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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第八章(城上女子) VS明正学園高校
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135(樒) 他己紹介

 慣れない場所で初めての子たちに囲まれつつ大先輩の神保じんぼ沙貴子さきこ先生に質問責めにされるというなかなか精神力を要求される状況に耐えること二十数分、ようやく見知った教え子たちが到着したかなと思ったら現れたのは藤島ふじしまさんを越えるものすごい巨大な女の子で腰が抜けそうになり、その衝撃からどうにかこうにか立ち直りかけたところでついにお馴染みのみんなが扉を開けてどやどや体育館に入ってきて一安心と思いきや、待っていたのは更なる波乱と混沌だった。


「「よろしくお願いします!!」」


 岩村いわむらさんを筆頭に一列に並んだみんなが礼をして、それに同じく整列した明正めいじょう学園の子たちが「「よろしくお願いします!!」」と返したところまではよかった。問題はそのあと。礼儀正しく挨拶を交わした両陣営が顔を上げて相手をきちんと視認した、次の瞬間である。


「「あああああああーっ!?」」


 少なくとも五人以上が同時に驚愕の叫びを上げた。どうやら想定外に顔見知りがたくさんいたらしい。ひとしきり「あー!?」と叫んだあとは「えっ!?」「なんで!?」「お前は!!」と生徒たちの間で大混乱が起こり、そのまま運動会の騎馬戦みたいに場がしっちゃかめっちゃかになる二秒前くらいまでヒートアップした。


「落ち着けお前らっ!」


 神保先生の一喝。体育館中を震わせるような大声に、ぴたりと場が固まる。ちなみに神保先生の一番近くにいた私は跳び上がるくらいびっくりした。


「とりあえず――立沢たちさわ、お前らは更衣室に荷物を置いて着替えな。星賀ほしかは案内」


「「はい」」


 神保先生が事務的にそう言い放つと、うちの立沢さんと明正学園のキャプテンと思しき子が同時に頷く。そこからは誰も何も言わなかった。異様な緊張感が漂う中、城上女のみんなが更衣室に吸い込まれていく。


 ぴたっ、と更衣室の戸が閉まる。そこでようやく、神保先生が場を和ますように口を開いた。


「いやあ、いきなりびっくりしましたね、山野辺やまのべ先生」


「ほうでふねぇぇぇぇ……」


「えっ? や、山野辺先生!? 大丈夫ですか!?」


 大丈夫じゃないです! 感情のキャパシティオーバーです! 口から魂が飛び出しかけてます! あとちょっと泣きそうです!


 ――――――


 私のプチパニックがどうにかこうにか収まった頃に、お揃いの紺色ネイビージャージに着替えたみんなが更衣室から出てきた。桜色チェリーピンクの明正学園の子たちがちらちらと探るような視線を送る。さすがにもう「あー!」とか「えー!」とか大声を上げる子はいないが、全体にそわそわした空気が蔓延していた。


 そんな彼女たちをまとめあげたのは、当然、神保先生だ。


「よし、全員注目!」


 手を叩いてみんなの注意を引くと、神保先生は淀みなく話し始めた。


「城上女子の一、二年生は初めましてだな。聞いているかもしれないが、私は二年前まで城上女子でバレー部の顧問をしていた神保沙貴子だ。今日は遠いところをありがとう。共に合同合宿を実りあるものにしていこう。よろしくな」


「「よろしくお願いします!」」


「元気があってよろしい。さて……予定では簡単な自己紹介をして、すぐにでも練習メニューの説明に入ろうと思っていたのだが――どうやらそれどころじゃないヤツが何人かいるようだな」


 神保先生は軽く苦笑して、その『何人か』の顔を順番に見ていく。見られた子たちは、明正学園の子たちだけではなく、うちの子たちもこくこくと頷きを返した。早くも生徒の心をキャッチしている神保先生すごいなあ……。


「というわけで、今から少し親睦のための時間を取る。全員、顔が見えるくらいの距離で丸くなってくれ」


 神保先生が両手を広げると、それに合わせて生徒たちが輪を作る。神保先生から時計回りに明正学園の子たちが並んで、ちょうど輪の半分から城上女子のメンバーになる。両校の境界にいるのは、ボサっとした髪の子と宇奈月うなづき実花みかさん。そしてその宇奈月さんから時計回りにうちの一年生、二年生、三年生、私と並んで、神保先生に戻ってくる形。要するに、私から見て左半分が明正学園サイド、右半分が城上女子サイドってことだ。


「準備はできたな。では、これから一人ずつ、自己紹介をしてもらおうと思うが……それだけだとつまらんからな。自己紹介をした者は、次に自己紹介をする者を指名して、なおかつ、可能な範囲でそいつを他のメンバーに他己紹介たこしょうかいするというのはどうだろう?」


「「というと?」」


 声がハモる。立沢さんと、明正学園のキャプテンと思しき子だ。ステレオで質問を受けた神保先生は肩を竦めて苦笑した。


「まっ、口でごちゃごちゃ説明するよりやってみせたほうが早い。というわけで、一番手は私だ」


 神保先生は重心を片側に寄せ、手を腰に当てる。


「繰り返しになるが、私の名前は神保沙貴子。二年前まで城上女子にいて、去年からはこの明正学園に務めている。あと、そう、小学二年生の娘がいて、たぶんこの合宿中にお邪魔するからよろしくな」


「「おおおっ!!」」


「それから、娘ともう一人、三十路のでっかいガキも一緒に来る。こっちもついでによろしくな」


「「それっ――うえええええっ!!?」」


 どよどよ、とみんな口々に驚きの声を上げる。かく言う私も思いっきり「ええ!?」と叫んでしまった。神保先生が既婚者でお子さんもいるのは知っていたけれど、その年齢は今初めて聞いたのだ。っていうか、二十六の私より一回り上の神保先生と小学二年生の娘さんと三十路の旦那さんって……ご結婚当時まで逆算するとなんかとんでもないことになるんですけど!?


