133(音々) 桜田駅
ゴールデン合宿、初日。
ホームである城上女子高校を出発したあと、音成女子のある比美川駅から電車に乗り、大田駅で立沢胡桃先輩が合流して、いつぞやの南五和高校のある五和駅を通り過ぎ、あたしたち城上女バレーボール部はまもなく私立明正学園高校のある桜田駅に着こうとしていた。
敵地が近付くにつれ、雑談に興じていたメンバーも緊張して口数が少なくなる――、
「おおっ、桜田次っスね! 次桜田っスね! あーっ、どんなところっスかね、明正学園!! 音々殿はどう思うっスか!?」
なんてことはなかった。むしろ興奮はどんどん大きくなっていた。
「だから、よくわからないって何度言わせるのよ」
「えーっ!? でも音々殿は一年生の時も二年生の時も三年生の時も県大会に出たっスよね? ちょっとくらい何か思い出さないっスか? 手強い敵とか! 有名選手とか!」
「そう言われてもね……」
確かに北山梨衣菜の言う通り、あたしは中一の冬からスタメンで県大会に出場し、他地区の中学ともそれなりに戦った経験がある。なんなら小学生の時だって県大会に出た。
しかし、悲しいかな、あたしは敵チームへの関心がかなり薄いほうなのだ。正直なところ対戦校の名前すら覚えていない。ただ、これを言うと梨衣菜ががっかりしそうなので、悪いと思いつつ、あたしは梨衣菜の矛先を他へ逸らした。
「大体、県大会のことならあたしより透のほうが詳しいわよ。二つ上に混じって一年の夏から(あたしたち霞ヶ丘を負かして)出てるし、最高三回戦まで勝ち進んでる。しかも去年は県選抜で他地区の有名選手と一緒に全国を戦ったんだから」
「なるほどっス! というわけらしいっスけど、そこのとこどうっスか透殿!?」
「えっ、わ、私……?」
食いつかれた藤島透は、目を丸くして、ぱたぱたと手を振った。
「で、でも、私もそんなに詳しいわけじゃ……」
「えーっ!? ちょっとくらいはなんかないっスか!?」
「なにか……。あっ、そうだ、県選抜と言えば」
「なんスかなんスか!?」
「県選抜の練習会で、県庁地区の人って見たことない、かも」
「ほうっ!」
「へえ……」
あたしも気になったので、相槌を打って続きを促す。透は「んー……」と目を閉じて順番に指を折っていく。
「うん。そう、県選抜って、半分くらいは南地区の人なんだよね。で、あとはそれ以外の地区から一人二人ぽつぽつとって感じ。でも、県庁地区出身の人だけは、見かけたことないや。去年も、あと、一昨年もそう」
「ふむふむ。ということは、少なくとも明正学園に県選抜の人はいない、ってことっスね?」
「う、うん……たぶん」
控えめに頷く透。梨衣菜のほうも「なるっスなるなる!」と身体を揺らしてはしゃいでいる。それなりに満足したらしい。と、ちょうどいいタイミングで、電車が桜田駅に到着した。
「はぁい、みんな降りますよぉー!」
「「はいっ!」」
主将の岩村万智先輩の号令で、あたしたちは一斉に動き出す。合宿の荷物にボール袋なども加わっているので、移動は結構大変――否、あたし以外はそうでもなさそうだった。梨衣菜とか由紀恵先輩とか駅内じゃなきゃ走り出しそうね……。
「音々は、大丈夫? 荷物、重いなら持つけど……」
もたもた歩いていたら、透が歩を緩めて隣に来てくれた。荷物はぶっちゃけ重いので、できることならお言葉に甘えたいところではある。しかし、あたしは迷わず「ありがと。でも大丈夫」と首を振った。あたしより先に同じように声を掛けられた三園ひかりが固辞していた手前もあるし、今だって耳聡い宇奈月実花がにこにこしながらこっちを見てくるし、大体にして、まだ合宿は始まってもいないのに、荷物持ちくらいで他人の手を借りているようでは先が思いやられるというものだ。
「……それはそうと、透さ」
「ん?」
えっちらおっちら階段を降りながら、あたしは気になっていたことを訊いてみる。
「さっきの県選抜の話……あんた『一昨年も』って言ってたけど、もしかして二年の時も県選抜だったの?」
