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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
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136(胡桃) 一日目午前

 ゴールデン合同合宿、一日目午前。


「よし、全員一度集まれ!」


 三十分ほどのウォームアップを終えたところで、神保じんぼ沙貴子さきこ先生はぱちぱちと手を叩いて声を張った。体育館のどこにいても聞こえる、まっすぐ芯の通った声。ああ、変わってないなあ……とわたしは一年生だった頃を思い出して心の中で微笑する。


「では、いよいよボールを使った練習に入る。先程も簡単に説明したが、最初はパスからだ。『狙ったところにきっちりボールを運ぶ』――これはバレーの基礎であり極意でもある。むろん一朝一夕にできるようになるものではない。うまくなるには反復練習あるのみだ。

 が、ただ漫然と数をこなせばいいかと言えば、決してそんなことはない。『ボールコントロールを常に意識すること』。今回の合宿では、この課題に重点的に取り組んでいこうと思う。そこで使うのが……これだ」


 とんっ、と神保先生は横に用意していた『それ』に手を置く。運動会などでお馴染みの蛍光レッドが眩しいプラスチック製の円錐――カラーコーンだ。サイズは小さめで、一つあたりの高さはわたしの膝くらい。それが全部で五十個。神保先生は、積み重なったコーンを上から三つ手に取ると、わたしに目配せしてコートのほうに歩き出した。わたしは頷いて、同じく三つのコーンを持って、神保先生の後に続く。


「まあ、何をしたいのかはおおよそ想像がつくと思うが――」


 言いながら、神保先生はサイドラインの内側に立ち、自分を中心として正三角形を作るようにコーンを並べていく。わたしも神保先生の逆サイドに行って同じようにコーンを並べる。上から見ると、コーンを頂点とした二つの正三角形が辺で向き合う形だ。正三角形の大きさは、中心から頂点までがわたしの大股で一歩分くらい。外接円を描くなら、直径二メートル弱。両者の距離は、中心から中心までがおよそ三~四メートルだ。


「見ての通りだ。今回のパス練習では、互いにこのコーンで囲われた範囲から出ないようにやってもらう。ついては手本を誰か――そうだな、さかえ!」


「はいっ、お任せください!」


「それと、市川いちかわ!」


「ええっ、わ、私ですか!?」


「そうだ。二人、ちょっとやってみろ」


 指名されて、栄さんはるんるんと、静はおずおずと、カラーコーンの三角形の中へ入る。ボールを手にしているのも先に挨拶をしたのも栄さんだった。


「よろしくお願いしますっ、市川さん!」


「よ、よろしく、えっと――」


「栄です。さかえ夕里ゆうり!」


「栄さん、ね。よろしく……」


「ほなっ、行きますねー!」


「あっ、は、はい! お願いします」


 ぺこ、と静が軽く頭を下げるのを待って、「とぅっ!」とボールを出す栄さん。主導権は完全にあちらが握っている。まったくどっちが先輩だかわからない。これで気の抜けたプレーでもしようものなら後で説教……と思ったけれど、そこはさすがに静だった。


 とーん、


 とボール出しの軌道をそのままなぞるように、正確無比なオーバーハンドパスが栄さんに返る。栄さんのほうも同様に、とーん、と高さも柔らかさも変えずにパスを返す。とーん、とーん、とーん……と二人の間を行き来するボール。さながらメトロノームのように、一定のリズムで、綺麗なアーチが宙に描かれる。あまりにもブレがないので、最初の何往復かはみんな時が止まったみたいにぽかんと見つめていた。