「私の自己紹介は以上だ。質問は受け付けない。とっとと先へ進める。というわけで、次は他己紹介に移るわけだが――そうだな、せっかくだからここはお前にしておくか、市川いちかわしずか


「っ!?」


 神保先生が指名したのはうちの三年生、市川いちかわしずかさんだった。私は断片的にしか知らないのだけれど、市川さんは一年生の時、つまり神保先生が顧問のときに、バレーボール部をやめたのだという。


「さて、一体何から語ったものか」


「お、お手柔らかにお願いします……」


 蛇に睨まれた蛙状態の市川さん。神保先生はくっくっと意地悪そうな笑い声を漏らして、懐かしそうに目を細めて市川さんを見つめる。


「市川は……そう、私が城上女じょじょじょで顧問をやってた最後の年に新入生として入ってきたんだ。経験者で、ポジションはセッター。しかも前年の北地区で最も上手いセッターときた。確か〝静止(Stationary)軌道(Front)〟だったか。そりゃもう、その名に違わぬ凄腕の新人だったぞ」


「じ、神保先生、もうそのくらいで……」


「別に恥ずかしがることはないだろ、市川。お前が凄腕なのは事実なんだから」


「いや、本当に……」


 市川さんは真っ赤な顔を両手で覆っていた。神保先生は楽しそうに続きを語る。


「市川はサーブも得意でな。その年のインハイ予選で、私はこいつをピンチサーバーとして使った。これがまた顔のわりにいやらしいところに打つんだよ。いやあ……それにしても、あの時は私も驚いた。すごいぞ? 県大会の二回戦、ベスト8決めの一戦だ。その第三セット、中盤まで劣勢でな。そこから流れを変えようとこいつを投入したら、なんと五連続サービスエースで試合を決めやがったんだ!」


「「おおっ……!」


「せ、先生、でも、それは――」


 市川さんは一つ結びの髪の毛をぎゅっと握って、弱々しい声を上げる。明正学園の子たちに身体を向けていた神保先生は、市川さんに向き直ると、ふっ、と優しく微笑んだ。


「まあ……確かに色々あったが、それはそれだ。あのな、市川。何があろうと、誰がなんと言おうと、あの時、お前がチームを勝利に導いたのは事実なんだ。お前のおかげで、あの年の城上女はベスト8入りすることができた。その結果を……お前はもっと誇りなさい」


「……はい」


「こうしてまた会えて、私は嬉しいぞ、市川。本当に……戻ってきてくれて、ありがとうな」


「…………はいっ!」


 深々と頭を下げる市川さん。神保先生は目尻に皺を寄せて、そんな市川さんを愛おしそうに見ていた。


「よし。じゃあ、私の他己紹介パートはこれで終わりだ。全員、やり方と趣旨は理解したな?」


「「はい!」」


「よろしい。それじゃ、市川、あとはお前から適当に回していけ」


「あっ、は、はい」


 市川さんは背筋を正し、何度か髪の毛を梳いてから、自己紹介を始めた。


「えー……ただ今、神保先生からご紹介にあずかりました、城上女子三年、市川静です。ポジションはセッターで、バレーは小学生の時からやっています。それから……えー、話すことがないので、他己紹介に行きたいと思います」


 そう言って市川さんが視線を送ったのは、右隣の油町さんだった。


「彼女は、私と同じ三年の油町ゆまち由紀恵ゆきえです」


「油町由紀恵と申します! よろしくお願いいたしますっ!!」


「由紀恵はちょっと子供っぽいところがあって、明正学園の皆さんも色々と面食らうこともあるかと思うんですが……でも、悪い子ではないので仲良くしてあげてください」


「はーい仲良くしてねー――ってなにその紹介!? 静は私のなんなの!? お嫁さん!?」


「いや……どっちかっていうと保護者かな」


「保護者だったかー」


 ころころと笑って、油町さんは市川さんから自己紹介のバトンを引き継ぐ。


「はい、というわけで、静ママの娘の油町由紀恵です。学年は三年で、バレーに触れたのは小学生の頃なんだけど、小、中、高とやったりやらなかったりしてました。神保先生も、お久しぶりです。私のこと覚えてます?」


「当たり前だろ。相変わらず元気そうで何よりだ、油町」


 市川さんの時とは打って変わって、あっさりと気さくに笑いかける神保先生。油町さんは市川さんと同時期に部をやめてしまったと聞いていたけれど、両者の事情は全然違うみたいだ。油町さんは「またお世話になりますっ!」と勢いよく頭を下げると、再び自分の話に戻った。


「えー、この度は合宿ということで! しかも合同ということで! すっごくわくわくしています! とりあえず、今夜はみんなで枕投げ大会しようねー」


「「望むところですっ!!」」


「おっ、いいねいいね! 君たち見所あるよっ!」


「「ありがとうございます!!」」


 早くも意気投合する油町さんと明正学園の長い髪を結んだ子たち。名前も知らないうちから仲良くなれちゃうなんて、本当に油町さんは子供みたいに無邪気で奔放な子だ。神保先生が彼女を半ば放任しているのもわかる気がする。


「じゃあ、私からはこのくらいで。次は、そうだねー、そっちの君たちに自己紹介してほしいんだけど、私、あなたたちのことまだ知らないからなあ……まっ、無難に同級生を紹介しますか!」


 そう言うと、油町さんは市川さんの左隣、私の右隣にいる立沢さんを手で示した。


「そっちの黒髪でむっつりしたのは、立沢たちさわ胡桃くるみ。ちっこいけどれっきとした三年生で、城上女では裏番長と呼ばれています」


「いや呼ばれてないから」


「と、このように胡桃クルミっていうか毬栗イガグリなので、明正学園の皆さんも迂闊に触れて怪我しないように!」


「由紀恵、もうちょっとマシな紹介をしてほしいんだけど……」


「えー? ……あっ! そうそう! 外側はアレだけど中身は美味しいはずだよ! なんたって胡桃は毬栗で胡桃だから! 私は食べたことないけどねっ!」


「……静ママ、娘さんのことであとでお話が」


「なんで私!?」


 とばっちりを受けて狼狽する市川さんを無視して、油町さんからバトンを受け取った立沢さんは、訥々と自己紹介を始めた。


「初めまして。ただ今不当な偏向紹介をされました、城上女子三年、立沢胡桃です。わたしは選手ではなくマネージャーなので、一緒にプレーしたりはできませんが、裏方としてできる限りサポートしていくつもりです。明正学園の皆さんも、何かご要望があれば遠慮なく言ってください。ああ……愛想がないのはデフォルトなので、悪しからず」


「あっ、言っとくが、これでも一年のときに比べれば多少はマシになったほうなんだぞ?」


 神保先生が茶化すようにそんな一言を添える。立沢さんは「フォローありがとうございます」とあくまで無愛想に応じて、そっけなく軽く頭を下げた。そのやり取りが可笑しかったのか、両陣営の何人かがくすくすと笑う。油町さんのはしゃぎっぷりがよかったからか、出会い頭の混乱に比べると、両校の距離はかなり縮まって、場も暖まってきたように思う。


