表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第二章(城上女子) VS音成女子高校
27/374

23(透) 期待

 三園みそのさんの指示で、守備位置を変更した私たち。


 私が引き受けたのはレフト側全般。三園さんがややライト寄りに陣取ったということは、暗に私に、バックレフトにサーブが来た場合はオーバーハンドで取れ、と要求しているのだろう。


 要求、希望、依頼、期待――。


 私は、それに応えたいと思う。


「これでー……どうかしらっ!」


 ばしんっ、と手の平で押し出すように打たれたジャンプフローターサーブは、私と三園さんの間に伸びるように飛んでくる。


「はいっ!」(私)


「任せてください!」(三園さん)


 下がりながら手を挙げた私の声と、そんな私の背後に回り込んだ三園さんの声が重なる。


 じわっ、と私の背中に嫌な汗が滲む。


 あぁぁ、これ、マズいやつだよ……。


 本来、リベロがレシーブを宣言した以上、それはリベロに任せるのが一番なんだけど、今は図体の大きな私が三園さんの前に立ちはだかって邪魔をしている。


 今の三園さんは、私の身体で視界が塞がれて、サーブの軌道が見えていないはずだ。


 いくら三園さんでも、ボールを見失った状態からサーブカットをするのは無理がある。ただでさえ変化の激しいサーブなのに。


 ここは、私が取らなきゃ。


 思っていた以上に伸びてきたボールを、私は後ろに下がりながらジャンプして、オーバーハンドで捉える。そのとき、ぼふっ、と何かの音がしたけれど、ひとまず考えないことにする。


 下がりながらだったのと、腕の力だけで取ったせいで、カットがかなり短くなってしまった。クイック攻撃は無理だ。となるとレフトオープン、じゃあ私が行かなきゃ、と思うけれど、サーブカットで体勢を崩された私が攻撃に参加できるはずもなく。


 宇奈月うなづきさんは、もはやそれ以外に選択肢のないセンターオープンを上げる。霧咲きりさきさんは後ろから飛んでくるトスを器用に処理する。けれど、決定打にはならない。


 向こうのリベロの人――浦賀さやかさんだ――は、霧咲さんの打ったボールを綺麗にセッターに返す。


 私は急いでネット際に戻る。


 仕事を、しなきゃ。私に期待されている、仕事を。


 相手のアタッカーは三枚。誰を使ってくる? レフトのエース? レシーブが綺麗に返ったならセンター線を使いたいはず。なら、本命はセンター・アン(アンドロメダ)のクイック……じゃなくて、前衛に上がってきたばかりのセッター対角の人かな。


 アンがAクイックに入る。本命のセッター対角の人は、うん、ライトからアンの後ろに回り込んでる。Aクイック―センターセミの時間差攻撃だ。フェイクを入れて、相手セッターには私がクイックのブロックに跳ぶと見せかける。そしたら本命のセッター対角の人にトスが上がるはずだから、それを止めれば、


 どんっ、


「えっ」(私)


「ちょ」(霧咲さん)


 ずどん、


 と、アンのAクイックが決まった。誰一人そのボールに反応できなかった。


 当たり前だ。ノーマークで打たれたクイックなんて、目で追うことしかできない。


 では、なぜ、クイックがノーマークだったのかと言うと。


「っつ……ちょっと、藤島ふじしま、いきなりどうしたの?」


 時間差攻撃ばかり意識していた私が隣の霧咲さんにぶつかり、もつれあって、互いにブロックに跳ぶどころじゃなくなってしまったのだ。


「ご、ごめんなさいっ! 私、相手のほうばかり見てて……」


「ああ……いや、あたしこそ、ミドルブロッカーは慣れてなくて。邪魔しちゃったかしら?」


「そ、そんなことは」


 言っている途中で、はっ、と私はあることに気付いて、後ろを振り返る。


「あぁぁ……! 三園さん、だ、大丈夫!?」


 霧咲さんとぶつかって理解した。サーブカットのときの、ぼふっ、という音。あれは私が三園さんを弾き飛ばした音だ。


「ご心配には及びません。慣れてます」


 軽く片手を挙げて、無事をアピールする三園さん。けれど、私の視界の外の出来事だったから、実際にどうだったのかはわからない。私と三園さんの体格差を考えれば、少なくないダメージを被ったかも。あぁ、というか、違う! 三園さんは『大丈夫だ』とは言ってない! 『慣れてるから心配するな』と言っただけ……!!