「えっ……あっ、言ってなかったっけ。一応、そうなんだ」
透はなぜか後ろめたそうに肯定した。あたしは目を細める。
「それって……あの館商の藤本いちいとも一緒だったってことよね?」
「そ、そうだね……」
「つまり、あんたって、二年生の時点で全国ベスト4を経験してたわけよね?」
「い、いやっ、それはそうなんだけどそうじゃないっていうか……! あの大会では、トーナメントの最後のほうは、私、いちいさんのことを外から見てるだけでっ! ベスト4はいちいさんたちの力っていうか、私は本当にダメダメで……去年だって全然ダメダメのダメダメで……」
「ちょ、あんた、なに勝手に一人で落ち込んでんのよ!?」
ダメダメと呟きながら、元々猫背気味の背中をさらに丸めて、しおしおと萎れていく透。あたしは慌てて口調を明るくする。
「あのね? あたしはただ、改めてあんたってすごい選手だったんだなーって思っただけで!」
「わ、私なんて、そんな……いちいさんに比べたら……」
ま、まあ、確かに藤本いちいは小学生からやってた人だし、すごい上手い選手だとは思うけど……。
「でも、ほら! タメならさ、あんたが一番強いんでしょ?」
「一番強いかどうかは……。私はただ、たまたま他の人より体格がよくて、ポジションがレフトだからトスがよく飛んできたってだけで……」
「そういうのを一番強いって言うんじゃないの!」
どうしよう……透が凹む理由がさっぱりわからない。なんて言って褒めたら持ち直してくれるだろうか。っていうか実花! あんたにこにこしてないで知恵貸しなさいよっ!
「え、えっと、そうっ! あんた背高いじゃない! タメでは一番なんでしょ? それってすごいことよ! あと、ほらっ、上級生を含めたってあんたより大きい選手なんてそうそういないわけで!」
「そんなこと……ないよ。一つ上の県選抜には、私より一回り大きい人いたもん。セッターの人だったんだけど……」
「っ――は、えっ!? 冗談でしょ!?」
透より一回り大きい!? しかもセッター!? そんな意味わかんない選手が一つ上にいたの!?
「……それに、その人が言ってたんだけど、その人の一つ上にはもっと高い人がいるって……」
「まさか!?」
透より一回り大きい人よりもっと高い人!? 2メートルくらいあるんじゃないのそれ!?
「だから……私なんか、ホント、全然、小柄だよ」
「いやさすがに小柄ではないわ!!」
反射的にツッコミ口調になってしまった。透はきょとんとした顔でこっちを見て、それから、はにかむように微笑んだ。どうやらあたしがツッコミを入れたことが可笑しかったらしい。持ち直してくれたのはいいけど、なんというか、かかなくていい恥をかいた気がするわコレ……。
なんてやり取りを終えたところで、あたしたちは改札を出た。あたしと透が最後で、他のメンバーは地図のある柱の前に集まっていた。梨衣菜と実花がぶんぶんと手を振るので、あたしたちは早足にそちらへ向かう。
と、その時。
みんなの後方、柱の向こう側を、一つの大きな人影が駆けていくのが見えた。
セミショートくらいの黒髪を靡かせ、大きなストライドで、風を切って走っていく制服姿の女子高校生。その人がまた……めちゃくちゃデカい。たぶん透よりデカい。あたしは思わず目で追ったが、あっという間に駅を出ていって、すぐに見えなくなってしまった。
……にしても、世界は広いというか、いるところにはいるものなのね、透よりデカい女子高校生って。実際に目にするのは、南五の生天目信乃先輩に次いで二人目だけれど。
「コンビニとか寄りたい人はいますかぁ? いなければ出発でぇす! あとちょっとだから頑張ろうぉー!」
「「おー!」」
元気満点な万智先輩を先頭に、満点越えの梨衣菜・実花・由紀恵先輩、お目付役のひかりと市川静先輩と続き、あたしと透はその後ろから、しんがりの胡桃先輩に見守られ、ぞろぞろと駅の西口へ歩き出す。
それは奇しくも、先程のやたらデカい女子高校生が駆けていったのと同じ出口だった。