「では、次の人を指名しようと思うのですが……仲間内でだけ回していてもつまらないので、ちょっと攻めてみようかと思います。というわけで、そちらの――あなた」


 そう言って立沢さんが指名したのは、明正学園のキャプテンと思しき子だった。キャプテンと思しき子は、最初こそちょっと驚いたように目を丸くしたものの、すぐに愉快そうな微笑み顔になって、「あなたと私は今日が初対面のはずですが?」と小首を傾げた。立沢さんは「はい。その通りです」と頷く。はてさて一体どうやって紹介するつもりなのだろうか。


「何か間違ったことを言ってしまうかもしれませんが、お気を悪くなさらないでください」


「ええ、それはまったく構いませんよ。お好きなように紹介してください」


「では失礼して」


 こほん、と咳払いして、立沢さんは明正学園のキャプテンと思しき子を城上女陣営に向かって紹介し始めた。


「あちらの黒髪の方は、明正学園でキャプテンをされている、三年生の星賀ほしか志帆しほさん。逆から読んでもホシカシホさん、と覚えるのがいいかも」


 さらりとそう言ってのけた立沢さんに、明正学園陣営は一様に驚きの表情を浮かべた。というか私も普通に驚いた。彼女が三年生でキャプテンだというのは、この場の立ち位置(彼女は神保先生の隣にいる)や周りとのやり取りを見ていれば推測できることだけれど、先に来ていた私でさえ知らなかった彼女のフルネームを、立沢さんはいつの間に知ったのだろう。


「あと、星賀さんはバレー部のキャプテンと兼任で、生徒会副会長もされています。ですよね?」


「そうです。はい、その通りです」


 なんでそんなことまで……? という疑問がざわざわと全体に広がる中、星賀さんは感心したように深く頷いて、さらに続きを促すように微笑みかけた。立沢さんは一切口調を変えずに淡々と語る。


「星賀さんは、中学時代もバレー部で活躍されていました。三年生のときには、キャプテンとしてチームを率い、中学総体インターミドルでは県庁地区を一位で通過、県大会に出場、一回戦突破という成績を収めています。ちなみに、過去十年で県庁地区の中学が中学総体インターミドルの県大会で一回戦を突破したのは、この一度きりです。曰く――桜田さくらだ一中いっちゅうの〝星夜(Witty)魔女(Witch)〟」


「「初耳ですけど!?」」


 告げられたプロフィールに強く反応したのは明正学園の子たちのほうだった。星賀さんは苦笑を浮かべて肯定する。


「まあ、言ってないからね。実はそうだったんだよ。いやはや……それにしても驚きました。どうやってそこまで調べたんですか?」


 後輩の好奇心の向かう先を、それとなく自分の過去から立沢さんの調査能力へと誘導する星賀さん。立沢さんはそれに気付いたのか気付いてないのか、別に普通ですよ、と平淡に返す。


「星賀さんが三年生の時の中学総体インターミドル県大会にはわたしも出場していましたから、そのときの参加校紹介冊子を引っ張り出して参照しました。過去の大会記録は中体連のサイトに上がってますし、あとはまあ、適当にネットで」


「胡桃は『ネット』って機構と言葉を本当に便利に使うよね……」


 身を引きつつ呆れたように呟く市川さん。他方、星賀さんはますます立沢さんへの関心を高めていた。


「ちなみに、他に何か、私についてご存知のことは?」


「確証はないんですが、お母様のことも少々。これは言ってもいいんですか?」


「どうぞどうぞ。特に隠しているわけでもないですし」


 それじゃあ、と立沢さんは一拍置いて、乞われるまま更なる事実を口にする。


「星賀さんのお母様は、星賀ほしか美帆みほさん、で間違いありませんか?」


「ええ。間違いありません」


「県議会議員の」


「「県議会議員!!?」」


 これには神保先生も驚いていた。他の子は言わずもがな。そして当の星賀さん本人はついに堪え切れなくなったのかお腹を抱えて「あっはっはっ!」と大きな笑い声を上げた。


「そうです、正解ですよ! 確かに、県議会議員の星賀美帆は、私の母です。それにしてもよく調べがつきましたね!」


「たまたま気付いただけです。そう言えば似たような名前の議員がいたな、と。で、なんとはなしに検索を掛けてみたら、星賀議員の事務所は県庁地区で、公開されている年齢も親子と考えて無理のない数字だったのでこれはもしや、と。あと、こうして見ると、お二人は目元がそっくりですよね」


「ああ、目が似ているとは、よく言われます。もっとも、まさか部活の合宿で他校の方から指摘されるとは思ってもみませんでしたけどね」


「すいません、届きそうなものにはつい手を伸ばしてしまう性分で」


「いえいえ、気にしていません。むしろ、そこまで入念に下調べをしてこの合宿に臨んでいただいたことを、光栄に思います」


「恐縮です」


 立沢さんは目礼して、すっ、と半歩下がった。これで立沢さんの他己紹介は終わり、ということだ。次は星賀さんの自己紹介。星賀さんは立沢さんに合わせるように半歩進み出て、城上女陣営に軽く頭を下げた。


城上しろのぼり女子の皆さん、初めまして。繰り返しになりますが、改めて私の口からご挨拶させてください。私は明正学園女子バレーボール部のキャプテンをしている、三年の星賀志帆です。逆から読んでもホシカシホと覚えてください。合宿中に何かお困りのことがあれば、遠慮なく言ってください。短い間ですが、よろしくお願いいたします」


 すらすらと流れるように挨拶をする星賀さん。やけにしっかりした子だと思っていたけれど、生徒会役員でお母さんが県議会議員と聞いたあとだと、さもありなんって感じだ。


「さて、立沢さんを見習ってそちらにパスを返したいところではありますが……残念ながら、情報戦ではそちらのほうが一枚も二枚も上手のようです。というわけで、無難に仲間を紹介するとしましょう」


 そう言って、星賀さんは左隣の小柄な子の後ろに回り、肩に手を置いた。


「こちらは、我らが明正学園女子バレーボール部のマネージャー、三年の早鈴はやすず知沙ちさです。知沙は料理が得意なので、合宿中の食事の心配は無用です。さしあたっては今晩の夕食をお楽しみに」


「「おおおっ!」」


「ハ、ハードル上げないでよ志帆ちゃん!」


 早鈴さんは「も、もちろん頑張って作るけど……」と小声になって恥ずかしそうに目を伏せる。高校生離れしたところのある立沢さんと星賀さんの後だと、ごく普通の女の子って感じがして安心する。