「すご……」


 最初に口を開いたのは明正学園の瀬戸せと希和きいなさんという子。


「っていうか、どっちもさっきから一歩も動いてなくない……?」


 次いでそう呟いたのは瀬戸さんの隣にいた露木つゆき凛々花(りりか)さんという子。それを聞いた神保先生はにやりと笑って「さあて、どうかな」と楽しそうに言った。


「一歩も動いてない――本当にそうか? ボールを追うのもいいが、全員、ちょっと二人の足元をよく見てほしい」


 神保先生に促され、全員の視線がボールからプレイヤーへ移る。見ると、二人は一歩も動いていないなんてことはなく、むしろパスのたびに半歩出ては半歩下がるを繰り返していた。ボールが飛んでくると、片足をちょっと前に出してパス。ボールを送り出すと、出した分だけ下がって待つ。そしてまたボールが飛んできたらちょっと前に出てパス……といった具合に。


「『狙ったところにきっちりボールを運ぶ』――これがなぜ必要な技術なのか、その理由の一つがこれだ。すなわち『相手の繋ぎやすい位置にボールを送る』ためだな。

 栄と市川なら、それこそ『相手を一歩も動かさない』ようにパスを送ることもできるだろう。だが、実際にやってみればわかるが、それだとパスを受ける側はかえって窮屈なんだ。オーバーハンドもアンダーハンドも、大体相手の半歩前くらいに送ってやるのがちょうどいい。

 二人ともそれがわかっているから、ああして相手の少しだけ前にパスを送っている。なおかつ、始めの数回で相手もそうすると把握してからは、ああして定位置から半歩引いて待つようにしている。互いに『どうしたら相手がパスを受けやすいか』、『どうしたら相手がパスを送りやすいか』を意識しているからこそできることだな。

 初対面でなんの打ち合わせもなしに自然とこうなるんだから、さすがは凄腕セッター同士といったところだろう。

 ――どれ、二人とも、それくらいでいいぞ。いいデモプレーだった。ありがとう」


 ぱちぱちぱち、と拍手が起きる。「おおきにー」と注目に慣れているように手を振る栄さん。静のほうは反対に「ど、どうも……」と縮こまりながらこちらへ帰ってきた。わたしはそんな静に小声で訊く。


「静、どうだった、あの獨楢どくならの子」


「えっ、どく……? なんのこと?」


「今パスした相手――明正学園の栄さん。静の目から見て、どうだった?」


「あっ……そういうことか。えっと、でも、ごめん……自分のことでいっぱいいっぱいでよく見てなかった」


「…………音々(ねおん)もそうだけど、静、あなたもセッターならもう少し周りをよく見るべき」


「うっ、胡桃くるみ、痛いところを……」


 くしくしと一つ結びの髪を弄り出す静。まったく情けない……これが月美るみあたりなら「うまい」とか「かなりうまい」とか何かしら雑感を口にしていただろうに。まあ、神保先生が静と同列に扱う一年生って時点で、もう相当なのはわかったからいいけど。


「では、全員二人一組になって始めてくれ! まずはオーバーハンドから十五分。目標は、カラーコーンから一度も出ずに、二人で連続五十回だ。クリアできたペアは山野辺やまのべ先生に報告するように。課題達成ポイントがつくからな。この合宿中、他にもいくつか課題が出るが、その日ごとに最もポイントの多かったヤツには夕食時にいいことが待ってるぞ! パスが苦手だって自覚があるヤツは、得意そうなヤツと組むこと。そして自分と何が違うのかよく教えてもらえ!」


