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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
262/374

139(樒) 一日目午後

 ゴールデン合同合宿、一日目午後。


 城上女OGを中心とした大学生四人の加入により、練習はその活気と激しさを増した。


 午後一番の練習は、スパイクレシーブだった。ネット際のライト側に跳び箱を置き(レフトからのスパイクを想定しているのだ)、対角のバックレフトにカラーコーンを一つ置く。生徒たちはカラーコーンの位置に並んで、一人ずつ、打ち手がスパイクを打つ直前に前に飛び出し、強打をレシーブ。さらに間髪入れず繰り出されるフェイントを拾って、セッターの位置に移動、次のレシーバーが上げた球を回収して、列の後ろに回る。今回はこれを二組同時並行――二面をめいっぱいに使って行った。


 組み分けは、サーブやスパイクの時と同じで、別メニューで離れていたリベロの二人が四人だったところにそれぞれ入る形。時間で区切って場所を移り、空いた一組は球拾い&休憩となる。


 打ち手は、片面が神保先生で、反対側は、元城上女バレーボール部主将で、先月の南五和との練習試合にも来ていた川戸かわと礼亜れいあさん。川戸かわとさんは高校時代はレフトエースで、あの市川さんの先輩として小学生の頃から活躍し、今も大学のサークルでその腕を振るっている選手だという。身長こそ170には届かないが、それでも彼女のスパイクは神保先生に負けず劣らず強烈だった。


 また、川戸さん以外の大学生組は、生徒たちのプレーにアドバイスをする係をしていた。神保先生サイドのカラーコーンの脇には阿佐田あさだ倫子りんこさん、川戸さんサイドには片桐かたぎり里奈りなさんがそれぞれつき、球拾い組のところへは根本ねもとあかねさんが個別に助言をして回っている。


由紀恵ゆきえコラー! あんたってヤツはねー! カンだけで飛び出すんじゃねーって何遍言わすのよ!」


「もっと力を抜いて、そう、いい感じよ、露木つゆきさん。北山きたやまさん、ディグは一歩目の踏み出しが肝心だから、重心を軽く前にね。霧咲きりさきさんはもっと楽に構えて――」


西垣にしがきさんは、たまに腰が上がって棒立ちになってるときがある」「しずかは諦めが早い。届かないと思っても飛び込む癖をつけること」「藤島ふじしまさん、肩の動きを意識して」「さかえさんは両手で届くときは両手で頑張ってみて」「ひかりちゃんは――うん、言うことなし」


 といった具合に。


 スパイクレシーブは、一回りするごとに跳び箱の位置をセンター、レフトと移して(それに合わせてコーンの位置もバックセンター、バックライトと移した)、五十分ほど掛けて計九セット行われた。


 それが終わると、次はサーブレシーブ。これも要領は同じで、神保先生と、今度は片桐さんが両面を使って打った(互いのサーブの動線が重ならないよう、どちらもややライト側に寄っていた)。空いている大学生は、ここでも同様にアドバイス係となる。スパイクレシーブと同じく、これも三セット。


 この間、私はネットの横――試合で審判台が置かれるところに陣取ってみんなの練習を見ていた。役割は三つ。五分ごとに電子ホイッスルを鳴らすこと、休憩中の子が水分補給に来たときにドリンクを渡すこと、フォームチェックのために設置したビデオカメラを適宜調整することだ。それだけでもてんやわんやなのに、もっと大変なはずのみんなは溌剌と動き回っていた。運動が不得意らしい立沢さんや早鈴さんもテキパキとボール渡しをしていたし、年齢的に私より上の神保先生だって、ずっと打ちっぱなしで声を張り上げていた。


 レシーブ練習が終わると、三十分の小休憩に入った。このタイミングで、私はマネージャーの二人と夕食の買い出しに出た。私は私の小さな車(コンパクトカー)に二人を乗せて、近所のスーパーへと向かう。