「そんなことより、藤島さん」


「ふぇ、はっ、はい」


「あちらのサーバーは、藤島さんの正面から打ってきています。長身で腕力もある藤島さんには、確かに深いところもできるだけオーバーハンドで処理してほしいですが、それはストレート方向に限ります。今のようにクロス方向に打たれたものは、私に任せてください」


「ごめんなさい……」


「いえ。初めてやるフォーメーションですから、連携が上手くいかないのは当たり前です。声を掛け合っていきましょう」


「……はい」


 三園さんに背中をぽんぽんと叩かれて、私はとぼとぼと守備位置に戻る。


 うぅ……。なんとか、次こそは、うまくやらなきゃ。


 えっと、深いところに打たれたら、ストレート方向は、私。クロス方向は、三園さん。


 私は、首を回して、エンドラインの位置を確認する。


 私の背の高さと腕の長さ的に、もう半歩だけ下がっておけば、たとえバックレフトの角に打たれても……うん、取れる。


 スコアは、3―5。


 よし、今度こそ! さあ、来い!


「お次はー……こことか!!」


 ぽすっ、と軽いミート音。今度は前に軟打フェイント!? いや、でも、全力で走れば取れるはず……!!


「オ、オーライ!」(霧咲さん)


「はっ――えぇ!?」(私)


「えっ、わ、ごめ」(霧咲さん)


 ぼんっ、ぼん、ぼんぼんぼん……。


 私と霧咲さんの間に落ちたボールは、何度か跳ねたあと、ころころと私の足下に転がってきて、止まった。


 お見合い。それは、バレーボールで最も気まずいミス。


「ご、ごめんなさいっ!」


「いや……あたしこそ、緩いボールで、つい、出しゃばった」


 いや、恐らく、このフォーメーションで今の霧咲さんの判断は正しかった。緩いボール(フェイントサーブ)を霧咲さんがチャンスボールとして取れるなら、無理して私が突っ込む必要はない。


「霧咲さん」


 そう言って、三園さんが私と霧咲さんのところに駆け寄ってくる。


「今の霧咲さんの判断は的確だったと思います」


「え、っと。それは、前に落とされたサーブはあたしが取ったほうがいいってこと?」


「目安を決めましょう。今のように前方にサーブを打たれた場合、霧咲さんは『オーバーハンドで確実にセッターに返して自らクイックに入れる』と判断したときだけ、カットに参加してください。もちろん、ネットインの処理などの例外はありますが」


「ありがとう、了解したわ」


「それと、藤島さん」


「は、はいっ」


 三園さんは、私の足下に転がっているボールを拾って、言う。


「ストレート方向の深いところも取ってほしい、と言いましたが、エンドライン際は考慮に入れなくて大丈夫です。ある程度は切り捨ててください。もしそのせいでサービスエースを取られても、それは、向こうのサーバーが一枚上手だった、ということにしましょう」


「は、はい……」


 指示された位置からちょっとだけ下がったことを見抜かれてる。勝手に判断して勝手に自爆して……もう、私、ダメダメだよ……。


「一本集中、です。声を掛け合っていきましょう」


 人差し指を立てた三園さんは、そう言って自分の守備位置に戻っていく。


 私も定位置について、深呼吸する。


 スコアは、3―6。


 これ以上は点をあげられない。


 今度、こそ……!


「ヘーイ! どんどん行くよーっ!!」


 今度は、ばしんっ、と強打。サーブはアンテナのすぐ脇を通り、レフトのサイドラインぎりぎりに飛んでくる。これは明確に私が取るべきボール。取るべき、取らなきゃ、ちゃんと全部、


「アウトです!」(三園さん)


「えっ」(私)


 まずっ、もう、手が引っ込め、られ、な、い!


 ごっ、と私の左肘に当たったボールは、跳ね上がって左後方あらぬほうへ。


 ま、またやってしまった……!


「ご、ごめんなさいっ!!」


 ど、どうしよう、またミスして、私、みんなに迷惑を掛けて、


「まだ終わっていません!」


 えっ……?


「藤島さん! ついて来てください!!」


 三園さんの叫び声。たぶん三園さんが今日出した中で一番大きな声。私に向けられた声。


 後ろを振り返る。


 三園さんは私の弾いたボールを必死に追いかけていた。フォローするつもりなんだ。そして、三園さんはフォローしたボールのフォロー――相手コートへラストボールを返す協力者を必要としている。私を呼んだのは、三園さんから見て私が一番近くにいたからだ。


 でも、それがわかっても、わかってても、わかってるのに、


 ミスで縮こまった私の身体は、どうしようもなく強張っていて、ぴくりとも、一歩も、


 どんどん遠ざかっていく三園さんの背中、真っ赤なゼッケンを着た背中、


 ダメ、私、このままじゃ、三園さんのプレーを、私が全部無駄に……!


