138(希和) 一日目昼休憩
ゴールデン合同合宿、一日目昼休憩。
クールダウンを終えたあと、私たちはみんなして体育館の縁側に出た。少し風はあるが、日差しはぽかぽかして心地よい。私は、銘々好きなように腰掛けた並びの真ん中あたりにさり気なく陣取り、今朝知沙さんとコンビニに寄ったときに買ったサンドイッチをぱくついていた。
まるで旧知の仲だったかのように(何人かは実際にそうだ)、明正学園と城上女子のメンバーはすっかりその距離を縮めていた。昼食の席も両校入り乱れ、そこかしこからお喋りの声が聞こえてくる。例えば、このように。
「打ち分けのコツ? そうね……サーブのときにそっちの監督さんが言ってたのと似てるかも。基本は、まっすぐ腕を振って、身体の正面に打つこと。で、あとはその応用、みたいな」
「まっすぐ……か。となると、やはりミートを安定させるのが第一の課題だな」
「あっ、それと、颯の場合は踏み込みが他の人より鋭いから、最初の立ち位置――ネットへ踏み込む角度を意識してみるといいんじゃないかしら。見た感じだけど、レフトから平行を打つのと同じ感覚で、センターから速攻を打ってない?」
「言われてみれば。そうか、速攻だと少し窮屈な感じがしてたんだが、原因はそれかもしれないな」
「食休みしたら、ちょっと打ってみる? あたしでよければトス上げるわよ」
「頼む。ありがとな、音々」
「ちょっとおおおー! さっきから黙って聞いてれば! 今川颯、こいつは敵でしょ! なに頭下げてんの!」
「あっ、都築さんもよかったら一緒にどう?」
「誰よ!? あたしは露木! もう凛々花でいいわ! ……えっ? トス上げてくれるの!? なによ、あんたいいヤツね、音々!!」
「おい、音々はわたしと自主練するんだ。邪魔するな、露木凛々花」
「なによ、あんたにだけ音々を独り占めとかさせないし!」
「なにを!?」
「なによ!?」
「ハイハイ、二人ともそれくらいで。トスあげてあげないわよ?」
「「わかりました!」」
うちのエースどもが早くも飼いならされているだと!? 何者よ、あの霧咲とかいうの……。
「へえ、北地区予選、見学してきたんだ。藤本さんとは何か話した?」
「い、いえ、何も。ただ、何度か睨まれました……」
「睨む――ああ、まあ、藤本さん目つき鋭いから」
「あっ、それと、その前にはさやかさんと珠衣さんにもお会いしましたよ。二人とも相変わらずな感じでしたね」
「そうだ、それで思い出した。ねえ、音成女子と南五和から一セット取ったって本当?」
「えっ、あ、はい」
「試合は、どういう感じに進んだの?」
「どういう……? なんですかね、なんかこう――いい感じに?」
「なにそれ……。もうちょっと詳しく教えて。とりあえず、音成のほうから」
「は、はい」
すごっ、七絵さんと同じ目線で話してる。さすが落山中の〝黒い鉄鎚〟よね。中身があんなだったのは意外だけれど。
「おっ、芹亜ちゃん! あなたなかなか筋がいいね!」
「ありがとうございますっ」
「由紀恵殿、自分はどうっスか!?」
「梨衣菜ちゃんもいい線行ってるよ! でもちょっと雑念が多いかな!」
「ざ、雑念……!?」
「考えるのではない、感じるのだ!」
「「押忍っス(です)!」」
「三人とも、はしゃぐのはいいけど、怪我には気をつけてね」
えっ? なにやってるのあの人たち? 古武術?
