146(樒) 三日目午後
ゴールデン合同合宿、三日目午後。
「あっ、山野辺先生、そこ段差が……」
「えっ? う、うわわっ!」
下を向いて歩いていたのに段差に躓く私。それを抱き止め――ようとして結局しないで中途半端に手を出したまま見ているだけの坂木優さん。
いやそこはせめて手を取って支えるくらいしてくださいよ!? 抱き止めるのはさすがにハードルが高かったとしても!!
と、私はもどかしさと腹立たしさを力に変えてずっこける前に踏ん張り、きょろきょろと辺りを見る。
ここは桜田駅前。連休中ということで人通りも多く、手を繋ぐ親子連れや腕を組む恋人たちで賑わっている。そんな駅前の商店街を、私と坂木さんは、ぎこちない距離感を保ったまま、一緒に歩いているのだった。
一体どうしてこんなことに……!?
事の起こりは、三十分ほど前に遡る。
――――――
一日目と二日目同様、みんなが午後の小休憩に入るタイミングで、私は立沢さんと早鈴さん、さらに助っ人の宇津木さんを伴って、体育館を出た。そうして食材の買い出しを済ませ、合宿所に戻って夕食作りを始めようとした、その時である。
「あのー、山野辺先生、いますか?」
食堂の入口のほうから坂木さんの声がする。はーい、こっちにいますけどー、とキッチンから応えると、なぜかジャージから私服になっている坂木さんが姿を見せた。坂木さんはそわそわと生徒たちに視線をやりつつ、恥じらうように俯いて「あの、ここだと、少し、あれなんで、その……」と私を手招きした。早鈴さんが顔を赤らめて、立沢さんが微笑を浮かべて、宇津木さんが目を細めて、私を見てくる。
ちょ、なんか誤解されてる!? いやっ、でも、違うから! 私も用件はわからないけどあなたたちが考えるようなアレじゃないから!
で、食堂から出て詳しい話を聞いてみると、案の定。
「実は、先輩の奥さんに、秘密のお遣いを頼まれまして」
曰く、三日目の夜は、恒例のスペシャルデザートとは別に、マネージャー二人にサプライズデザートを進呈するのだという。そして、私たちはその買い出し係に選ばれたのだ。
「もちろん私は構いませんが……でも、そういうことなら、もっと違う呼び出し方があったように思うんですけど……」
「す、すいません……」
ちなみに、今日はポジションごとに分かれて練習していたのだが、坂木さんが担当していたアタッカー組Bは神保先生が引き受け、神保先生が担当していたセッター組はアタッカー組Aに吸収されたらしい。
「えっと、それで、デザートですよね。どこか、お店の当てはあるんですか?」
「それは、はい。先輩の奥さんが朝のうちにケーキを予約したみたいで、それを取りに行けばいいんです。桜田駅前の『フランベルジュ』ってお店に、六時に」
「六時?」
思わず聞き返した。今は四時半だ。なぜこんな早くに呼び出す必要があったのだろう。というか、よく考えたら神保先生が坂木さんにお遣いを頼んだのも不可解だ。予約済のケーキを取りに行くだけなら、私だけでできるし、坂木さんだってコーチ役を続けられたのに。
「えっと……それで、あの、もし山野辺先生さえよければなんですけど、それまで、駅前で息抜きを、ですね」
「え?」
「あっ、いや! おれじゃなくて、先輩の奥さんが、そうしたらいいって……! なんでも、そのケーキ屋の近くに、評判のベーカリーカフェがあるとかなんとか……そこで、息抜きを、ですね」
いや『息抜き』の詳細を聞かされても! いま私が気になっているポイントはそこではなく!!
「――え?」
私はもう一度、やや強めに疑問符を打つ。すると、坂木さんは、あはは、とかなり無理して笑顔を作って、言った。
「ついては、その……先輩の奥さんが、エスコートするように、って。つまり、おれが、山野辺先生を……」
私はあんぐりと口を開け、目を点にしながら情報を整理する。要するに、お遣いを口実に、私と坂木さんに暇が出されたということだ。昨日私が体調を崩したことも、神保先生には本当のことを話してあるから、無関係ではないだろう。体よく休めるように気を遣ってくれたのだ。
「おれなんかで……すいません。そういうわけで、よろしくお願いします」
よろしくお願いされた!? 仮にもエスコートすると言っておいて始まる前から及び腰とか!!
