137(ひかり) 別メニュー
県選抜経験者の小田原七絵先輩と藤島透さんによる超高校級のデモンストレーションが終了し、いよいよスパイク練習の始まりです。
組み分けはサーブ練習の時と同じで、打つ回数は一セットにつき一人十本。最初の五本は相手コートのライト側、残りの五本はレフト側を狙います(五本のうち、四本は強打で奥へ、一本は軟打で手前へ)。これをレフト、センター、ライトの順で三セット行うので、一人当たりのスパイク本数は三十本(ちなみに、このうち五本以上『当たり』を出せれば、課題達成となります)。スパイカーは十三人ですから、全体で計三百九十本ものスパイクを打つことになります。時間にして小一時間ほど。スパイク練習と無縁の私は、その間ずっと球拾いかと言えば、もちろんそんなことはありません。
「さて、我々は別メニューだよ、ひかりんさん」
涼やかな微笑を浮かべるのは、明正学園のキャプテンであり、リベロでもある星賀志帆先輩。呼び名についてはツッコまないことにします。
「別メニューというと、先程がサーブレシーブでしたから、今回はスパイクレシーブになるわけですか?」
「察しがいいね、その通り。打ち手は、さっきは七絵と市川さんで固定だったけれど、今回は一組打ち終わるごとに私たちで指名する形になる。スパイク練習は体力を使うから、指名する相手はなるべくバラバラにね。というわけで、早速一人目。誰にするかね?」
「そうですね……」
現在、レフトのポジションについているのは第一組――小田原先輩、露木凛々花さん、霧咲音々さん、北山梨衣菜さんの四人。なので打ち手候補はその向こう側に散っている九人ということになります。さて誰にしたものか、と見定めていると、不意にそのうちの一人と目が合――ったと思ったらものすごい勢いで逸らされました。隣の星賀先輩がくすくすと苦笑します。
「どうやら私たちの動向が気になっているようだね。あまり引き伸ばして集中を妨げては申し訳ない。最初はあの子にしよう。よろしいかな?」
「はい、異存ありません」
では、と星賀先輩は繊細そうな手を犬の耳みたいにちょこちょこと動かしてその人物を招きます。そうしてやってきたのは――、
「あのぅ……すいません、私、何かお二人の邪魔しちゃいましたか……?」
びくびく身を縮こませていてもなお私たちより遥かに大きい、藤島透さんです。
「いやいや、とんでもない。実は君に私たちの練習に付き合ってほしくてね。第一組が打ち終わるまでの間、ちょっとその鉄鎚を振るってもらえるかな?」
「あっ、そういうことでしたか! わ、わかりました」
「よろしくお願いします、藤島さん」
「いえいえ、こちらこそ」
互いに深々と礼をしたところで、ネット際ではスパイク練習が始まります。ばしんっ、ばしんっ、とテンポよく響く快音。思わずそちらへ目が行きます。
「わぁ……あのサイドテールの人、すっごい跳んでる」
感嘆の声を上げる藤島さん。視線の先にいるのは、明正学園の露木凛々花さんで相違ないでしょう。自己紹介では同じ一年生エースとして藤島さんに対抗心を燃やしていた方です。そのスパイクを見るのはもちろんこれが初めて。ぐわんっ、と躍動感のある踏み込みから、だんっ、と気迫満点の強打。左でくくった長い赤茶髪が、身体の動きに合わせて空中に力強い流線を描きます。いやはや確かに……と私も感心しました。
「藤島さんのおっしゃる通りですね。彼女一人だけ、跳んでいる時間が長いです」
「うん……それに打点も高い。あれ、ひょっとして七絵さんと同じくらいなんじゃ……」
「凛々花は、県庁地区で〝薄明の英雄〟と言われていたそうだよ。ジャンプ力ならうちで一番――どころか県庁地区で一番かもしれないね」
「そ、それはすごいっ!」
あなたも大概すごいですけどね、藤島さん。
「さて、見入ってばかりはいられない。私たちも始めよう。よろしくね、藤島さん」
「あ、は、はい! よろしくお願いしますっ!」