「あと、知沙は脱ぐとすごいので、さしあたっては今晩のお風呂をお楽しみに」


「「おおおおっ!!」」


「ななななななんてこと言うの!?」


 顔を真っ赤にして拳を握る早鈴さん。ふむ……言われてみれば、ジャージの上からはわかりにくいけど、なかなかのなかなかな子かもしれない。


「じゃあ、知沙、あとは自分の口からどうぞ」


「こんな空気で何を言ったってみんなちゃんと聞いてくれないよっ!」


 涙声で不平を訴える早鈴さん。しかし星賀さんはどこ吹く風で、ぽんぽんと早鈴さんの肩を優しく叩くと、大きな仕事をやり遂げたようなすっきりした顔で元の立ち位置に戻った。残された早鈴さんは胸を手で隠すようにして、消え入りそうな声で自己紹介を始める。


「えー……と、その……初めまして。明正学園の早鈴知沙です。私はマネージャーで、その、皆が練習に集中できるよう頑張ります。あと……今晩の夕食は定番のカレーです。材料はまだ買ってないので、夕方までにリクエストしてくれれば、シチューや肉じゃがにもできます。それ以外のメニューも……言ってくれれば、明日からの献立にできるだけ盛り込みたいと思います。……ええっと、何かある?」


「バーベキュー!!」「流し素麺!!」「すいか割り!!」「打ち上げ花火!!」「キャンプファイヤー!!」「肝試し!!」「浴衣で縁日!!」


「わりと最初から夏休みにやりたいことリストになってるけど!? 春だから今!! あと家庭料理の範囲でお願いします!!」


「「はーい!」」


 家庭料理かあ。やっぱり定番だけどハンバーグがいいなあ。色んな味の唐揚げとかもいいよねえ。ホットプレートがあるならお好み焼きなんかもわいわいできて楽しそう。あとせっかくの合宿なんだから三日目の夜は豪勢にすき焼きにしたいなあ……って、いけないいけない、涎が垂れてきた。っていうかこのリクエストって教員が出してもいいのかしら……。


「わ、私の自己紹介は以上です。それで、次は、えっと……」


 味方の明正学園陣営に目を向ける早鈴さん。順当に行くなら左隣の遅刻してきた巨大な子だけど、そこに星賀さんが何かをこっそり耳打ちした。


「じゃあ――その、ちょっと飛びますが、そちらのリボンの子を紹介させてください」


「おっ、ここでウチをご指名とはさすがわかってますなー!」


 早鈴さんから数えて四つ隣にいたリボンの子は、にぱっと人懐っこい笑みを浮かべて明るく言った。早鈴さんもつられるように笑顔になって、自己紹介のときよりもずっとはきはき喋り始めた。


「彼女はうちの一年生で、名前はさかえ夕里ゆうりちゃんです。夕里ちゃんは、一年生の中で唯一、出身中学が県庁地区ではありません。というか県内じゃありません。夕里ちゃんは、隣の県からこの春に引っ越してきた子なんです」


 県外からやってきた子、と聞いて、私は妙に納得してしまった。笑顔の感じや声のトーンが、どことなく宇奈月さんに似ていると思っていたからだ。当の宇奈月さん本人も、同じ県外出身者として共感を覚えたのか、俄然にこにこして栄さんを見つめている。


「えっと、それで、引っ越す前の夕里ちゃんが通っていた中学なんですけど……実はとってもバレーが強いところだったんです。夕里ちゃん自身もすっごく強くて、初めてプレーを見たときはびっくりしました。本当に夕里ちゃんがうちに来てくれてよかったなあって思います。詳しいことは……本人からどうぞ。以上です」


「おおっ、なんやどえらい高いハードルが目の前に……!?」


「えっ、あ、ご、ごめんっ!」


「なーんて冗談です。ご紹介ありがとうございましたっ!」


 ぺこっ、と早鈴さんにお礼をして、栄さんは後を引き取った。いや、でも、冗談ではなく実際『とっても強い』『すっごく強い』とかなり持ち上げられていたけれど……本人はまるで気負っている様子がない。周りもことさら茶化したり囃し立てたりしない。これが意味するところはつまり、喧伝に偽り無しということだ。一体どれだけすごい子なんだろう。


「ほな、始めさせていただきます。城上女子の皆さん、初めまして。ウチは明正学園一年、栄夕里です。出身は知沙さんの言うてくれた通り、お隣です。獨和どくわ大附属楢木(ならぎ)中学っちゅーとこでセッター兼ライトアタッカーをしとって、中学総体インターミドルでは全国に出ました。冬の選抜にも出させてもろて、その時は全国ベスト8。一応、これが中学時代の最高成績です」


 本当にとってもすっごく強い子だった!? まさか全国大会経験者とは……!!


「なので、まーどこの誰が来ても一年生ならそうそう遅れを取ることはないやろ――と大きく構えとったわけです。が、しかし! いやあ、世間は狭いというかなんというか。まさか隣県の……やなかった当県のタメで最強のウイングスパイカーが出張ってくるとは予想外やったわ」


 そう言うと、栄さんはずびしっと城上女こちら陣営のとある子を指差した。そのとある子とはもちろん――。


「せやんな……〝黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟! 藤島ふじしまとおるさんっ!!」


「えっ、わた、ええええっ!?」


 いきなり名前を呼ばれた藤島さんは、びくっ、と肩を竦めておろおろし出した。どうやら藤島さんのほうは栄さんを知らないらしい。逆に栄さんは藤島さんのことをよく知っているようだった。


「っちゅーわけで、他己紹介させていただきます。ご存知の方には今更ですが、何を隠そう、あちらにおわす藤島透さんは昨年の当県県選抜でエースを張っていた超高校級ウイングスパイカーです。問答無用で振り下ろされる右腕はまさに〝黒い(Headlong)鉄鎚(Hammer)〟! さらに驚くなかれ……ウチの記憶が正しければ藤島さんは一昨年も県選抜メンバーやったんです! つまり藤島さんの中学時代の最高成績は全国ベスト4!! これはもはや――」


「「全国ベスト4のエースと言っても過言ではない!!?」」


「過言っ!! それだけは本当に過言ですからっ!! 七絵ななえさんからも何か言ってください!!」


「うん。まあ、一昨年のエースっていうのは、確かに過言だね」


「これは失礼しました。まっ、いずれにせよ『県内最強の一年生』は藤島さんってことで!」


「そっ、それも語弊がありますからっ! 私なんて凡骨ですから!!」


「いやさすがに凡骨ではないわ!!」


 栄さんがキレよくそう言って、自己紹介のバトンは藤島さんに受け渡された。というか、いま何気なく会話を交わしていたけれど、藤島さんとあの巨大な子は知り合いなの? と首を傾げていたら、すぐに答えが提示された。


