145(凛々花) 三日目午前
ゴールデン合同合宿、三日目午前。
明日は半日練習試合をする予定なので、合宿らしくみっちり練習できるのは、実質今日が最後となる。
だからだろう。昨日と同じく、朝のランニングから基礎のパスとサーブを終えて十時を回ると、続々とスペシャルゲストが体育館に現れた。
「たのもー! 一昨日の借りを返しに来たぜー!」「今日は負けねーかんなー!」「試合をしに来たわけではないのだけど――」「まあ、モチベーションが高いのはいいことよね」
大学生組。川戸礼亜先輩、阿佐田倫子先輩、根本あかね先輩、片桐里奈先輩。
「どーもー。今日もよろしくお願いしますー」「おねがいします!」「……ど、ども……」
大人&子供組。神保唯文さん、紗亜弥ちゃん、坂木優さん。
「おはようございます、今日もよろしくね」「いつつ、あー、筋肉痛が……」「お世話になります」「ほんじゃ、あたしは昼メシの仕込みに戻るわ」
裏部員組。周防美穂先輩、細川律子先輩、川崎恵理先輩、宇津木紗枝先輩。なお宇津木先輩は挨拶しただけですぐ体育館を出ていった。
バレーコート一面分しかない小さな第一体育館が、総勢三十人超の関係者で溢れる。人数はいつもの三倍以上、活気は十倍以上にもなるだろう。そして、これだけの大人数で今日は何をするのかと言えば――。
「皆よく来てくれたな。では、早速始めよう! 今日はポジションごとに分かれての練習だ。それぞれコーチをつけるから、わからないことがあったらなんでも聞くように!」
「「よろしくお願いします!」」
というわけで、三日目はポジション別特訓! 組み分けは以下の通りだ。
アタッカー組Aは、あたし、今川颯、透、音々の四人。コーチは元レフトの川戸先輩と、元ミドルブロッカーの片桐先輩。ちなみにAはエースのA。練習テーマは『決定力』だ。
アタッカー組Sは、夕里、希和、実花、万智先輩。コーチは元レフトの根本先輩と、元セッターの阿佐田先輩。SはサポーターのS。練習テーマは『臨機応変』。
アタッカー組Bは、芹亜、梨衣菜、由紀恵先輩。コーチは坂木優さん。BはビギナーのB。練習テーマは『基礎習得』。
セッター組は、七絵先輩と静先輩。コーチは元セッターの神保先生。練習テーマは『戦略と戦術』。
リベロ組は、志帆先輩とひかりん。コーチは唯文さんで、お手伝いに紗亜弥ちゃん。練習テーマは『実戦力』。
ちなみに、裏部員の先輩方は、知沙先輩・胡桃先輩のマネージャー組と一緒に、各組の補助をしてくれるらしい。あたしたちが練習に集中できるように、ボール拾いなどの裏方の仕事をしてくれるのだ。これはますます弛んでられない。もっとも、同じ組に透と音々(あと一応、今川颯も)がいる時点で、あたしのやる気は最初から振り切れているのだけれど。
初日の『ボールコントロール』も、二日目の『連携』も、あたしが今まで意識していなかった部分を鍛える練習が多かった。初めてやる練習ばかりで、新鮮で、学べることもたくさんあった。が、ちょっとばかし窮屈だったのも事実だ。まるでバレーをしながらお裁縫でもしているみたいな。でも、今日はきっと思いっきり羽を伸ばせるのだろう。なんといっても『決定力』がテーマなのだ。ぼっこんぼっこんスパイクを打てるに違いない。
「なーんて思ってる? ノンノン、エースってのは単細胞には務まらないのよ!」
「「なるほど、つまり今川颯(露木凛々花)はエースの器じゃないと!」」
「息ぴったりね、あんたたち……」
「礼亜さん、どういうことですか?」
透が訊くと、川戸先輩はあたしたちを見上げてニヤリと笑った。
「あなたたちくらいの身体能力があれば、普通に全力で打つだけで三発に一発は決められるでしょ。つまり決定率30パーセントね。けれど、残りの二発でミスしたりシャットされたりしちゃあ意味がないわけよ」
「カトレア、三発に一発なら決定率は33.3パーセントよ」
「シャラップ、カタリナ! とにかく、エースに求められる資質には種類があるの! 一つ目は、三発のうち一発を『直球』で決める地力。二つ目は、三発のうち一発を『変化球』で決める技術。三つ目は、三発のうち一発を『布石球』で次に繋げる戦術。
つまり、エースとは、60パーセントの確率で決めることができて、なおかつ残りの30パーセントで次に繋ぐことができるアタッカーを言うのよ!」
「カトレア、10パーセントが行方不明よ」