「二人とも、お疲れ様ー」


 私は後部座席にちょこんと収まる立沢さんと早鈴さんに話しかける。安全運転を心がけてはいるものの、私の車にお客さんが乗るのは珍しいので、黙っていられなかったのだ。


「いやぁ、練習すごかったね。先生、目が回りそうになっちゃった。二人はよくついていけてたね」


「そんな、全然ですよっ、私もいっぱいいっぱいでした!」


 ぱたぱたと可愛らしく手を振る早鈴さん。隣の立沢さんも「同じく」と肩を竦めてみせ、心地よい疲労感を表すように、ほぅ、と暖かい息を吐いた。


「でも、色んな人の力があって成り立っている合宿ですから。先生方は連休中ずっと付きっきりで見てくれて、卒業生も忙しい中を駆けつけてきてくれました。それもこれも全部わたしたちのためです。だから、チームが強くなるため、目標に近づくために、いっぱいいっぱいでもなんでも、できることは精一杯やりたいと思います」


 この子は本当にしっかりしてるなぁ、と私は感心する。隣の早鈴さんも私と同じ感想を抱いたようで、ごく、と小さく喉を鳴らした。しかし、彼女はただ感心するばかりでなく、そうだね、胡桃ちゃんの言う通り、とすぐに力強く同意した。彼女も彼女でしっかり芯のある子だ。


「……二人は、どうしてマネージャーをしようと思ったの?」


 赤信号で停止したところで、私はバックミラーで二人の表情を伺いながらそう訊いてみた。先に答えたのは立沢さんだった。


「わたしはスポーツ観戦が趣味なんですけど、そのきっかけになった競技がバレーでした。そのうち見ているだけでは物足りなくなって、自分もやってみようと思ったんです。

 で、中学時代はバレー部に入りました。ただ、わたしは選手プレイヤーにはまったく不向きで……だから、高校では最初からマネージャーをすると決めていたんです」


「へえ……中学時代は選手だったんだ。そこに、何かこう、未練みたいなものはなかったの?」


「なくはないです。でも、それ以上に、わたしはチームで何かを成し遂げるっていうのが好きなので。そのチームのために、わたしにできることは何かと考えると、やっぱりマネージャーに行き着きますね」


 なるほどねぇ……チームのためにできることを考えた結果、か。合理主義というか、実利主義というか、すごく立沢さんらしい答えだと思う。


「早鈴さんのほうは?」


「わ、私は、その……胡桃ちゃんほどしっかりした理由は、ないですね。高校に入って志帆しほちゃんと友達になって、それで志帆ちゃんがバレー部に入るって聞いて……でも私は運動が全然だから、マネージャーならなんとかなるかなって」


「でも、今回みたいに、マネージャーだって体力勝負なところがあるよね? 大変じゃなかった?」


「最初は、そうでしたね。慣れないことも多いし、ボール拾いだけでも筋肉痛になって、大変でした。私はただでさえ鈍臭くて、みんなのフォローをするはずがフォローされていたりして……。私じゃかえって足を引っ張っちゃうから、やめようかな、って思ったりもしました。でも、志帆ちゃんが引き止めてくれて……せめて夏までは頑張ろう、って思ったんです。

 そのうちに、少しずつですけど、人並みくらいには動けるようになりました。それで、初めて大会に出て、みんながプレーに集中できるように準備したり、スコアをつけたりしているうちに、なんだか楽しくなってきて。こんな私でも誰かの役に立てるってわかって、嬉しかったんです」


「そっか、頑張ったんだね……」


「本当、知沙はいい子だね。志帆にはもったいない」


「わっ、胡桃ちゃん、くすぐったいよっ!」


「よいではないか。よいではないか」


 じゃれ合う二人をバックミラー越しに眺めつつ、私は微笑ましい気分になるのと同時に、小さく溜息をつきたい気分にもなった。


 二人はチームの力になろうとしていて、実際、力になれていると思う。切れ者の立沢さんは情報収集や練習計画の立案など様々な面で部員をサポートしているし、おっとりして見える早鈴さんも、例えば今回の合宿で料理長をしているように、裏方としてしっかりチームの支えになっている。


 一方で、私は彼女たちの力になれているだろうか? 自問して、すぐに『ノー』と答えが出る。でも、じゃあ、私に何ができる――? バレーは素人で、神保先生みたいに専門的な指導はできない。せめて毎回部活に顔を出すだけでも、と思っても、仕事の都合でそれが難しいことも多い。だとすると私にできるのは、この合宿みたいに、引率者の責務を果たすこと。あとは、時々練習の手伝いをしたりとか……?