かくして、スパイク練習の裏で別メニューが始まりました。内容は対人形式のスパイクレシーブ練習。打ち手と受け手で向き合い、受け手はまずチャンスボールをトスで返し、それを打ち手が強打します。受け手はそれをレシーブして、片方と交替。打ち手は交替した受け手にチャンスボールを返して――の繰り返しです。これを、時間にして五分ほど続けます。
びぃぃぃ、と山野辺樒先生の持つ電子ホイッスルの音が体育館に響きます。どうやら第一組が打ち終えた模様。藤島さんは第二組ですので、ここまでとなります。
「「「ありがとうございました」」」
レフトへ向かう藤島さんを見送ると、星賀先輩が悪戯っぽく微笑みながら訊いてきました。
「さて、ひかりんさん。二人目は誰にするかね?」
「ここは一つ、〝薄明の英雄〟さんでお願いします」
「了解した。では、召喚するとしよう」
そう言って星賀先輩はまたちょこちょこと手招きします。露木さんは始め、レフトに並んだアタッカーを注視していてこちらに気づきませんでしたが、最寄りにいた瀬戸希和さんが近づいていってこちらを指差すと、猛ダッシュで来てくれました。
「すいません、お待たせして――」
そう、露木さんが口にした、瞬間でした。
ばんっ、
とボールが破裂したような音。私たちは三人ともそちらに振り返ります。案の定と言うべきか、ちょうど打ち終えた藤島さんがそこにいました。たぶん的を外したのでしょう、真っ赤になった頬を両手で覆っています。
「あいつ……」
そう呟いて息を飲む露木さん。星賀先輩が柔らかく微笑みます。
「間が悪いときに呼び立ててすまないね。藤島さんのスパイクを見ていたかったかな?」
「あっ、いえ、大丈夫です! そんなに何度も見なくても、最初のあの一発が目に焼きついてますし! いや……でもホント半端じゃないですね、あいつ。〝黒い鉄鎚〟――夕里がベタ褒めしたのも納得。ってか、ねえ、あいつって中学からあんなだったの? ひかりんって同じ地区出身なんでしょ?」
急にこちらに迫ってくる露木さん。呼び名についてはツッコんだら負けなので、ひとまず問いに答えます。
「ええ、同じ北地区の出身です。それと藤島さんですが、はい、中学の頃から概ねあんな感じでしたよ」
「そうなんだ……やっぱ、最初から?」
「はい。藤島さんは中学からバレーを始めた人なんですが、一年生の夏からいきなり試合に出て、そのまま県大会に出てしまうくらいには」
「中学から……っ!? で、一年生の夏から試合出たの!? マジで!?」
「マジです」
「えっ、そんで、しかも二年生の時には七絵さんたちと全国に行ったのよね!?」
「そのようですね」
「なんていうか……いるところにはいるもんなのね、そういう怪物じみたヤツ」
目と口をまん丸にして感心する露木さん。しかし、驚いていたのはほんの僅かの間。すぐにその瞳に真っ赤な炎を宿して、ニヤリと鋭い笑みを浮かべます。
「ふっふっふ……いいわね、上等じゃない、藤島透! 一体どうやってぶっ潰してやろうかしらっ!」
恐らくですが、相手が藤島さんならその燃える表情と台詞を正面からぶつけるだけで十分に圧倒できると思いますよ、とはもちろん口にしません。
「楽しそうだね、凛々花。ま、その熱意はひとまず、私たちとの練習にぶつけてくれたまえ」
「はいっ、任せてください! ばんばん打ちますよ! ひかりんもよろしくね!」
パーにした手を突き出して、にぱっと笑う露木さん。背が高く容姿も大人っぽい彼女ですが、こういう無邪気な明るさは一年生らしくて親近感が湧きます。
「はい。よろしくです、露木さん」
――で、約五分後。
「「「ありがとうございました」」」
びぃぃぃ、鳴り響く電子ホイッスルの音を合図に、対人スパイクレシーブ二セット目、終了です。
「ふう……というわけで、三人目だね。はてさて誰にしようか?」
呼吸を整えながら、私に微笑を向ける星賀先輩。どうやら私が誰をどういう順番で選ぶのかを面白がっているようです。だんだんこの方の人となりがわかってきました。
「では……恐れ入りますが、小田原先輩にお願いしてもよろしいですか?」
私の選択に、もちろんだとも、と星賀先輩の笑みが深くなります。恐らくは先輩の希望と合致したのでしょう。お互い、対人のリズムにも慣れて、身体も温まってきたところですからね。やはりここいらでびしばしやりたい気分になるというものです。