「ひかりいいいいいいいいん!!」


 影が、


 誰かが、私の視界の端を横切っていった。


 あれは、そう、宇奈月さんだ。


 宇奈月さんが三園さんを追いかけ――るえっ!? あの人前衛のライトにいたはずだよね!?


「っしゃあー今行くぜえーい!!」


「お呼びじゃありませんよ!」


「そんなことより、ひかりんまえまえー!!」


「っ……わかってます、よ!」


 三園さんは走りながら跳び、目一杯伸ばした右手でボールに触れる。軌道を変えて垂直に浮き上がるボール。それを宇奈月さんが、いや! それより三園さんが!?


 どがっしゃーん、と走った勢いそのままにスコアボードへ突っ込んだ三園さん。宇奈月さんは、しかし、そんな三園さんを無視して三園さんの繋いだボールだけを追う。


「たーーーーまやあーっ!!」


 ずんっ、


 と下腹に響く重い音。それもそのはず、アンダーハンドで思いっきり突き上げた宇奈月さんのラストボールは、天井に届くほど高い軌道を描いていた。その落下点は、きっちり相手コートの内側。


「ひかりん、生きてるか!?」


たわけ者ですか! 私はいいからさっさと戻ってください!」


「おっしゃる通りでえええええ!!」


 倒れたスコアボードの横にうずくまってる三園さんに一喝され、宇奈月さんは全速力でライトの定位置に走る。その時間を計算に入れての高いラストボールだったのだ、と私は今更ながら気付いた。三園さんも起き上がって、定位置に向かう。


 わ、私もブロックしなきゃ!


 相手は完全に攻撃態勢。リベロのさやかさんは既に落下点に入っている。アタッカーは三枚。どこから来る? 何が来る? 誰が来る?


「とーるう!! ねねちん!!」


 宇奈月さんの声。よく通る声。反射的に、声のした方向を見る。


「落ち着いて!! 一本止めるぜッ!!」


 駆け込み乗車をするように慌ただしくネット際に戻ってきた宇奈月さんは、力強くそう言うと、私と霧咲さんにVサインとにこにこの笑顔を見せた。私は霧咲さんを見る。霧咲さんも私を見る。頷き合って、相手コートに目を向ける。ちょうどリベロのさやかさんがボールに触れるところだった。


「霧咲さん! ライトがセンターに回ってくるかも、時間差注意!!」


「オーケー! 気をつけるわ!」


 天井近くから落ちてきたボールを、さやかさんはアンダーハンドで、きっちり勢いを殺し、ぴたりとセッターに返す。


 センターのアンは――踏み込んでこない。あのポジション取り、ライトセミに回ったときと同じ。でも、ライトには今はセッター対角がいるのに、


「とーるう!! ねねちん!! ライトがAクイック!!」


 はっ、と左に視線を向ける。本当だ。セッター対角の人がライトからセンターへ斜めに走り込んできてる。ライトセミ―Aクイック―レフト平行のコンビの、センターとライトが交叉するバージョン。


 よし、それなら!


 私は自分の今いる位置――レフト寄りのセンターから、素早く左へ二歩分開き、センター寄りのレフトにポジションを移す。


 この位置なら、トスを見てから、クイックならクイック、ライトセミならライトセミに跳べる。


 そして、私がそういうポジション取りをすれば、セッターの人は、きっと、ライトセミではなく、セッター対角の人のAクイックを使ってくる。


 だって、アンのライトセミは、さっき一度使っていて、そのときは私の一枚ブロックに対してクロスに打って、三園さんに拾われていた。


 私がライトセミにも跳べるポジション取りをしている状態で、ライトセミにトスを上げれば、構図はそのときとほぼ同じになる。決まらなかった攻撃をもう一度繰り返すのは悪手だ。心理的にも避けたいはず。