「じゃ、じゃあ、おれ、外で待ってますんで。準備できたら声かけてください」
ちょおいっ! 言うだけ言ってあとは投げっぱなしですか!? 私まだイエスともノーとも返事してないですけど! ねえってば! ああ、もうっ、なんて逃げ足の速さ!! だあああっ……どうしよう、とりあえず着替えて顔洗って化粧直して――うぬあああっ、もう、なんてことだ! 今頃きっと神保先生は悪戯っぽいしたり顔をしているに違いないっ! もちろんお心遣いは嬉しいですけど! ただそれでも! それはそれとして! 正直に今の気持ちを言っていいですかね!?
「こういうの!! いきなりはッ!! 困るッ!!」
私は合宿所の洗面台の前で一人、苦悶した。
――――――
そして、現在に至る。
時刻は午後五時を少し回ったところ。私たちはベーカリーカフェ『YOU&ME』で向き合って座っていた。
これがもし、暗い照明の中、持っただけで取っ手がもげそうなアンティーク・カップでコーヒーを出すようなお洒落な喫茶店とかだったら、私たちはきっとまともな会話もできなかっただろう。実際、学校を出てからここまで、ほとんどまともな言葉を交わしていない。
しかし、店内に入って、暖かな電球の明かりとパンの芳ばしい匂いに包まれたあたりから、私の緊張は解けつつあった。店内は、イートインの席はまばらでゆとりがあるわりに、ちょくちょくテイクアウトのお客さんが入るので、適度に騒がしい。店員さんの意識もそっちに向いていて、隠れるようにお店の隅っこに座る私たちに注目する人は、誰もいない。
「「いただきます」」
夕食前ということで、私が選んだのは小さなクロワッサンとデニッシュが一つずつだ。そして夕食前ということで、もちろんお腹は空いている。ちぎったクロワッサンの欠片を口に放り込むと、舌の上にほのかな甘みが広がって、それはたちまち全身に行き渡り、私の中から余計な硬さを吹き飛ばしてくれた。
「おいひいいい……」
思わず、ほっぺたが落ちないようにと手で支える。それで多少は坂木さんのほうも和んでくれたのか、テーブルの向かいから漂う雰囲気が柔らかいものになる。
「「…………」」
見ると、ばっ、とまた目を逸らされた。そして坂木さんは間が持たないとばかりにバゲットに手を伸ばす。ちぎってはもぐもぐ、ちぎってはもぐもぐ、だ。しかし、坂木さんの一口は私よりずっと大きいので、バゲットはすぐになくなってしまった。私はコーヒーを口にしつつ、坂木さんの動向を伺った。果たして、食べ終わった坂木さんは、紙ナプキンで口元を拭いたあと、そっぽを向いた状態で固まってしまった。ちら、と一瞬私を見る。私は両手で持ったコーヒーカップを唇から僅かに離した状態で見つめ返す。坂木さんはまたそっぽを向いた。
ああ、いるいる、こういう子……と私はいわゆる『人と話すのが苦手な子』を思い浮かべる。
話すのが苦手な子は、しかし、話すのが嫌いな子、とは違う。苦手ゆえに失敗を繰り返して結果的に嫌いになってしまう子はいるけれど、基本的には、ただ単にうまく話せないだけなのだ。
その場合、こちらの対応は大きく分けて二つ。こちらから話し掛けるか、向こうから話し出すのを待つか。
話したいことをうまく言葉にできない子や、切り出し方がわからない子に対しては、こちらから話題を振るのがいい。途中で詰まったりしたら、適切な相槌を入れて、話すことに慣れさせる。つまりお手本を示すのだ。こういう風にやればうまくいくんだよ、という例を与えてやれば、そのうち自分からも話すようになってくれる。
一方で、話したいことを言葉にするのに時間がかかる子や、何かを口にすることに臆病な子に対しては、安易にこちらから助け舟を出さないほうがいい。相手がそれに甘えるようになる恐れがあるからだ。そういう場合は、ひたすら『待ち』。ただし、さあ話せ、と強いたり、なぜ話さない、と焦れたりするような態度を取ってはいけない。萎縮してますます口を閉ざしてしまう。