「よし。では、そうと決まれば早速召喚っと――」
星賀先輩の手招きに、小田原先輩はすぐに気づいてやってきました。
「どうもです。対人で、打てばいいんですよね?」
「さすが七絵は話が早いね。それと、強打だけでなくフェイントなんかも混ぜてくれて結構だよ」
「わかりました。では、よろしくお願いし」
「おっと、その前に一つ。実はみんなにアンケートを取っているんだがね。どうだろう、君は城上女さんに誰か気になる人はいるかな?」
さらりと言ってのける星賀先輩。いつの間にか段取りが一つ増えてます。前二人でなんとなくあった流れをアンケート形式にして必須事項に組み込むとは……。意識する相手を口にさせることで競争心を煽る狙いでしょうか。否、あの悪戯っぽい眼差し……七割くらいは単純に星賀先輩が個人的に面白がっているだけのようですね。
「気になる人、ですか。そうですね……」
星賀先輩の思いつきだと察しているのかいないのか、残りのメンバーに目を向けて律儀に思案する小田原先輩。スパイク練習のほうはちょうど第三組が打ち始めたところでした。アタックラインに並ぶ五人の先頭にいるのは、油町由紀恵先輩。オープントスを、ぼふっ、と打ち損ねます。小田原先輩は首を傾げつつ目を細め、次のアタッカーを見つめます。そして、
ずんっ、
と下腹に響く重低音がして、ボールがストレートの奥に『当たり』ました。コントロールを意識していてもなおパワフルな一打。もちろん打ったのは我らが〝ガンタンク〟――。
「……岩村さん、だったよね。城上女子の主将……」
独り言のように低い声でそう呟くと、小田原先輩は私に振り返りました。
「二年生で、北地区だから……彼女、藤本さんと同期なんだよね?」
「はい、そうです」
「県大会には出てた?」
「いえ、岩村先輩の中学は地区止まりでした」
「そっか……」
「ふむふむ――七絵は岩村さん、と。ありがとう、じゃあ、始めるとしようか」
「あっ、はい。よろしくお願いします。あと、そうだ、えっと……」
「ひかりんさんだよ」
「そうでした。よろしく、ひかりんさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ツッコんだら負け、です。
――約五分後。
「「「ありがとうございました」」」
三セット目終了。アタッカー陣もポジションをセンターに移しての二回り目に突入です。
「さてさて、四人目と行こうか」
「では、せっかくですので岩村先輩を」
「そうこなくてはね」
ショーカン、ショーカン、と歌うように呟きながら岩村万智先輩を手招きする星賀先輩。四人目ともなるとアタッカー側も慣れたもので、こちらの動きに注意を払っていた岩村先輩はすぐに気づいてやってきました。
「どうもお招きありがとうございますぅ。対人で打てばいいんですよね?」
「お願いするよ、岩村万智さん。と、その前に一つアンケートがあるのだが」
「あんけーと?」
「岩村先輩は、明正学園の皆さんの中で誰が一番気になりますか?」
「えっ、ああ、そういうの? 気になる、かぁ。そうだねぇ……」
ネットのほうに振り返る岩村先輩。そこへ、ばちんっ、と心地のいい音が聞こえてきます。
「うん。私はやっぱり、小田原さんかなぁ」
おぉ、と私と星賀先輩は密かに目を合わせます。
「よければ理由を聞かせてくれないかな」
「理由……は、目を引かれるから、ですかねぇ。なんといっても透ちゃんや藤本さん――あっ、私と同期のアタッカーなんですけど――と全国大会に出た人ですから。その時はどんなプレーしていたのかなぁとか、他の代表チームとの試合ではどうだったのかなぁとか、色々考えちゃいますねぇ」
「ちなみに、七絵も君のことが気になると言っていたよ」
「わぁ、そうなんですかぁ? えへへ、なんだか照れますねぇ」
「七絵はあの通り取っ付きにくいやつだが、ぜひとも仲良くしてやってくれ」
「もちろん、喜んで!」
「ありがとう。じゃあ、練習を始めようか」
「はぁい、よろしくお願いしまぁす!」
で、五分後。
「「「ありがとうございました」」」