「えー……その、初めましての方は、初めまして。そちらの栄さんが言った通り、私は確かに、藤島透という名前で、去年と一昨年に県選抜でした。それは事実なんですが……でも、私は、その、県選抜では足を引っ張っていたというか、全然、もっと強い人はたくさんいますっ! 一昨年なんか、本当に私はただ見てるだけで……! チームがベスト4になれたのは、全部、そちらの七絵ななえさんのおかげなんです!!」


「いやさすがに全部ではないよ……」


 藤島さんの紹介とも言えない紹介に、小田原さんという巨大な子は困ったように目を細めた。どうやらこの子も栄さんや藤島さんと同じ県選抜経験者で、しかも全国ベスト4という好成績を収めた選手らしい。まあ、藤島さんより背が高いくらいだから、それはもう凄まじいアタックをばんばん決めたのだろう。藤島さんが『一昨年のエース』という肩書きを頑に否定するのも、きっとこの小田原さんに遠慮するところがあるのだと思う。


「あっ、すいません。ちゃんとした紹介がまだでした。えー……皆さん、あちらの物静かな方は、私の一つ上の小田原おだわら七絵ななえさんといって、一昨年の県選抜で私がお世話になった先輩です。ポジションはセッターなんですけど……」


「「セッター!?」」


 って、あのトスを上げる人のことだよね!? 藤島さんより大きいのに!?


「七絵さんは、それはもう、とてもとても頼りになる先輩で、中学総体インターミドルでは――ん? あれ……? 七絵さん、そう言えば、どうして県庁地区ここにいるんですか?」


「んー……まあ、それも含めて、あとは私が自分で言うよ」


「あっ、は、はい。すいません、よろしくお願いします……」


 背中を丸めて身を引く藤島さん。そして、自己紹介のバトンは小田原さんへと移る。


「城上女子の皆さん、初めまして。私は明正学園二年、小田原七絵です。ポジションはセッターで、出身は南地区の雀宮すずめのみや中というところです。家の事情で高校進学時にこちらへ引っ越しました。あと……少々朝に弱い体質でして、合宿中にご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。ご容赦ください」


 小田原さんはゆったりとした動きで、丁寧に一礼した。こうしてまじまじ見ると存在感が凄まじく、黙っていてもその巨大さに圧倒されてしまう。本人もそれを自覚しているのか、さくさくと次に進めた。


「他己紹介は藤島さんにするつもりだったけど……先を越されたので、後輩を紹介しようと思います。えー……そうだな、では、露木つゆきさん」


「はいっ!」


 小田原さんが指名したのは、明正学園陣営の、さっきから特に元気よく相槌を打っていた二人のうちの一人だ。赤茶色の長い髪を、頭の左でくくってサイドテールにしている。


「彼女は、一年生の露木つゆき凛々花(りりか)さん。ポジションはウイングスパイカー。出身は県庁地区で、米沢よねざわ中。去年の中学総体インターミドルでは県庁地区を一位通過したそうです。以上」


「ありがとうございます、七絵先輩!」


 露木さんはバネのように勢いよく一礼して、胸に手を当て、半歩進み出る。


「初めまして、城上女子の皆さん。あたしは明正学園のエース、露木凛々花ですっ!」


「エースはわたしだ!」


 栄さんを挟んで右隣にいる黒髪一つ結びの子から横槍が入る。先程から露木さんと一緒にはしゃいでいた子だ。


今川いまがわはやてはああ言っていますが、真のエースはあたしですからっ! 藤島透……さん、でよかったですよね! 夕里曰く『県内最強の一年生』だとか――! その称号、この合宿中にあたしがあなたを倒して貰い受けますっ! 覚悟してください!」


「ふえっ、えええ……?」


 露木さんの堂々とした宣戦布告に、涙目になって怯える藤島さん。コート外での一年生エース対決は明正学園に軍配が上がりそうだ。ああいうガンガン押せ押せな子は城上女うちにはいないタイプだから、ちょっと気の弱い藤島さんにはいい刺激になるかも……なんて呑気に考えていたら、露木さんの激情はさらに別の子に向いた。


「それから……そっちのあんたもよ!」


「は? えっ、あたし?」


 藤島さんの次に露木さんが矛先を向けたのは、藤島さんの右隣で傍観していた霧咲さんだった。露木さんは口から炎を吐きそうな勢いで捲し立てる。


「そうよっ! あんたよあんた! 忘れもしないわその顔!」


「えっと、あたし、あなたとどこかで会ったことあった……?」


「ないわ! あたしとあんたは初対面よっ!」


「ちょっと意味がよくわからないんだけど――」


「だーかーらー!」


「露木凛々花……話が進まないからもう黙ってろ。あとはわたしが言う」


 有無を言わせぬ冷たい口調で割り込んだのは、今川颯さんと呼ばれていた黒髪一つ結びの子だった。露木さんは目をぱちくりさせて、渋々といった風に引き下がった。


「そ、そうね、今川颯! あいつはあんたにくれてやるわ、今川颯! あっ、えっと、そこのタレ目のヤツは今川颯です!」


「わかったからあんまり名前を連呼するな……恥ずかしいヤツだな」


 呆れたように溜息をつく今川さん。露木さんは頬を膨らませて何か言いかけたけれど、今川さんの視線が既に霧咲さんに向いていたからか、鼻を鳴らしただけであとは見守る態勢になった。数秒ほどの微妙な空白。そして今川さんは静かに口を開いた。


「わたしは明正学園一年、今川颯。出身は県庁地区の千川せんかわ中。中三の中学総体インターミドルでは県大会に出場して、一回戦で負けました。そして、その時の対戦相手というのが他でもない――」


 そこで言葉を切って、今川さんは、すっ、と腕を伸ばして霧咲さんを指差した。みんなの視線が霧咲さんに集中する。


「北地区二位――霞ヶ丘(かすみがおか)中です。特にそちらの……二番は、忘れもしない。最後の最後にわたしをシャットしたセッター。まさかこんなところで再会できるとは思ってなかったが……いい機会だ。この合宿であの時の借りを返すので、よろしく」