「んむ? どうかしましたかぁ、志帆さん?」
「いや、山野辺先生といい君といい、城上女は可愛い子が多いなと思って」
「志帆ちゃん!? またなの!?」
「志帆、わたしの万智に色目を使うのはやめて」
「君がそれを言うのかね、胡桃? 先程から偶然を装って私の知沙に手を出している君が」
「胡桃さぁん?」
「なんのことやら。あっ、そうそう、知沙。午後の買い出しの前に、ちょっと連絡先を交換しない?」
「えっ、ええ、えっと……!?」
「万智、二年生でキャプテンというのは大変なことも多かろう。私でよければ相談に乗るよ。よければ連絡先を交換しないかね?」
「はぁい、ありがとうございますぅ」
「万智、志帆に変なことを言われたりされたりしたらすぐわたしに言うように」
「知沙、胡桃に妙なことを言われたりされたりしたらすぐ私に言うように」
「「はぁい(う、うん)」」
「ところで、妙なことってなにかな、志帆?」
「私も変なこととは何かと問いたいね、胡桃」
うっわ……魔女とやり合ってるよ、あのちっこいマネージャーの人。よくわからないけど、あの空間には近寄らないようにしよう、うん。
「さっきからなに一人でころころ変顔しとるの、希和?」
「別にしたくてしてるわけじゃないわよ。ポジション取りをしくじったわ。私もあっちの端っこでフツーにご飯食べたかったな……」
私は並びの一端に目を向ける。城上女子のリベロと、宇奈月さんとかいう声の大きな人が楽しそうにお喋りしていた。話し手と聞き手が固定されているが、それでもまあ、他と比べれば一般的な女子高校生的風景の範囲内といえるだろう。
「あの二人がフツーやと? 希和はどこに目をつけとん。たぶんやけど、城上女で一番やばいんはあの二人やで」
「えっ……」
「だいたい希和は当事者やんか。なんで不思議に思わなかってん、あのサーブの時のこと」
サーブ――言われて私ははっとする。あの時はテンパっててそれどころじゃなかったけれど、そうだ……よくよく考えるとあれはおかしい。ちょっとデキスギだった。
「じゃあ、なに? あんたはあのサーブの見本打ち……宇奈月さんがカラーコーンに当ててたのはわざとだって言いたいの?」
「もちろん。一球目と二球目は明らかにコーンに当てるつもりで打っとったよ、あの人」
「なんでわかるのよ、たまたまかも知れないじゃない」
「ほな、希和がカラーコーンに当てたのを見て、わざわざ立ち位置を半歩ずらしとった理由、他に思いつく?」
「よく見てるわねあんた……」
するとあれなわけ? 私がカラーコーンにだけは当てないようにと四苦八苦してた横で、あの人はほとんど苦もなくカラーコーンを狙ってぶち当ててたの? マジで?
「夕里……あんたは、同じことできる?」
「やってできないことはない、くらいやな」
「いやそれも十分すごいけど……」
まぁこいつは獨楢相手でもサーブで点取れるやつだもんね。で、宇奈月さんのサーブ・コントロール力はそんな夕里に匹敵するってわけか。
「ほんで、そんなことよりもっとやばいんが」
「『そんなこと』って!?」
サーブで狙ってカラーコーンに当てるだけでも十分やばいじゃない! まだなんかあんの!?