「――というわけで、折り返しの五人目だ。誰にするかね?」
赤くなった腕を擦りつつ岩村先輩を見送る星賀先輩。私はアタッカー陣を見回し、今しがたセンターでの十本を終えたもののまだ打ち足りないといった風にフォームを確認している人物に目をつけます。星賀先輩は、ああ、とこちらが言う前に察してくれました。
「いいね、ちょうど私も彼女と話したいと思っていたんだ。では、召喚するとしよう」
そう言って星賀先輩が手招きしたのは――。
「ど、どうも。城上女子一年の霧咲音々です。えっと、明正のキャプテンの……」
「ヒント、逆から読んでも」
「山本マヤ先輩!」
「誰ですか。霧咲さん、こちらは星賀志帆先輩です」
「そ、そうでした……! すいません!」
「山本っ……マヤ……くくくっ、逆から読んだら山友マヤじゃないか……ふっ、ふふふっ……」
星賀先輩、ツボったようです。
「霧咲さんは意外とお茶目な一面があるのだね。いやいや、実に結構」
「あ、ありがとうございます……?」
いずれにせよ、人の名前はきちんと覚えましょうね、霧咲さん。
「さて。それでは対人の相手をお願いしたいのが、その前に例のアンケートを」
「霧咲さん、明正学園の皆さんの中に気になる方はいますか?」
「気になる……? よくわからないけど、そりゃまあ、あたしはやっぱりあいつかしら」
ちら、と霧咲さんが流し目をネットの向こうへ送ります。そこで露木さんと一つのボールを取り合っているのは、麗しい黒髪を一つ結びにしたあの方です。
「レフトから打ってるとこを見たら思い出したわ。あのやたらと速い踏み込み……確かにあたしはあいつと戦ってる――あの早川イマテと」
「今川颯さんです」
「――あの今川颯と」
きりっとした顔で言い直す霧咲さん。でも耳が真っ赤になってるので恥ずかしがっているのはバレバレです。
「ちなみに、颯は県庁地区では〝黎明の風雲〟と呼ばれていたよ。県庁地区予選は二位通過。しかし、同じく地区予選二位通過の霧咲さんたちにはストレート負けしたと聞いている」
「『風雲』となると、〝白刃〟の霧咲さんが〝双翼〟を操る霞ヶ丘とは相性が悪かったのかもしれません」
「なるほど。しかし、味方としてなら案外合いそうな二人な気もするね」
「確かに。霧咲さんのトス回しなら、今川さんのスピードを十二分に活かせそうです」
「ほほう、それはぜひ見てみたい」
「……なんか二人って相性よさそうですね?」
「否定はしません」
「閑話休題、だね。練習を始めるとしようか」
「「よろしくお願いします」」
そして、五分後。
「「「ありがとうございました」」」
五人目終了。六人目は例に倣って今川さんをお呼びしようとしましたが、あいにく第三組の今川さんはこれからスパイク練習に入るので召喚できません。どうしたものでしょう。
「とても打ちたそうにこちらを見ている子がいるので、彼女を召喚してもいいかな?」
「はい。是非もありません」
その方は、星賀先輩が手招きするまでもなく、目が合うなりこちらへ走ってきました。
「もー、お二人だけで面白そうなことしてー! このまま呼ばれないんじゃないかと思ってハラハラしましたよー!」
ころころと人懐っこい笑顔を見せるのは、チョコレート色のショートカットに赤いリボンがトレードマークの、栄夕里さんです。
「ほなっ、どしどし行きますよー!」
「その前に一つ、アンケートにご協力願えるかな?」
「アンケート!? 志帆さん、今度は一体なにを企んでるんですか?」
「企みなんて大袈裟なものではないよ。ただの興味本位さ」
あっ、やはり興味本位だったんですね。
「ほんで、そのアンケートとは?」
「相手校の中で誰が一番気になるのかを聞いているんだ。君はいかがかな?」
「気になる、と来ましたか。そうですね……藤島さんはもちろん、神保先生があんだけ褒めちぎる市川さんのトスも早く見たいですし、岩村さんはなんやほんわか系かと思ったら鬼みたいなスパイク打ちますし、油町さんやって今はちょっと窮屈そうですけどなんやこう持っとるなーって感じしますし、マネージャーの立沢さんの油断ならない感じもええですよね。元セッターっちゅー霧咲さんも興味あるし、北山さんも芹亜ばりにポテンシャルがあるのはわかります。まあ、そん中でもやっぱり一番は――」