ここで重要なのは、何よりも相手を安心させることだ。その子の中にあるだろう不安の種を取り除く。そのためのやり方の一つが、『わざとらし過ぎない微笑を浮かべて、じっと見つめる』だ。完全なる待ちの態勢。微笑は、こちらに敵意や害意がないことを示す。見つめることは、そちらへ興味と関心があることを示す。そうやって、『なんでもいいから言ってみて』『私はそれが聞きたいな』というメッセージを送り続けるのだ。
また、相手が大人なら、こうして口元をコーヒーカップなんかで隠してしまうのもアリである。表情の一部を隠すとは、相手とのあいだに『壁』を設けることだ。それをやると、子供からはほぼ確実に不信感を持たれるが、世慣れた大人からは逆に信頼を得たりする。家と家の間に塀が、国と国の間に防壁があるように、大人同士の付き合いではむしろ『壁』があるのが普通だからだ。
――という私の作戦が功を奏したのだろう。ちび、ちび、とコーヒーを二口飲んだところで、ようやく坂木さんは口を開いた。
「なんというか……みんな、頑張ってますよね」
むむ、いきなり中難易度のボールを放ってきたな。『なんというか』という自信なさげな前置きから、『みんな』という未定義の指示語が飛び出し、終わりには共感を求める『ますよね』ときたか。私はひとまずボールをキャッチしたことを示すために、目だけで頷き、そして言う。
「……そうですね。生徒たちは、みんな一生懸命に練習してます」
全面的な肯定。それに、抽象的だった単語の具体的な言い換え。話題には乗っかります、でも会話の主導権までは受け取りません、ここからどう広げるかはあなた次第です、というスタンスだ。言うなら、キャッチしたボールを丁重に手渡しでお返しして、さあもう一球、と再び距離を取るようなものだ。
「えっと……だから、みんな、あれですよね、若い」
「高校生ですからね。しかも、半分以上が一年生です」
「は、はい、だから……なんか、こう、イキイキしてますよね。あと、そう……仲良いですよね。すごく、とても……。
あっ、その、おれが高校生の頃なんか、神保先輩たちとは、会った瞬間から長年の宿敵同士みたいなノリでしたよ。目が合うだけで、むかっ腹が立ってくるというか」
ほにゃ、と坂木さんは慣れてない感じの苦笑いを浮かべる。私はコーヒーカップの壁を取り払って、ふふふ、ととびきり愛想よく微笑んだ。
「そんなに犬猿の仲だったんですか? 唯文さん、おおらかそうな人でしたけど」
「いやいや、全っ然、騙されてます! 奥さんや娘さんや女子学生の前だから気取ってるんすよ! あの人こそ、おれら一年には鬼の大将でしたね! 『ノロノロすんなー!』『タルんでんぞー!』『ナメてんのかー!』って、いつだって体育館には先輩の怒号が響いてましたよ」
ぷふっ、と私は意図せず吹き出してしまう。ガードを下げた直後に勢いよく来てくれたのは作戦通りなのだが、それはそれとして、坂木さんのモノマネがやたらとうまくて可笑しかったのだ。その巧みの技たるや、私は『気取ってる』唯文さんしか知らないはずなのに、実際に唯文さんが怒鳴っているとこが目に浮かぶほどだった。
私が笑うと、坂木さんは、少し頬を赤らめて、空咳をした。たぶん坂木さん的に今のはちょっと恥ずかしい話だったのだろう。そうまでして会話を盛り上げようとしてくれた気持ちに応えようと、今度は私から話を始める。
「怒号とまではいきませんけど、生徒たちも、熱くなってくると一気に声が大きくなりますね。合宿初日は最後にミニゲームをしたんですけど、それなんかすごく盛り上がって」
「へえ、ミニゲーム、ですか? 紅白戦じゃなくて?」
「そうなんです。四人一組で四チーム作って、トーナメント戦をしました。決勝シードに、今日も来てくれた大学生チームが入って」
「あれ、四人×四チーム? 人数足りなくないすか?」
「神保先生が入られました」
「マジすか、さすが先輩の奥さんだなあ……」
「しかも、優勝は神保先生の入ったチームだったんですよ」
