134(知沙) 倒置法
前の晩の天気予報で言っていた通り、その日は朝から晴れ間が広がっていた。
「いってきまーす」
時刻は八時過ぎ。私は自宅を出た。庇の影から日向に出て空を見上げると、その青さと、随分と高いところにある太陽に、少し驚く。
「……よいしょ」
いつもより重たい部活バッグを肩に斜めに掛け、パッドの位置を微調整。駅へと歩き出す。強い日差しが降り注ぎ、走っているわけでもないのに、じわじわと汗が滲んでくる。時折、強く吹く風が、日陰のコンクリートに残る夜の冷たさを運んできて、心地よい。
和田駅に着き、改札を抜け、ホームに立ったところで私はバッグを降ろした。襟元を緩め、ぱたぱたと片手で風を送りながら、ハンカチを額や首筋に当てる。今からこの調子じゃ梅雨や夏はもっと大変だろうなぁ、というのはこの時期の汗っかきに共通の悩みだと思う。
「はぁぁ」
重苦しい溜息。と、それを吹き飛ばすように、ホームの入り口からからっと軽やかな声がした。
「あっ、知沙さん」
声のしたほうに目を向けると、同じ部活の一年生が片手を振っていた。私もぱたぱたしてた片手を掲げて応じる。
「希和ちゃん。おはよー」
「はよっす。やー、晴れるのはいいですけど、さすがに暑いっすよね」
なんて言いつつ苦笑する彼女――瀬戸希和ちゃんは、しかし、私の目にはとても涼しげに映った。すらりと高い身長に、だるっと着崩した制服。そこからひょろりと伸びる細くて長い手足。私のと同じくらいの体積の部活バッグを軽々と片手で持って肩に担いでいるのもサマになっている。いつもの微妙にセットの行き届いてないハネた髪も、夏休みの腕白少年みたいな爽やかさがあっていい感じだ。
「これが小学生の時から運動をしてきた人間とそうでない人間の差か……」
「え? なんか言いました?」
ぼすっ、と、やはり体積相応に重量のあったらしい部活バッグを降ろして、私の隣に立つ希和ちゃん。
「……なーんでも」
私がちょっと拗ねた風に視線を逸らすと、希和ちゃんは「えっ? え?」と不思議そうに私を伺ってきた。やがて「知沙さん……?」と僅かに不安げな口調になったところで、私は慌てて振り返る。
「あっ、いやいや、違うの! 希和ちゃんが何かしたわけじゃなくてね!」
「ああ……よかった。……えっ? じゃあなんだったんですか?」
「いや、その、希和ちゃん、力あっていいなぁって。バッグをこう――肩に引っかけるアレ! 私がアレやると重さで後ろにひっくり返っちゃうから」
「アレ……って、でも、言うほどいいもんじゃないですよ? すぐ肘とか手首とか痛くなりますし」
「そうなの? けどさ、重い荷物をアレして街中を颯爽と歩けたらカッコいいよね!」
「歩けたら、そうでしょうね。私は無理ですけど」
「えっ? だって希和ちゃん、さっきアレしてたでしょ?」
私が首を傾げると、希和ちゃんは少し考えて、それからぷっと吹き出した。
「もしかして、知沙さん、私がずっとあの持ち方でここまできたと思ってるんですか?」
「えっ? 違うの?」
「違いますよ。私が今日アレしたのは、ここの改札からホームまでのごく短い間だけ――というのも、改札をくぐるときに荷物が引っ掛からない持ち方がアレしかなかったからです。で、一度担いでしまった以上、降ろすのは逆に面倒だからそのまま歩いてきた――と、それだけのことですよ」
「そ、そうだったんだ。私てっきり、鼻唄混じりにアレして時々スキップとかしてきたのかと……」
「知沙さんは私をどんな怪力女子だと思ってるんですか。あと、たとえ力があっても通学路で鼻唄混じりにスキップとかしないですから、私」
希和ちゃんはそう言って苦笑した。それに重なるように、電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。
