132(月美) 大田駅
大型連休に入って二日目。一週間後に迫った県大会へ向けて、今日ももちろん練習の予定が入っていた。
わたしはいつものように江木小夜子と待ち合わせて大田駅へ向かった。時刻は九時を回ったところ。練習は午後からだが、わたしも小夜子も進学を希望しているので、こういう日は早めに学校に行って勉強をすることにしているのだ。
「あっ」
大田駅に着いたところで、ふと小夜子が足を止めた。視線の先を追う。ガラス張りになった駅カフェのカウンター席に、一際目立つ黄色がいた。真っ黄色のヘルメットみたいな丸いショートカットに、同じく目立つ橙色地のプリントTシャツと、ペンキで落書きされたような派手なパーカーを着ている。わたしと小夜子の同級生――有野可那だ。
「おっ……?」
さらによく見ると、その隣には連れがいた。黒髪ショートのシャギーカットに、可那に輪をかけて小柄で華奢なセーラー服の女。片耳にイヤホンを嵌め込み、英単語帳をぱらぱらと眺めている。こちらもわたしと小夜子の共通の知り合いだった。
「可那ちゃんと胡桃ちゃんだ! 珍しいっ!」
ぱちぱちと瞬きをして、嬉しそうに声を弾ませ、小夜子はカフェへと走っていく。ガラス越しに正面に立って、ひらひらと手を振る小夜子(かわいい)。すぐに向こうも小夜子に気付いて、可那がすかさず横の席に荷物を置いて「こっちに来い」とジェスチャーで示す。わたしは突っ立ったまま遠巻きにその様子を見ていたが、小夜子(あとガラスの向こうの可那も)が笑顔でこっちに振り向いたところで、諦めてカフェに入ることにした。
カフェの中は比較的空いていた。お店には申し訳ないけれど、長居するつもりはないので注文はせずに可那と立沢胡桃の元へ。小夜子が可那の隣に座り、わたしは小夜子の傍らに立った。小夜子はカウンターに身を乗り出すようにして、二人に話し掛ける。
「まさか可那ちゃんと胡桃ちゃんのセットを見かけるとは思わなかったよー。二人してどうしたの?」
「わたしがここで勉強していたら、この黄色が勝手に隣に来た」
「ぷらついてたら胡桃を見つけたから、ちょっと暇潰しにな!」
「あっ、別に約束していたとかではなく」
「そう(おう)」
なーんだ、と少し残念そうに口をすぼめる小夜子(かわいい)。大方、先月の件をきっかけに二人が仲良くなったとか、そういう期待をしていたのだろう。まあ、可那と立沢胡桃は元々仲が悪いわけでもないだろうが……この二人が一緒に遊びに行くところは想像できないな。
「あれ? じゃあ、なんで胡桃ちゃんここにいるの? 勉強するならもっと落ち着いた場所あるよね?」
「それなんだけどよ、なんとこいつら今日から合宿なんだってよ!」
なぜか可那が答える。言われてみれば、立沢胡桃の席の横には旅行用の大きなキャリーケースが置かれていた。……いや、しかし、それならそれで、なぜこの大田駅で悠長に勉強などしているのだろうか。立沢胡桃の通う城上女子はここからわりと遠い北地区の高校なのに。
「しかも聞いて驚け! 城上女子ともう一校で合同なんだと!」
なぜか部外者の可那が自慢げに言う。小夜子は「へえー! すごいすごいっ!」と楽しそうだ。一方当事者の立沢胡桃は我関せずと英単語帳のページを捲っている。
「それで、そのもう一校ってどこなの? 有名なとこ?」
「いや、県庁地区の明正学園ってとこらしい。明星じゃなくて、明正な」
「全然聞いたことない……またなんでその、明正さんと?」
「城上女の前の監督が今そっちにいるんだと。ほら、あたしがぶっ倒れたときの、背の高い女監督。覚えてねえか?」
「うーん……ちょっと記憶にないかなぁ」
「月美はどうだ?」
こめかみに人差し指を当てて記憶を辿る小夜子(かわいい)を眺めていたら、急に可那がわたしに話を振ってきた。わたしは「さあ」と肩を竦める。言われてみればそんな監督さんだった気もするけど……というか、あの時はあんたのことでいっぱいいっぱいで相手校の監督まで見てる余裕なかったっての。
「そろそろ時間だから。わたし、行くね」
ぱたん、と英単語帳を閉じ、立沢胡桃が席を立つ。結局こいつ最初の挨拶以外ほとんど喋らなかったな……。しかし、可那と小夜子は慣れているのだろう、かつての仲間を笑顔で見送った。
「やるからにはぶっ潰してこいよ、胡桃!」
「胡桃ちゃん、行ってらっしゃーい」
立沢胡桃は「うん」と淡白に返事をして、紙カップを片付け、からからとキャリーケースを引いて改札へ向かう。わたしは小夜子のほうに身を寄せて、立沢胡桃の進路を空ける。すれ違い様、ちら、と表情を盗み見たら目が合った。さすがにここで何も言わないのは感じが悪いか。
「合宿……頑張って。あと、市川静によろしく」
わたしが話し掛けたことが意外だったのか、立沢胡桃は少し目を丸くして、それから苦笑気味に言った。
「月美、静のことが気になるの?」
「いや、気になるというか……あんないいセッターが埋もれたままなのはもったいないというか、市川のいない県大会だと、その、画竜点睛を欠く感じがして据わりが悪いから」
「つまり、気になると」
「いや……まあ、もうそれでいいわ」
わたしが反論を諦めてハンズアップすると、立沢胡桃はなぜか「ありがとう」と礼を言った。
「夏のインターハイ予選では、ちゃんとこっちから挨拶に行かせる。そっちも、今度の県大会、頑張って」
そして立沢胡桃は少し早足にカフェを出ていった。ご丁寧にどうも、とわたしはその背中に向けてぼそりと呟く。そっけないのは相変わらずだが、中学の頃に比べると多少は取っ付きやすくなったように思う。
「おっ、かったりーな先輩からメールだ」
誰にともなく可那が言った。じゃあわたしたちも行こっか……と小夜子に目配せしたところだったが、先輩の名前が出てきては知らんぷりもできない。というか、ちょくちょく連絡取り合ってるみたいだけど、あんたと里奈さんってなんなの? メル友?