「「はいっ!」」


 ざわざわっ、と場が騒がしくなる。城上女子の組み分けは以下の通り。


「み、三園みそのさん、お願い!」


「身長差が気になりますが……藤島ふじしまさんが構わないのであれば喜んで」


 とおる&ひかりの凸凹ペア。


実花みか殿ぉー! どうか自分にお力添えをっス!」


「おっけーい、任せとけまりーな!」


 梨衣菜りいな実花(みか)のわいわいペア。


万智まち先輩、よろしくお願いします」


「うん。よろしくねぇ、音々(ねおん)ちゃん」


 音々&万智の真面目ペア。


「はいはーい、構って構ってしずかママっ!」


「……まあ、そうなるよね」


 由紀恵ゆきえ(しずか)の母子ペア。


 一方その頃、選手数が奇数の明正学園では。


芹亜せりあ、私とどうかな?」


「はぁい、ぜひ」


 星賀ほしかさん&西垣にしがきさんのキャプテン&初心者ペア。


七絵ななえさん、お願いできますか?」


「うん、よろしく」


 瀬戸せとさん&小田原(おだわら)さんの経験者ペア。


「「夕里はあたし(わたし)とね(な)!!」」


「あー……先生、この場合どないします?」


「二人まとめて面倒見てやれ」


「いえっさ! よし、二人ともそこに並びっ!!」


「わたしの足を引っ張るなよ、露木つゆき凛々花(りりか)


「そっちこそミスしたら承知しないから、今川いまがわはやて!」


 栄さん&露木さん・今川さんの仲良しトリオ。


 組み分けの様子を眺めつつ、なるほど……とわたしは心のメモにいくつか書き留める。上級生があの星賀さんと小田原さんだからだろう――明正学園はトップダウン型の傾向が強いようだ。少人数の上級生が下級生を引っ張るという点ではみなみ五和いつわに近い。人数比は似ているけれど、強い横の繋がりを持つ一年生した三年生うえ万智あいだがゆるやかにまとめているうちとは、チームの在り方がまったく違う。


「準備はできたな? ――では、始めっ!」


 なんて考えているうちに、パス練習は始まった。びぃぃ、と早鈴はやすずさんが鳴らす電子ホイッスルが体育館に響く。


 最初はカラーコーンの存在に戸惑うペアもあったけれど、すぐに慣れて全体的にボールの軌道が安定してくる。わたしはじっと明正学園サイドを観察。パスを見ているだけで上級者だとわかるのは、やはり栄さんと小田原さんだ。あの二人は頭一つ抜けている。星賀さんも練習量に裏打ちされた余裕が感じられる。あとは、瀬戸さんか。小学校からやっているだけあって、基礎力は申し分ない。そんな子が組み分けで真っ先に小田原さんに頼りにいくというあたりに、彼女の性格やチームの特色が表れていると言えよう。


 城上女だと、この手の基礎練習に強いのは、静、万智、実花、ひかりの四人。由紀恵は問題外。あとは透と音々と梨衣菜だけど、彼女たちは由紀恵ほどではないが感覚派なところがある。実戦の中で強さを発揮するタイプというか。こういう地力を試される練習では、それぞれの癖や粗さが出てしまう。これは明正学園だと露木さんと今川さんの二人がそうだ。


 なんてあちこちに目を向けていると、不意に早鈴さんと目が合った。ちょっと驚かれたあと、にこやかな笑みを向けられる。けれど、わたしが無表情だったからか、やや気まずそうに目を逸らされてしまった。……あとで誤解を解かなければ。


「はい、そこまで!」


 オーバーハンド、アンダーハンドの順で行い、パス練習は終了する。カラーコーンを全員で一度回収。それを、わたしと早鈴さんとで所定の位置に再配置。その間に神保先生から次の練習の説明が入る。


「次はサーブだ。これもボールコントロールを意識して望んでもらう。今、あちらのコートにコーンを並べてもらっているが――」


 神保先生の声を聞きながら、わたしはサイドライン側、早鈴さんはエンドライン側から見てコーンの位置を微調整する。


 コーンは、サイドラインから反対側のサイドラインまで、コートを縦に六分割するように、等間隔で七つ並んでいる。その列が、コートの前後――ネットから四メートルのラインと、八メートルのラインに、二列。これはサーブを打つ側からしてみれば、アタックラインの一メートル後ろ、エンドラインの一メートル手前という風に見えるだろう。


「あのように、今回はコートを六つのレーンに分けてある。それぞれのレーンの幅は、一・五メートル。今から組を三つに分けるから、自分の順番が来たら好きなレーンに立って、目の前のレーンの内側に収まるよう、まっすぐ打ってくれ。その際、コーンとコーンの中間点を目標とするように。サーブは一人二十本交代で、二セット回す。狙いは、初めのセットは手前のライン、次のセットでは奥のラインだ。ここまで、何か質問がある者は?」