「電車、来ますね」
言うと、希和ちゃんはひょいっと自分の部活バッグを持ち上げた。なんだかんだでやっぱり力持ちだ。まあ、希和ちゃんは我が部の大型新人の一人なので、人並み以上の体力はあるに決まってるんだけど。
「そうだね……」
一方の私は、足元のバッグに視線を落とすだけで、まだ手は出さない。ただ持っているだけでも疲れるので、電車が目の前に止まって扉が開くぎりぎりまで待つ作戦なのだ。
やがて、きぃぃ、とホーム中にブレーキ音を響かせて、電車が滑り込んでくる。まだまだ……完全に停車するまで、もう少し……。
「そんなに重いんですか、これ」
「えっ?」
ゆるゆると速度を落としていく電車に集中していた私の隙をつき、よっ、と希和ちゃんは空いている手で私のバッグを持ち上げた。
「うおっ、なんですかこれ! 知沙さんどんだけ着替え詰め込んだんですか!」
「そ、そんなにたくさん入れてないよっ! というか着替えとか大きな声で言わないで!」
「誰にも聞こえてないから大丈夫ですよ」
希和ちゃんは電車のほうに目を向ける。完全停車寸前の電車は一際高いブレーキ音を鳴らしていた。ほどなく、ぷしゅー、と車体から空気が吐き出されて、目の前の扉が開く。中はそれなりに空いていて、降りる人はゼロ。希和ちゃんは「どっこらせっ」と(言ったわけじゃないけどそんな感じで)大股に乗り込み、二人分の荷物をすぐにその場に置いた。私はやや遅れて電車に乗り込む。その時、色々と焦っていたのでちょっとよろけてしまった。すかさず希和ちゃんが手を取って引っ張り上げてくれる。
「あ、ありがと、希和ちゃん……」
「いや、まあ、大したことじゃないですよ」
希和ちゃんは照れたように私から手を離して、首の後ろをかりかりと掻いた。私は希和ちゃんに掴まれた手をもう片方の手で包みながら訊く。
「……お、重くなかった?」
「えっ? ああ、確かにわりと重かったっすね。ホント何が詰まってるのかってくらい――」
「………………」
「………………」
「…………余分な脂ぼ」
「荷物! 荷物の話ですからっ! なんかすいません!」
「うぅっ……どうせ私は……」
「知沙さーんっ! しっかりしてください!」
もちろん誤解なのは私も言ってすぐに気付いていた。でも、誤解を解こうと慌てる希和ちゃんがなかなかどうして可愛らしくて、なんとなく志帆ちゃんになったみたいで楽しくなってしまい、ちょっとの間わざとめそめそしてみたりしたのだった。
――――――
「もー……知沙さんまで魔女堕ちするのは無しですよ。部に私の心の拠り所がなくなるじゃないですか」
「わ、私って、希和ちゃんの中でそんな重要ポジションだったんだ……」
桜田駅で降りた私たちは、西口を出てコンビニに寄ったあと、学校へと一緒に歩いていた。ちなみに、希和ちゃんのバッグの持ち方は今はアレじゃなく、ベルトを肩に掛ける私と似たスタイルになっている(私はベルトを斜めに掛け、希和ちゃんはまっすぐに下ろしている)。
今日は連休二日目で、授業はもちろん休み。部活動をするにしてもやや早い時間帯だから、私と希和ちゃん以外、周りに同じ制服を着た人は数えるほどしかいない。
だから、その子のことは遠くからでも見つけられた。使い込んだ感じの、背の高い彼女が持つと玩具のようにも見える小さな赤いキャリーケースを携え、道の真ん中に佇み、どこか遠くの空を見上げている。最近少し切って結ぶことをやめた色素の薄い髪が、さらさらと風に揺れている。
「……なにしてんの、芹亜?」
近くまで来たところで、希和ちゃんが怪訝そうに声を掛ける。彼女――西垣芹亜ちゃんはゆっくりと振り返った。
「おはよう、希和。知沙さんも、おはようございます」
「ん、おはよ」
「おはよー、芹亜ちゃん」
「じゃあ、行きましょ」