「大人げない!」
今度は坂木さんのほうが吹き出す。かなり自然に話せるようになってきた。
「優勝はしちゃったのは確かにそうなんですけど、うまいなぁって思うのは、組分けなんですよね。今回の合宿ではほとんどの練習で組を作ってるんですけど」
「ああ……あれは、効率いいですよね。大体の練習って、大人数で長時間を一度にやるより、少人数で短時間を数回やるほうが、集中できますから」
「はい、そうなんです。しかも、すごいのは、組ごとに力のバランスが取れるようになってるんですよね」
「というと?」
「初日のミニゲームみたいに、組同士で競争するときもそうなんですけど、今日のポジション別みたいに、組内でも生徒同士が刺激し合えるようになってるんです。
昨日は三人組で連携の練習をしましたけど、あれも、アタックが得意な子と、レシーブが得意な子が被らないようになっていて。だから、練習のメインが守備でも攻撃でも、組内に一人は活躍できる子がいて、他の子はそれに引き上げられる。
それから、不得意なことがある子も、やっぱり重なっていません。どころか、その子をフォローできるような子が必ず一緒の組にいて、浮かないようになってるんです。
特に面白いのは、生徒たち自身がそうなるように組を選んでいることです。たぶん、最初の自己紹介からかな……『そうなる』ように仕向けられている。外からも、内からも――」
「それは……その、そういうのが、やっぱ、関係してるんすかね。どの子も、チームの垣根を越えて仲良さそうなのは」
「そう思います。例えば、坂木さんが今日担当されていた三人だって、ビギナー組と言いつつ経験者の油町さんが入っていましたけど」
「あの子は、まあ、基礎は苦手っぽかったんで……彼女が、どうかしたんすか?」
「油町さん個人というより、これもバランスって話になるんですけど――まず、北山さんと西垣さんは中学生の頃からの知り合いで、特に北山さんのほうが西垣さんを意識してます。
西垣さんは西垣さんで、どうやら油町さんのことを意識してるみたいですね。で、油町さんはあの通り屈託のない子だから、学年やチームの別なくお友達って感じです。
言うなら、奔放な長女と、マイペースな次女と、甘えたがりな末っ子の、三姉妹ってとこでしょうか。そうやって三人の意識が一つにまとまるから、全員が集中して練習に取り組める。そういうところが、すごいうまいなぁって思うんです」
「た、確かに……すごい、です」
坂木さんは驚いたように目をぱちくりさせて私を見た。そして私がはっきり視線を受け止めるや否や目を逸らす。しまった、ちょっと喋り過ぎてしまったかな……? いや、でも、ちらちら私を伺う頻度が明らかにさっきより増えている。気持ちが離れてしまったわけではないみたいだけど――。
「……と、ところで、山野辺先生。昨日のこと、なんですけど」
まさかの爆弾再投下!? いま和やかに雑談できる雰囲気になってたじゃないですか!! いや、むしろそんな雰囲気になったから切り出した……? もしかして、今日一日ずっと話せる機会を待っていたのだろうか? 爆弾は爆弾でも時限爆弾ってわけか……でも、だとするとあからさまに話題を逸らすのは失策になる。ここは覚悟を決めるしかない。
「えっと、昨日は、その、すいません。私、みっともないところを……」
「あっ、いえいえ、それは、全然。でも……なんというか、その、なんというか、なんですけど……」
そう言うと、坂木さんはコーヒーを手に取った。持ち上げる際に、かたかた、と細かく陶器のぶつかる音がする。手が震えているのだ。大丈夫だろうか。
「なんというか、このまま、山野辺先生ばかり、気まずい感じなのも、なんかあれですし……だから、おれも、おれの話、します。いいすか……?」
ど、どういうことなんだろう……意図も理屈もいまいちわからない。でも、坂木さん的に何かの決意があるのは確かだから、それは尊重したいと思う。私は「はい、どうぞ……」と続きを促す。坂木さんは自らを奮い立たせるようにコーヒーを飲み干し、言った。