「はーい、神保先生ー! よくわかりませんっ!」


 由紀恵め……これはあとで静ママに説教だ。


「まあ、これも言うよりやったほうが早いだろうな。というわけで、瀬戸!」


「えっ!? あっ、その……はい」


「それと市川――というのも芸がないな。だとすると、そうだな……宇奈月うなづき。やってみるか?」


「はいっ、喜んで!」


 お手本役に抜擢されたのは、瀬戸さんと実花だった。二人は、レーンを端から一、二、三……と数えるなら二と四のレーンの前に、それぞれ立った。自然と、瀬戸さんの後ろには明正学園、実花の後ろには城上女のメンバーが固まる。神保先生は中立で、瀬戸さんと実花の間だ。山野辺先生は神保先生の後ろ、やや城上女よりの辺りに控えている。わたしと早鈴さんは、コーンの並ぶ側に残り、瀬戸さんと実花の打った球を拾うことにする。


「さて、説明の続きだが、この練習の目的は『サーブをまっすぐ打てるようになること』だ。前後のコントロールは上級者向けのプラスアルファ要素だから、難しいと感じる者は、とにかくレーンの中に収めること、まっすぐ打つことだけを意識してくれ。

 それさえできるようになれば、あとの要領はボーリングと同じだ。狙う位置の調整は、サーブを打つ位置や身体の向きを変えることによって行えばいい。

 もちろん、守備側に狙いを悟られないよう、同じ位置からコートの各所を狙う技術にもゆくゆくは挑戦してもらいたい。が、今回はひとまず、全員『まっすぐ』を意識して練習に取り組むように。わかったな?」


「「はいっ!」」


「よし。じゃあ、まずは瀬戸。君からだ」


「えっ、一人ずつなんですか!? 二人同時じゃなくて!?」


「何を驚くことがある、希和きいな。我々は主催者側ホストだよ。ここは君がまず城上しろのぼり女子の皆さんにその実力を見せつけるべきだろう」


志帆しほさんには聞いてないですよっ!? ってか、そういう煽るような言い方は――」


「そうよそうよ! ぶちかましなさい、希和!」「期待しているぞっ!」「ええとこ見せてやー!」「希和ー、ファイトー」


「ほらあああっ! こういう空気になるじゃないですか!」


「瀬戸、時間が惜しい。手早く頼む」


「っ……わかりました、わかりました! えー……じゃあ、手前のほうで!」


 ふぅ、と息を吐き出し、気持ちを切り替える瀬戸さん。八秒ルールが染み付いているのか、ほどなくサーブを放つ。右打ちの一般的なフローター。適度に勢いを殺されたボールは、するするする、とまっすぐ飛んでいき、


 がんっ、


 と手前のラインのカラーコーンにヒットした。瀬戸さんの立つレーンの縁、コートの内側のほう。前後のコントロールは完璧で、左右の狙いがややコートの内側にズレた形である。誤差は約七十五センチ。直前にあれだけ茶々を入れられてこの精度なのだから、大したものである。


 が、当の本人は「やってしまった」という苦渋に満ちた顔をしていた。それもそのはず。


「おおお直撃ーっ!!」「ピンポイント!!」「さっすがウチらの希和やで!」「希和ー、かっこいー」


「い、いや、違、ただの打ち損」


「おっとー! これはとんでもない挑戦状が叩き付けられたああ!!」「ちょ、由紀」「えっ……!? じゃあ、まさか木戸さんはわざとコーンを……?」「こっちも負けてられないっスね!」「よ、よくわからないけど頑張ってー!」「ふぁいとぉー、実花ちゃーん!」「ほどほどにお願いしますよ」