 本当に、それだけでいいのだろうか。わからない。一体どうすれば、私は彼女たちの力になれるのだろう。


 あれこれ悩んでいるうちに、車はスーパーに到着した。考えはそこで一旦打ち切る。ひとまず、今はご飯だ。練習でくたくたになるみんなのために、おいしい夕食を作ろう。私は車を駐車場に止めてエンジンを切る。と、次の瞬間、ぐぅぅきゅるるる、と盛大にお腹が鳴った。二人の耳にも届いたのだろう、しーん、と微妙な沈黙が車内に生まれる。


 ……お母さん、ごめんなさい。私はもうお嫁に行けないかもしれません……。


 ――――――


 買い物を終えて明正学園に戻ってきて、食材を宿泊所に置いたあとで体育館を覗きに行くと、サーブの練習が始まっていた。午前中のようにコントロールを重視したものではなく、各自が思い思いに打つフリーサーブ練習だ。これが終わったら、次はセッターからのトスを打つフリースパイク練習。そして最後にはミニゲームをする。ここで一つ、私には重大な役目が与えられていた。


 私は神保先生に練習の進行状況を尋ねた。基本的に時間で区切っているので、ほぼ予定通りに進んでいるとのこと。私は、五時半前にまた戻ってきます、と言い残して、宿泊所へ走った。そして、早鈴料理長と立沢さんと三人で、二十人前のカレー作りに突入した。


 具材の煮込みが始まったくらいで、時間が来た。私は二人に後を任せ、体育館に戻る。中に入ると、ミニゲームの準備は既に整っていて、あとはチーム分けをするだけという状況だった。お疲れ様です、おかえりなさい、とハキハキした声で迎えられた私は、お疲れ様、私のことはどうぞお構いなく、と続きを促し、みんなを集めている神保先生の後ろに回った。


「それでは、今から四人一組のチームを四つ作る。できるだけ戦力に片寄りがないように、組み分けはポジションごとに行ってもらう。まずはセッター組。これは市川、小田原、栄、宇奈月の四人だ。次にサイドアタッカー組な。岩村、露木、今川、藤島。ミドルブロッカー組は、油町、霧咲、北山、西垣。で、最後の組は、残りのメンバー四人だ」


「えっ、待ってください、先生。残りのメンバーってリベロ組と私で三人しかいませんけど……もう一人は?」


「決まっているだろ。私だ」


「まさかの御自おんみずから!?」


「さて、わかったら組ごとに分かれてチーム分けをしてくれ。グー・チョキ・パー・イイネな」


「ほな、ウチはイイネ出しますよー!」


「なら、私はもちろんブイ出すねっ!」


「君たち、そういうことは言わんでよろしい」


「「はーい!」」


 で、組み分けの結果。


 グーチームは、市川さん、露木さん、霧咲さん、三園さん。


「よろしく、音々! 一緒に二回戦で今川颯をけちょんけちょんにしてやりましょ!」「まあ、そのためにはまず一回戦よ。あっ、それと、静先輩。凛々花はちょっと高めのトスが好みみたいです」「高め、ね。露木さん、よろしくね」「はいっ、全部あたしが決めてやりますよ! だからあんたは後ろをよろしくね、ひかりん!」「お任せください。全部拾って差し上げますよ」「さすが頼もしいわね、ひかりは」


 チョキチームは、宇奈月さん、藤島さん、西垣さん、瀬戸さん。


「一年生チームだねっ!」「よろしくお願いしますー」「えっと、芹亜のフォローは私がしますんで、決めるのは藤島さんにまるっとお任せってことで」「う、うん……でも、最初の相手は七絵さんだから、まるっと全部は無理、かなぁ。ごめんね、頼りなくて……」「いや、七絵さん相手に決められる可能性があるって時点で相当よ、あんた」「じゃあ、とーるうはライトで、ときーながレフトね!」「あっ、実花、さすがナイスアイデア」「えっ、ちょ、いや」「わぁ、希和が七絵さんからどうやって点を取るのか楽しみ」「えげつない前フリすんじゃないわよ! え!? マジで言ってんの!?」


