131(静) 比美川駅
ゴールデン合宿当日、朝。
私たち城上女子バレーボール部は一度学校に集合し、一昨日部室に用意しておいたボールなどを持って、一路明正学園へと向かった。なお、顧問の山野辺樒先生は直接車で明正学園へ、県庁地区に近い中央地区出身の立沢胡桃はのちほど大田駅で合流、という形になっているので、今はいない。
なので、引率は主将の二年生・岩村万智がやっている。本来なら先輩の私がやるべきことだと思うのだけれど、万智が「大丈夫」と言うのに甘えて、情けないことにすっかり任せてしまっている。まあ、一年生たちにとっても、ちょっと前に復帰したばかりの三年生より、仮入部当時から面倒を見てもらっている二年生についていくほうが、親しみやすいし受け容れやすいとは思うが……。
などと己の身の置き所に悩みつつ、しんがりとして、万智を先頭に歩いていく後輩たちを眺めながら歩くこと十数分、比美川という大きな川にぶつかった。事前に調べたところによれば、この川を渡って、そのまま川沿いにしばらく行くと、川と同じ名前の駅に着くらしい。そこから電車に乗れば、あとは明正学園のある桜田駅まで一本だ。
先頭を行く万智は、もちろん、道順で迷ったりしない。なぜなら万智は去年の夏以降、たった一人の城上女バレーボール部選手として、比美川駅最寄りの強豪・音成女子に混ざってバレーを続けていたからである。この道だって何度も通ったはずだ。城上女バレー部を去ったあとの私が、幼馴染みの宝円寺瑠璃に引っ張られるまま知り合いの多い石館商業高校で練習していた間、万智はまったく馴染みのない他地区の高校――それも四強の一角――の練習に参加していたのだ。公式戦にはもちろん出られず、年度が改まっても一年生が入ってこなければそれまでなのに、たった一人で。
それを、万智は、あの有野可那と同じように『我儘』だと言って、部をほったらかしにしていた私のことを、恨み言の一つもなく暖かく迎えてくれた。
本当に、万智には頭が上がらない。っていうか、不甲斐ないにもほどがあるよね、私……。
「静? 大丈夫ー? 荷物重いなら持とっか?」
「由紀恵……」
自己嫌悪に陥っていたら、隣を歩く油町由紀恵が不思議そうに私の顔を覗き込んできた。私は力なく微笑んで「大丈夫」と言った。「そ?」と由紀恵はすぐに前に向き直って、口笛を吹く。
……それにしても、立場は近いはずなのに、由紀恵はまったく気にしている様子がないっていうか……もう万智や一年生ともすっかり打ち解けてるんだよな。瑠璃にも似たこのたくましさは見習いたいけれど……。
「あっ、駅だ駅だ! だーっしゅ!!」
ずどどどど、とボール袋と部活バッグを抱えたまま万智と一年生をごぼう抜きにしていく由紀恵。……うん、私には一生無理だ。
「元気ですねぇ、由紀恵さん。……おっ?」
先を行く万智が何かに気付く。見ると、駅前の一角で由紀恵がブレザー姿の女子数人に囲まれていた。しかもそのほとんどが174センチの由紀恵といい勝負をしている。随分と長身の集団だな……というか、あれってもしかして――。
「おっ、やっぱイワマーたちじゃねーか!! ってことはこいつも新入部員か!? またでけーなオイ!!」
由紀恵に絡みながら、ちゃきちゃきした人が万智に手を振った。やっぱりそうだ。県四強――東の覇者・音成女子。そのエース、鞠川千嘉……あの怪物をこんなに近くでお目にかかれるとは……。
「ご無沙汰してますぅ、皆さん。あっ、それと、その方は先輩なんですよぉ」
「三年は胡桃だけじゃなかったの?」
落ち着いた感じのショートカットの人が話し掛ける。確かミドルブロッカーで――私はマリチカがそうだと思い違いをしていたけれど本人を目の前にして思い出す――そうそう、確かあの人だ、成女のキャプテンって。
「そうだったんですけどぉ、あれから色々ありましてぇ」
「なんにせよ、メンバーが揃ったようで何よりだわ。インターハイ予選で待ってるわよ、マチ子」
優しそうな感じの人(セッター……だったと思う。身長も他に比べると一回り低いし)がくしゃくしゃと万智の頭を撫でる。嬉しそうな万智。さらにもこもこした髪型の眼鏡の人(彼女のことは知っている。白波の柴田さんだ)が近付いてきて「今日はお出かけ~?」「そうなんですよぉ、合宿でぇ」と和やかなやり取りをする。すると周りのメンバーも口々に「いいわねえ!」「頑張れよぃ!」と激励を送る。万智は笑顔で「はぁい」と頷く。
私はその様子を城上女メンバーの最後方から眺めていることしかできなかった。声をかけるのも憚られた。目の前のにぎやかな光景は、去年、私が部から離れていた間に万智が頑張った成果なのだ。そこに私は混ざれない。混ざってはいけない。
「ねえねえ、静」
つんっ、と脇腹をつつかれた。万智と入れ替わりに音成女子の輪から逃れてきた由紀恵だ。
「どうしたの、由紀恵?」
脇腹を防御しつつ振り向く。由紀恵は万智と音成女子のほうを見つめて、宝箱を前にした冒険家のようにきらきらと目を輝かせていた。なんだかやけにご機嫌だ。
「あの人たちって、みんなバレー部なんだよね? 強いとこ?」
「あ、うん、強いよ。東地区の強豪校――音成女子高校」
「じゃあ、県大会に出て、勝ち上がれば、あそこと試合できるんだよね?」
「そうだね、うん、たぶん」
そっか、と呟いて、由紀恵はにぃっと口の端を吊り上げた。鼻の利く由紀恵のことだから、マリチカあたりから何かを感じ取ったのかもしれない。なんにせよ、我が道を行き過ぎな由紀恵が他のチームに興味を持つのはいい傾向だ。
「んー、楽しみ楽しみっ!」
「そ、そう……それはよかった」
けど、えっと、楽しい気持ちを表現するのにボール袋ごと体当たりしてくるのはやめてね?