言い差して、ぎらり、とこちらを見つめてくる栄さん。思わずたじろぎそうになるほどの眼光。薄々そうだろうなとは思っていましたが、やはり愛嬌のあるキャラクターは被り物でしたか。
「――宇奈月実花さん、ですかね。ホンマに何者ですか、あの人」
いや、そんなに見られても何も出てきませんよ。私だってあの人のことはよくわからないんですから。
「宇奈月さんか。確かに、君に似てバランスがいい選手だね。片寄りがないと言えばいいのか」
「『片寄りがない』――まさしく、それですよ。ホンマに異常なくらい片寄りがないです、あの人」
おお……わかる人にはわかるものなんですね。対面から二時間、まだ基礎練習の段階だというのに。これは俄然期待が高まるというものです。
「彼女は君がそこまで言うほどなのか。私もにわかに気になってきたよ」
「まっ、合宿は長いですし、練習の妨げにならへん範囲でちょこちょこアプローチは掛けてみるつもりです」
「そうか。では、あの子は君に任せるとしよう」
ふふっ、と高級料亭で密約を交わす企業の重役と高級官僚のように怪しげに微笑む二人。私はもちろん見て見ぬふりです。
「ほな、対人しましょかー! よろしくです、えーっと」
「ひかりんさんだよ」
「ひかりんさん!」
「……よろしくお願いいたします」
ツッコみません。ツッコみませんよ。
――そんなこんなで、五分後。
「「「ありがとうございました」」」
「七人目だね。組分けと今までの法則からすると、颯か、宇奈月さんか――どちらから行くかね?」
「今川さんをお願いします」
「了解した。では召喚、召喚、っと」
楽しそうに手招きする星賀先輩。今川さんは、指名に気づくと「ようやく自分の番が来たか!」という風に一瞬口元を綻ばせました。宇奈月さんを後回しにした私の判断は正しかったようです。
「打てばいいんですよね、よろしくお願いします」
走ってきた今川さんは、息を整えると取り澄ましたようにそう言いました。しかし、その瞳に灯る青い炎までは隠し切れません。クールな態度ながらも、やる気に満ち満ちているのは明白です。
「よろしくね。――と、その前に一つアンケートにご協力願おうか」
「アンケートですか?」
「そう。みんなに聞いているんだがね。ずばり、城上女の中で誰が一番気になるかな?」
それはもちろん――と食い気味に口を開いたところで、今川さんははたと気づいたように私を一瞥しました。それから、こほん、とわざとらしく咳払いをして、落ち着いた声音で答えます。
「自己紹介の時にも言いましたけど、霧咲音々、ですね」
言うと、今川さんは艶っぽい垂れ気味の目を、ちら、とライトから打っている霧咲さんのほうへ向けました。ぱしゅん、と鋭い打球がクロスいっぱいへ決まります。
「……セッターっていうのは、誰も彼もあんな器用なんですかね。アタッカーに転向したばかりのはずなのに、あんなに苦もなく打ち分けて……」
「そう思うのならば、いい機会だ。コース打ちのコツを教えてもらうといい。彼女も君のことが気になると言っていたからね。頼めばトスも上げてくれると思うよ」
「そう……ですね。中学のことで変に意地を張っても仕方ないですし、この合宿の間にできることは全部やろうと思います」
「素直でよろしい」
苦笑気味に目を細める星賀先輩。今川さんは恥ずかしいのか照れくさいのか、僅かに頬を赤くし、汗を拭う振りをしてそれを隠します。
「よし。それじゃあ始めるとしよう。よろしくね、颯」
「はい。よろしくお願いします、先輩。あと、そっちの――」
「ひかりんさんだよ」
「ひかりんさんも」
「よろしくお願いします」
もうどうにでもなれ、です。
――で、五分後。
「「「ありがとうございました」」」
「いやいや……細かくインターバルを置いているとは言え、さすがにぶっ通しはなかなか大変だね。一応、任意で休憩を入れていいことになっているけれど、体力のほうはいかがかな?」