 パーチームは、小田原さん、今川さん、油町さん、星賀さん。


「よろしくお願いします、先輩方」「よろしく。それで、星賀先輩、作戦は?」「そうだね。相手の出方にもよるが、七絵はセンターセッターで。颯はレフト、左利きの由紀恵はひとまずライトで様子を見よう。で、私がセンター、と。基本は二枚ブロックの二枚レシーブ。センター攻撃は七絵と、可能なら由紀恵もカバーしてくれ」「おおっ、頼りになるね、志帆! これは透くんと実花ちゃんが相手でも楽勝かなー!?」「どうだろう。ある意味では君次第かな、由紀恵」「責任重大!?」


 イイネチームは、栄さん、岩村さん、北山さん、神保先生。


「ほな、ポジションは定石通りに行きましょか。ウチはセッターなんでネット際固定。レフトが万智さん、センターは梨衣菜、ライトは先生。サーブカットはサイドがやや深めに守って真ん中の梨衣菜をフォローする感じで。ブロックは梨衣菜とウチの二人で全面カバーします。万智さんと先生はレシーブに集中してください」「おおっ、さすが全国経験者っスね!」「安心だねぇ」「やけに張り切ってるじゃないか、栄」「んもー、先生はわかっとるはずやないですか! ここは優勝! なんとしても優勝あるのみですからね!」「任せろ。いざとなったら私がなんとかしてやる」「こっちも頼もしいっス!」「負けてられないよぉ」


 なお対戦カードは、一回戦第一試合がグーVSイイネ、第二試合がチョキVSパーとなっている。二回戦は、一回戦で勝ったチーム同士。そして二回戦で勝ったチームは、決勝で阿佐田さん・川戸さん・片桐さん・根本さんのOGチームと対戦する。


「あー、バレー超久し振りなんだけど! アネモネ、ちっと脇でパスしてくんねー?」「そうね。足を引っ張られては困るから」「カトレア、これさ、わりとガチでやらないとヤバくない?」「そうね。まっ、らくしょーでヨユーな勝負なんてつまんないっしょ! どこが来ても叩き潰すわよ! だからダリアはさっさとカン戻してよね!」「わかってるっての!」


 また、この試合の成績によって、例の課題クリアポイントがボーナスとして追加される仕組みとなっている。初日の最後に交流の意味も兼ねて、と盛り込んだミニゲームだけれど、みんなの表情は真剣そのもの。ゲームは白熱必至だった。


 で、そんな真剣勝負で私がなんの役割を担っているのかというと、あろうことか主審である。一応、審判講習会に参加したので審判員の資格は持っている。が、私は未経験者ということで、大会で主審をしたことはない。そのことを神保先生に話したら、この機会に練習してみてはいかがか、という運びになったのだ。


 チーム分けも組み合わせも決まり、いよいよミニゲームが始まる。あちこちで鍔迫り合いの火花が散る中、私は用意された審判台に登……うっ、登るだけでもけっこう大変だなこれ……。


 重たい身体をどうにか持ち上げて台の上に立つ。と、「わっ!」と思わず驚きの声が出た。


 見晴らしがいい。当たり前だけれど、今の私の視点は藤島さんより小田原さんより高い。目の前にはまっすぐ伸びるネットの白帯と、ピンと立つアンテナ。白いラインで区切られた9×9メートルのコートは思いのほか小さく見える。主審をされる先生方はいつもこんな景色を見ていたんだ……と感動にも似た不思議な気持ちを覚える。みんなより一段高いところにいて、左右に異なる集団を見る――まるで銭湯の番頭さんみたい、と思った。


 そうこうしているうちに、第一試合のメンバーが両サイドに並んだ。デュース無しの七点先取一セットマッチ。ローテーションがなく、故意にフロントエリアに落としてはいけない、という特別ルールがある以外は、基本的に普通のルールと同じ。私は左右に広げた両手を軽く内側にたたみ、笛を吹く。左右から発せられる気迫満点の「よろしくお願いしまぁぁぁす!」に圧倒され、半ば仰け反るようにして、自然と背筋が伸びた。


 うわ、これ、すごい緊張するよ……っ!!