 またしても堂々たる宣戦布告だった。今川さんは腕を下ろして、睨むように霧咲さんを見つめる。はてさて、対する霧咲さんの反応やいかに。


「えっ、と……ごめんなさい、あなた、今川中の千川さん、だっけ? ちょっと覚えてないんだけど」


「なあ……っ!?」


 あんまりな返答に声を失う今川さん。名前の間違いを訂正する余裕もないようだ。


「でも……確かに、そうよ。あたしは霞ヶ丘中出身で、ポジションはセッター、背番号も二番だったから、あなたが言ってるのはあたしで合ってる……と思う。あっ、あたし、霧咲きりさき音々(ねおん)っていいます。城上女子の一年で、高校ではミドルブロッカーに挑戦中です。えー……あたしからは以上です」


 しんっ、と気まずい空気が流れる。霧咲さんの右隣にいた北山さんが見かねてこっそり耳打ちした。


「音々殿……電車の中では言いそびれたっスけど、対戦相手はできるだけ覚えておいたほうがいいと思うっスよ?」


「し、仕方ないじゃないっ! 高校からはなるべくそうするわよ!」


 そこから、霧咲さんは北山さんの他己紹介を始めた。


「えー、こちらのツンツン頭は、一年生の北山きたやま梨衣菜りいな。バレーを始めたのは高校からで、ポジションはあたしと同じ、ミドルブロッカー見習いです。テンション上がると抱きついてきたりするので、気をつけてください」


「えっ!? 抱きつくのは音々殿的に注意事項なんスか!? 自分かなりショックっス!!」


「あんたのアレは七割体当たりだから受ける側にも覚悟が要るのよっ! いや、別に抱きつかれるのが嫌って意味じゃないわよ? や、だからっ、ちょ、涙目やめなさいよっ!!」


「だって……七割体当たりって……自分が十回抱きついたら音々殿的にうち七回は純粋に体当たりだと感じてる計算になるじゃないっスか……」


「なにその独自の計算式!?」


 今川さんが未だ絶句から立ち直れない一方で、テンポのいいやり取りをする霧咲さんと北山さん。和んでいいのかよくないのか若干判断に迷う微妙な空気だなコレと思っていたら、不意に、ふふふっ、と大きめの笑い声が上がった。明正学園陣営の、小田原さんと今川さんの間にいるおっとりした感じの子だ。


「高校でも相変わらずなんだね、北山さん」


「……そっちも相変わらずっぽいっスね、西垣殿」


 ほわほわとまったり微笑む、西垣さんという子。北山さんのほうも笑顔は笑顔だけれど、ちょっと緊張している感じ。いつも伸び伸びしている子なのでなんだか意外だ。それでも、北山さんは持ち前の明るさで元気よく話し始めた。


「っと、まずは自己紹介からっスよね。自分は城上女子一年の、北山きたやま梨衣菜りいなといいまス! バレーを始めたのは高校から……っていうのは、音々殿が今紹介してくれた通りっス。中学では、水泳をやってたっス。そしてそちらの西垣にしがき芹亜せりあ殿とは、当時ライバルでしたっス!」


「えっ? でも、北山さんと私は種目が違うよね?」


「そうっスけどよくひとまとめに比較されてたじゃないっスか! ほらっ、自分が『北』山でそっちが『西』垣だから! あと東郷とうごうさんと安達あだちさんとで!」


「ああ、あったねえ。北山さんは〝北の(Northern)飛魚(Volans)〟で、私は〝西の(Western)人魚(Pisces)〟だったっけ? でも、北山さんは北地区だからいいけど、私、西地区でもないのに『西の』なんて、ふふっ、可笑しいの」


「くっ、このビミョーに話が通じない感覚……っ! 紛うことなく貴殿は西垣芹亜殿っスね! っていうかなんで西垣殿もバレー始めたっスか!?」


「それは、なんとなく、ふわってして」


「水泳はよかったっスか? 西垣殿は全国大会まで行ったのに!」


「「そうだったの!?」」


「そうっスよ! 西垣殿は自由形の800メートルで県優勝してるっス! うちの県で一番速いスイマーの一人だったっスから!」


「「すごっ!!」」


「速いっていっても、全国では平均くらいだったから、普通だよ」


「んなわけあるかーっス!!」


「ああ……でも、確かにそうだよね。バレーボールを始めてから水泳部の知り合いには会えなくなってたから、今日北山さんに会えて、私、とっても嬉しい」


「そりゃ自分も嬉しいけどちょっと複雑っスー!」


 じたばたと子供みたいに不満を露にする北山さん。城上女では見たことのない姿だ。どんな子にも得意じゃないタイプっているんだなあ、としみじみ思ってしまった。一方の西垣さんは、いやでもこの子には得意じゃないタイプとかないのでは……? と思わせるくらいにマイペースに、ほわほわと自己紹介を始めた。


「じゃあ、北山さんに紹介されたので、次は私の自己紹介ですね。私は、明正学園一年の、西垣芹亜です。出身は桜田さくらだ第三中学で、水泳は小学生の頃からやってました。色々あって、高校からはバレーを始めましたが、ここでも楽しくやらせてもらってます」


 西垣さんは風に揺れる花のようにふんわりお辞儀する。そしてゆっくりと周りを見回すと、北山さんに微笑みかけた。


「では、他己紹介は、そちらの北山さんにします。北山さんとは中学の時に水泳部の大会で――」


「いやそれもう自分が言ったっスから! 別の人を紹介してくださいっス!」


「あっ、そっか」


 西垣さんは『既に自己紹介を終えた人は指名できない』という暗黙のルールに今気付いたように軽く驚いて、それから、明正学園陣営でまだ指名されていなかった最後の一人――ボサっとした髪の子に目を向けた。


「では、私は希和を紹介しようと思います」


「お願いだから、変なこと紹介しないでよね……?」


「変なことって、例えば、この間寝坊して遅刻しそうになった希和が下着をつけるの忘れてきたこととか?」


「そうそうそれとか――ってをおおおおい!! なに言っちゃってくれてんのあんた!?」


「あっ、ごめん。でも、あの日は体育も部活もなくて、誰にもバレなくて済んでよかったよね」


「その通りよ! たった今他校の人にまで知れ渡ったけれどね!!」


「えっと、そんな感じで、私のクラスメイトの瀬戸せと希和きいなです」


「『そんな感じで』ってなに!? それじゃ私が超絶うっかりさんみたいじゃない!!」


「あっ、でも、希和は普段はとてもしっかり者なんですよ。私が英語の辞書を忘れ物したときなんか、『私は予習してきたから』って自分のを貸してくれて、しかも順番的に私が先生に指されそうなところまで教えてくれたんです」