「あの人――宇奈月さんな、たぶん、今はまだ実力の半分も出してないで」
「半、分……? いやいや、嘘でしょ? 見てた感じだと、現段階で既に上級者な雰囲気出てるけど、あれで手を抜いてるってこと?」
「ん、ああ、違う違う。練習には真面目に取り組んでると思うで。ちょっと言い方が悪かったな。正確には『今見えとる実力が倍以上になる可能性がある』や。文字通りの意味でな。そこでいくと、『手を抜いてる』ってのは事実その通りかもしれへん」
「言ってる意味がよくわからないけれど……。とにかく、なんか非常識な存在だってのは伝わってきたわ」
あれ? でも、夕里がこんなにごちゃごちゃ言うほどの人なのに、中学の頃に活躍したって話は今のとこ耳に入ってこないわね。けっこう目立つ人のはずだけど、県大会で見た記憶もない。いや、まあ、そのへんは夕里がうまいこと聞き出すのかしらね。あんま聞きたくないけど。っていうか、そう――。
「ねえ、夕里。聞き間違いじゃなければあんた『二人』って言ったわよね。じゃあ、あのリベロの人のほうも何かあるの?」
「あっ、そっか。希和はさっきの対人レシーブ、呼ばれへんかったんやっけ」
いや、まあ……初対面の人と志帆さん相手だし、それとなく目が合うのを避けてたからね。
「――で、何かあったの?」
「何か、っちゅーか、これは本格的にレシーブ練習が始まればわかると思うんやけど、あの人、むちゃくちゃ上手いで。ことレシーブに関してはこの場の誰よりも上やと思う」
「それは……志帆さんや、あんたよりもってこと?」
「そういうことになるな。ウチが『あっ、これはとれへん』と思ったスパイクを、あの人あっさり拾うんやもん。似たようなことが二、三回あったから、マグレやない。反射神経と瞬発力がとにかくやばいな。獨楢におった香華や連歌、それに聖レの鬼島さんあたりと比べても全然張り合える」
聖レの――って、あの七絵さんのフェイントに反応してた人よね。守備の聖レの一年生リベロと並ぶっていうなら、普通に県上位レベルの逸材じゃないの。
「あと、中身もかなり図太い。肝の据わり方が一年生のそれやないで」
「ああ……それはまあ、私もなんとなくわかってたわ」
自己紹介での堂に入った啖呵もそうだし、何より志帆さんと自然に接している時点で常人レベルは超えている。
「それからもう一つ」
「ちょ、まだ何かあるの……?」
「『何か』――と、それがな、はっきりわからへんのや。何かあるはずなんやけど……なんか見落としてるっちゅーか、聞き逃してるっちゅーか。でも、とにかく、どえらい爆弾抱えてるで、あの人」
「爆弾て……」
恐る恐る、宇奈月さんとリベロの人のほうに目をやる。二人は私の視線に気づいて、片やにこにこと、片や無表情に、ひらひらと手を振った。私は、にへら、と情けない笑みを返すのが精一杯だった。
どうしよう……いくらなんでも獨楢遠征ほどひどい目に遭うことはないでしょ、とか思ってたけどまったく読みが甘かった。考えてみれば、こっちには志帆さん、あっちには立沢さん、間に神保先生がいて成立している合同合宿なのよね、これ。『無難に乗り切ろう』という目標が早くもご破算になりそうな気配だわ。私はこっそり溜息をつく。と、その時。
「ん、なんや中のほうが騒がしいな。誰か来たんか?」
ちょ、これ以上妙なのが増えるの!? もう私の心容量いっぱいなんですけど!?
がやがや、と体育館の中で複数人の明るい声が飛び交っている。本当に来訪者(いっそ襲来者と呼びたいくらいよ)のようだ。最初にコンタクトしたのは、いち早く中に戻って練習していた172センチトリオ。次に志帆さんたちキャプテン&マネージャー組が食事を中断して少し急ぐように中へ。その際、志帆さんは七絵さん、立沢さんは市川さんに声を掛け、一緒にいたメンバーも芋づる式に中へ消えていった。で、夕里や宇奈月さんたちが何だ何だと様子を見に立ち上がったのが、今というわけだ。
完全に出遅れた格好の私は、みんなが吸い込まれていった扉の陰に身を隠すようにして体育館の中を覗きこむ。入口に近いところで、見たことのない私服のお姉さんが四人、メンバーに囲まれている。大学生っぽいように見えるが、一体どこの誰なのだろう――その疑問を解消してくれたのは、市川さんだった。