 ――――――


「えー? それで、二回戦からは神保先生がセッターやり始めたの?」


 食後のお茶を飲みながら苦笑交じりにそう言ったのは、早鈴さんだ。隣の席の瀬戸さんは、だらん、と椅子の背もたれに身体を預けたままで「そうなんですよー」といかにも不満そうに唇を尖らせる。


「ローテーション無しなのをいいことに、三枚攻撃+ツーアタックで実質四枚攻撃とかしてくるんですよ? もう大人気ないったらない」


「悪いな、瀬戸。私は負けるのが大嫌いなんだ」


「大人気ないどころか子供だった!?」


「まっ、希和の泣き言は置いといてー」


 長方形のテーブルの、いわゆるお誕生日席にいる栄さんが、満面の笑みで台所のほうを見る。現れたのは、立沢さんだ。ぱたぱたとスリッパを鳴らし、恭しく『それ』を運んできて、どうぞ、と栄さんの前に置く。


「というわけで、本日の最多ポイント獲得者である栄にはスペシャルデザートの進呈だ。第一日目はこちらの一品――駅前の老舗『新鈴堂しんりんどう』より、季節限定『黒蜜抹茶プリン』!」


「うおっしゃあああー!」


「二日目と三日目の夜も相応のデザートを用意しているぞ! 他のみんなも頑張って練習に励むように!」


「「はいっ!」」


「んっまぁー! なにこれ!? 顔の表面がどろどろに溶けてまうわ!!」


「どこのホラーそれ!? ゾンビパウダーでも入ってんの!?」


「ほな、神保先生、一口いかがです?」


「ありがとう。しかし、私は大人だから、食べたくなったら食べたい分だけ自分で買うさ」


「今頃大人アピールしてきた!?」


「ほな、万智さんと梨衣菜っ! 優勝を祝して分けよ分けよ!」


「マジっスか!! いいっスか!?」


「ええよええよ! ウチ一人で勝ったんとちゃうもん!」


「もぉ、嬉しいことを言ってくれるなぁ、夕里ちゃんは」


 わいわいと栄さんを取り囲むイイネチームの面々。一方、他のメンバーは文字通り口惜しそうな目でそれを見ていた。


「「くっ……明日こそはあたし(わたし)がスペシャルデザートをいただくわ(からな)、夕里!!」」「いやはや、しかし、七絵を擁しながら一回戦負けとは私もまだまだだね」「なんかごめんなさい……うちの由紀恵がご迷惑をお掛けしたようで……」「えー!? ママー! 私だって頑張ったんだよー!?」「やっぱりサーブレシーブって大事よね、まんまとやられたわ」「恐らくですが、『そこ』に気づくかどうかが勝負の分かれ目だったのかと」「んー? どういうこと?」「『いかに狙ったところにきっちりボールを運べるか』ってことだよ、せーりあ!」「ああ、確かに、四対四なら尚更、ボールコントロールは大事になってくるね」「じゃあ、最後のミニゲームは今日やったことをしっかり活かせ、ってことだったってわけですか?」「そっか。四人しかいなくて、一人一人の守らなきゃいけない範囲が大きくなるから、その隙間をうまく狙えれば、強打じゃなくても点が取れたんだ……」


 なんて感じに今日の要点を再確認して、夕食は終わった。なお、カレーはとてもおいしかった。よっぽどおかわりしそうになったよ……お腹ぺこぺこなみんなに遠慮してしなかったけれど!


 現時刻は、午後七時半。ここから九時までは自由時間となる。体育館を解放しているので、まだ体力があって自主練習をしたいという子はそちらへ。また、神保先生と立沢さんと早鈴さんは、その間に録画していた映像を見て、みんなのフォームチェックをするという。


 私はというと、みんなが出ていったあとの食堂で、テーブルに突っ伏すように食休みをしていた。全体挨拶は既に終わっている。体育館の鍵締めといった最終チェックは神保先生がしてくださるので、私はもうお役御免。明日のことを考えれば、そろそろ帰宅のために立ち上がるべきところだ。


 けれど、まだまだ一日は終わらない! とばかりに体育館へ走っていった生徒たちの熱気に当てられたのか、ぽわっ、とお風呂上がりのような何とも言えない気分になってしまい、溜まりに溜まった疲労も相俟って、まるで動く気になれずにいた。