「うおおおおおん!! やめてっ! これ以上私を辱めないで!!」


「えっ? 今のは別に変なことじゃなかったと思うんだけど……」


「だから余計に恥ずかしいのよッ!!」


 瀬戸さんという子は憤りか恥か照れか興奮かで顔を真っ赤にして、はあはあと息を荒らげていた。西垣さん恐るべしである。


「あとは私が自分で言うから……。ご丁寧にどうもありがとうね、芹亜」


「うん、どういたしましてっ」


 皮肉の通じない西垣さんに、瀬戸さんは諦めたように溜息をついて、がしがしと頭を掻いた。斜に構えた子なのかなと思っていたけれど、どうやら明正学園の中では一番の苦労人のようだ。


「えー……どうも、初めまして。一年の瀬戸希和です。バレーは小学生の時からやってます。和田わだ中というとこの出身で、しがないライトアタッカーをしていました。なんか強そうな同級生ばっかでビビってます。特に藤島さんは県選抜のエースだったんですよね? もしかしてボディーブローとか得意だったりします?」


「なんでボディーブロー!? 全然得意じゃないですからっ! というかそんな物騒なことしませんよ……!?」


「いや……すいません、こっち(トラウマ)の話です。なにとぞお手柔らかにお願いします」


 お腹を押さえながらやや引きつった笑みでそう結んで、瀬戸さんは自己紹介を終えた。残るは三人で、みんなうちの子たちだ。瀬戸さんはうちの子とは知り合いではなさそうだけど、この場合はどうするんだろう。


「じゃあ、次は……恐れ入りますが、山野辺先生、お願いします」


「えっ、あ、私?」


 そっか、てっきり生徒たちだけで回すものだと思っていたけど、そう言えば最初に神保先生が自己紹介していたから、教員を指名してもいいんだ。よく見てるし頭の回る子なんだなあ、と素直に感心した。


「えー、あちらの先生は、城上女子の顧問の、山野辺やまのべしきみ先生です。神保先生の後任なので、バレー部の顧問は今年が二年目。担当教科は国語で、年齢は二十六。高校時代は文芸部と園芸部を掛け持ちしていたとか。今は実家で両親と一緒に暮らしているそうですが、一人暮らしをしようかどうか迷っているみたいです」


「ちょ、えっ、なんでそんなことまで知ってるの!?」


 まさか超能力!? それとも魔法!?


「いや……私は魔法とか使えないですから。普通に、さっき神保先生とお話されていたのが聞こえただけで」


 た、確かに神保先生にはあれこれ訊かれたけどっ! その時の瀬戸さんは他の一年生とネットを張ったりして忙しそうだったよね……? 本当によく周りを見ている子だなあ。


「私からは、以上です」


 私にバトンを渡した瀬戸さんは、やることはやったとばかりにあっさりと身を引いた。わっ、どうしよう、何も話すこと考えてなかった――とまごついてしまう私。


「あっ、ええ、はい、では、私ですね。えっと、私は城上女子の顧問の、山野辺樒です。担当教科は……って、瀬戸さんにほとんど言ってもらったので、詳しいことは省きます。今回は、合同合宿ということで、私も初めてのことだらけですが、みんなで一緒に頑張っていきましょう。よろしくお願いします」


「「よろしくお願いします!!」」


「はっ、はい、ありがとう……」


「「ありがとうございます!!」」


「ふぇ、は、はい」


 どうもこの運動部の特有のはきはき挨拶が返ってくるの……まだ慣れないなあ。というか、私、城上女子うちの子たちに挨拶の指導とかしてないのにできちゃってるんだもんなあ……みんなしっかりしているよ、本当に。


「では、次の人ですね、次の人は……じゃあ、岩村さんで」


「はぁい!」


 私の指名に明るく返事をしてくれたのは、部内でも一番のしっかり者。随分とあとの順番になってしまったけれど、彼女こそ、城上女子バレーボール部の主将なのだ。


「そちらの、真ん中にいるボブカットの子ですね。彼女は、岩村いわむら万智まちさん。岩村さんは二年生なんですが、色々あってうちのキャプテンをしてくれています。背は私とそんなに変わらないのに、ばんばんスパイクも打てる、とても頼もしい主将さんです」


「えへへ、ありがとうございますっ、先生」


 丸みのある頬に柔らかい笑みを浮かべて、親しげにお辞儀する岩村さん。やだなにこの子かわいい。娘に欲しい。いやむしろ岩村さんの娘になりたい。


「では、改めまして、私からもご挨拶させていただきます。明正学園の皆さん、それに神保先生も、初めまして。私は城上女子バレーボール部主将の、岩村万智です。この度は合同合宿ということで、お招きいただきありがとうございます。実はここに来るまでちょっと緊張していたんですけど……なんだか知り合いさんがいっぱいいるようで今は安心しています。夏のインターハイ予選へ向けて、お互いに刺激し合って、いい合宿にしていきましょう。よろしくお願いします」


 太腿のところで手を組んで、深々と一礼する岩村さん。なんだろう。ちょっと涙が出てくる。自分の子供が卒業式で卒業生代表として答辞するのを見るのってこんな感じなのだろうか……。


 と私が感動に浸っていると、不意に、ぱちぱち、と拍手が鳴った。その送り主は明正学園のキャプテンの星賀さんだ。拍手の音はそれから炭酸が泡立つようにふわっと全体に広がって、やがてゆるやかに消えていった。岩村さんの顔がちょっと赤くなる。でも、彼女はすぐにそれを抑えて、如才なく応じてみせた。


「ご丁寧に、ありがとうございます。いやぁ、昨日のうちに言うことを考えた甲斐がありましたよぉ」


 えへへ、と謙遜して場を和ませる岩村さん。それから、彼女は本来の元気な調子に戻って、次なるメンバーの紹介へと移った。残るは、あと二人。偶然にも私の担任する一年二組の二人だ。


「ではぁ、私からはこれくらいにして、次の子を紹介したいと思いまぁす! さぁてどちらにしようかなぁー?」


 岩村さんは楽しそうに残りの後輩二人を見比べる。ここで選ばれなかったほうは必然的に大トリ――締めをすることになるので、この岩村さんの判断はかなり重要だ。私だったら……先に物静かなほうで、締めは元気のいいほうに任せるところかなあ。あの子もたぶんそういうの好きだろうし……。