 ライトセミがないなら、選択肢は二つ。Aクイックか、レフト平行。


「霧咲さん、レフト平行!!」


「任せて!!」


 私は霧咲さんに相手のレフトをマークするよう促す。一つ前の、相手の二枚攻撃のローテで、私がクイック、霧咲さんと宇奈月さんがレフトをマークしていたのと同じ要領。


 そうなると、こちらのブロックは、クイックに一枚、レフト平行に二枚つくことになる。


 アタッカーが相手にするブロックの数は、当然、少ないほうが望ましい。


 なら、セッターの選択は、高確率で少ないほう(クイック)だ。


「いち、に……」


 私は自分にだけ聞こえる声でタイミングを計る。ぎりぎりまで我慢。私が一点読みでクイックをシャットアウトするつもりだと相手セッターにバレたら、ライトセミに振られる。その場合、私はライトのブロックには間に合わない。


「……さん!」


 ここッ!!


 先ほど二歩分移動した距離を大股の一歩で詰めて、私はセッターの人がボールに触れた瞬間に、跳ぶ。


「――っ!?」


 セッターと、Aクイックに踏み込んできたセッター対角の人の、息を飲む気配がする。でも遅い。もう分岐点は過ぎた。ここからスパイクまでは一方通行。


 クイックにトスが上がる。私はアタッカーの打点位置目掛けて、指先まで力を込めた両腕を突き出す。


 逃げ道を、抜け道を、生きる道を奪う――キルブロック。


 相手が正直に打ってくれば、十中八九止められる。


 しかし、相手のセッター対角の人は、私のブロックを見て咄嗟に強打からフェイントに切り替えた。


 狙いは、私の左、がら空きのフロントレフト。


 このコースは、あれだ、結構よく決まるやつ。バックレフトにいるレシーバーの勘と足がよくないと拾えないやつ。ぐぬっ……! どうにか、私の腕、伸びるわけないけど、でも伸びろっ!


「岩村先輩! フェイントです!」


 声が聞こえた。三園さんの鋭い声。


「はぁぁぁい!」


 岩村先輩の気配が近付いてくるのを感じる。相手のフェイントは、ふわりと私の手をかわしてレフトへ落ちていく。落下しながら、私は首をひねって後ろを見る。岩村先輩が走り込んできていた。


「おーらぁい!」


 アンダーハンドで掬い上げるようにフェイントを処理する岩村先輩。高く上げられたボールは、きっちりセッターの宇奈月さんのところへ。私と霧咲さんは、ボールが浮いている間にネットから離れ、攻撃に備える。


「レフトッ!!」


 私は踏み込みのタイミングを取りながら、トスを呼ぶ。霧咲さんが先にクイックに入る。


 宇奈月さんは、果たして、私にトスを上げた。


 相手ブロックを見る。二枚、いや、レフトの人がこっちに回ってきている。二枚半、くらい。


 いいよ、二枚でも三枚でも四枚でも、好きなだけ止めにくればいい。全部ぶち抜いてやる。


「フォロー、オーケーです!」


 また三園さんの声。三園さんが、私のブロックフォローに入ってくれている。


 ありがとう。でも、大丈夫だよ。


 決めるからっ!!


「だぁあぁああぁぁあ!!」


 ――ばぢごんっ!!


 と我ながら引くほどの轟音を響かせ、ボールは、相手コート中央に突き刺さった。


 よしっ、と私は小さくガッツポーズをする。


「ナイスキーです。藤島さん」


 振り返ると、三園さんがすぐそこにいて、その小さな手を私に差し出していた。


「うんっ、やった!」


 私は三園さんの手を、叩くとたぶん痛がると思って、ぱっと両手で優しく包んだ。


 三園さんはちょっと驚いた顔をしていた。稀少レアなものを見た、と嬉しくなる。


 私は三園さんの手を放して、深呼吸する。


 さて、なんとかサイドアウトを取ることができた。サーブで大分やられちゃったけど、追いつけない点差じゃなスコアボードが倒れてるううう!?


 そ、そうだ! スコアボード、三園さんが激突して……!!


「み、三園さん、大丈夫、怪我!? その、私、ミス! 三園さん、フォロー、スコアボードっ!!」


「藤島さん、言語が崩壊しています。正気を取り戻してください。私は大丈夫ですから」


 三園さんは、いつもの何を考えているのかよくわからない顔でそう言うと、やおらフラミンゴのように右足を腰近くまで上げて、ぐいっ、ぐいっ、と足の裏で何かを押すような動きを何度かしてみせる。


「ど、どういうこと……?」


「簡単なことです」


 三園さんは、少し恥ずかしそうに、微笑んだ。


「蹴り倒しました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