タオルを額に当てながら、すうはあ、と大きく深呼吸をする星賀先輩。表情を見る限り先輩はまだまだ余裕そうなので、これはあくまでポーズ――私への気遣いでしょう。
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ」
それに、ここで休憩を入れて宇奈月さんをスルーしてしまうのは、さすがに申し訳ないですからね。
「オーケー。では、このまま八人目に突入しようか」
言って、星賀先輩は宇奈月さんを手招きしました。もちろん宇奈月さんは瞬時に気づきます。というか、最初に私が見回したときからあの人はこっちをちらちら伺っていましたからね。藤島さんがあまりに挙動不審だったのでついそちらを優先しましたが、それがなければきっと一人目は宇奈月さんだったでしょう。
「ご指名ありがとうございますっ! 宇奈月実花です!!」
「宇奈月さん、うるさいです」
「だってひかりんが焦らすからっ! ずうーっと誘って光線出してたのに! なんで気づいてくれないの!」
「気づいてましたよ。はなはだ鬱陶しかったです」
「ひどっ!?」
「それは置いておいて、宇奈月さん」
「置かないで! 大事にしてっ! ――あっ、何か聞いて回ってるやつ?」
「はい、そのやつです。皆さんに、相手校の中で誰が一番気になるかをアンケートしているんですが、宇奈月さんはいかがですか?」
「気になる、ね。なるほど……そこでいくと、やっぱりななぴく先輩の存在感はすごいよね! あとは、ちさちー先輩の作る晩ご飯も楽しみだし、しかしほ先輩はどこにも隙のないタイプって感じでかっこいいですっ! りかりかとはやはやは二人ともすっごく熱々! ときーなは突っつけば色々見せてくれそうで面白いし、せーりあはせーりあ空間全開だもんね! まっ、その中でもやっぱり一番は――」
言い差して、さあ誰を言うのか当ててみろ、とばかりにこっちを見てくる宇奈月さん。いや、そういう思わせぶりなタメとか要らないですから。まだ名前が挙がっていない人物って一人しかいませんし。
「――ゆーりん、かな。なんというか、オーラが半端じゃないよね!」
「栄さんは、確かに身に纏う空気が一年生離れしていますね。なんでもできそうな方です」
「万能選手――実際、なんでもできるんじゃないかな。それこそ全部のポジションを掛け持ちしてもお釣りがくるくらいに!」
……おや? 星賀先輩がちょっと驚いたように口元に手を当てていますね。「わかる人にはわかるものなんだな」とでも言いたげに。えっ? 本気ですか?
「それほどの方なんですか……なんだか私もちょっと気になってきました」
「言ってもまだ合宿は始まったばかりだから、焦らなくともいずれ色々わかってくるんじゃないかな」
「そうですか。まあ、有事の際はお互い頑張りましょう」
お役所の別部署間で交わされる仕事始めのご挨拶程度のビジネスライクなアイコンタクトをする私と宇奈月さん。星賀先輩は何を考えているのか暖かい目で見守るだけです。
「それじゃあ、がんがん対人しましょうか! よろしくです、しかしほ先輩! それにひかりn――ぷおんっ!? えっ、なんで私水平チョップされたの!?」
自分の胸に聞きやがれ、です。
――で、五分後。
「「「ありがとうございました」」」
「さて、いよいよ次が最後だね。ついては私から一つ提案があるのだが、聞いてくれるかな?」
「はい。いかがされましたか」
「実はかくかくしかじか――というわけなんだ」
「なるほど。わかりました。そういうことでしたら、喜んで」
ご協力感謝するよ、と星賀先輩は最後の召喚の儀式を始めました。そうして呼び出されたのは、このお二人です。
「どもっス、北山梨衣菜っス!」
「西垣芹亜っスです」
元水泳部の北西コンビ。彼女たちを呼んだのは他でもありません。
「二人とも元気そうで何よりだね。というわけで、特別サービスだ。私たちとパス練習をしよう」
「おおっ、ありがたやっス!」
「がたやっスです」
「二人一組でアンダーハンドとオーバーハンドの復習だ。組分けはせっかくだから両校でシャッフルしよう。芹亜はさっき一度私と組んでいるしね。初心者のうちは色々な人に教わったほうが得るものも多かろう」