ほわ、と微笑んで、芹亜ちゃんはからからとキャリーケースを引いていく。私と希和ちゃんは目を見合わせた。それから、先に歩き出した芹亜ちゃんに早足で追いつく。
「ねえ、あんた、今なにしてたの?」
「え? 二人を待ってたんだよ?」
「待ってた? 私たちを? どゆこと?」
「えっとね、駅の連絡通路を通るときに、二人が改札を出るのを見かけて、あっ、と思ったらコンビニに入っていったから、先に行って待ってたの」
「いや……その場で声掛けるかコンビニに一緒に入ってくればよかったじゃない」
「んー、なんだろ、タイミングが合わなかったから、いっかなって」
「なにそれ……」
希和ちゃんは難解な国語の読解問題にぶつかったような顔をした。芹亜ちゃんはたまに、私たちにはよくわからない原理で行動する。私は話題を変えた。
「芹亜ちゃん、そのキャリーケース、いいね」
「はい。コンパクトで軽いのに頑丈で、いざというときには盾にもなります」
ほわわ、と芹亜ちゃんは屈託なく笑った。そっかぁ、とつられてこっちまで頬が緩む。細かいことを言うと私は色合いの良さとか転がして運べる便利さを褒めたつもりだったんだけど……まさか防御力を誇られるとは。ちなみに実際に盾として使ったことはあるの? とは、もちろん訊かないでおいた。
――――――
本日、ゴールデン合同合宿、初日。
私たち私立明正学園高校女子バレーボール部は、構内の一角――特別棟に隣接した合宿所の前に、八時半に集合という予定になっていた。宿泊用の荷物をそこに置くのと、合宿所内の清掃のためだ。
一番に到着したのは、私たち三人。次いで、合宿所の鍵を持った志帆ちゃんがやってくる。そのあと、残りの一年生三人がわいわいと揃ってやってきた。時刻は八時二十七分。来ていないのは、あと一人だけだ。
「ま、いつものやつだろう。ちょっと早いが先に中に入ってしまおう」
恐らくメッセージを送ったのだろう、携帯電話をしまいながら志帆ちゃんはそう言った。大丈夫かな……と私は後ろを振り返ったり携帯を見たりする。けれど、一年生たちはもう慣れた(というより初めての時が『そう』だったから、もうそういうものだと思っているのかもしれない)みたいに頭を切り替え、もたもたしている私を尻目に次の行動に移る。志帆ちゃんに続いて合宿所の扉をくぐり、スリッパに履き替えて中に入っていく。
「わあ、学内にこんなんあったんや。めっちゃキレイなとこですねっ!」
フローリング張りの廊下に立った栄夕里ちゃんが、くるりと一回転しながらそう言った。スカートが朝顔のように広がり、チョコレート色の髪につけた赤いリボンがふわりと揺れる。なんだかテレビのリポーターさんみたいだ。
「私が入学する少し前に、学校の創立二十周年を記念して建てられたんだ。普段は二階が自習室として解放されていて、特別棟の奥から入れるようになっている。気分を変えたいときにでも利用してみるといい」
志帆ちゃんは廊下の真ん中で立ち止まり、私たちのほうに振り返って簡単に施設の紹介をした。
「私たちが合宿中に使うのはこの一階のみだ。君たちから向かって右側が会議室で、今から宿泊できるように準備する。左は食堂と、奥に浴室。ここもあとで簡単に清掃する。何か質問は?」
「はいっ!」
元気よく手を挙げたのは、露木凛々花ちゃん。頭の左側でくくった癖のある赤茶色のサイドテールが動きに合わせて跳ねる。
「はい、凛々花、どうぞ」
「お風呂は露天ですか?」
「残念ながらノーだ」
「露天ってあんた……どこの旅館に来た気でいるのよ」
「わ、わかってるわよ!」
「っちゅーか仮に露天やったとして、ここ学内やけどええの?」
うっうるさいわね冗談よ冗談! と顔を赤くする凛々花ちゃん。かなりはしゃいでいるようだ。でも、気持ちはわかる。