「礼亜ちゃん!? それに片桐さんまで――! なんでっ……というか、倫子先輩とあかね先輩はどうしてここにいるんですか!? 大学は!?」
説明ありがとうございます、とひどくうろたえている様子の市川さんに陰ながらお礼を言う。どうやらあのお姉さん方は城上女のOG――つまり神保先生のかつての教え子のようだ。一人だけ別口の人が混じっているみたいだけど、いずれにしろ知り合いではあるらしい。
「初めましてのメンバーにも紹介しよう。こちらは特別ゲストの皆さん。城上女子バレーボール部のOGの方と、去年七絵がお世話になった桜田大学女子バレーボール同好会の方だよ」
「特別ゲスト!? なにそれ聞いてないですけど!?」
「おや。伝えていなかったのかね、胡桃?」
「そのほうが面白いからと、元主将命令で致し方なく」
「いや胡桃も一緒に面白がってるでしょ!? っていうか礼亜ちゃん!? なんで!?」
「愚問ね! 頑張ってる後輩の力になるのは先輩として当然の務めだからよっ! まっ、そういうわけだから観念しなさい、静」
「れ、礼亜ちゃん……」
「やー、にしてもホントにあんた復帰したのねぇ、静。あと由紀恵、あんたもさ。つーか二人とも下級生に迷惑かけてないでしょーね?」
「倫子先輩……」
「静――詳しい話は、あとで聞かせてもらうから」
「あかね先輩……」
「あっ、そうそう市川さん、可那が『あとであたしも行くからな!』って」
「片桐さっ――うえええ、可那まで来るんですか!? これ以上は私の心が持ちませんよ……!?」
「ごめんごめん、今のは冗談。まあ……でも、私が呼んだら本気で来かねないわよね、あの子なら」
「勘弁してください……っ!!」
「あははっ、静が泣きべそかいてるー!」
「むしろ由紀恵はよく平気でいられるね!?」
「だって私は何も後ろめたいこととかないからっ!」
「ぐふぁっ……!!」
なんかよくわからないけど大変そうだな市川さん……ちょっと親近感。いやでも、パス練習のときのアレを見ちゃうとなあ、あの人も大概すごい人だし……。
「さてと! 静で遊ぶのは一旦やめにして、自己紹介と行きますか!」
「『一旦』ってこれ続きがあるの礼亜ちゃん……」
「シャラップ、静! ハイ、というわけで城上女のみんな! それに明正学園の皆さんも、どうぞよろしくお願いします! みんなの合宿のお手伝いをしに馳せ参じました、私は元城上女バレーボール部主将、現桜田大学二年の川戸礼亜です! カトレアって呼んでね!」
川戸礼亜さん――肩出しカットソーに七分丈のパンツルック、ふわりとしたショートカットにキャップがよく似合う活発系のお姉さん。
「あたしは阿佐田倫子ってもんよ、よろしく! カトレアと同じく元城上女バレーボール部で、今はお隣の元宮大学で大学生やってるの。あっ、呼び方はダリアでいいかんねっ!」
阿佐田倫子さん――上はタンクトップにパーカー、下はショーパンにニーハイ。ほどよく小麦色の美脚が眩しい金髪ギャル風お姉さん。
「同じく元城上女バレーボール部。今は都の大学に通っています、根本あかねです。高校時代は二人に倣ってアネモネと呼ばれていました。よろしくお願いします」
根本あかねさん――紺字に白ドットのブラウスに灰色のフレアスカート。黒髪ハーフアップにアンダーリムの眼鏡がいかにもな清楚系お姉さん。
「あっ、私は城上女じゃなくて、南五和OGの片桐里奈です。そこの国花三姉妹とは高校最後の県大会でベスト8を争った仲。今は桜田大学でカトレアと同級生やってて、そちらの小田原さんにはサークルの練習で大変お世話になったわ。ああ、それと、アダ名はカタリナね。どうぞよろしく」
片桐里奈さん――シャープな輪郭にすっとしたショートカット。明るめのシャツにタイトスカートがバシッと決まり、幅広のベルトがカッコいい正統派お姉さん。
以上四名、美人揃いでしかも県八強を争うレベルのお姉さんのご登場である。みんな私より背高いし、どうにも参っちゃうなぁ。果たして私は午後を生き残れるのか否か……まあ、やれるだけやってみますけれどもさ、ええ。
登場人物の平均身長:164.8cm