「そんくらいは四球か死球を出してもいいの! これはもう仕方ない! ゼロにする努力はすべきだけれど、必要以上に恐れちゃダメ。だからそんな数字は最初から考慮に入れなくていいわ。とにかく、三発に二発を決めて、三発に一発を繋ぐ! さすればどこに出ても恥ずかしくないエースになれるわ!」
「「おおおっ!」」
「で、この理屈をあなたたちに適用した場合だけれど――」
川戸先輩はそう言って、まず透を指差した。
「透、あなたは言うまでもなく地力は満点だわ。技術も荒削りだけど一通りはできるようね。でも、あなたは『戦術』に難がある。要するに『苦しい状況でどうしていいかわからない』のよ」
「あ、ああ、当たってますっ!」
「まっ、透はそもそも『苦しい状況』に追い込まれることってほとんどないものね。普通にプレーしていては養えない部分。だからこそ、今後もっと『上』に行くためには意識的に鍛えていく必要があるわ!」
「が、頑張ります!」
「で、次は音々!」
「は、はいっ」
「あなたは、恐らく自覚があると思うけれど、元セッターゆえに、まだまだ『地力』不足だわ。一方であなたは、これも元セッターゆえに、ハイレベルな技術と戦術を身につけている。これは一般のアタッカーにはないあなただけの強みよ。大いに自信を持っていいわ!」
「はい、ありがとうございます」
「で、最後に、凛々花と颯ね!」
「「はいっ!」」
「あなたたち二人に足りないのは、『技術』よ。あなたたちには地力がある。加えて、チームエース同士で競い合ってたっていう中学時代の経験が活きてるんでしょうね。なかなかどうして戦術も心得てるみたいじゃない。けれど、それを活かしきれていない。あなたたちは攻撃の幅が少ないのよ」
「「っ!?」」
「地力、技術、戦術――この三つのうち、一つでも明確な弱点があると、どれだけ他の二つが優れていても、実戦ではやり方次第で抑え込まれるわ。透は逆境に追い込まれたらそれまで。音々は徹底マークされたら打ち抜けない。凛々花と颯は上手が相手だと手玉に取られる。……経験、あるんじゃない?」
「「「あります!!」」」
あたしと今川颯と透は揃って頷いた。透のほうはわからないが、今川颯の『経験』なら心当たりがある。中学時代に音々たちに完敗したこと。それに――これはあたしも同じ経験をしたわけだけれど――あの聖レオンハルト女学院一軍との試合だ。
世奈たちや、聖レ新人チーム相手には、あたしたちは善戦できていた。しかし、これが聖レ一軍となると、あたしはあたしより背が低いはずのライトに止められるし、今川颯はセッターに翻弄されていた。あたしたちなりに全力で戦ったし、色々と考えはあった。それでも完封されたのは、とにかく『拙かった』の一言に尽きる。
それにしたって――! と、川戸先輩のあまりに的確な分析力に、あたしはいたく感動した。とても三分の一の確率を30パーセントとか言ってた人とは思えない。
「って、今の話はほとんど星賀さんと立沢さんの受け売りなわけだけど」
「おのれカタリナァ! 言わんでもいいことを!」
得意げに胸を張っていた川戸先輩ががくっと肩を落とす。そして取り繕うようにぱちぱちと手を叩いた。
「話は以上! 今言った三つの要素を意識して、今日は練習していくわよ! 得意分野はのびのびと、苦手分野はごりごりとねっ!!」
「「はいっ!」」
講義が終わり、いよいよ本格的に練習に入る。他の組でも同じように話はついたみたいだ。あちこちでボールを手に取り始める。
中でも早かったのは、リベロ組だ。壁際の空きスペースで、台上に上った唯文さんが、ばぢんっ、ばぢんっ、と昨日の練習より二段階も三段階も強烈なスパイクを打ち込んでいく。その威力と速度にあたしは目を見張った。喩えるなら七絵先輩と透と万智先輩を一緒くたにしたような強打。ひかりんの腕が弾かれ、志帆先輩は膝をつく。あの二人がレシーブが苦戦しているところなんて初めて見た――けれど、きっと、あの二人には、あのくらいのレベルが『適切』なのだ。
そうだ。さっき川戸先輩も言っていた。
もっと『上』へ行くため――聖レの人たちがいたような舞台に立つために。
あたしも、今の自分に満足していてはいけない。
もっと強く。誰よりも強く。
なぜなら、あたしは――、
「じゃあ、私たちも始めるわよ! 張り切っていきましょう!」
「「はいっ!」」
明正学園の最強なのだから!