「おれ、実は、三月に、会社、やめたんす」
えっ――と声は出なかったが、口をその形にしたまま私は固まった。求職中だというのは昨日聞いたけれど、そんな事情があったとは。
「……まあ、なんというか、その、色々、合わなくて」
坂木さんは、手の震えが収まるまでそうしているつもりなのか、空のコーヒーカップを宙に浮かせたままで話した。
「仕事は……きついけど、楽しいときもあって、やりがいもあって。でも、いつまで経っても、結果がついてこなくて。焦って……やみくもに頑張ってみても、空回りしたりして……。
今でも、なんか、もっとできることがあったんじゃないか、まだやれたんじゃないか、って思うんす。けど……その時も、今も、結局、わかんないままで。
そのうちに、なんか、張ってた糸がぷつんって切れたっていうか……それで、やめたんす、会社」
そう言って、坂木さんはようやくコーヒーカップをソーサーに戻す。かたかたかたかた、とすごく鳴ったけど、私は坂木さんが次に何を言うかに意識を傾けていたので、ほとんど気にならなかった。
「……だから、山野辺先生も、その……悩んでるみたいっすけど、あんまり思い詰めるのも、なんというか……つまり、おれみたいには、ならないでほしいかな、みたいな……」
これは――なんだろう。アドバイス、というには微妙に問題のピントがズレている気もする。だから、そうではなくて、この人は、たぶん自分の弱い部分を晒すことで、私のことを励まそうとしてくれたのだ。自棄になって自爆したのはまったく私が悪いのに、後追いで自分も爆散して、少しでも私の気を晴らそうとしてくれたのだ。
坂木さんのその気持ちは、やり方がひどく不器用なだけに、とてもよく伝わってきて、私は、溜息が出るくらいに嬉しかった。
「なんか……ごめんなさい。おれ、要領の得ないことばっか言って」
「い、いえ、そんなことないです。お気遣い、ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
私が恐縮しつつも笑顔を見せると、ふっ、と坂木さんは心から安堵したように目を細めた。それがハッとするほど大人っぽい表情で、さっきからほとんど生徒相手のつもりで接していた私は思わず見入ってしまった。すると、坂木さんは気後れしたように片手で口元を覆って、その手首に腕時計を巻いているし机の上には携帯もあるのに、きょろきょろと店内を見回して、わざわざ壁時計で時間を確認した。
「そろそろ、ケーキ、取りにいきますか」
「は、はい。そうしましょう……」
お会計はもう済んでいる。前払いの個別会計だとこういう時にアレコレ揉めなくて済むから助かる。私たちはいそいそと帰る準備を始めた。
「――そう言えば、坂木さん、明日は来られるんですか?」
荷物を纏めながら、私は何気なく尋ねる。坂木さんは、ちょっと間を置いてから、天井を見上げた。
「……はい、たぶん、おれ、明日、来られます」
だからなにそのカタコトみたいなの――と、私は声は上げなかったけれど笑ってしまった。
お店の外に出て、空を見る。太陽は今にも沈もうとしていて、それに引っ張られるように、藍色の夜の帳が東のほうから天を包もうとしていた。
合宿も、いよいよ明日で終わりだ。生徒たちは、合宿前と比べて、随分と顔つきが変わったように思う。若く、限られた時間の中で最良の結果を出そうとする彼女たちは、空の色のように刻々と、そして着実に、望むほうへと変化していく。
一方で、私はどうだろうか。この合宿で変われただろうか。答えは、依然として『ノー』。私にできることは、未だ見つかっていない。
でも、このままでは、終われない。あと一日。合宿最終日である明日までに、せめて、何か、ヒントだけでも見つかれば……。
私はケーキ屋さんに向かう道すがら、一番星を探した。
しかし、明るい駅前から見る空に、星はなかった。