「よしっ、ときーな! その挑戦、しかと受け取った!」


「ええっ、宇奈月さん!?」


 とまあ、こうなるからだ。そしてこういう空気になったらうちの実花はノリノリでノる子である。


「じゃあ、私も手前から行きます。そーれっ、と!」


 ばしんっ、


 と実花が右打ちのフローターを放つ。適度に勢いを殺されたボールは、するするする、とまっすぐ飛んでいき、


 がんっ、


 と手前のラインのカラーコーンにヒット。これまたレーンの縁、コートの内側寄り。ちょうどコートの真ん中を挟んで瀬戸さんと線対称になる結果だ。こうなるともう外野は黙ってない。


「さっすが私たちの実花ちゃーん!」「ゆ、由紀」「ナイスサーブ、実花!」「実花殿ー! 信じてたっス!」「すごい……」「いやぁ本当にねぇ」「もうなんだかな、です」


「っしゃあー! 希和、あっちもやる気よ!」「やられたらやり返せ、希和!」「もうあとには引けんでー!」「希和ー、頑張ってー」


「いやそういう練習じゃないからこれ! えっ、てかまだ続けるんですか!?」


「無論だとも」


「だから志帆さんには聞いてないですよっ!? うぬああ、もうっ、じゃあ……奥狙いますっ!」


 ばしんっ!


 と半ば自棄になったように、力強く打ち込まれるフローター。矢のようにぐんぐんと伸びるボールは、そのまま吸い込まれるように、


 がんっ、


 と奥のラインのカラーコーンにヒット。またまたレーンの縁。今度はコートの外側のほうだ。


「うっげぇ……」


「「おおおおおおっ、二連続ぅー!!」」


 わかりやすく狼狽える瀬戸さんと、盛り上がる明正学園一年生ズ。そしてそんな彼女に追い討ちをかけるように、


 ばしんっ、するするする――がんっ!


 と実花のサーブがカラーコーンにヒット。位置は蓋然の線対称。もちろん実花はにこにこ(ぶい)だ。「「おおおっ!!」」と湧き立つ城上女陣営。さらにだめ押しとばかりに星賀さんが「よし、三本目いってみよう」と言い放つ。神保先生は苦笑するばかりで止めない。


「「三・本・目っ! 三・本・目っ! 三・本・目っ!」」


「うっ、打てばいいんでしょ、打てば! 奥狙います!」


 破れかぶれに叫ぶ瀬戸さん。でも、なんだかんだで真面目な子のようで、それまでと同じフォームで丁寧に打ち込む。ボールは、果たして、コーンには当たらなかった。落下点は、目標の奥ラインのやや手前ながらも、レーンの内側にはしっかり収まっている。これも精度としてはまったく申し分ない。しかし悲しいかな、外野からは「「「あぁー……」」」と落胆の声。瀬戸さんはこれに「うるさい! まっすぐ打ててるんだから文句ないでしょ!」と反論。まったくその通りである。


 続く実花も、瀬戸さん同様、しっかりレーンの内側に決める。そこで神保先生が手を叩いてデモプレーは終了となった。「やるじゃないか、二人とも」と二人に笑顔を見せる先生。


「ただ、念のために確認しておくが、狙いはコーンではなくコーンとコーンの中間点だからな?」


「私はそのつもりでしたよ!?」


「これは重要なことだから、みんなもよく聞いてくれ。狙いはコーンとコーンの中間点――範囲としては、コーンとコーンを結ぶ線が直径となるような円の内側だ。ここにボールを打ち込めれば『当たり』とする。計四十本打つ中で六回以上の『当たり』を出した者は山野辺先生に報告するように。ああ、それと、瀬戸と宇奈月は今のを三回分としてカウントしていいぞ。大変すばらしいデモプレーだった。ありがとう」


 ぱちぱちぱち、とまた拍手。


「では、練習を始める。第一組は小田原、露木、霧咲、北山。第二組は市川、藤島、西垣、栄。第三組は油町、岩村、宇奈月、今川、瀬戸だ。リベロ組は、第一組と第二組のサーブ中に端の二レーンを使ってサーブカットの練習。このサーバーは、小田原と市川の二人に任せる。手が空いているほうが打つように。それ以外のメンバーは基本球拾い。コーンがズレた場合は近い者がその都度直すように。ここまで、油町以外で何か質問がある者!」


