鳴った。実際にプレーをするわけではない私にとって、外すわけにはいかない肝心要の大仕事。「監督からの一言」の時間だ。


山野辺やまのべ先生、お願いします!」


「あっ、はっ、ほっ」


 なんてこと! 坂木さんのひょろひょろホイッスルをも下回る残念な滑り出し!


 ごほごほごほっ、と七割本気の空咳で仕切り直し、私は用意していた台詞を――うわしまった全部さっきのですっ飛んでる!――言えずに、みんなの顔を見回す。


 きらきらと輝く、力強い、九人分の瞳。既に覚悟も決まり、身体も心も万全に整っている生徒たちを前に、私はたじろぎそうになる。今のこの子たちに、私から特別に伝えるべきことなんて、何もないんじゃないだろうか……。


「……みんな、今持っている力を、思う存分、発揮してください。私からは……以上です」


「「はいっ! ありがとうございました!」」


「それじゃあ、みんなぁー、行くよぉー!!」


 場の主導権が私から岩村さんに戻る。一年生たちに弾ける笑顔を見せるその姿は、まるで何年もキャプテンをしてきたみたいに、堂に入っている。


 ああ……この子に任せていれば、このチームは大丈夫だ、と思った。隣には立沢さんが控えていて、逆隣には小学生の頃から慕っていたという市川さんもいる。何も心配は要らない。どころか、私の半端な気遣いなんて、かえって余計なことでしかないように思えた。


「――城上女子高校バレー部うぅー、ぶいっ!!」


「「おおおおぉー!!」」


 いつもの掛け声をして、スターティングメンバーが揚々とコートに向かう。私は何も言わずにその後ろ姿を眺めた。この子たちなら大丈夫、私はただこの子たちのやることを見守っていればいいんだ――と妙に達観した気持ちで。


 事前に渡したラインアップシートと、コートに立つ両陣営の生徒たちの配置を、副審の周防さんがチェックする。ちなみにうちのスターティング・ラインアップはこんな感じだ。


 ―――――――――

  透  静  音々


 梨衣菜 実花 万智


 L:ひかり


 レフトは藤島ふじしまさんと岩村さん。センターは霧咲きりさきさんと北山きたやまさん。ライトは宇奈月うなづきさんで、その対角にセッターの市川さん。油町ゆまちさんはベンチスタートで、リベロの三園さんはセンターの二人と交代する。立沢さん曰く、ごくごく一般的な布陣。実際、素人の私から見ても、それぞれの役割やチームの方針は一目瞭然だ。


 対して、明正学園のラインアップは奇妙なものだった。


 ――――――――

 凛々花 颯 希和


 夕里 七絵 芹亜


 L:志帆


 まず、ダブルエースだという露木つゆきさんと今川いまがわさんが対角にいない。とすると、レフトだけでなくセンターからのスパイク練習をしていた今川さんが、ミドルブロッカーなのだろうか。けど、ならばその対角には同じくミドルブロッカーである西垣にしがきさんが来るべきだと思うのだけれど、実際はセッターの小田原さんが入っていて、西垣さんはというと、なぜかレフトの露木さんの対角にいる。


 どういうことなのだろう、と首を傾げる私の横で、


「戦力集中型か……まったく志帆しほらしい。とするとキー夕里ゆうりかな。一体どんな無茶を振ったのか……」


 と呟きながらノートにさささっとペンを走らせる立沢さん。どうやら彼女は既にあのラインアップの意図や仕掛けを概ね把握しているらしい。本当にこの子たちはしっかりしている。


 チェックが終わり、周防さんから明正学園の銘が入ったボールが私たちの側に流される。同時にリベロの二人がコートに入り(こちらでは北山さん、あちらでは西垣さんがそれぞれ交代した)、選手たちが各々のポジションについて、わああっ、と気迫のこもった声を上げる。中でもよく通るのはやはり宇奈月さんの明るい声だ。


「なあああいっさぁぁぁまあああっちいいーせんぱあああああい!!」


 べちん、べちん、と手の中のボールを叩く岩村さんが、柔らかく微笑み、そして次の瞬間には、真剣な顔で相手コートを見据える。


 ぴいッ! とサービス許可の笛。しっかり吹こうという坂木さんの意図がありありとわかる、やけに粒だった音だった。


「行きまぁす!!」


 肌をビリリと震わす宣言。刹那の空白。そして、


「「さああああああああああっ!!」」


 試合が、始まった。

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