「「はいっス(です)!」」
「と、その前に恒例のアンケートをば」
「お二人は、此度の合宿の相手校の中で、誰のことが一番気になりますか?」
私の問いに、即答したのは北山さんでした。
「自分はもちろん芹亜殿っス! 中学の時は種目違いだったっスけど、バレーは真っ向勝負っスからね! ここで会ったが百年目! 決着をつけようっス、芹亜殿!」
ずびしっ、と決め顔で西垣さんを指差す北山さん。果たして西垣さんの返答や如何に。
「私は、そうだなぁ……気になる度でいうと、一番は油町さんかな」
「なんでっスか!?」
最後にきてついに相思相愛の法則が崩れ去りました。おいたわしや北山さん。
「あっ、もちろん、梨衣菜のことも気になるよ? でも、こう、今は新しい出会いを求めているというか」
「浮気者っスか! ぐぬぬ……覚えてろっス! この合宿中に振り向かせてやるっスからね!」
「うんっ、楽しみにしてるね」
「その無邪気な笑顔やめろおおおーっス!」
なんと……天真爛漫を絵に描いたような北山さんをここまで荒ぶらせるとは。西垣さん恐るべし、です。
「では、アンケートも無事終了したところで、練習を始めようか。北山さん、よろしくね」
「はいっ、お世話になりまっス!」
「あっ、梨衣菜、浮気?」
「どの口がーっス!」
「西垣さん、そのくらいで。私たちも始めましょう」
「はぁい、よろしくお願いします。えっと、梨衣菜と同じチームの……」
「ひかりんです。以後、どうぞお見知りおきを」
「こちらこそ、お世話になります、ひかりんさん」
毒を食らわば皿まで、です。
――五分後。
「「「「ありがとうございました」」」」
びぃぃぃ、と電子ホイッスル。これでスパイク練習と、同時に私たちの別メニューも全セット終了です。時刻は十二時半を少し回ったところ。両校キャプテンから号令がかかり、全集します。
「午前の練習はここまで。各自、見つけた課題を整理して、今後の練習に活かしてほしい」
「「はい!」」
「午後の練習開始は今から八十分後――二時からだ。クールダウンとウォームアップは、インターバル内で各校ごとにしておくように。あと、星賀、早鈴、岩村、立沢はクールダウンが終わったら私のところへ来てくれ。簡単に午後の打ち合わせをする。以上だ、ひとまずお疲れ様!」
「「お疲れさまでした!」」
かくして一日目午前は終了。少し長めのお昼休憩に入ります。
<おまけ>
希和「気になる……ですか? まあ、誰か一人に絞るなら、なんでしたっけ、あのリベロの人ですかね。物怖じしないっていうか、あなたと普通に――ああ、いやいや、こっちの話です! えっと、とにかく、見た目と中身でかなりギャップがあるとこが気になります」
ひかり「私ですか? 私はあまりそういうのは……強いて言うなら栄さんが――否、でもこれは気になるとは違いますね――となると、瀬戸希和さんでしょうか。対人には結局呼べずじまいで、まだちゃんとお話しできていませんから」
志帆「私? 私はもちろん、立沢胡桃さんだよ。彼女とは今後ともぜひ友好な関係を築いていきたいね」
静「気になる人? んー……まだみんなよくわからないからなぁ。現時点では、あのキャプテンの人かな。三年生らしいって、ああいうことだよね。本当に、しっかりしていて、見習いたいよ。うん、本当に……」
胡桃「気になる……ね。一番、となると、わたしは早鈴知沙さんかな。お風呂が待ち遠しい」
知沙「難しいなあ。誰か一人って言われると……あっ、あの芹亜ちゃんの知り合いの、北山梨衣菜さんって子かな。こう、見るからに体育会系! って感じがすごい眩しくて。あんまり出会ったことがないというか、私とは完全に真逆のタイプで、こういう機会でもないと関われない人だなあって思うから。できれば仲良くしたいなあって」
由紀恵「気になる? というと、誰が一番好き、みたいな話かな? それはもちろん静だよー! ……えっ? なに? 私、何か変なこと言った?」
透⇔凛々花
万智⇔七絵
実花⇔夕里
音々⇔颯
ひかり⇔希和
由紀恵→静→志帆→胡桃
↑ ↓
芹亜←梨衣菜←知沙