「「大丈夫ですっ!」」


「先生! あの、私って何組でしたっけ!?」


「市川に聞け! よしっ、それじゃあ全員持ち場につけ! 始めるぞ!」


 そうしてサーブ練習は始まった。びぃぃぃ、と早鈴さんから山野辺先生に受け継がれた電子ホイッスルが鳴る。これは練習が始まってからもおよそ十秒置きに鳴らされた。その音に合わせてサーブを打っていくのだ。なかなかリズムが早いのでボール拾いのほうも大忙しだった。


 やがて、三十分ほどして二セット回り終える。午前中の練習は、次のメニューで最後だ。


「では、続いてスパイク練習を行う!」


 三度みんなを集めて説明に入る神保先生。その間に、わたしと早鈴さんはコートにぺたぺたと養生テープを貼っていく。コート後方の隅、エンドラインとサイドラインから一メートルのところに二箇所、アタックライン上、サイドラインから一メートルのところに二箇所。合計四つの×印がコート上に記される。


「もうわかってきたと思うが、今度の狙いはあの×印だ。テープの長さが一メートルになっているので、あの×印がちょうど収まるような円が、今回の『当たり』範囲だと思ってくれ」


「はいはーい! 先生っ、私、ちょっと試しにやってみたいでーす!」


「いや、油町、お前は手本にならんからダメだ」


「がーんっ!?」


「ここはそうだな……小田原。どうだ、一発?」


「はい、わかりました」


「それと城上女からもう一人――うん、やはり君にお願いしよう。藤島」


「え、あっ、はい! わ、わかりました!」


 神保先生が選んだ手本役は、一昨年の中学県選抜で全国ベスト4を成し遂げた二人だった。どちらも県内最高峰の180センチ超――この上ない人選である。


「打つのは二球ずつな。狙うのはストレート側。まずは奥のほうからだ」


「「わかりました」」


 レフトに並ぶ二人は揃って頷いた。たったそれだけのことでも吹き飛ばされそうな迫力がある。透の大きさにもようやく慣れてきた今日この頃だが、それはあくまで彼女一人の話だ。さすがにあんな巨体が二人も並ばれると、見慣れる云々を越えてもはや現実感がない。とにかく圧巻だ。


 ちらりと早鈴さんを見ると、彼女も口を真ん丸にして驚いていた。まあやっぱりそうなるよね、特にわたしたちみたいに平均より小さいと尚更ね、と共感しつつ眺めていると、ばっちり目が合った。恥ずかしいところを見られたと思ったのか、顔を真っ赤に染めて俯く早鈴さん。……解かなければいけない誤解がまた一つ増えた。


 なんて行き違いをしている間に、トスが上がる。一番手は小田原さん。ゆったりとした踏み込みからぐわっと宙に飛び上がり、


 ぱしゅん、


 とキレのあるストレート打ちを放った。打球は×印の端に鋭く突き刺さり、そのまま壁にごんっと衝突。


「「おおっ……!」」


 口々に感嘆の声。そして間髪入れずに次は透だ。高々と上がるオープントス。透もやはりゆったりめの踏み込みから、余裕を持ってジャンプ。ネットの遥か上空でボールを捉えると、


 ぺしんっ、


 とやや芯を外した音を響かせる。打球はストレート側に行き過ぎて、惜しくもサイドラインを割ってしまう。


「あ、ぅ……」


 かぁぁ、と頬を朱に染める透。ミスしたことを気にしているのだろう。しかし、実のところ周りは透が思っているほど結果など見ていない。そんな些細なことよりも、もっとシンプルでわかりやすい要素に目を奪われていたからだ。