「はいはーい、まっちー先輩! ぜひとも私をば!」


「はぁい、実花ちゃん早かったぁ!」


 私の予想は見事に外れた。岩村さんが指名したのは、残る二人のうちの、元気のいいほうの子だった。


「えー、では簡単に紹介させていただきまぁす。あちらのポニーテールの子は、一年生の宇奈月うなづき実花みかちゃん。実花ちゃんはとってもバレーボールが大好きで、仮入部期間が始まるより前に体育館にやってきたほどやる気のある子です。実花ちゃんはうちで一番明るくて元気のあるムードメーカーさんなので、きっと明正学園の皆さんともすぐに仲良くなれると思います。私からは以上。あとはよろしくねぇ、実花ちゃん」


「はいっ! よろしく承りました!」


 びしっ、と敬礼して、宇奈月さんはにこにこと笑った。そして今までの誰よりも大きな声で自己紹介を始める。


「明正学園の皆さん初めまして! 私は城上女子一年の宇奈月実花です! 好きなサインは『ぶい』! そしてこちらが私の親友のひかりんです!!」


「誰が親友ですか誰が」


「これは失敬! 大親友のひかりんですっ!!」


「わかりましたからあまり『ひかりん』を連呼しないでください」


「だってひかりんはひかりんだもん! そうですよね、ゆきりん先輩!」


「そうだね! ひかりんちゃんはひかりんちゃんだねっ!」


 油町さんを抱き込んだ宇奈月さんの『ひかりん』包囲網に、三園みそのさんはやれやれと諦めたように肩を竦めた(あっ、そっか。うちのクラスですっかり浸透している『ひかりん』呼びって、あれ宇奈月さんが広めたのか。本人の発案じゃないとは思ってだけど、そのわりに普及するのが早いなあって不思議だったんだよね。納得)。そんな三園さんを見て宇奈月さんはにこにこと満足そうに笑って、勢いそのままに他己紹介を続ける。


「こちらのひかりんは、一年生のひかりんですっ! 私はひかりんと同じクラスなんですけど、ひかりんと毎日顔を合わせるようになってから、不思議と身体が軽くなったんです! 最初は『気のせいかな?』と思ったんですけど違いました! ひかりんと友達になったクラスの皆からも『ぐっすり眠れて目覚めすっきり』『お肌つやつや』『集中力アップ』『どこからともなく力が湧いてくる』と続々喜びの声が上がっております! これもひとえにひかりんのおかげっ! もうひかりんなしの生活なんて考えられません! 明正学園の皆さんもぜひひかりんの効用を体感してくださいっ!」


「人を怪しげな健康食品みたいに紹介するのはやめてください」


 ハイテンションに捲し立てる宇奈月さんにぴしゃりとそう言って、三園さんは宇奈月さんを押しのけるようにして前に進み出た。


「ただ今ご紹介にあずかりました、城上女子一年、三園『ひかり』です」


 名前にアクセントを置いて、三園さんは大きくはないけれどよく通る声で話す。


「まず初めに、今しがた宇奈月さんが謳われました『効用』とやらは全て個人の感想であり医学的根拠に基づいたものではありません。皆様の良識あるご判断を期待しております」


 冗談半分の他己紹介に対して、真面目過ぎるくらい真面目な回答をする三園さん。けれど、隣の宇奈月さんがにこにことそれを見守っているからか、あまり硬い印象はない。部でもクラスでもよく二人で一緒にいるところを見かけるけれど、なかなかバランスのいいコンビなんだな、と今更ながら思う。


「さて、宇奈月さんの戯言たわごとはともかくとしまして、こうして他地区の方と交流できる機会は得難いことですゆえ、私もできることならば、明正学園の皆さんとは今後とも浅からぬお付き合いをしていきたいと考えております。不束者ですが、どうぞよしなに」


 ふわふわした薄茶色の癖っ毛頭をぺこりと下げる三園さん。思わずその頭をくしゃくしゃと撫でたくなったのは私だけではないはずだ。お堅い性格の彼女だけれど、(恐らくは本人の意図に反して)周りに可愛がられるのは、きっと見た目のあどけなさが理由だろう。


 しかしながら、むろん、三園さんは可愛いだけの子ではない。


「……とは言え、私はただ馴れ合いを求めてここに参ったわけではありません」


 うちで一番の負けず嫌い。あくなき闘争心の塊。明正学園では恐らく露木さんや今川さんが担っているであろうポジション――城上女子うちでその役割を果たしている人物こそ、この三園ひかりさんなのだ。


「夏のインターハイ予選……晴れて県大会に出場すれば、私たちは敵同士となります。互いに頂点を目指す以上はどこかでぶつかることもあるやもしれません。そして『その時』に勝利する力を得るために、私は今、ここにいます」


 この上なく真っ直ぐな宣戦布告、そして勝利宣言。表面的には普段の彼女とそう変わらないように思えるが、よく見るとその薄茶色の瞳は煌々と熱く滾っている。一体あの小さな身体にどれだけ強い想いが詰まっているのか、三園さんは臆すことなく明正学園の面々を見据える。


「つきましては、この合宿が双方にとって良きものになるよう、誠心誠意、全力で臨む所存です。なにとぞよろしくお願い申し上げます。私からは、以上です」


 最後に小さく礼をして、三園さんはさっと音もなく輪に戻る。そして訪れる静寂。誰も言葉を発しようとしない。探り合っている――というか、たぶん、見定めているのだと思う。表情を引き締める子、不敵に微笑む子、冷静に情報を整理する子、意識する相手を見つめる子……それぞれが、それぞれの理由で、それぞれのやり方で、内なる闘志を燃やしている。さっきまでの和気藹々としていたムードはどこへやら。両校の間で、ぴりぴりと、まるで試合直前のように緊張感が高まっていく。


 親睦から闘争へ――大トリの三園さんは、見事にみんなの心持ち(スタンス)を一変させてみせた。運動部の合宿としては、これこそ本来の在り方だろう。あの時、三園さんではなく宇奈月さんを先に選んだ岩村さんの判断は正しかったのだ。


「――よしっ! これで全員、名前と顔の確認はできたな?」


 ほどよい頃合いで、ぱちん、と景気よく手を叩く神保先生。みんなが一斉にこちらを見る。どの子も目をきらきらさせて、やる気を漲らせていた。


「よろしい。では続いて練習メニューの説明に移るが――その前に改めて。両校向き合って……一同、礼っ!」


「「よろしくお願いしまああああす!!!」」


 かくして、城上女子・明正学園によるゴールデン合同合宿は、その幕を開けた。

<答え合わせ>


      16樒 沙貴子1

    4胡桃     志帆5

   2静        知沙6

 3由紀恵         七絵9

  17万智          芹亜14

   8透         颯11

   12音々       夕里7

   13梨衣菜     凛々花10

     19ひかり  希和15

        18実花

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