「里奈さんがどうかしたの、可那ちゃん?」
「いや、ちょっと待て、これは――」
言い差して、可那は里奈さんとのやり取りを続ける。小夜子が「どういうことだろ?」とわたしを見てくる。わたしは「さあ」と首を振った。すると、
「うえっ、なんだよ、それ! 面白そうじゃねえか!」
囀るカナリア。声がでかい声が。
「それで、なんだって?」
「胡桃たちの合宿に、かったりーな先輩も参加するんだってよ! あの川戸礼亜とかいう静の先輩も一緒らしいぜ!」
「へええっ、なんで? 城上女繋がりでってこと?」
「それもあんだろうけど、なんか、かったりーな先輩たちのサークルが世話になったってヤツが明正学園とやらにいるんだとよ」
「えっ? ええ? どういうこと?」
小夜子と可那の会話を聞きながら、わたしも首を傾げる。まず明正学園の生徒が里奈さんたち大学生のサークル活動に混じっていたのが謎だ。まあなんらかの事情があったんだとそれを飲み込むにしても、里奈さんたちが『世話をした』のではなく『世話になった』とはこれいかに。
「かったりーな先輩曰く、そいつが相当な怪物らしい。んで、ポジションはセッターなんだと」
可那がわたしを見てくる。それらしい人物に心当たりはないか、ということだろう。いや、しかし、市川静みたいな掘り出し物がそうそういてたまるか。中学の時から目立っていた同期のセッターは大半がどこかの強豪に行ってるし……。
「なにか、特徴は?」
「かなりでかいらしい」
「市川静だってかなり高いよ」
わたしもそれなりに上背があるほうだが、市川静はさらに上、170近い。セッターとしては充分過ぎる高さだ。
「いや、そんなんじゃねえ。桁が違う」
桁が違うって……そんな巨人族じゃないんだから。
「信乃よりでかいらしい」
「桁が違う!? どこの巨人族よそれ!!」
というか信乃よりでかい選手って県内だと一人しかいないのに!!
「いや……そうだ、そう言えば――」
信乃で思い出したけど、一つ下の『県内最強の左』――あれの中学時代の相方が、確かかなり大柄なセッターじゃなかったっけ。いやいや、でも、あれは南地区の選手だし別人……いやいやいや、でも、もし万が一そうなら……。
「おっ、なんだ、マジでそんな怪物がいんのかよ!」
「……うん、まあ、確証はないけど」
「うおおおっ、気になるっ! そうだ、連休中の練習キャンセルして殴り込みにいこうぜ!! 県庁地区ならすぐそこだろ!!」
「いや、来週県大会なんだから、無茶言わないで」
「ん? ああ、それもそうだな」
あっさりと引き下がる可那。それを見てくすくすと微笑む小夜子(かわいい)。と、今更ながら、可那が思い出したように訊いた。
「そういや、なんでお前ら一緒なんだ?」
「ああ、私と月美ちゃんはね、休日で午後練の日は早めに学校行って勉強してるんだよ」
「んだよそれー!? 次からはあたしも誘えよな!!」
「あっ、いいね、そうしよそうしよ! ねっ、月美ちゃん?」
「え、あ、お、い……うん」
こくこく頷いてぱっつんの前髪を揺らし、目を輝かせてこちらに振り向く小夜子(かわいい)につられて、よく考えずに了承してしまった。なんて迂闊なわたし。いや、まあ、かわいい小夜子の申し出ならなんだって断りはしないけれど……けれど、ああ……。
さらば貴重な二人っきりのゆったりとしたひととき、わたしの心のオアシス、憩いと癒しの小夜子鑑賞タイムよ。