「はいっ!」
続いて手を挙げたのは、今川颯ちゃん。首元のやや右寄りのところで結んだ艶のある黒髪が、動きに合わせてさらりと流れる。
「はい、颯、どうぞ」
「お風呂にサウナはついてますか?」
「残念ながらノーだ」
「だからっ! ここは旅館じゃないんだって! 学内施設!」
「わ、わかってる! 冗談だ!」
「目はマジやったけどな」
そんなことはない、と誤魔化す颯ちゃんも、顔にはあまり出ないけど、凛々花ちゃん同様けっこう浮かれているみたいだ。一連のやり取りを見ていた芹亜ちゃんがふふふと微笑む。志帆ちゃんはぱちぱちと手を叩いて視線を引き戻した。
「では、他になければ会議室の掃除から始めよう」
「「はいっ!」」
そうして私たちは合宿準備に取りかかった。なお、お風呂は至って普通のタイル張りの室内風呂だった。
――――――
四十分ほどかけて合宿所の清掃をしたところで、私たちは必要な荷物だけを持って第一体育館へ移動した。九時半になったところで、神保先生と、初めて見る先生が体育館へやってきた。二十代半ばの方で、身長は志帆ちゃんと同じくらい。体型のほうはどっちかっていうと私に近かった。たぶん相手校の先生なのだろう。
私たちは準備の手を止めて、先生たちのところに集合する。まずは、神保先生の挨拶から。
「おはよう。今回は合同合宿ということで、三泊四日で他校と交流する。各自、明正学園の生徒として相応しい行動を心がけるように」
「「はいっ!」」
170センチを越える神保沙貴子先生は、背筋をぴんと伸ばし、私たちを見回す。最近は一年生にも大分フランクに接するようになった先生だけれど、今は私たちだけではないので、いつもより少し厳しめだ。
「練習メニューは先方が到着して、全員揃ってから説明する。私からは以上。では、あとは山野辺先生、お願いします」
「は、はいっ!」
山野辺先生、というらしい相手校の先生は、威風堂々とした神保先生とは対照的に、落ち着かなそうに手を合わせて、おずおず半歩前に進み出た。髪は毛先のほうがくるくるカールしたセミショートボブで、色は黒に近い茶。おっとりした顔立ちで、黒のオールフレームの眼鏡を掛けている。
「えー……め、明正学園の皆さん、おはようございます。わた」
「「おはようございますっ!」」
こちらの挨拶と先生の台詞が被ってしまった。先生は若干顔を赤くして、言い直す。
「は、はい、元気があってすばらしいです。えっ、と、それで、私はですね、城上女子高校バレーボール部顧問の、山野辺樒といいます。今日から合宿ということで、短い間ですが、一緒に頑張りましょう。も」
「「はいっ!」」
ああっ、また被った……! 山野辺先生は「あはは」と若干頬を引き攣らせつつ、最後まで笑顔を崩さずに結んだ。
「もし、困ったことや、気になることがあったら、私にも遠慮なく相談してください。私からは以上です」
ぺこっ、とかなり深く頭を上げる山野辺先生。神保先生は「ありがとうございます」と声を掛け、私たちも同じく「ありがとうございますっ!」と礼をする。
「では、全員、準備に戻ってくれ」
「「はいっ! ありがとうございました!」」
というわけで、解散。先生たちはその場で雑談――というより神保先生が一方的にあれこれ聞き出しているような感じだった。山野辺先生は恐縮そうに手をぱたぱたして答えている。そして、その様子をモップ掛けの続きをしながら眺める、志帆ちゃんと私。特に志帆ちゃんは熱心に山野辺先生を観察していた。普通の文系な先生って感じだけれど、志帆ちゃん的に何か只者ではない要素でも見つけたのだろうか。
「……むぅ……知沙とどっちが大きいのか……」
「志帆ちゃん!? どこ見てるのっ!」
言われてみれば確かにいい勝負……いや、でも、ほらっ、たぶん私のほうが大きいよ!