「す、すごいですね、そちらの藤島さん。こう、スケール感というか……ナナちゃんのあとでも堂々としていて……」


 拾ったボールを大きな胸の前に抱きながら、早鈴さんは目をぱちくりさせて言った。わたしは、ふるふる、と無言で小さく首を振った。


「えっ?」


 不思議そうに首を傾げる早鈴さん。わたしはそんな彼女の二の腕(なんだこの柔らかさ……まるでパン生地ではないか)を掴んで、なるべくネットから遠い壁際まで移動した。神保先生の苦笑顔からして、次に言うことは大体想像がつく。


「二人とも、コントロールを意識してくれたのは大いに結構だ。しかし、手本だからといってそんなに固くなることもないぞ? 次は……そうだな、全力の七割くらいで跳んでみなさい」


「はっ、はいぃ! すいません!」


「わかりました」


 今の全力じゃなかったんだ――と早鈴さん。たぶん向こうでも何人か同じことを思っているに違いない。


「じゃあ、次は手前な。いくぞ、小田原」


「はい」


 とーん、と神保先生がトスを投げ上げる。次の瞬間、ずんっ、と地響きがこちらまで届いた。先程よりも明らかに大振りの踏み込み。小田原さんはそのまま力強く地を蹴って、ネットを飛び越えんばかりに高々と跳躍した。そして、


 ぼふっ、


 と聞いたこともないような鈍い音を響かせ、『フェイント』がコートに『叩きつけられた』。ボールは×印のやや後方でバウンドし、わたしの身長を越えるほどに跳ね上がる。重ねて言うが、『フェイント』がだ。


「……やっぱり藤本ふじもとさんみたいにはいかないか……」


 右手をぶらぶらさせながら、ぽつりと呟く小田原さん。どうやら的を外したことが気になるらしい。もはや誰も何もコメントしない。


「よしっ! じゃあ、ラスト行くぞ、藤島!」


「えっ、あ、あの、先生、あの手前の的って、フェイントで当てなきゃいけないんですか?」


「ん、ああ、それは――」


 言い差して、神保先生はにやりと笑った。


「……いや、構わない。君の好きにやってみてくれ」


「あ、ありがとうございます。じゃ、ちょっとだけトスを近めに……」


「おう、任せろ。では行くぞ」


「お願いしますっ」


 とーん、と注文通りに上がるトス。透はそれを見て、ふっ、と小さく息を吐いた。そして、


 ずんっ、


 と再びの地響き。横の早鈴さんがびくんっと肩を竦める。やはり避難させておいて正解だった、と思っているうちに、ぐわんっ、と透が跳んだ。そして、ぴた、と一瞬空中で時が止まる間があり、刹那、


 どごばぢーん!


 と破壊音がして、気づくとボールは天井近くまで舞い上がっていた。ほとんど直角に叩き込まれた、暴力的といってもいいほどの豪打。しかし打った本人は、


「あぅぅ、また外しちゃった……っ!」


 と情けない声。唖然としている周りのことは目に入っていないようだ。


「……相変わらずだね、藤島さん」


「す、すいません、私、下手で……」


「いや、そういうことではないんだけど――まあいいか」


 なんとなく県選抜時代の二人が偲ばれる会話を耳にしつつ、わたしはばいんばいんとバウンドしてきたボールをキャッチ。まだ興奮冷めやらぬ様子の早鈴さんが弾む声で言う。


「ほ、本当にすごいですね、藤島さんっ!」


「透は今の一年生で最強のウイングスパイカー……何より、城上女うちのエースですから」


「なるほど。でも……そうですね、おかげでというか、明正学園うちのエースにも、火が点いたみたいです」


 道中で見かけたハルジオンのようにふんわりと微笑む早鈴さん。その視線の先には、あの元気のいい長髪の二人がいた。


 露木凛々花さんと、今川颯さん。


 透を見つめる彼女たちの瞳には、傍目にもそうとわかるほど、めらめらと闘志の炎が煌めいていた。


 合宿はまだ始まったばかり。探り探りな部分もある。けれども着実に、わたしたちは互いを意識するようになっていた。

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