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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
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148(天理) メル友

 太陽を背にしたり前にしたりを繰り返しながら九十九折りの坂道を上り、道程の半ばまで来たところで、わたくしは足を止めました。額に滲む玉の汗をハンカチーフで拭い、すう、と大きく息を吸い込みます。


 さわさわと揺れる新緑の葉。吹き下ろしの涼やかな風は清浄な春の匂いを運んできます。斜面の下に目を向ければ、大きな湖面が横たわり、その水面は朝日を反射してきらきらと輝いて、まるで大きな鏡のようです。


 風光明媚な山々に囲まれた、湖畔の街。現在は観光地・避暑地として栄えるその町並みを、わたくしは心ゆくまで眺めます。なぜならこの美しい眺望は、今わたくしが身に纏う修道服に似た制服と同様に、わたくしたちの『特典』の一つなのですから。


 わたくしたち――つまり、セントレオンハルト女学院じょがくいん学徒の。


 いくつかのトンネルが崩落してしまえば完全に陸の孤島となる奥山の街にあって、セントレオンハルト女学院はさらに生活圏である湖畔からも隔絶した山中に浮かんでいます。観測所と展望台を除けば、街を鳥瞰できる唯一の場所。そこへ至るには、慣れている者でも片道二十分は掛かるこの九十九折りの坂道を上らなければいけません。また、坂の入口に建つ鳥居から先は学院の私有地なので、基本的には関係者以外立ち入り禁止。すなわち、わたくしたちの独り占め、というわけです。


 なので、たまに早起きしては、こうしてお姉様を置いて一人で学院へ向かい、悠々と景色を堪能するわたくしなのでした。


 と、その時、です。鞄の中からメヌエットの調べ。わたくしは思わず即興で踊りつつ携帯電話を取り出し、届いたメールを開きます。そこには、朝の挨拶と、ちょっとした小話、それにユーモアたっぷりの愚痴めいたものが書かれていました。書き手の喋り声が直に聞こえてくるような活き活きした文面に、わたくしはくすりと微笑みます。そして目にも留まらぬ指さばきですぐに返事を書きました。


『無事に最終日を迎えられたようで何よりですわ(*´∇`*)


 今日はいよいよ試合でしたよね(`・ω´・)b


 お相手にあの藤島ふじしまとおるさんがいたというのは驚きましたがΣ(°Д°)


 彼女一人にやられてしまうようなあなた方ではないでしょう┐(  ̄ー ̄)┌


 わたくしたちから一セット取ったのですから(-ω☆)


 負けたら承知しませんわよ~O(≧▽≦)O』


 ――送信、っと。


「おはよう、天理てんり


「あら、ごきげんよう、久穂ひさほ


 ターンを決めるようにその場で半回転してから恭しくお辞儀してみせるわたくし。なんだかあやめさんみたいですわね、と苦笑が漏れます。


「……天理、いつにも増してご機嫌みたいだけど、何かあった?」


 きっとわたくしの姿を見つけて早足に坂を上ってきたのでしょう、頬が仄かな桃色に上気している久穂に、わたくしは手に持った携帯電話を掲げて見せます。


「ちょっとメル友とお話をしていましたの」


「ああ、明正めいじょう学園の。瀬戸せとさん、だっけ」


「ええ。あちらはこの連休中に合宿をされていたそうで、今日がその最終日なのですわ」


「へえ、合宿……」


「それも他校と合同だそうですの」


「合同? それはまた、珍しい」


「しかも、その他校の中に、なんとあの藤島ふじしまとおるさんがいらして」


「〝黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟が……? 相変わらずの引きの強さというか、また大変な相手と当たったね……」


希和きいな曰く、沢木さわきさんよりは『まだマシ』らしいですわよ」


「いや、どっちもどっちだよ……」


 なんて立ち話をしていると、手元からまたメヌエット。


「あっ、来ましたわね。――ふふっ、今度のは画像ファイル付ですの。久穂も見てみます?」


「いいの? じゃあ、失礼して……」


 わたくしと久穂は肩を並べて、わたくしの携帯の画面を見下ろします。


 それは、『一年十色いちねんといろ』と題された朝食前の風景を映した一枚の写真。


 自身を含めて人物を写すことが少ない希和には珍しい、自撮りの構図。画面の右下に希和の顔が半分だけ映っていて、その後ろには見覚えのある顔とない顔が並んでいます。各人テーブルを拭いたり食器を並べたりしながら、ばっちりカメラ目線で笑顔を見せています。


 チョコレート色の髪に赤リボンがトレードマークのさかえ夕里ゆうりさんはいつものサムズアップ。少し髪が短くなった西垣にしがき芹亜せりあさんは、片手がぶれて写っています(たぶんカメラに向かって手を振ったのでしょう)。食事の準備中だからなのか赤茶の髪をお団子にした露木つゆき凛々花(りりか)さん。同じくバレッタで長い黒髪を束ねている今川いまがわはやてさん。そして一番後ろのほうで大きな身体(去年からまた育ってますわね)が半分見切れている藤島透さん。


 他の四人は、名前がわかりません。西垣さんの隣に立つベリーショートのいかにも溌剌とした方。露木さんと今川さんに挟まれてやや困ったように微笑んでいる黒髪眼鏡の方。枠の外に向かっていたのを藤島さんに引き留められているひときわ小柄な薄茶色の髪の方。そして栄さんの隣で分身のように同じポーズを取る(ただしハンドサインはピースです)黒髪ポニーテールの方。


「――――?」


 ひときわ強い風が吹き、ざわざわっ、と無数の葉擦れの音が山を震わせます。


「わっ、〝黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟以外ものきなみ背が高いね。これみんな一年生なんだ……ん、天理? どうかした?」


「――えっ? ああ、いえ……なんでもありませんわ」


「そう……? なら、いいけど……」


 と身を引きつつさり気なくわたくしの表情を伺う久穂。わたくしは曖昧な微笑でそれ以上の追及を回避し、画像ファイルを閉じます。


「そう言えば、今の人たち――明正学園さんと合同で合宿してる〝黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟がいるとこは、なんていう学校なの?」


 久穂の質問に、わたくしは希和とのやり取りを思い返し、答えます。


城上しろのぼり女子高校ですわ」


城上しろのぼり、女子……」


 ふぅん、と何気なく繰り返す久穂。わたくしもその名を口の中でもう一度呟いてみます。


 城上女子――略称は確か、城上女じょじょじょ、と言っていましたか。


 わたくしは携帯電話を鞄にしまい、斜面の上に視線を向けます。学院の背後にある裏山が、また、風に吹かれてざわざわと騒ぎます。


 なんでしょう……この胸に蟠るものは。どうにも靄がかかったように、正体が捉えられません。


「……天理?」


 先に歩き出した久穂が、振り返ってわたくしを呼びます。わたくしは景色に見入っていたように装って(まあ久穂には見抜かれているでしょうけれど)遅れて振り向き、たっ、たっ、とすぐに久穂に追いつきます。


 そうしてわたくしたちは、太陽を背にしたり前にしたりを繰り返しながら学院へと続く坂道を上っていきます。


 わたくしから「では、また(^^)/」と送ったので、希和からのメールはそれきり来ませんでした。あちらも忙しいのでしょう。今日はいよいよ試合をするということでしたしね。


 それにしても、さっきの感覚は――単なる気のせいであれば、よいのですけれど……。


 わたくしは、斜に構えつつも存外小心者なところのあるメル友の、平穏と無事を祈りました。

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