「んー……大人の女性というのもなかなか」
「わっ、私だって大人になれば大人になるから!!」
だから山野辺先生のほうばっかり見ないでよ――じゃなかった、モップ掛けに集中しようよ!
「そうだな。ま、焦ることはなかろう。三泊四日もあるのだから」
「長期戦の構え!?」
なんてこと……っ! 今回の志帆ちゃんはかなりマジっぽい! こ、これはしっかり見張ってないと大変なことに!?
「さて、これで準備はばっちりだな」
モップを掛け終え、柄を垂直に立てて、志帆ちゃんは体育館を見回し、最後に時計に目をやった。
「あちらも、そろそろ駅に着いた頃だろうか……」
見ると、時刻は九時四十二分。予定ではあちらの到着は十時だ。獨楢へ出向いたときも緊張したけれど、本拠地で待つのもまたそれとは違った緊張がある。
私と志帆ちゃんはモップを片付け、ネットを張り終えた一年生と合流。予定より早く準備が終わったので、一時的に自由行動となった。コート外に出て、それぞれ柔軟をしたり、靴ひもを結び直したり、時々、そわそわと扉のほうを見たり。
「なんや入部試験を思い出すなー」
足を大きく開脚してぺたんと胸を床につけながら、夕里ちゃんが楽しそうに言う。彼女はかなり余裕があるみたいだ。
「また関係ない人が乱入してきたりしてね」
苦笑気味に言ったのは希和ちゃん。こちらは緊張を紛らわすために口を開いたのだろうと、なんとなくわかる。
「在原さんたち、今頃何してるかなあ」
ちょっとズレたことを芹亜ちゃんが呟く。この状況でまったく別方向へ関心を向けられるのはさすがだ。
「どんなヤツがいるのかしら……城上女子高校」
重々しくそう言うのは凛々花ちゃん。
「来ればわかることだ」
クールに返すのは颯ちゃん。凛々花ちゃんはむっと頬を膨らませる。と、その時、
がらがらっ、
と体育館の扉が開いた。一年生も私たちも、ばっ、と一斉にそちらへ振り向く。そこに立っていたのは――、
「……すいません、遅れました」
巨大な、と形容して差し支えない我らが唯一の二年生――小田原七絵ちゃん、もといナナちゃん! ああっ、間に合ってよかった!
ちなみに、ナナちゃんのことを初めて見る山野辺先生は、目と口をまん丸にして驚いていた。まあ、180センチを越える女子高校生なんて滅多にいないから、当然の反応だろう。ナナちゃんはそんな山野辺先生に気付くと、まずそちらに一礼し、それからこちらを向いて志帆ちゃんに言った。
「駅でそれらしいセーラー服の一団を見かけました。たぶんもう来ます」
「ほう、そうか」
言うと、志帆ちゃんは一年生たちの顔を見てから、一つの質問を投げかけた。
「で、君の目から見て、どうだった?」
質問の意図を把握したナナちゃんは、僅かに緊張感を滲ませつつ、あくまで淡白に答える。
「……そうですね。結構、強いんじゃないかと」
ナナちゃんの下した『強い』という評に、ざわわっ、と一年生たちが色めく。その様子を見た志帆ちゃんは満足そうに目を細めた。
「ありがとう。荷物を更衣室に置いて、着替えてきてくれ。先方がもう来るというなら、できるだけ速やかにな」
「わかりました」
たっ、とナナちゃんは更衣室へ走る。これで、あとは相手校が到着すれば、いよいよ全員集合。合同合宿の始まりだ。
やがてナナちゃんが更衣室から出てきて、私たちの輪に混じる。かちっ、と時計の針が一つ進む。時刻は九時五十四分。
「では、諸君、心して歓迎するとしようか。城上女子高校バレーボール部の皆様をね」
芝居の台詞じみた倒置法でそう言って、志帆ちゃんは微笑する。私はごくりと唾を呑み込む。急にみんなの口数が減り、期待、不安、興味、闘志と、それぞれの色々な感情が体育館に充満していく。
そして、誰もがそちらを見つめる中、ついに、扉は開かれた。