「どうぞ」


 こと、と私の前に湯のみに入ったお茶が差し出された。給仕してくれたのは、岩村さんだ。


「遅くまでお疲れ様です、先生。今日は本当にありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」


 お盆を胸の前に抱えた岩村さんが、ぺこりと頭を下げる。彼女は主将だが――あるいは、主将だからこそ、なのかもしれない――最後まで食堂に残って片付けをしていた。自分は今日はもう練習できる体力が残っていないからと、早く自主練習したくてうずうずしている一年生や油町さんたちを体育館へと向かわせたのだ。


「ありがとう……。片付けは、大丈夫? 手伝おうか?」


「大丈夫ですよぉ。もう終わりますから」


 柔らかな笑顔でそう言って、台所へ戻っていく岩村さん。私は、でも、さすがにだらけてはいられなくなって、私は岩村さんの淹れてくれたお茶を手に、台所を覗きにいった。岩村さんは、水切りに置かれたお皿を、白い布巾で一枚一枚丁寧に、かつ素早く拭いていた。とても手慣れている。


「きちんと片付けして、えらいね、岩村さんは。いつもお母さんのお手伝いとかするの?」


 私が何気なくそう言うと、お皿を拭いていた岩村さんの手が止まった。そして、あぁ、と何かを考えるように上を向いてから、こちらを向いて微笑んだ。


「えっと、私のうち、母がいないんです」


「えっ! あっ、ごめん、私……」


「いえ、全然、お気になさらないでください。家のことは、担任の先生にしか話してないことですから」


「そ、そっか」


「はい。なので、こういうの、私はかえって好きなんですよぉ。みんなでわいわい食卓を囲むのも、その片付けをするのも、家族がたくさんって感じで」


 岩村さんはそう言うとまた、きゅ、きゅ、とお皿を拭き始める。半分くらいは私への気遣いとしてだろう、陽気に鼻唄を口ずさみながら。私はお茶を一口飲んで口の中を潤し、なるべく自然な口調で、訊いた。


「岩村さんのお母さんは、その、別のところに住んでいらっしゃるの? それとも――」


「母は故人ですよ。私が物心つく前に亡くなりました」


「そうだったんだね……」


「そうだったんですよぉ」


 えへへ、と照れたように笑う、岩村さん。


 おっとりしていて、いつも朗らかで、コートに立てば力強くてしっかり者な、城上女バレーボール部の主将。


 去年の夏、彼女の一つ上の子たちが引退してから半年以上、顧問と主将という近い関係でいながら、私にはこの子のそんな上辺しか見えていなかった。否、私は彼女の上辺しか見てこなかったのだ。立場上のやりとり、表面上の付き合いしかしてこなかった。


 何か困っていることがあったら遠慮なく言ってね――そう言おうとして、しかし、それは私自身の気まずさや後ろめたさを解消したいだけの言葉で、彼女をかえって恐縮させてしまうだけだと思い至り、口を閉じた。


 けれど、じゃあ、他に何を言ったらいいのだろう……?


 そうやって悩んでいるうちに、岩村さんは片付けを終えてしまった。


「お話を聞いてくれてありがとうございます、先生。私は、胡桃さんたちのほうに戻りますねぇ。あっ、湯のみは、あとで片付けておきますから、飲み終わったらシンクに置いておいてください」


「あっ、う、うん、ありがとう。明日からもよろしくね!」


「はぁい。じゃあ、お疲れ様です、先生。また明日ぁ」


 お辞儀をしながら私の横をすり抜けて、会議室へ向かう岩村さん。がらがら、と食堂の引き戸が開いて、やがて、ぱたん、と閉じる。これで、食堂に残っているのは私だけになった。


 私はすっかりぬるくなってしまったお茶を飲み干し、空になった湯のみを持ってシンクの前に立つ。お皿は戸棚の中に全てしまわれ、水切りの受け皿に溜まった水は捨てられ、濡れた布巾はハンガーに掛けられている。シンクには水滴以外に何も残っておらず、排水口や三角コーナーに至るまでぴかぴかだ。


 私はスポンジを手に取り、湯のみを洗った。しっかり水を切り、布巾で拭いて、戸棚に戻す。


 その間じゅう、私は、私に何ができるのだろう、と考えた。自分の使った食器を自分で洗う――そんな当たり前のことさえ、お母さんに甘えてやらないときがあるような私に、一体、何ができるというのだろう。


 私はしばらくの間、そのまま台所で一人、立ち尽くした。

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